考えごと/情状酌量/アフタヌーン
Posted at 26/01/23
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1月23日(金)晴れ
今朝は冷え込んでいる。最低気温の予想はマイナス10度だが、いまのところの最低気温はマイナス8.8度。一度目が覚めたのは3時で流石にもう一度寝床に戻り、一度入眠したが4時20分頃には意識が戻った気がする。居間に降りてファンヒーターをつけてからトイレに行ってもう一度布団に戻り、いろいろ考え事をしているうちに起き出してストーブを消して居間に降りた。もう一つのストーブをつけたが、寒い。
5時15分ごろに車のエンジンをかけ、車内気温の向上ととフロントガラスの解凍を図る。いろいろやりながら5時半になったのでゴミをまとめて出かけた。最初にセブンに寄るつもりだったのを忘れて職場の方向へ行ったので、先に職場で燃えるゴミをまとめて出した。それからお城のそばのファミマに行ってスペリオールとボスのカフェオレと、それからアフタヌーンが出ていたのでそれも買った。
その後実家の近くのセブンに戻ろうかと思ったが他のセブンが週刊漫画Timesを置いていたことを思い出してそこに行ってスイカをチャージし、買って帰ってきた。まだ寒い。
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安倍首相暗殺事件の山上被告に対して、一部の声として「生い立ち等を考慮し、情状酌量して減刑すべきだ」という声がある。これは今の裁判で子供を殺した母親に対しても執行猶予をつけるような行き過ぎた(と思われる)情状酌量を基準にしているのだろうなと思う。社会が彼に冷たかったから犯罪を起こしたのだから、という論理がつくわけだけど、これはツイートで見かけた(今見つけられない)「社会が原因でない犯罪などあるだろうか」という呉智英氏の言を考えると、濫用すべき論理ではないように思われる。
情状酌量というのはつまり「お上のお情け」、「大岡さばき」みたいなものなわけだが、それが変に制度化してしまって(判例主義だから当然と言えば当然なのだが)あまり多くの人が納得できない変な理屈をつけてくるとかつけろと要求するようになってきたというのはあるのではないか。法学には当然「情状酌量」についての研究もあるとは思うのだが、より多くの人が納得できるような判断がされると良いとは思う。
***
「アフタヌーン」、「ブルーピリオド」とか「スキップとローファー」とかちょっと考えさせられる話が続いてたのだが、今朝は母を松本の病院に連れていくので時間がなく、また改めて。
日本国債安とグリーンランドとデンマークの米国債売却/「キングダム」863話「飛び続ける矢」と連載20周年/雪と冷え込み
Posted at 26/01/22
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1月22日(木)雪上がり
朝4時過ぎに起きて、今日は資源ごみの日なのでいろいろまとめて、さてヤンジャンを買いに出かけようかと外に出てみたら、道路も車にも雪が2センチくらい積もっていた。アプリを見ると昨夜から今朝にかけて降水量は記録されていないので、ほんのわずかということなのだろうけど、うっすらと積もっているから今朝は紙ごみ、雑誌などを出すことはやめにして、少し家の前の道の雪を掃き掃除してから、チラシの束については少し離れた業者の蒐集ステーションに出しに行った。帰りにヤンジャンと水素焙煎コーヒーを買って帰ってきたが、国道にも雪があって慎重に運転する感じになった。
帰ってきて「キングダム」863話「飛び続ける矢」だけまず読んだ。中華十弓一位の青華雲に挑戦する蒼仁のくだり。父から聞いた十弓の教えは「極みに立つものは相手の魂の持ちようをとらえてくる」というもので、歴史をつなぐ「見えない的に向かって放つ落ちない矢」という話が語られ、その蒼仁の境地が羌瘣・羌礼によって「神韻」として感じ取られ、「龐煖のようなものが隣の戦場に立っている」と羌瘣によって語られる。
龐煖はこの作品では道を極めた武神なのだが、「人には結局神に通じる道などない」という真理に突き当たり、この物語の主人公・李信に討ち取られる趙の武将なのだが、そういう意味では青華雲に挑戦する蒼仁の戦いもそのバリエーションだと言える。
