金利引き上げと円安・人民元高/台北の通り魔事件と中国の影/「謎の平安前期」の出世する学者たち/年賀状/「冬嵐記」と戦国時代前半の家系成長戦略

Posted at 25/12/20

12月20日(土)曇りのち雨

今朝は曇りというか少し雨が降ったらしく、外に出てみると路面が濡れていた。起きたのは6時前で、最近からすると少し遅めなのだが昨夜はうたた寝をしてしまい、ソファで起き上がって時計を見たら1時半だったから、布団の中にいたのは4時間半くらいだということになる。少し洗い物をしたりご飯を仕掛けたりし、6時30分頃に出て隣町にガソリンを入れに行った。今日は154円で140円台には届かない感じだが、この辺りでも多分もっと安いところはあるのだろうなとは思う。丘の上のデイリーに回って塩パンを買って帰ってきた。

昨日は午前中母を病院に連れていき、印刷した年賀状を一枚一枚見せて、誰に出すかを確認していたのだが、ほとんどの人が誰だかわかったようで、最近はいろいろ記憶が怪しいところが多いとは思っていたが、そういう点では記憶は割合しっかりしているのだなと思ってそう言ったら、そりゃそうでしょという感じの反応だったのでまあそんなことで褒められても嬉しくないわね、みたいな感じでおかしかった。まあ頭がしっかりしている方がもちろんこちらとしてはありがたいわけだが。

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西友で買い物をしてから母を施設に送り届けたあと、ツタヤに走って「チャンピオンRED」2月号を買う。目当ては「絢爛たるグランドセーヌ」で、ウィーンでの代役の舞台に成功したカナデのもたらしたバレエ仲間たちへの波紋、という回だったが、一番強くライバル視しているさくらの反応が相変わらずで、共に育っていく仲間たちという感じが良かったなあと思う。

今回はちらっと読んだ「冬嵐記 福島勝千代一代記」という作品が面白く、まだ4話だったのでバックナンバーで11月号の1話から読み直してみたのだが、へえっという感じで面白かった。この作品は「小説家になろう」で話題になり単行本化された作品のコミカライズということのようだけど、福島勝千代=北條綱成という実在の戦国武将を主人公にしているのだけど、実は現代の43歳の男が死後転生して6歳の勝千代になったという設定になっているわけである。だから「6歳とは思えないような」落ち着いた果断な振る舞いで危機を乗り越えていくという話になっているのだが、1話から4話まではピンチの連続で、1話冒頭の今川家当主・氏親(実の父)との対面の場面に行くまでは気が抜けない感じになっている。

彼を守ろうとするヨネや段蔵、弥太郎のキャラもいいし、時々ご都合主義だなと思うところはあるにしても、実際のところこのように振る舞わなければ生き残れなかっただろうなとも思うので、そういう意味では事実と整合性のある物語になっていると思った。

氏親との対面が1519年だから、氏親の叔父であり「新九郎奔る!」の主人公である伊勢新九郎盛時(北条早雲)が亡くなった年ということになり、氏親の嫡子である義元が生まれた年でもあり、武田信玄が生まれるのが2年後の1521年なので、戦国時代前半の話ということになる。のちに早雲の子の氏綱に迎えられて娘婿になり、後北条氏の一族・玉縄北條氏を継ぐようなのだが、今後の展開の楽しみもあるのでまだあまり調べないようにしようと思う。

それにしても、当時の武将たちが割合簡単に養子をもらっているのもちょっと面白いなと思った。上杉謙信の後継争いの一人になる上杉景虎は北条氏康の七男であり、後継者になる景勝(謙信の姉の子)の姉を妻としているわけだが、割と奇異に思っていたのだが、他氏から一族に迎えられる例が他にもあることを知っていくとそういうものだったのかというふうな気はしてくる。今後の展開も楽しみにしたい。

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https://news.yahoo.co.jp/articles/eda63e12a7badc833ec4ad8b7645620f1639436b

