豪雪選挙で自民圧勝/翼賛選挙に匹敵する与党獲得議席/「平成民主党政治」と「戦技民主主義」のとどめを刺した「戦争反対ポピュリズム」/高市首相の勝負感と勝負強さ/今後の展望

Posted at 26/02/09

2月9日(月)晴れ

今朝はこの冬一番の冷え込みで、最低気温はマイナス11.7度だったのだが、天気がいいのでだいぶ気温は上がってきたようだ。昨日は朝はそれほどでもなかったが昼も寒くて、真冬日になっていた。

昨日は弟夫婦が地元に来て母を施設から連れ出して近くのレストランで食事。その後別の施設に入居している叔父のところを訪ね、久しぶりに話ができた。土曜日に私が行った別の親戚の葬儀の話などする。3時過ぎに叔父の施設を出て母を施設に帰し、そこで解散。弟は東京に帰るのに中央道が閉鎖されていて、結局和田峠を越えて関越自動車道に出て帰ったらしいが、かなり大変だったなと思う。

昨日の夜はニュースを見て、開票速報を見ながらご飯を食べる。豪雪の中の選挙で自民党圧勝。今までで一番自民党が勝ったと思う。1890年の第1回総選挙から調べてみたが、政権与党(のようなもの)が4分の3以上取った選挙というのは1942年の第21回総選挙、いわゆる翼賛選挙だけで、この時は政権に推薦された議員が466議席中381議席(81.8%)取ったわけだが、これはむしろ逆に非推薦で当選した議員が85人いた方を評価すべきだろう。非推薦の当選者の中にはのちに首相になる鳩山一郎、河野太郎衆院議員の祖父である河野一郎、後に社会党右派で農林大臣にもなる平野力三、作家星新一の父である星一、戦後右翼の重鎮になる赤尾敏、憲政の神様・尾崎行雄、そのほか戦中戦後史に名前を残す人たちが多く当選している。推薦され翼賛政治会に属した議員たちの多くは戦後公職追放されているので、独立を回復するまで復帰できない人も多かった。

https://www.asahi.com/senkyo/shuinsen/

それはともかく、今回は当時とほぼ同じ465議席のうち自民党が316議席、維新の会が36議席で合計352議席で4分の3を超えた。比較対象になるのが翼賛選挙しかない。翼賛選挙は普通の議会政治とは異なる状況で行われているので、まさに史上空前の大勝利ということになる。そしてそれが日本初の女性総理大臣である高市早苗氏の手によって実現したということもまた、新しい時代のスタートと言っていいだろうと思う。

今回の総選挙は語るべきことが多く、テレビやネットなどで情報を収取し、またさまざまな考察について考えていたりしたため、いつもなら朝のうちに更新するところを書いている今は昼を過ぎてしまっている。

その中で色々気になったところ、考えたところを列挙しながら考察していきたいと思うのだが、まずは今回は小選挙区制の真価が発揮された選挙だと言っていいだろう。小選挙区289のうち、自民党がとったのが249議席で、これは占有率86%。翼賛選挙を上回る獲得率になるわけである。

そして比例区の獲得数は67だが、実は小選挙区で東京が30勝0敗、神奈川が20勝0敗など議席を独占したために比例復活する候補が少なく、実に14議席(南関東6、東京5、北信越2、中国1)を他党に与えることになってしまったわけである。こういうケースは最近国民民主党で2度ほどあったと記憶している。またチームみらいも近畿ブロックで二人小選挙区と重複立候補したものの復活条件の1割の得票数を得られず議席を得ることができなかった。「山が動いた」と言えるほどの大変動であればこそ、得票数に候補者数が追いつかないという珍現象が起きてしまったわけである。

また、今回の選挙結果の歴史的な意味はどういうことか、ということについていろいろ書いている人がいて、大きく行って二つの時代が終わったと言えるという見解があった。それは二つとも、中道改革連合、特に旧民主党系の惨敗ということに関連してということになる。