また、飛び続ける矢の歴史の連なりが人の歴史だ、という言葉からは、「人の思いの火を受け継いでいくのが歴史だ」という、韓の宮廷で李信が語った話や、「光を受け継いでいくのが歴史だ」という秦王嬴政の即位の際の相国・呂不韋との会話も思い出させる。
そういう意味では蒼仁はこの話の中でかなり重要な存在になってきたということで、19日に発売された「キングダム」78巻のおまけ漫画でも李信の軍師の少女・河了貂とのエピソードが出てきていて、李信が結ばれる相手は羌瘣だという流れが見えてきた今、河了貂と蒼仁の関係もまた注目点かなという感じになってきている。というか、この弓矢兄弟がこんなに話のテーマに重なってくる存在になるとは全く予想していなかったので少し驚いている。というか作者さんも驚いているのではないだろうか。
最後には蒼仁の放った矢の神韻が青華雲に聞き取られ、そして、という展開になるわけだが、今回は実際読み応えがあった。
キングダムは連載20周年ということで今号では表紙になっているが、次号は巻頭カラー付きとのことなのでまた楽しみにしたい。78巻の内容も、秦と趙との最終決戦の始まりということで、いろいろなフラグが建てられていて、先に書いたおまけページの河了貂と蒼仁だけでなく、昂と羌礼、李信と羌瘣、李牧とカイネとバタバタとカップリングが成立しているのも、一体どのような方向にいくのかドキドキではある。そういえば録嗚未に隆国と干央が自分の娘たちはどうだと勧める場面もあった。
「キングダム」について書くときは人名変換が大変なのだが、やはり時々書かねばという気持ちになる時がある。今回のテーマは「神韻」とでも言えばいいか。神と人との関係について、エンタメ的に描くとこうなるのかなと思いながら楽しませていただいている。
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https://forbesjapan.com/articles/detail/90033
日本国債が債権安に見舞われているのだが、日本の来年度の財政はプライマリーバランスがプラスになるという形での「責任ある積極財政」であるので、これは何か他にも要因があるのではという気がしていたが、デンマークがグリーンランドをめぐって米国債を放出するとの見方が広がったことも関係してきているのでは、という見方が広がっているようだ。ベッセントが日本の国債の不安定さを「日本製トラスショック」などと表現したのも米欧間の問題だという批判を交わすためだろうという気はした。
https://jp.reuters.com/markets/japan/NDPFC4GTXFJ4XFXGRXATYZFHLA-2026-01-20/
しかし最新のニュースではトランプがグリーンランドをめぐる関税の脅しを撤回したようで、今のところニューヨーク市場では株価・米国債価格の双方も安定傾向に入ったようだ。
https://jp.reuters.com/markets/japan/EQCEKSCA3RIWNH5CYLUYHKKAHQ-2026-01-21/
ただ、こうした問題をめぐる米欧間の軋轢というのは解決したわけではないので、「関税撤回とグリーンランドを巡るNATO(北大西洋条約機構)との枠組み開設は、投資家に対し、これが見出しリスクから交渉リスクへと移行していることを示している」とのことであり、投資家はウェブニュースの見出しで慌てるのではなく、交渉過程を注視して売買を検討する段階に入った、ということのようだ。
それにしても、米欧の対立というのはここまで先鋭なものはおそらくここ数十年はなかっただろうから、軍事的なもの以前にこうした貿易や関税、金融などの枠組みから鞘当てが始まるのだなということはよくわかった、という感じはある。
日米構造協議が厳しかった1990年代に、当時の橋本首相が米国債を売却するという発言があって米国債価格が急落したということがあったのをよく覚えているが、「見出しリスク」というのはそういうことだろう。日本はあの当時はそうした経済・金融敗戦の中で「耐え難きを耐え」てアメリカ主導の新自由主義の枠組みの中でリストラ・不況・就職氷河期というまさに冬の時代を迎えたわけだが、失われた30年の後に来たこのいわば経済異常気象の時代をどう乗り切っていくかが問われているなと思う。政治がしっかりとした舵取りをするためにはやはり安定した政権基盤が必要なわけで、今回の選挙では是非高市さんが安定多数を取れるように頑張ってもらいたいと思う。