昨日の出来事で印象が深かったのが二つ。一つは、日銀の政策決定会合で政策金利が0.75%に引き上げられたにもかかわらず円安が進んだということ。これは高市政権の積極財政政策への懸念というものが円安傾向をもたらしていたのが、実際に金利が引き上げられるともう織り込み済みにされてしまった、ということだという解説があった。この辺りは投資家の思惑というものが左右するからなんとも言えないのだが、0.75%は30年ぶりだと言ってもその数年前には数%の金利があるのが常態だったわけだから、それに比べればまだ金利はかなり安い。ただ、金利が実質ない時代が続いたので、国民の間での対応が戸惑いが起こるのは仕方ないかなという気はする。金利高・円安というのはまあいい状況ではないから、早く経済の回復を堅調にすることが大事だろうと思う。

https://news.yahoo.co.jp/articles/2892581b74e161644b675b8d05a78b5be36d1e42

最近の傾向で気になるのは、人民元に対しても円安が進んでいるということで、これは中国政府の思惑はどうなのかと思ったのだが、中国政府は基本的に元高をあまり歓迎はしていないようなので、現在の傾向は中国政府がそんなには関係していないのかなとは思う。ただこの辺はまだあまり研究されてない感じはするので観察していく必要はあるのではないかと思った。

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https://news.yahoo.co.jp/articles/1e49e764c03bf5715ee78c006111b84bf89c563c

もう一つ気になったのは台北における無差別殺人事件。犯人は兵役逃れで指名手配中の27歳だったというから、対中関係の緊張の中で起こった事件と考えて良いのだろうと思う。彼が本省人なのか外省人なのかなど、背景はよくわからないのでまだなんとも言いにくい面はあるが、台湾の人々の受け止めもまだ出ていないのでその辺もまだよくわからない。

https://www.rti.org.tw/jp/news?uid=3&pid=181991

事件が起こったのは台北駅と中山駅の周辺とのことだが、報道ステーションで後者を日本語で「なかやまえき」と読んでいたのが気になったのだけど、電車内の車内アナウンスでは日本語放送は「なかやま」と読んでいるらしく、へえっと思った。

当然ながらこの中山の名前は中華民国の建国者である孫文の号である「中山」に由来しているわけだが、元々この号も孫文が日本亡命時代に名乗っていた「中山樵(なかやま・きこり)」という偽名に由来しているところがいろいろとややこしい。東アジアの歴史を象徴するような名前ではあるなと思った。

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「謎の平安前期」69ページまで。春澄善縄という学問を修めたことで参議・従三位の公卿にまで成り上がり、「続日本後紀」の編纂にも携わった人物についての話が面白かった。彼は渡来系で伊勢の員弁郡に定着した氏族の出身で、郡司の家系だったという。そうした地方出身の人物が藤原良房ら藤原北家が勢力を強めていた時代に学問の力で成り上がり、モノホンの貴族にまで成り上がったというのはやはりすごいことで、中央の学問家系である菅原氏などに比べても特異な例だろうと思う。

これは著者が三重県の研究機関にいたから見つけられたことでもあるようなのだが、逆に言えばこの時代の郡司層はまだ財力を傾けてこうした秀才を教育するだけの力があったということになるわけでもある。彼は怪異のようなものを好んで記録したようで、それは陰陽的な考え方からそうした兆しを見つけることを政治に反映させようとしたのであるらしく、ある意味伝説や民話を収集した柳田國男などにも通じるものがあるように思ったが、逆に言えば彼の怪異趣味というかオカルト趣味みたいなものが平安貴族の迷信深さにつながったという指摘もしていて、歴史への影響の残し方もいろいろあるものだなと思ったりした。

こういう学者たちが「源氏物語」の少女の巻あたりでは笑い物にされたりしているわけで、この間の王朝における彼らの地位についてもいろいろ考えるところはあるが、その辺りはまたこの本を読んでから考えたいとも思った。

「ちひろさん」10巻を読んで9巻が出た2018年のコロナ前でまだ平成の世界を思い出す

Posted at 25/12/19

12月19日(金)晴れ

今朝の最低気温はマイナス3.5度。このところの気温では少し寒いかなという感じだろうか。去年の日記などを読めば去年がどうだったかはわかるが、今年は昨年よりは少し寒い気がする。ただ気温が下がったということは放射冷却があったということだが、この晴れは偏西風に乗って西からやってきた移動性高気圧のせいなので気団的には暑いわけでも寒いわけでもないのだろうと思う。満洲のあたりには低気圧がいるし、西高東低というわけでもなさそうだ。