旧民主党系の大物議員としては、1993年の非自民連立政権成立の立役者だった小沢一郎氏をはじめ、民主党政権の中心を担った岡田克也、枝野幸男、安住淳、玄葉光一郎、海江田万里、逢坂誠二などの各氏、その他にも元新潟県知事の米山隆一、武蔵野市長の松下玲子氏らが落選し、長妻昭氏が僅かに比例で復活した。当の革新を訴えていた泉健太元代表が孤軍奮闘という感じである。そのほか笠浩史国対委員長も当選している。

これらの大物議員の落選は、まさに「平成時代=非自民連立から民主党政権」の時代の終わりを象徴するものであるだろうし、また選挙中に現れたさまざまな現象、中国の圧力に対する自由主義世界防衛のための防衛費増額路線を「戦争をするための軍拡」と位置付ける古い平和主義・民主主義の終わり、特に投票日直前になっていきなり現れた「ママ戦争止めてくるわ」という発言など、「日本の起こす戦争」という非現実的な心配はするくせに「中国やロシアの起こす戦争」については全く口をつぐむような左翼リベラル、つまりは「戦後民主主義とそれに基づく平和主義」の時代が完全に終わったということになるのだろうと思う。

今回の立憲の敗因はいろいろと語られているが、一つにはそうした「戦後民主主義的ポピュリズム」への反感、それから自民党との連立を離れたばかりの創価学会を母体とする宗教政党である公明党との「組織票欲しさ」としか見えない「中道改革連合」への反発が明確な形で現れたということだろう。

逆に自民党の勝因は、「史上初めての女性総理大臣」というインパクトに加え、清新な溌剌とした印象の内閣メンバー、特に小泉進次郎防衛大臣の進境の著しさ、女性閣僚や自民党の女性役員の活躍、公明党に見捨てられギリギリで維新と連立を組んだ少数与党を率いる高市首相に対する同情、そして何よりもこの異例な2月8日という時期に総選挙を決断した勝負感の鋭さにあるだろうと思う。

もちろんその背景には総裁選での勝利を決定づけた麻生副総裁の「党員の支持の多い方に投票すべき」発言からできた流れに乗って、総裁に当選し、その後も持病を抱えながら適切な政治的判断をし、また論争相手を非難せず前向きに自分のやりたいことを主張していく高市首相の姿勢、また言わないでいたことをはっきり言ったために中国を激怒させた台湾有事発言も結果的に高市支持につなげるぶれない態度と強運のようなものも含めて、「高市首相の勝負強さ」に由来するところが大きいだろう。

この圧勝によって自民党は石破・岩屋・村上といった反高市的な議員も軒並み当選したために党内基盤を危ぶむ声もあるが、今回の総選挙によって復活できた旧安倍派をはじめとした議員たちや新しい議員たちなどは強く高市氏を支持するだろうし、そうした意味での党内基盤もかなり強化されたように思う。しばらくは安定した政権運営ができるのではないか。むしろ高市首相の体調の方が心配なくらいである。

また大阪では相変わらずの維新の強さで、小選挙区では自民党が1議席取った以外は全て維新、落選した19区の議員も比例復活した。他の地域では相変わらずそれほどは振るわないが、自民党との連立政権ということで特に大阪では支持が固まったところもあるのではないかと思う。

そして今回、個人的に印象に残ったのが二人の元民主党議員の復活だった。

一人はれいわ新撰組で自民党の比例議席が回ってきた山本譲司さん。もう一人は東京26区でチーム未来で立候補し比例復活した宇佐美登さん。宇佐美さんは1993年と2003年に当選し、長いブランクの後2026年に三選。山本さんは1996年から2回当選したが秘書給与流用疑惑で服役。まさかこんな逆風選挙で比例復活とはいえ当選するとは。人生は本当にいろいろなことがあるなと思う。

戦後民主主義80年というのはなかなか実感が湧きにくいが、1993年の非自民連立政権の成立=自民党下野から始まる36年間というのはまさに私がずっと投票してきた期間でもあり、ついに民主党人脈が絶たれたというのはある種感慨がある。実際、考えてみると戦前の政治史が議会中心に華やかに行われた日露戦争後の1905年から、日中戦争が始まる1937年までよりも長い期間になるわけである。確かにこれは一つの時代であり、それが終わったということは、新しい時代が今日から始まるということであり、この先の時代を思い描いていくことが今の我々一人一人に可能だということになるわけである。