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昨日は午前中、松本の整体に出かけたが、地元の下道も混んでいたし、高速ではなぜかトラックがめちゃくちゃ多くてあまりスピードが出せず、塩尻で降りてからも遅いトラックの後についてゆっくり走らざるを得なかったので、到着がギリギリになった。頭の疲れがあまり取れていないのだなと話を聞いていて思ったが、まあ状況的にはその通りなのでとりあえず頭がポカンとする時間を持たないとな、と思った。帰りは近くのスーパーで買い物し、同じ道を通って帰ったが、やはり遅い車が多くてなんだかなあと思ったが、まあ時間が決まっているわけではないのでゆっくり走って帰った。帰ってきて昼食を食べ、少し休んでから作業場で雑誌の整理などして資源ごみの蒐集に出せるようにしていたのだが、今朝は雪が積もっているので雑誌は出すことを自粛した。どうにもならなければ業者の蒐集ステーションに出すこともできるのだが、とりあえずは次回の資源物の日に出すことにした。ー
今朝の最低気温は今のところマイナス7.5度。資源物を出しに行った時に行きあった近所の人と「寒いですね」「寒いねー」という会話などした。
麻生太郎「自由と繁栄の弧」:20年前と比べて日本人の自己像はより傷つき、外交への期待はより高まっている/高市首相の熱弁と物価高対策/急激な冷え込みと大寒
Posted at 26/01/20
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1月20日(火)曇り
昨夜は夕方実家に戻り、6時から高市首相の解散を説明する記者会見を見て夕食を用意し、7時のニュースを見ながら夕食を食べて、8時過ぎにはうたた寝をしてしまい、目が覚めたら10時半だったのでとりあえず歯を磨いて着替えて就寝。起きたら4時。居間に降りてきてMacBookAirの準備などしてからブログ/noteを書き始めた。気温を見ると、7度。二度見したが、どうやら正しいようだ。この時期にしては高すぎる。そんなに暖かくは感じないのだがなあと思いながら、それでも昨日東京から戻ったから寒く感じるのかもしれないとも思う。昨日の東京はかなり暖かくて、出歩いていたら汗をかく感じだった。
と書いたところでガスを消したかどうか気になってしまい、東京ガスのマイツーホーに問い合わせたらメーター内にガスは流れていないということだったので大丈夫のようだった。
昨日からの流れで特に暖かくは感じないかなと思うのだが、外に出たら確かに寒くなくて、車には雨が降った後の水滴がついていた。今日は大寒である。
昨日はブログ/noteを書いた後歩いて出かけて、駅前の郵便局で記帳し、三井住友銀行でお金をおろし、文教堂で「キングダム」78巻を買い、UFJ銀行で記帳してから区役所に行って書類を出し、住民税を払った。そのまま歩いて家の前を通り過ぎて東の方の図書館近くの和菓子屋で塩サバ弁当を買って帰った。バス停にして10個分くらい、総計1時間くらい歩いた。東京はやはり自転車がある方が便利だなとは思う。
ここまで書いてから車で出かけ、作業場で少し用事をして、燃えるゴミを出しに行ってセブンに行って電気代を払い、インター近くのスタンドまで行ってガソリンを入れて帰ってきた。
昨日の話に戻ると、昼食を食べてから出かける準備をし、駐車場を出たのが2時半ごろ。それからローソン併設のスタンドでガソリンを入れた。地元はそんなに混んでなかったが首都高に乗ってから断続的に混んでいて、昨日は割と勘が悪くて進まない方の車線に入ってしまうことが多かった。2時台3時台は首都高は比較的空いているはずなのだが、何かあったのだろうか。石川PAに着いたのが3時40分過ぎだったから少し混んだかなという感じではあったが。
そのあとは基本的には順調で、途中境川PAでトイレに行き、地元のインターを降りて近くの書店で本を少し見てスーパーで買い物をし、実家に着いたときには6時ギリギリだった。