昨日は午前中、前日に忘れていてキャンセルになってしまった松本の整体に出かけた。普段よりは遅い時間の予約になったのだが、早めに出かけて近くまで行って、デリシアでお歳暮の一部を買ったり銀行ATMで記帳したり。予約時間の少し早めに指導室につき、活元運動を少ししっかり目にやる。操法を受けて、「前の日のことを考えると思ったより乱れていない」という話だったので、確かに頭の中は割と整理されていますね、などと話した。まあそれならそれで安心して歳を越そう、みたいな話をして、良いお年をお迎えくださいと辞去した。

そのあとはいつもの山麓のコースを通って高速に乗り、いつものインターで降りて岡谷のレイクウォークに行って、お歳暮の残りを買った。帰宅したのは1時、残り物でお昼を食べ、暫時休憩し、2時ごろ出かけてツタヤへ。「葬送のフリーレン」15巻、「龍と苺」23巻、「君のことが大大大大大好きな100人の彼女」24巻、「ダイヤモンドの功罪」9巻、「ブラックナイトパレード」11巻を買う。帰ってきて年賀状の検討と印刷。とりあえず全て印刷できてよかった。今日は母を病院に連れていくので、その時に母の関係の分を渡して、一言書いてもらうようにしようと思う。

職場に「ハプスブルク家の華麗なる受難」1巻(講談社)が届いていた。これはコミックデイズで連載されていた作品だが、ちょっと地元の書店には届きそうもないなと思い、Amazonで注文したのだが、こういうものは割と早く届くのだなと思った。

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「ちひろさん」10巻を読了。9巻から7年後とのことだが、そんなにたったのだなあと思う。2018年と今とではなんだか世界が違う感じがするが、当時はまだコロナ前だし、ウクライナ戦争前だし、ガザ戦争前だし、何よりまだ平成だったのだ。当時は当時として大変な時期でもあったけれども、現在は比べ物にならないほど世界が複雑になっている感じはする。

「kutoo」運動が2018年のようだから、あの時祭り上げられた人がすでに凋落していて、ポリコレやフェミニズムの運動も衰退とは言わないまでも多くの疑問符がつけられるようになってきているという変化もあるし、西欧ポリコレもつい最近のことだがフィンランドの吊り目騒動などに見られるように相対化の動きが出てきた感じがある。この騒動も昨日はついに木原官房長官がフィンランド大使館に「憂慮を伝える」ところにまで発展し、報道ステーションで取り上げられるところまで問題化したようだが、この根深い問題がどのようになっていくかはある意味「反差別」の正念場という気はしなくはない。

まあそれはともかく、「ちひろさん」はやはりいろいろと面白く、今回は「ソロキャンプ」をする女性がいろいろちょっかいを出そうとしてくるから「自分のやってるのは「野宿」であってそんな「ソロキャンプ」みたいな小洒落たものじゃない」と断じ、その女性が恐怖に耐えながら「野宿」をするが満天の星空に感動する、みたいな話がいいなと思った。

「ちひろさん」みたいな生き方に憧れる人は多分多いのだろうなと思うが、彼女はオシャレな生き方をしているわけではなくて要するに「無頼」なのだよなと改めて思った。「ちひろさん」は弁当屋で働いてるちょっと変わったお姉さんという感じだったが、その前の作品の「ちひろ」では風俗、ピンサロで働く女性であって、「ちひろさん」でも「風俗で働いていた女」呼ばわりが時々出てくる。私も「ちひろさん」の途中から読み始めてその前のものを、と思って「ちひろ」を読んだから最初はめんくらったが、彼女の人物像、つまりキャラクターを考えるにはそこも読まないとダメなんだよなと改めて思った。

作者の安田弘之さんの作品は有名なのは1995年の「ショムニ」なのだが、私が読んでいるのは「紺野さんと遊ぼう」で、これもまあ大概な作品なのだが、「ちひろさん」の作者がこれを書いていたというのに気づいてへえっと思ったのだけど、「ちひろ」を読んでつながった、という感じがあった。

まあ全体に読み返してみないとパズルの空白が埋まらない感じはあるけど、この「ちひろさん」10巻完結篇はいろいろと答えが出た感じがする一冊だなと読んでいて思ったのだった。

「日中外交秘録」:「国家の安全」=「徹底的な監視国家」を構築した習近平/「謎の平安前期」:桓武天皇の文官登用政策が明治維新につながること/慌ただしさとうっかりミス