世界情勢は激変しつつあり、戦後世界を仕切ってきた国連も各常任理事国も変質してしまって、戦後の安定は失われつつある。その中で日本は民主主義のルールを堅持しつつ新しい時代に出発できるわけで、まさに日本社会の安定があってこそのことだと思う。

これからもこの社会の安定を大事にしつつ、国民生活をより豊かにしていくための経済政策や、結婚し子供を育てていくのにふさわしい環境を守り、戦争の起こらないような外交力や防衛力を維持しつつ、「強く豊かな」日本列島を築いていくために政治の力も経済の力も日本人一人一人の力によってより安定した豊かな日本と世界を作り上げていくことができたらいいなと思う。

エプスタインとホロコーストと「愛の嵐」/「ネットさんありがとう」と「ママ戦争止めてくる」/物理的雪かき/急な葬儀

Posted at 26/02/08

2月8日(日)雪

今朝は5時に起きたが、寝室のストーブが消えていて寒くて目が覚めた感じ。昨夜寝たのは10時過ぎだったから7時間近くは寝られたので割とすっきりはしているが。

外を見るとかなりの積雪だった。まだ降っている。5時半ごろからまず車の雪下ろしをし、雪あかりの中で外のタンクから廊下に置いてあるポリタンクに給油。ついでに雪をかき始めたら給油中であることを忘れてしまい、気がついた時に慌てて止めに行ったが少し溢れていた。まあ少しで済んでよかったのだが。この手のミスは私は割と多い(薬缶を火にかけたまま忘れてしまうとか)。気をつけようと思う。

とりあえず家の前の道をかいてから車で出かけようとエンジンをかけて、隣の家が雪かきを始めたので車で出かけるのは少し待つことにし、作業場の方まで歩いて雪かきに行ったのだが、駐車場を借りている人がもう雪かきをしてくれてあったのであとは気になるところだけを少しかいて戻ってきた。途中の家に灯がついていて、小さい子供とお母さんの声がしてなんだか暖かい感じがした。

車で出かけたがやはりまだところどころ雪かきをしていない家があってそこの前を通ると雪が少し深いのだが、スタックするというほどでもなかった。国道は基本的に国土交通省が雪かきをしてくれるので割と綺麗なことが多いのだが今朝は少し残っていた。セブンイレブンの駐車場は割合綺麗だったがかなり広いから雪かきも大変だったと思う。銀行の駐車場のような広いところは除雪車がいて除雪している場合もあるのだが、当地のように10センチ降るのは年に1、2度あるかないかというようなところではなかなかそこまでの投資もできないよなとは思う。今日は衆院総選挙の投票日なので役場の人たちはいろいろ大変だろうなと思う。全国の投票所管理者の皆様、ご苦労様です。

「文化的雪かき」と言ったのは村上春樹だが、今日は日本中の広い範囲で「物理的雪かき」だろう。お疲れ様です。

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昨日は朝、携帯の画面を見たら近くに住む親戚からの留守電が入っていて、嫌な予感がして聞いてみたらやはり訃報だった。前日の録音だったのだがこちらがドライブモードにしていたこともあり、気がつかなかったのだ。そして昨日の当日の午後に葬儀があるということだったので、その人の奥さんが亡くなったときはコロナで行けなかったこともあり、お世話になった人でもあり近所付き合いもあったから行かないわけにはいかないと思って、喪主に再度連絡して、午後の仕事を連絡して助っ人に来てもらうことにし、近辺に住む親戚に4件ほど連絡して亡くなったことを伝え、他の準備もあったので出かけて幾つか買い物をしたり銀行に行って資金を準備したり。喪服はとりあえずあるのだが上に着るコートがもうだいぶくたびれていたが昨日は最高気温がマイナス1.7度、つまり真冬日だったのでコート無しというわけにもいかず、くたびれたのを着ていくことにした。

早めに昼食を食べて喪服に着替えて職場に出て、助っ人の人が来てから葬儀場へ出かけた。葬儀場で喪主の兄弟と近い親戚の人たちに挨拶。段取りがよくわからなかったのだが、その場では出棺に立ち会うということだったようで、何人か弔問に来た人もいた。出席者が男ばかりだったのであんまり湿っぽくなくてよかったのだが、弔問者の中には泣き崩れる女性もいて、こちらも胸に少し来た。