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https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015030311000
高市さんのスピーチはほぼ聞いたが、解散総選挙に向けての思いに熱弁を振るったという感じだった。ただ難しいのは物価高対策かなという気はした。政府がやれることは限られていて、ガソリン暫定税率の廃止、ガス代電気代の補助の復活、あたりはすぐにできるにしても食料品にかける消費税の2年間限定の廃止などはそうすぐにできるかわからないし、実際のところどのくらいの効果があるかはやってみないとわからない。プライマリーバランスはプラスにした予算だというが、積極財政という言葉が一人歩きして長期金利が上昇している面もあり、この辺りの対応はもう少し発言の方向性の調整があった方がいいのかもしれない。基本的には国民のマインドを積極的な方向に向けることを意識しているのだと思うが、市場はそうシンプルには取らないということなのだろう。
いろいろ手詰まりであるのは野党側も同じであることは確かなので、なんとかこの線で高市内閣が過半数の議席を取ることを望みたいとは思っている。党が増えた分は有権者の選択肢が広がったということはあるが、逆に議院内閣制の性質を理解していないのではないかというツイートも多くみられて、とりあえずはしっかり自民党が選挙をやってくれることを期待したい。
***
麻生太郎「自由と繁栄の弧」(幻冬舎文庫、2008)。まだあまり読めてないが、この本は基本的には麻生氏が外務大臣時代(2005-2007)に各所で行った演説を集めたものだ、ということらしい。それらを集めて章立てして各章冒頭にその解説を付し、それらに「はじめに」と「あとがきに代えて」、弘兼憲史氏の解説を付した、という作りになっている。
「はじめに」では「近年国民の外交に対する関心が高い」という印象を受けていて、明治から昭和にかけての時期が念頭にあるのかと思うが、それが必ずしも良いことなのかという懸念を表明した上で、いや、国民の外交への関心は確かに理由のあることなのだ、とそのポイントを三つに分けて整理している。
一つ目は「日本が歴史の曲がり角にあるという認識を多くの国民が持っている」ということ、二つ目は「日本人は新たな自己像を持ちたいと切望している」ということ、三つ目は「拉致問題など理不尽な現実に対する憤りがある」ということ、だと整理した上で、様々な問題について「日本には伝えるべき信条があるが、言葉として伝えなければ信条とみなされないから、今後はこれまでにも増して我が国外交の目指すところを論じ、国内外に伝えていくことを努力する」としていて、その中で重要なものをまとめたものだ、ということのようだ。
麻生氏が外務大臣であった時代は今から20年前で、当時の内閣は小泉内閣から第1次安倍内閣だが、例えば2006年1月当時の各国の指導者はアメリカがブッシュジュニア、ロシアはプーチン(その後一時メドヴェージェフに交代するが実質的にはずっとプーチンだろう)、中国は胡錦濤、韓国は盧武鉉、北朝鮮は金正日、台湾は陳水扁といった顔ぶれで、やはり20年もするとかなり世界は違うなとは思うが、日本は景気回復基調にあると言われてはいたけれども実質的なデフレが続いていて、失業率も4.1%と高止まりしているので、今のような人手不足状況とはかなり違う。デフレの中でも明るい兆しもあった、という感じだろうか。当時はまだ中国のGDPは世界4位であり、日本はまだ2位だった。自衛隊はイラクに派遣されていたが、2006年の6月にはサマーワから撤収する、というような状況である。
戦後の日本人のアイデンティティのかなり重要な部分を占めていたと今では思える「経済大国」としての地位は、ジリ貧ながらもGDP世界第2位ということでかろうじて保たれていた一方で、深刻な就職不況、「就職氷河期」の時代が続いていて、安倍内閣の元で「再チャレンジ担当大臣」が置かれるなど、雇用状況が深刻さを増していた時期でもあった。その後リーマンショック、民主党政権、東日本大震災ときて日本経済の深刻さが増し、日本経済全体の底上げを図るアベノミクスが実施されることになったが、雇用問題は抜本的に解消されず、現在までそれが引きずられてきているというその面でもある種の分水嶺の時代ではあった。