Posted at 25/12/18

12月18日(木)うす曇り

少し曇っているせいか冷え込みは緩めで、今朝の最低気温は0.2度。昨日の午前中に植木の作業が終わったのでホッとしていたら、クリーニングを出しに行った時に申告ミスをしたり、昨日行くはずだった松本の整体を忘れていたりしたことが発覚し、余計な手間が増えるという私が忙しい時には必ず起こるミスがいくつも発生した。電話して平謝りで今日に予約を取り直したり。いやあまいったまいった。

年賀状の絵柄を今持っているものの中でできないかと思って考えてみたがやはり物足りないなと思い、午後蔦屋に出かけて年賀状本を一冊買った。だいたい候補は揃ったのだが印刷の設定などで少し苦労したり。少しずつ前進はしているのだが。

今朝はセブンに車を走らせてヤンジャンの3号と水素焙煎コーヒーを買い、職場に出て置き忘れてきた予定ノート(バレットジャーナルもどき)を取りに行き、帰ってきた。資源ゴミの日なので雑誌をまとめて出しに行った。しばらく前にだいぶ整理して出せるのをまとめておいたのだけど、もうだいぶそれから時間が経っているのでもう一度チェックしないといけないのだが、それをやっている時間がないので溜まっていた分だけ(3〆くらい)出した。それからプラごみ、缶、ペットボトル、電池、ビンと金属など出したが、もうこの地区では今日が年内最後の収集日なのだなと思ったり。本当に忙しさに紛れて日々が過ぎていくが、今年は結構勉強も進んでいる(研究というほどでもないので勉強と言っておく)ので例年に比べれば充実感はある。

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榎村寛之「謎の平安前期」、読めば読むほど面白さがわかってくる。今は第二章の第二節、9世紀における文人官僚の進出についてのところを読んでいるのだが、第一章の桓武天皇の革命的な政治、いわば奈良時代を象徴する聖武天皇の影を振り払って新たな王朝を創始し、「軍事と造作」中心の政策で新しい王権を作り上げようという気概とその蹉跌、みたいなあたりは今までも読んだことがあるが、この本では井上内親王に焦点を当てて斎宮との関係などから聖武天皇の作り上げた宗教的世界は仏教や大仏だけでなく伊勢神宮との関わり、仏教的な神仏習合的な方向があったのを、桓武天皇がそれを排除して中央政府が神宮をコントロールできるような方向に変えていったというのは面白かったし、またそれを行う理論的な武器として中国思想を場当たり的ではあるが取り入れていったというのもなるほどと思った。

第二章ではあまり高位でない中央や地方の貴族たちが漢学を武器に文官として成り上がっていく群像みたいなものが描写されていて、この辺りは井上内親王の周りの人たちとかの描写もそうだけど、西洋近世史でいうところのプロソポグラフィ的な手法が見られると思った。西洋史におけるプロソポグラフィでは例えば法服貴族の例を多数検討したり貿易商の群像を描くことによってその時代のその階級やグループ像を描いていくという感じで、特に社団国家と言われる西欧近世においてはこのようなグループの形成とともに階級的な実像を描いていくというのが面白いわけだけど、9世紀の文官たちの例として大江音人や清原夏野などをはじめとする下級貴族や傍系になった天武天皇系皇族の子孫の貴族たち、惟宗氏などの渡来系文官たちを描き出していて、なるほどそういう人たちが活躍したある意味階級上昇が可能な時代だったのだなという感じがした。

9世紀というのは謎の10世紀の前の時代だからその時代にそうした人々が政府中枢に進出することで実務的な充実というものもあったのかなという感じがするし、菅原道真などはもちろんそうした階層のトップなわけだけど、「菅原氏と藤原氏の対立」「藤原氏による他氏排除」という側面だけではなくて伝統的官僚貴族層と新興の文人官僚たち、という対立軸もあるなと思った。惟宗氏はのちの島津氏の祖先であり、大江音人は毛利氏の祖先であるから、この時の桓武天皇やそれに続く時期の登用がある意味明治維新にまで影響したということも言えるわけである。

そして、このトップに君臨するのが実は官僚だけでなく学僧もいたわけで、それが伝教大師最澄と弘法大師空海ということになるのではないかと思う。そういう視点でのこの時代の見取り図みたいなものもまた描いてみると面白いのではないかと思った。62/271ページ。

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垂秀夫「日中外交秘録」も62ページ。あまり進んでいない。ただ第一章第四節の「トッププライオリティの変化」に入ったのでその辺に面白いところがあった。