出棺後、火葬場へ車で移動。かなりの山の上の方なので雪が心配だったがそれほどでもなく、火葬に立ち会うことができた。待合室でいろいろ話をして、自分の知らない話も多かった。ただ、地元にいる人があまりいなかったので故人に町内の話でいろいろ世話になったことなど、こちらのいうことがあまり共通の話題にならないこともあったなと思う。

火葬後に骨を拾い、そのあとはお寺に移動して葬儀。喪主と住職が中学の同級生だとのことで、フレンドリーに話が進み、今までもこのお寺での葬儀には参加したことはあったのだが、一番楽な気持ちで臨むことができた。葬儀では浄土宗のお寺なので何度も南無阿弥陀仏を唱えた。良いお別れができたかなと思う。遺族の方々と懇ろに挨拶してその場を辞去した。

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今日は「ふつうの軽音部」の更新がないので、少し寂しいが逆に落ちつかなさもない。「正反対な君と僕」はあるが「豊臣兄弟!」は開票速報のため休止とのことだから、いつもといろいろコンテンツが違う。ここ数日はニュースもオリンピックで潰れがちなのであまり見てなくて、世間の動きがネットからしか伝わってこないのはいかがなものかという気はしなくはない。

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今日は投票日なので、誰に、或いはどの党に投票しましょうとかいうことはできないのだが、政治情勢はいろいろあって、気になる動きも投票日直前に出てきた。都知事選の時には蓮舫候補に投票を動かす「R」シールとか、一人でフリップ?を持って辻立ちするとか妙な動きがあったが、今回は「戦争を止める」とかいうのがあるようだ。もちろん日本が戦争を起こすはずはないので、中国の動きを阻止するぞ!という勇ましい意見かと思うのだが、どうも「ママ戦争止めてくる」とか言っているので、ママが大挙して中国に渡り中南海でデモ行進でもするのかもしれないが、そんな危険なことはやめて日本の政府を応援したほうがいいのではないかと思う。

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https://x.com/jgdjgdjgd/status/2019936744611934513

今朝読んでいて、本当に共感したのがこのツイート。最後の「ネットさんありがとう」というのが本当にそうだよなあと思う。つまらない情報もたくさん流してくるけど、本当に参考になる情報も流れてくるし、どん底の気分にさせてくれることもあるけど、すごく力付けられることもある。それが何か特定のものではないということもあって、双方向性があることも大きいなと思う。「テレビさんありがとう」になならないな、と思うし。

マスコミはネットの弊害ばかりを伝えるけれども、本当はネットによって救われている人の方が多いのではないかなという気がする。そういう調査も行ってくれると良いのだけどなあとは思うのだけど。

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エプスタイン問題でアメリカやイギリスで大揺れのようだが、「奴はユダヤ人だ」という声が上がり始めているらしく、確かにユダヤ人ぽい名前なので調べてみると両親がユダヤ系でやはりそうだとわかった。親族にはホロコーストで犠牲になった人もいるのだという。

彼のユダヤ人としての立場が欧米の政財界で力を伸ばすのに一役買ったことはあるのかなと思ったりもするが、トランプとの関係があるとしたらその辺もあるだろうし、民主党系の人達がいろいろ話に出てくるのもそういうことはあるのかもしれないと思った。

「ホロコースト」を生き延びたイスラエルがガザの虐殺を行なっているように、ホロコーストでの死を身近に経験しているエプスタインが子供たちに対して性的虐待を行うというのも人間性というものの恐ろしさや悲しさみたいなものを考えさせるところはある。

ナチスの親衛隊に性的に慰み物にされていたユダヤ人の少女が成長し、偶然再会した親衛隊の男と破滅に向かっていく、というのがイタリア映画の「愛の嵐」だが、エプスタインと少女たち、そして政財界の大物たちとの関わりというのは、この映画のことを少し思い出させた。

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高市首相の若者人気は、彼女の経歴が親ガチャ時代において「頑張れば報われる」という明るい希望のロールモデルになっているから/多声的世界における多様性の伸びる時期と後退する時期