この時期の問題意識はそのまま現在まで同様かと言えば違う面も当然あるだろう。「日本は歴史の曲がりかどにある」という意識はおそらく現在の我々も多くの人が持っていることだと思う。「日本人の自己像」への希求というのも当然あるのだが、中国にGDPで遥かに抜かれるようになった今はその自己像はより傷ついたものになっているように思う。そういう意味で望ましいそれへの希求はより切迫したものになっているのではないか。これは今まで読んでいた先崎彰容「知性の復権」で触れられている通りだと思う。
「日本が置かれている理不尽な状況への憤り」というのは、なんというかそれをもう通り越して北朝鮮だけでなくロシアや中国に対して現実的に警戒心を持って備えなければならないという意識が深まってきているように思う。憤りという点ではむしろ、インバウンドの外国人や移住外国人に対する生活上の軋轢という形で対外問題、外交問題であるだけでなく内政問題にもなってきているわけで、それが参政党や保守党などの右派勢力の伸張を招いているわけである。こうしたことはおそらく20年前にはあまり予想できなかったことではないだろうか。
そういう意味では国内外の問題に対して、外交への期待はより高まっているのではないかと思う。
当時との状況の変化を意識しながら読むとまた意味が深くなるようにも思ったので、結局文庫をマケプレでポチった。まずはしっかり借りてきたものを読ませてもらって、読みきれないところは届いてからしっかり読もうと思う。
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8時の気温が0度。朝方どんどん冷え込んでついに氷点である。寒冷前線が通過してシベリア高気圧が張り出してきたということだろう。寒い。予報を見ると金曜日ごろから来週にかけて、マイナス10度台の冷え込みの日が何日もあるようだ。これからが大寒本番ということだろうか。
「知性の復権」読了:「自己責任の選択で孤立」し「個人も国もアイデンティティ危機」の現代/華やかな安倍さんと堅実な菅さんの最強コンビ/「豊臣兄弟」の城戸小左衛門/「昔はよかった」
Posted at 26/01/19
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1月19日(月)曇り
昨日はブログを書いた後9時過ぎには出られるかと思ったが結局10時ごろに出発した。割と快調で11時前には八ヶ岳PAでトイレ休憩、釈迦堂PAでお昼を買って、石川PAまで走るつもりだったがやはり藤野でまたトイレに行きたくなり、永福でもトイレに行って4回休憩パターンが確立しつつある。以前は八ヶ岳・境川・石川の3回で済んでいたのだが、境川でお弁当を売らなくなってから釈迦堂まで走るようになって、なぜか石川の手前の藤野でトイレに行きたくなるパターンになったのかはよくわからない。自宅には13時過ぎに到着したように記憶しているが、記録し忘れたので曖昧。
ご飯を食べて少し休憩してから出かけたのだが、昨日はどうもペースが悪かった。新御茶ノ水から神保町まで歩き、東京堂書店で少し本を読んだり探したり。ブルボン小林「ぐっとくる題名」(中公文庫、2014)を買った。薄めの文庫ではあるが600円+税。少し前ならこの値段で文庫を買えたんだなとちょっと懐かしい気持ちになった。
https://amzn.to/3ZjAkT3
書泉グランデでマンガのフロアを一周した後、そろそろ空いたかなと思って5時過ぎに文房堂の喫茶室に行ってみたら、窓際の席は5時で閉鎖になったとのこと。それじゃしょうがないと思ってギャラリー古瀬戸に行ってみたが満席。自分の行きたいところが入れないとストレスがたまるが、まあ神保町もなんだかインバウンドとか国内観光客も増えていつも行っていた人には行きにくい場所になりつつあるなと思ったり。銀座も山野楽器でCDを扱わなくなってからほとんど行かなくなった。このあたりに行けなくなると日曜に東京に出てくる意味がだいぶ無くなってしまうなと思ったり。新しいところを開拓すればよいのだが、歳を取るたびにそういうことがだいぶ億劫になってくる。昔はよかった、という老人の嘆きが自分のものになるんだなとまあ人間というのはそういうものか。