鄧小平以降、江沢民・胡錦濤と基本的には「経済建設」「経済成長」の路線できていたのが、胡錦濤時代の終わりごろになると中国共産党中央でも危機感が生まれてきたのだという。これは経済成長に伴う格差の拡大や社会不安の増大ということで、胡錦濤は2008年に「中国共産党の統治は永遠でも不変でもない」と述べているわけである。これはちょっと聞くとすごいことを言っていると思う。

習近平もその危機感を受け継いで、2013年の幹部向けの重要講話で「なぜソ連は解体したのか」と問いかけたのだという。

その結論は「党が軍をしっかり掌握しなかったから」というものだったというが、実際には「党の指導」を徹底しなければならないということで、それは軍に対してのみでなく国民全般に対して行われるようになった、というわけである。胡錦濤時代には暴動やデモが毎日300件近く起こっていたというのも驚いたが、それだけ自由があったということであり、習近平政権では警察力の強化とハイテク機器での監視の強化、またネット上の検閲の徹底によって、デモや暴動が起こせなくなったというわけである。民衆の力を信じて民主主義を徹底させようという方向でなく、民衆から自由を完璧に奪うことによって体制を守ることを選択した、ということなわけで、これはロシアや北朝鮮も同じ方向だろう。これが習近平のいう「国家の安全」だというわけである。

この辺りのところ、我々はわかっているようでわかっていないのだなと改めて思ったのだけど、こうした国家の監視体制の延長線上に外国に対する対応もあるわけで、中国が直接間接に揺さぶりをかけてくる裏には、国内におけるある種の成功体験もあったということなのではないかという気がする。

日本の左派の人たちが高市政権を否定したいあまりに中国や中国の言説、ナラティブを支持するというのはそういう意味で本当に肉屋を支持する豚のようなものであり、国家的問題に対してはちゃんと団結していくという意識をちゃんと持ってもらわないと危険だなとは思う。まあそういう国家を危うくするレベルで言論が自由なのも日本の良いところではあるわけだが。

垂秀夫「日中外交秘録」を読みながら:対米依存を隠す中国のナラティブと反腐敗という習近平粛清/マンガの絵柄の進化と4巻保証/「謎の平安前期」:王朝成立期の暗闘/年末

Posted at 25/12/17

12月17日(水)晴れ

今朝は起きて居間に降りて時計を見たら12時半くらいになっていて、流石におかしいと思ってスマホを見たら4時半過ぎだった。この時計は電波時計なのだが、時々ちゃんと電波を受信せず明後日な時間を指すことがある。電池を外してリセットすると針が動いて12時になるのだが、しばらく置いておいても動かなかったから縁側に出して電波を受信しやすくし、いろいろやってから再度時計を見たら5時20分くらいになった。その時時計は動いた、というわけである。(ふつうずっと動いている)

https://shonenjumpplus.com/episode/17107094912913091021

スマホでマンガを見ていたらこの絵柄はチェンソーマンに似てるなと感じ、最近は藤本タツキ系の絵柄が結構多いなと思ったり。あんなに売れたのに鬼滅の刃系の絵柄が少ない。チェンソーマンの絵柄が「新しい」という印象の人が多いのだろうと思う。

この辺りのことを書いてTwitterに投稿していたので読み直してnoteにアップしようと思ったら、書いた内容が消えていた。特に問題のあることは書いてないのだがどういうことなんだろうか。

こういうことがあるとメモがわりにTwitterに投稿するということができなくなるし、なんだかTwitterの本旨と変わってきてしまう感じがするのだが、なんだかしっかりしてもらいたいなという感じである。

それはともかく、鬼滅の刃というのは特に鬼の描写などはNARUTOの影響を受けていると思うのだが、同じ系統ではカグラバチもそうだと思う。ただ鬼滅の刃はかなり独自な方向に絵柄を進化させているので、模倣は難しいだろうなと思った。

ふつうの軽音部はよくスキップとローファーに似ていると言われるが、これは主人公が四白眼であるという共通点があるだけで、スキローが主人公以外は正統的な少女漫画的描写である(コマ割りは男マンガ系だが)のに対し、軽音部はドラえもんやサイボーグ009以来の正統的な「マンガは線画である」という路線を踏襲しているというところがいいと思う。