Posted at 26/02/07

2月7日(土)曇り

今朝は5時半ごろに目が覚めて、少し片付けなどして6時前に車で出て、職場で少し用事をしてそのまま隣町まで車を走らせた。まだ暗い。もうだいぶ日が長くなったと思っていたが、曇っていると明るくなるのは遅いなと思う。隣町のセブン併設のスタンドで給油し、丘の上のデイリーまで走って塩パンとスタバのカフェラテ缶を買い、国道を走って先ほど帰宅した。出かける前にストーブを消していったのだが、一つはつけておいてもよかったかなと思ったり。寒い。

昨日は午前中母を連れて松本の病院へ。いろいろトラブルがあって大変だったが1時ごろ地元に戻り、母を施設に送る。そのままツタヤまで走ってマンガを買おうとしたが買う予定だったものがなかったのでさらに別の書店まで走り、「パリピ孔明」24巻を買った。それから書店近くのホムセンでカラーボックスの棚受け金具を買い、家に帰って昼食。だいぶ遅くなった。一息入れた後出かけて銀行で記帳及びお金をおろし、施設に母のズボン下などを届け、セブンでスイカにチャージをした。

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https://www.bloomberg.com/jp/news/features/2026-02-04/T9X5Y4KGZAM900

若者は、高市首相に清新なイメージを持っているという分析。日本初の女性首相の溌剌とした振る舞いが受け入れられているという話である。特に印象に残ったのは以下のくだり。

「高市氏のこれまでの歩みも若者を引きつける要素となっている。奈良県出身の高市氏は、会社員の父と警察官の母の下、政治に縁遠い環境で育ってきた。日本の経済ブームを知らない世代にとって、生まれではなく地道な努力によって最高権力の座に上り詰めたという経歴は、強く訴えかけるものがある。

ハンガリーの首都ブダペストのユース・リサーチ・インスティテュート(YRI)で研究員を務める池田和加氏は、今の若者たちは報われたいと感じており、高市氏は「頑張れば報われるというロールモデルを体現している」と語った。

高市氏は日本の政治家に多い世襲議員ではない。ペンシルベニア大学のダニエル・スミス准教授によると、日本の国会議員の約30%は世襲議員で、10%未満の米国やドイツを大幅に上回っている。

高市氏は仕事を最優先するイメージを前面に打ち出してきた。自民党総裁に選出された際の演説では、「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」と訴え、昨年11月には午前3時ごろ公邸に入り、国会答弁の準備のため秘書官らと打ち合わせを行った。こうした一連の言動は批判も受けたが、旧来の根回し型政治ではなく実力重視の姿勢を印象付けた。」

「生まれではなく地道な努力によって最高権力の座に上り詰めたという経歴は、強く訴えかける」また、「高市氏は「頑張れば報われるというロールモデルを体現している」」という指摘も重要だろうと思う。

「努力すれば成功する」、というストーリーはもちろん現実にはそんな簡単にいかないよ、という話ではあるのだが、それでもそれをちゃんとやってのけた、しかも女性がいるということは、若い人たちにとって強い希望になるというのは確かにその通りだろうと思った。

親ガチャとか文化資本とか「生まれによる可能性の割増・割引」ばかりが語られる現在において、そのアンチテーゼとして高市首相が評価されているというのは、言われてみればその通りなのだが目から鱗の部分があった。

明日が投票日で、選挙運動は今日までだが、頑張ってもらいたいと思う。

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https://note.com/wakari_te/n/n9e79b7c7a6fc

世界の多様性≒ポリフォニー性とそれはもはや古くなってしまったのではないかという指摘。私はガンダムシリーズをジークアクスしか見ていないのでこの辺りのところはよくわからないのだが、ポリフォニー的世界の可能性と限界みたいなものが現代社会・現代世界において繰り返されているテーマであることはそうだなと思う。

自分は歴史をやってきているのでそういうものは常に花開いたりしおれたりの繰り返しで、今はそれがある意味後退しつつある時代だということは思うのだが、それはより「まとまる」ことが人類史的に大事になってきている時期だととらえることもできる。