どこかで喫茶店に入りたいなと思いながら新御茶ノ水に戻り、千代田線で大手町に出て丸善に行ってみたが3階も4階も満席。まあ時間が悪いということもあるかと思い、諦めて新丸ビルの地下の成城石井でチーズケーキでも買って帰ろうと行ってみたら電気系統点検の全館休館日。まあめぐりあわせの悪い日というのはそういうものか。地元に帰り、西友で夕食を買って、となりのシャトレーゼでミルフィーユケーキを買って帰った。
夜はジム・ビームを飲みながら夕食を食べ、お茶を淹れてケーキを食べる。お茶筒を買おうと思って西友で聞いてみたがよくわからない人だったので同じフロアの100円ショップでこれならいいかなと思う透明容器を買ったのだけど、家に帰って冷蔵庫の中を見たらハムステッドのダージリンの空の缶があって、そういえば以前これをお茶筒がわりに使っていたことを思い出した。透明容器の方はまた違う用途に使おうと思う。「豊臣兄弟!」を見て寝た。
https://www.nhk.jp/g/ts/P52L88MYXY/blog/bl/pwWYoeNnb2/bp/pzn4lv1Jl0/
「豊臣兄弟!」は父の仇とかいうふてぶてしい顔芸の城戸小左衛門という悪役が出てきて、藤吉郎が敵討ちのことばかり考えているのがちょっと不自然な気がしたが、てっきりドラマオリジナル人物かと思っていたらちゃんと「槍三本」として「信長公記」に出てくる実在の人物らしくて驚いた。ただ、槍の名手であることは分かるがそれ以外のことは出てきていないようだ。寧々の養父である浅野長勝も弓の名手として同様に記述されているとのことで、またその「弓三本」の中には「信長公記」を書いた太田牛一も入っているというのもちょっと驚いた。
***
先崎彰容「知性の復権」、一応最後まで読んだ。また考えるべき点が多そうだけど、昨日読んだところでメモしておきたいことなどいくつか。
岸田内閣の「新しい資本主義」ビジョンについての評価。これはもう誰も口にしていないがそういえばそういうものがあったなという感じ。著者は基本的には評価していたが気になる点が二つあったとのこと。
著者は「新たな富国強兵」を提唱しているのだが、そのビジョンについての議論がいくつか提示されている。一つには富国論、つまり国民にとって豊かな国をつくるというビジョンのうちに、デジタル田園構想が含まれているということを挙げている。これはコロナ禍におけるリモートワークなどの定着によって、場所に縛られない生き方、これは村上春樹の言い方で言えば「デタッチメント」ということになると思うけれども、そういう方向の生き方が時代にあっているという見解で、それは違うのではないかという指摘だった。
これは村上自身が「デタッチメントからコミットメントへ」と言っているように、国や共同体から離れた生き方ではなく、それらにコミットする生き方を模索している方向になっていて、しかしまあいえばイーロン・マスクらのデジタルテクノクラートの方向性と同様、自由なノマド的な生き方の方への憧れがまだそこには反映されているのだなと思った。
逆に言えば、「すべての生き方を自分で決められる社会」という憧れが生きていて、その反面の「全てのことを自己責任で自分で決めなければならない社会」に対する理解がないと言えばいいだろうか。最近よく言われるようになったように人が生きる上で「決断」というのは結構コストのかかる行為であり、自分で決めなくて済むことはなるべく決めずにスルーした方が生きやすいということも言われるようになっているわけである。これは上手い言い方をしていると思ったのが
「個人の生きる意味を自分で考える時代では、結婚することも子どもを持つことも、性の自認も、エリート像も、死の意味づけすら、すべて自己決定せねばならない。」
というくだりである。考えてみれば、上に上げたすべてのことについて、自分としては自分の考えを持って決めてきたなと思う(その通りになったかは別として)けれども、そういう個人的な問題にかかずらわりすぎて、「自分なりの選択」にこだわり過ぎていると、いつの間にか周りに誰もいなくなっている、ということが起こるということもある。それはすべて自分の選択で自己責任だから仕方がない、ということはあるが、果たしてそれで良かったのか、ということはもちろん考えるわけである。