マンガの絵柄の系統論というのはかなり意見が分かれるところだろうとは思うのだけど、特に漫画家さんの初期の描写は誰かの影響が強く表れていることが多く、しばらく連載しているうちに独自性が確立されていく、という傾向はあると思う。そういう意味では「連載がマンガ家を育てる」ということはあると思うので、できれば新しい作品は一年くらいは連載してもらえると良いのだがと思う。週刊で単行本にしたら4、5冊というところだろうか。

https://shonenjumpplus.com/episode/17107094912731880620

ジャンプ+の漫画家マンガ「モノクロのふたり」では「通常連載作品は単行本4巻分が保証されてるが今回はまず2巻分の連載で」という話が出てきて、なるほどジャンプラ作品は4巻くらいで打ち切りのものが多いのはそのせいなのかとは思った。

読者としてはもっと続いてもらいたいと思うけれども、編集部としてはとりあえずこの辺りで区切りをつけて、ということになるのかなと。逆に言えば5巻以上の連載になったものはその壁を突破したということなわけで、好きな作品が5巻を超えたら寿いでいくべきなんだなと思った。

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昨日も一日植木の手入れの人が入っていたので午前と午後にお茶を出しに行く。午前中にいろいろできなかったことがあったので昼食を食べてから出かけてツタヤへ行って本を見たのだがどうもなんだか最近マンガが大事にされていない感じがして、欲しいものも見つけられなかったのでそのまま近くのスーパーに行って、水曜日のお茶出しの分のお菓子を買ってATMでお金をおろし、別の書店に走って「このマンガがすごい!2026」と「ちひろさん」10巻を買った。「ハプスブルク家の華麗なる受難」1巻はどうもなさそうだったので聞かずにamazonで注文した。

両方で年賀状のデザインの本を探したのだがいいと思うのがなく、昨年まで買っていた既存のデザイン集をまずみようと思ってセブンイレブンでお茶を買った後一度家に帰り、本棚を探したが見つからなかった。時間が押してしまって慌ててお茶菓子を出しに行った。夜帰ってきてからもう一度調べると、図案集は紙袋の入れて置いてあるのを見つけ、時間がない時に探してもわかるようにしておきたいものだなと改めて思う。一年に一度しか使わないものはそれが難しいのだが。

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昨日読んだのは榎村寛之「謎の平安前期」(中公新書、2023)と垂秀夫「日中外交秘録」(文藝春秋、2025)。前者はどうもノリが違うと思いながら読み始めて途中になっていたのだけど、後の方を抜き出して読んだりしながら再度最初から読み直して、いま42/273ページ。ノリが違うと感じたのは、やはり博物館員としての経験が反映されているというその文体なのだろうと思う。研究的側面と啓蒙的側面の双方があるからだろうと思う。また斎院についての注目が多いのは著者が三重県斎宮歴史博物館の学芸員という立場も反映されているのだろうなと思う。

今読んでいるのは井上内親王に関するところなのだが、斎院の持っていた権威と権力と経済力、みたいなものに今まであまり注目していなかったので、ここはなるほどと思って読んでいる。それにしても井上内親王が他戸親王を産んだのが45歳というのは古代としてはかなりの高齢だろうと思う。光仁天皇から桓武天皇の時期、つまり王朝交代の時期に起こった様々な政変を改めて考えさせられるが、その中心にいたはずの井上内親王という人の人物像があまり見えてこないところが大きかったので、少し理解が進んだ気はした。

そしてその背後には聖武天皇という巨大な存在がいたということになるが、この天皇も安積親王という男子がいたのに女性皇太子(安部内親王=孝謙天皇)を立てるなどずいぶん変わった人(女性皇太子は史上唯一)で、奈良朝から平安朝への移行はもっと注目しても良いようには思った。私は大伴家持中心の歴史物語を子供の頃に読んだ印象が強い(おそらく折口信夫「死者の書」の翻案のような内容だった)のだけど、空海と最澄を描いた「阿吽」ほかマンガや小説もそれなりにあるけれども、まあ天皇家内部のあまりもろな権力闘争すぎて活字にしにくいというところはあるかも知れない。

他王朝というか他系統から皇位を継ぐ際には従来の系統の皇女と結婚してその子を後継者にするというのが継体天皇から欽明天皇の継承にあったわけだけど、称徳天皇から光仁天皇の継承では称徳天皇の妹の井上内親王とその子が排除され、帰化人の系統の母を持つ桓武天皇が新たな王城を開いたというのも割と不思議な話で、そこらへんの思惑について分析するのもありだろうなとは思った。