この小山さんの視点はまた考えてみたい。

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今日はいろいろと急な用事ができたのでこの辺りで。


「統帥権の独立」を読んでいる/周りが勝手に神格化する日本人の推し文化と「ふつうの軽音部」の幸山厘/女性らしい華が開いてきた高市首相

Posted at 26/02/06

2月6日(金)晴れ

今天気を確認するために外に出たら月が綺麗だった。今日は旧暦12月19日。19日の月は、満月を過ぎて少し欠け始めたところだが、十分明るい。当地は1日晴れの予報で最高気温の予想は10度でかなり暖かいが、4時50分現在でマイナス1.8度。最近にしては高めだが、もちろん暖かいわけではない。それでもまだ旧暦だということは、「年のうちに春は来にけり」なんだなと思う。古今集の時代からこれは変わらない。

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昨日は手嶋泰伸「統帥権の独立」(中公選書、2024)を読み始めて、いろいろ考えた。考えてみると、日本の近代軍隊について起源からちゃんと考えたことはなかったかもしれない。いやもちろん、考えたり読んだりしてないわけではないが、その時々に軍隊の抱えていた課題みたいなものを意識して来なかったなと読みながら思ったということである。まだ16ページ/200ページなのだが、「軍の持つ専門性の評価」というのは特に成立の時代においては「武士」という軍事と政治を専門の職能とする階級=身分があった前近代の日本という国の特殊性から近代軍を作ることの難しさということは考えさせられた。

江戸時代における武士という身分におけるその職能=役割は番方(軍事=武官)、役方(政務=文官)、近侍役(主君の側近)とされていたから、主君に仕える武士はそれらをそれぞれ経験しながら出世するものだったわけで、そういう意味で文官と武官の明確な区分はなかったわけである。だから佐賀の乱などでは内務卿すなわち文官のトップである大久保利通が鎮圧の全権を握り陸軍卿の山縣有朋はそれに不満を持ちながらも従うしかないということになったという記述はなるほどと思った。

ヨーロッパの貴族階級もまた政治にも軍事にも関わったわけだが、伝統的な貴族たちは領地を持つ帯剣貴族でありいわば軍事と領地支配が本業であり、文官は法服貴族と呼ばれる市民階級から叙爵された人たちが中心になっていたので、おそらくは日本ほどその職能の分化に強い関心を持たずに済んだのではないかと思う。古い時期から大学が発達し、法学を学ぶという専門性がヨーロッパの文官の間で発達していたということも大きかっただろうと思う。

また、もう一つ大事なことは、ヨーロッパの王政諸国のように貴族が士官で兵士が雇用ないし徴募された平民という軍隊ではなく、フランス革命に始まる近代的徴兵制によって兵士を農民や町人から徴兵するだけではなく、士官学校も平民でも受験が可能にすることによってより国民的一体感のある軍隊を作ろうとしたということも大きいだろう。現実には士官学校やさらにエリートを養成する幼年学校を志願する者は士族が多かったとは思われるし、それが軍の雰囲気に与えた影響は多いだろうと思うが、奇兵隊以来の長州の平民ありの軍隊を経験してきている山縣有朋らには、士族意識を外すということの意味は大きかっただろうなと思った。

細かいこと(細かくはないが)で言うと、「長の陸軍、薩の海軍」とよく言われるのはなぜかと思っていたのだが、陸軍編成の中心になったのが大村益次郎・山縣有朋だったのはもとより、各藩の兵士を融合していく過程で薩摩のみがそれを拒否し西南の役につながったことが一つ。

それから薩英戦争を経験した薩摩が元治慶応年間に蒸気船を大量購入し、幕末には幕府の8隻に対し16隻とはるかに凌駕するほどだったことが明治後期まで影響してくるというのはなるほどと思った。坂本龍馬の亀山社中や海援隊も薩摩の力を背景にしていた部分が大きいわけだしと思ったり。

台湾出兵が最終的には事実上西郷従道の独断で行われたのならある意味満洲事変の先例だなと思ったり。これは台湾出兵が政治的な不平士族の主張に動かされ、正院内閣までも影響されて動揺したために山縣らは「軍の非政治化」を図ることになり、それが「統帥の独立」につながっていったと。不平士族がそれだけ政府に影響する力が大きかったということか。

文官が武官になることを禁止されるのは1888年、明治21年で憲法発布の前年か。軍人勅諭が1882年、士族出身の「政治的軍人」への戒めか。これも後世考えられるような原理的なものというより、士族的な政治意識を軍に持ち込まないということが主眼だったと考えるとなるほどと思う。