このあたりを著者は「集中と分散」という言葉で表現しているが、要は現代は極限まで、つまり個人レベルで「分散」が進んでいるが、中央政府の権威の崩壊やテレビやマスコミではなくYouTubeやSNSの方が視聴され信頼されるようになってきている事とか、自民党への信頼性が崩れ左だけでなく右からも新党が出てきていることも同じ「分散現象」の表れだと見ているというのは、これはかなりなるほどと思った。
そしてそのこと自体の是非は割と哲学的なテーマにもなるけれども、著者はここで現代はそんな時代ではない、と言っているわけである。つまり、「不確実性」が希望になるのは将来に明るいビジョンが持てる時代であって、先の見えない現代は不確実性が社会不安を生む時代だと主張していて、それ自体も基本的には正しいだろうと思う。新自由主義時代が終わり、ウクライナ戦争・ガザ戦争・トランプ2.0と新たなアイデンティティ戦争が始まった時代において、われわれは新たな拠り所を必要としている、というのは事実だとは思う。
そして、日本が何らかの戦いに巻き込まれたときに、自衛隊が戦うということに多分あまり多くの人たちには現実感がない。だから台湾有事に関する高市首相の発言を聞いて中国が怒ったことに中国サイドに立てばいい、というような頓珍漢な主張が出てくるのだろう。
今一番懸念されているのは台湾有事に南西諸島が影響を受けることだが、中国にとって台湾は核心的利益、つまりアイデンティティの問題なので、その意味ではロシアにおけるウクライナと同じ位置にあるわけである。
われわれ日本は中国と交戦し台湾を統治した過去があるわけで、その意味で完全な第三者であることはあり得ない。彼らのアイデンティティの構築の要素の中には必ず「日本」があるからだ。そこは軽視しない方がいいだろう。まあこれは韓国や北朝鮮についてもそうで、謝ればいいとか無視すればいいという問題ではなく、日本としてこれらの国との関係を過去と現在と未来においてどう考えていくかを整理しておかなければならないということでもあるし、それは二国間だけの問題ではなく、アメリカやオーストラリア、東南アジア諸国まで含め、米中対立の現実を踏まえたうえで説明できなければいけないわけである。
だからこれは理念、贖罪や感謝みたいな話だけでは済まないことで、中国には迷惑をかけたがそれなりには代償を支払ってきたし、共産主義を拡大することや軍事的な拡大は容認できないとか、プラグマチックな姿勢が必要になる。また大日本帝国の拡大政策をなぞっているように見える中国の方向性に警鐘を鳴らせるのも日本であるかもしれない。
戦後の問題はあまりにもすべてが「生者の論理」でのみ語られていることだ、という著者の主張は全くその通りだと思う、自衛隊が戦えば、今までなかったことだが、当然ながら戦死する人も出る。その人たちは靖国神社に祀られるのだろうか。国家はその死にどう責任を持つのか、そこも曖昧なままだというのはその通りだと思う。
また核兵器保有論についても清水幾多郎と福田恒存の議論が取り上げられているが、被爆国であるがゆえに核保有の権利があるとする清水に対し、福田は「歴史と自然を身にまとい充足した存在としての個人的自己を確立する方が先決問題だ」としていて、そこで明治の保守主義者たちの見解を参照すべきだ、と著者はいう。
戦前のアジア主義と戦後の自由と民主主義を比べて、日本人の多くは「自由と民主主義の方がいい」と考えるようになり、民主主義社会が実現したのはよかったが、それがアメリカに守られた平和の枠内だったから可能だったわけで、これからはそうはいかないというのも事実だろうと思う。そして北朝鮮がやったように核兵器を持つことである程度のフリーハンドを持つことができた、というのもまた現実だろうと思う。
現代が近代世界システムの危機なのは、今まで世界の秩序を守ってきたアメリカに伍していこうと中国やロシアなどの未経験者が出て来たことで、彼らの自己像と客観的な存在とのギャップが今までも悲劇をもたらしてきたから、というのはこれは常に時代の転換期においては起こってきた。モンゴルという覇者がそういう意図はなくてもある意味イスラム文明の息の根を止め、中国文明を全く変質させてしまったとか、そういう「世界の覇者の初心者による過去の世界の破壊」というのは何度も起こってきている。