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「日中外交秘録」の方は第1章第3節まで(58/538ページ)。垂氏といえば「中国畑=チャイナスクールには珍しい硬骨の外交官」という印象で語られることが多いが、垂氏自身、そうしたチャイナスクールの「媚中」という印象を変えようという意識を強く持っていたことが書かれていて、これはなるほどと思った。

もう一つ印象に残ったのは、習近平の目指す国際秩序は「中華帝国の冊封体制」だという指摘。つまりアジアの周辺諸国やアフリカなどのグローバルサウスに「中国のナラティブ」を受け入れさせ、その見返りに経済的援助を与えることで影響力の拡大を図っているとみているのだと。これも前大使という人がそんなに直接的な言い方をするというのが意外だったので印象的である。

「日本の外交官が中国で勤務するということは、武器こそ持たないものの「戦場」にいるようなものだ。これは冷戦時代のソ連で西側外交官が置かれた立場と似ている。」

冷戦時代の西側外交官のモスクワにおける苦労はよくネタになってたし、日ソ漁業交渉の時に河野一郎がモスクワのホテルで全て盗聴されているという前提でどう打ち合わせをするのか苦労している描写が「小説吉田学校」の漫画版にあったことを思い出した。なるほど、やはりそう考えていいのかと思う。

垂氏は大使になるまで中国政府関係者に裏人脈を築いたので、大使になってからはそういう活動はしなかったが中共にとって望ましくない事件が起こると「背後に垂秀夫がいる」と勝手に思い込まれていた、という話がちょっと可笑しかった。外交官にとっていかに人脈が重要かという話は立場は違うが佐藤優氏も書いていたのを思い出した。佐藤さんの主張はともかく状況描写は参考になるんだなと改めて思った。

今の中国共産党は「中国は上昇気流、アメリカは下降気流でぶつかれば乱気流が生じるが、中国は必ず上昇気流に乗ってアメリカの上を行く」と考えているのだとか。インドも似た感じのことを言ってたな。そんなフラグを立てないでも、と思うけれども、フラグは立てている時には本人たちには気付かないものなのだろうとは思う。

毛沢東の正統性は日本に勝利した建国者という虚構(実際に戦ったのは国民党だしアメリカのおかげだった)にあり、鄧小平以降の指導者は経済発展に正統性の根拠を置いた。1990年代以降の発展はアメリカが日本を差し置いて市場を中国に開放したからで、これも実質的にアメリカのおかげだろう。

習近平の掲げる正統性は強国理念、「中華民族の偉大な復興」という物語に置かれ、それが戦狼外交に直結していると。そして背後にあるアヘン戦争以来の被害者意識が力への信奉を強めていると。時代錯誤な帝国日本の模倣のように感じた。

中国の南シナ海に関する論調は、「我が国の海が小国に食い荒らされている!」というものだったというのはおかしかったが、外交当局者としたらゾッとするだろうなと思う。台湾だけでなく沖縄やその周辺についても同じような考えなのだろう。妄想の巨大帝国だなと思う。これは被害者意識というよりは自己認識の歪みというべきだろうと思う。第一アヘン戦争時の中国は中国人の国ではなく満洲人の征服王朝である。

習近平が政治局員七人の集団指導体制を覆して個人独裁を実現したのは反腐敗闘争によってだったというのはなるほどと思った。つまりは腐敗排除という名の毛沢東の実権派批判とか文化大革命、鄧小平の四人組裁判などのむき出しの権力闘争と見るべきなのだと。今でも軍部の粛清が続いているが、それで中国が強化されるかはやや疑問ではある。ただ思想的に台湾侵攻で「純化」したいのだろうなとは思った。全く反対の立場だが台湾の頼清徳も同じような傾向があることが懸念されているようだ。

垂氏の鋭い舌鋒は返す刀で日本側も切りつけていて、「日本でも戦後長らく霞が関の中央官庁が強大な権限を握ってきた。官僚は失敗することがないとされ、失敗を決して認めない「無謬性」が頑なに信じられてきたが、結局のところ失敗だらけであったことは論を俟たない」とあったのは笑った。主に財務省に対する批判ということになるのだろうけど。

日本にもまだこういう官僚・外交官がいたのかというのはちょっと嬉しい話でもあり、今後も活躍を期待したいと思いながら読んでいる。


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