そういう統帥権の独立という課題が「政治と軍事の分離=軍から政治的な士族意識を排除する」「文官が士族意識から軍を指揮するという事態を排除し、軍人の専門性を確立する」ということに由来するというのはあまり考えたことがなかったが、ヨーロッパでも多かれ少なかれ軍事に口を出す文官貴族というのはいたと思うのだけどその辺が日本と比べてどうだったのかは調べてみると良いかもと思った。少なくとも統帥権の独立は軍事的な指揮のレベルで政治の介入を排除するということが主眼であって、軍が政治を無視して勝手に行動することを肯定するためのものではなかったことは確かだろう。

この辺は明治国家の国家システムの問題だが、私が考えたのはもう一つある。

日本の戦前の失敗は「統帥権の独立」と軌を一にする、つまり「軍人に政治的意識を持たせない」ために「軍人を純粋培養」したことによって、いろいろな政治的見方に免疫を持てずに、返って偏った政治的意見を強くもち、政府を軽んじるような軍人を多く輩出するようになってしまったことがあるのではないかと思った。これは長野県で起こった「教員赤化事件」と似たところがあり、師範学校という閉鎖された場で純粋培養された訓導たちがマルクス主義の影響を強く受けてしまった事件で、内容は違っても「純粋培養の危険性」という点では共通するように思った。

また士族出身の軍人が多かったということが、武士の主従観を現実の天皇に投影し、人間としての天皇自身が持つ意識とはかなりかけ離れた天皇像を持つようになった、つまり「天皇に忠誠を誓う軍人」という構図が現実の天皇を超えた「理想の天皇像」を作り上げて、それに合致しない現実の天皇以下の政府を軽視するような構図が生まれたのではないかと思う。「天皇の赤子」であるとか、万葉集の時代の現実に天皇自身が軍を率いていた時代の天皇像が投影された神格化がもたらした歪みといえばいいか。

天皇権力の強化と軍の存在意義の強化のために天皇の神格化が行われ、神格化された当人がそれについていけないという構図が生まれたということだろう。昭和天皇が「天皇機関説でいいではないか」と言ったような話である。

世界の独裁者が神格化に成功するとどんどん無慈悲に弾圧を行っていくのに日本の場合はそうはならないのが面白いと思った。むしろ神格化された側が自分の意思と違うと苦慮し始める。その結果八月十八日の政変や二・二六事件が起こる。

この「周囲が勝手に神格化する」という現象はマンガ「ふつうの軽音部」でも取り上げられていて、ベースの幸山厘がギターボーカルの鳩野ちひろを勝手に神格化して鳩野が迷惑がったりするわけだが、同じジャンププラスのマンガ「気になる来見さん」では、クールな美少女の「来見さん」が外見はしれっとしながら内実はめちゃくちゃ「藤森君」(陰キャ)に執着して藤森に関する物を収集し、それが藤森君にバレてドン引きされるみたいなことと似ていると思った。幸山は神聖視を公言してるから逆に尾を引かず、ギャグとして成立している、みたいな感じ。

で、考えているうちに「周囲がある人間存在を勝手に神格化する」というのはある意味日本人の特性である気がしてきたわけである。「推し」とかもそのバリエーションではないか。日本でアイドル文化が他国に比べて盛んなのもその辺があるのではないかという気がしたわけである。

つまり「勝手に神格化」≒「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」(三島由紀夫「英霊の聲」)なのではないか。ここはかなり日本人の神聖観・死生観=エロスとタナトスにかなり関わる。そうなるとギャグみたいな幸山厘の存在も日本人の「俗すなわち聖、聖すなわち俗」みたいなところと深く関わるかもしれないと思う。

「あの暗い世に、一つかみの老臣どものほかには友とてなく、たつたお孤りで、あらゆる辛苦をお忍びになりつつ、陛下は人間であらせられた。清らかに、小さく光る人間であらせられた。それはよい。誰が陛下をお咎めすることができよう。」≒「はとちゃんは普通の女の子。それはとても普通でありふれたこと。だからはとちゃんは唯一無二の神なんだね」