そしてそれらの国々において、同じように自分のアイデンティティ、つまり尊厳を尊重されないと感じて苦しんでいる人が多く、またそれによってナショナルアイデンティティを軍事的な形で獲得しようとする国が出てくることにもつながるということではないか。
新しい時代の戦争はイデオロギーの闘いではなくアイデンティティの闘いだ、というのは小林よしのりが何かの本で20年くらい前に言っていて、これはその当時はあまりよくわからなかったのだけど、今になれば非常によくわかるようになってきている。アイデンティティを尊重するというのはつまりは公正に扱い、扱われるという話であって、これは女子枠問題やいじめ問題についてもすべて通底している話だろう。身近な面から軍事外交に至るまで、現代ほどこの視点が必要な時代はない、というのは著者の主張に同意できるところが大きいと思った。
***
https://note.com/kous37/n/n265af6285672
昨日も菅義偉元首相について書いたのだが、その後もツイッターでいろいろなツイートを読んでいて、思ったことがあったので追記しておきたい。
https://x.com/cynanyc/status/2012453944195510327
こういう評価を読んでいて菅義偉元首相に関してなるほどと思うのは、個々の政策に対する嗅覚が優れていたということなんだなと思う。安倍さんがグランドデザインを描くのに長けていたのに対して、個々の政策の実行は菅さんが抜きんでていた。菅さんが官房長官の時の安定感はその辺から来るのだろう。安倍首相、菅官房長官の最強コンビ。安倍さんが憲政史上最長政権を維持できたのも、菅さんあってこそということもあっただろう。
私などは政治家のグランドデザインには関心があるが個々の政策についてはそれほどでもない。だから菅さんの凄味とかがいまいちピンときてなかったのだろうなと思う。
安倍首相が必要以上に悪魔視されたのはグランドデザインを描くキラキラした総理大臣であることへのアイデンティティ的な嫉妬もあったのだろうなと逆に思ったりはした。
でも菅さんの実績に比して、自民党は菅さんの扱いが軽すぎたなと思う。もちろん派閥の論理などもあり、その点では軽量級の菅さんではなく、派閥の長が首相になるべきだという力学が働いたところはあったのだろうと思う。しかし菅さんが2021年の総裁選で再選されていれば、翌年の安倍元首相暗殺事件や、そのあとの政治の動向も全く違ったものになっていただろうと思うと今更ながらに残念だなと思う。統一教会問題の処理や政治資金問題の処理ももっと現実的な、はっきり言えば「安倍派憎し」の処理にはならず、そういう意味で自民党が必要以上にダメージを受けることもなかっただろうと思う。
まあこの辺は後付けの論理であることは確かなのだけど、政治家の実力や功績というものを同時代で正当に評価することがいかに難しいかということでもあると思う。もちろんそれは政治家に限ったことではないのだけど。
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- 「多くの人の話を聞く政治家の凄み」と「相手の尊厳を尊重しつつ日本の自己像を受け入れさせること」:麻生太郎「自由と繁栄の弧」と先崎彰容「知性の復権」/阪神大震災31年と第6回共通テスト
- 立憲と公明の選挙対策新党と解散総選挙、メローニ来日など/激変する世界の中で日本はどういう自己像と世界像を提示していくべきか:「知性の復権」を読んでいる
- 国中が天安門になったイラン/「久米宏」再論:彼はなぜ最後まで「権力」を引き受けなかったのか
- 久米宏氏の訃報と「報道のバラエティ化」「日本政治の変動」の功罪/レアアース問題を理解するために基本的に押さえておきたいこと/衆院解散と国民民主党/アメリカ保守派と日本近世思想の意外な近さ
- 「映像の世紀」:台湾の存立に日本ができること/アニメ「正反対な君と僕」第1回をみた:原作に忠実なアニメ化に愛おしさを感じた/「知性の復権」:テクノリバタリアンとアメリカ国家/不順な天候
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