「国民は天皇の赤子」という表現を修辞ととらえるか真実ととらえるかでその意義は全く変わってきてしまうのだが、やはり普通は修辞ととらえると思うのだけど、軍人という生命を賭す職分にあっては、それは文字通りのものと捉えられてもおかしくはない、ということもあるだろう。

「二・二六事件」などを書いた河野司によれば三島へのインタビューで「蹶起将校一同は全員自決を決意し、自決に際しては、せめて勅使の差遣を仰ぎたい旨の懇願を、本庄侍従武官長を通じて奏上した。この最後の願いに対する陛下のお言葉は、「陛下には非常なる御不満にて、自殺するなら勝手に為すべく此の如きものに勅使など以ての外なりと仰せられ」と、「本庄日記」にある。これは私達が天皇に抱く不抜の信念からは、どうしても理解ができない。」と言っているのだが、私は「本庄繁日記」に出てくる昭和天皇の発言というのはどうもあんまり「本当か?」という気持ちがある。

何というか書き手の悪意が感じられると言えばいいか。私は永田鉄山について調べていた時期があり、本庄日記も読んだのだが、永田が暗殺された日に当時の昭和天皇は水練をしていたようなのだが侍従武官長の本庄に「今日は水練に行っていいだろうか」と尋ね、本庄がまとめて言えば「いいと思います」と答えているくだりを読んで永田への書き手の悪意を感じた覚えがあるからなのだが、つまりあまりに党派性が感情に現れ過ぎていて、それが昭和天皇の言動の描写に反映ているのではないかという感じが拭えないと言えばいいだろうか。(以上Wikipediaの「英霊の聲」の項を参照)

「統帥権の独立」が弊害をもたらした背景には「天皇の過度の神聖化」があり、その背景には日本人の「神聖なるものを現実存在として必要とする死生観」みたいなものがある、という風に考えればよいか。「神聖なるものそれ自体」よりも「神聖なるものを祭り上げていくことに熱狂する日本人の民族的心性」みたいなものというか。その中心にあるものはある種台風の目のような空虚であることも多い。これは「司令官よりも参謀になりたがる国民性」みたいなものにも通じるか。など。

この辺、白洲正子が確か「かくれ里」で書いていた、「日本の神は信仰されることによってしかその身を保つことができない脆弱な神だ」ということにも通じるのだよなと思う。

つまりは、少なくとも日本人の場合は、「信仰」の世俗化した形が「推し」だと言っていいのではないかと思う。この辺りはまた別に考えた方が良いかもしれないが。

ただ、現実存在を神として崇める思想が世俗化して「推し」になり国民的人気を集める一方で、同じ存在がアンチキリスト視される反転も生み、「アベシネ」現象や戦後左翼による天皇否定などにつながりもしたのだろうとは思う。安倍元首相暗殺事件も山上被告自身の問題というより、その背景にある安倍シネ現象の方がより根が深いということになるかもしれない。

昭和陸軍の暴走は、参謀総長が閣議に参加するような制度にしていたら問題は起こらなかったのではという気はする。ただ閣議に毎回天皇が出席しなければならなくなり、そうなると御前会議的なものが常設となってしまうのでそれも難しいかと考えたり。

まあまだ少ししか読んでないのにいろいろ考えたので後もいろいろ出てきそうだが、とりあえずこの件に関しては今日はこのくらいで。

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高市首相は「女」を前面に出していないところが好感が持てるし、逆に言えばフェミニストにはそれが気に入らない、ということはあるだろうと思った。

https://x.com/ueno_wan/status/2018669113011576918

https://x.com/kingbiscuitSIU/status/2019199122272890925

一方で、高市首相は印象の強い青いスーツを着て、メローニ首相とハグしたり、キムタクとかにミーハーっぽいところを見せたりなど、現代女性っぽい雰囲気をうまく見せていると思う。首相になってからずいぶん「華」が出てきた。ホクホクとか「失言」はあっても小池都知事みたいに「よけいなこと」を言わないのもいい。

去年から今年にかけて生まれた女の子、「サナエ」という音の名前の子がどれだけ増えるか。日本人の国民性にはほんと「推し活」がある気がする。

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今日は母を松本の病院に連れていくのでこの辺で。


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