大正修養主義とか世の中を良い方向に変化させていく動きとか

Posted at 19/05/25

自分は何をやりたいのかなあとかいろいろなことを考えていて、例えば生活の芸術化とか、自然と人為の調和とか、まあいろいろなことを考えるのだけど、まあ世界が自分がそう感じられるという意味で美しくなってくれるといいなとは思って、まあでも自分がそう感じるような美しさは願い下げだと思う人もいるんだろうなとは思うので、まあそこは自分のやりたいようになんとかそういう世界に近づけるよう動いていくしかないのかなとは思う。

まあそんなことを思ううちにそういうようなことってどこから出てきたのかなと思うと、「我は宇宙の中心なり」と言った野口晴哉とか「自然と人為の調和」というのは調べてみたら山岸巳代蔵だったが、あるいは「私という現象」と言った宮沢賢治とか、まあなんかその辺りの雰囲気というものがあり、その辺はつまり大正修養主義とでも言えるものが背景にあるのだと思う。生活の芸術化はラスキン・モリスとかのArts and Craftsから日本の柳宗悦ら民藝運動への流れにある。

この辺は座禅ブームとか知的エリートというよりはもう少し下の刻苦勉励するようなクラスが中心でそれがエリート層にも共感されていったような感があるのだけど、例えば霊友会とかの新宗教やマクロビなどの運動の起源もこのあたりにあって、その割と混沌とした世界観のようなものに自分の思想的・感性的ルーツがあるような感じがする。

というようなことを考えて近代日本の思想の流れ、ハイカルチャーというよりは大衆上層部みたいなものの思想の流れみたいなものを考えてみると、明治の啓蒙主義・実学主義から大正の修養主義・理想主義(白樺派とか)へ、能力向上から魂の向上へ、みたいな流れがあり、それが昭和になるとエリート主導の教養主義へ、古典重視や世界志向、恒久平和論などにつながり、それが敗戦で一度全ておじゃんになって、様々な戦後理想主義が次々に挫折して昭和後期の戦後相対主義的ななんでもあり的な方向へ行って、そのそれぞれのムーブメントが燃え尽きていったのが平成の荒れ地である、みたいな見取り図ができるなと思った。

まあ最後は多少言い過ぎかもしれないが、まあそこで新たに令和の揺籃があろうと思うのだけど、それがどんな風な方向へ行くのかはまだこれからで、まあとりあえず日本をネオリベの実験場、食い物になっていることの状態をなんとかしていかないといけないなという風に思う。(いきなり政治的)

政治にしろ経済にしろ、本来は世の中の舵取りに過ぎなくて、世の中を良い方に変化させていくのはより大衆的なムーブメントや個々の営為であると思うのだけど、そういうものにもう少し焦点を当てて世の中が良くなり明るくなるような方向性を見出していければいいなと思う。

これからは「世の中を良い方向に変化させていくように感じる動き」になるべく焦点を当てていきたいと思う。まあ自分の仕事も含めて。

キモチップとナルシシズム

Posted at 19/05/24

全国的には暑いらしいのだが、あまりそうは感じず、今も暖房をつけたり消したりしている。日中も、セーターを着たら暑いけどベストだと少し腕が寒い、というような感じ。割と不思議な気持ちで初夏の猛暑のニュースを聞いている。

とはいえ季節は移ろい、花も次々に盛りを迎えては、次の花にその艶の盛りを譲っていく。そろそろ花菖蒲が美しい季節になってきた。郷里の方では、そんなに花菖蒲が見事な場所はないのだけど、東京に行けば近くの公園に見事なところがあるので、それを楽しみにしたいと思う。

昨日はどうも朝に自分のペースを失うようなことがあって、そのあといちにちうまく回転しなかった感じだったのだけど、今朝は昨日のことを考えて、なんでそんなにアワアワしてしまったのだろうと思ったりしていた。やりたいことがいまひとつやれてない感じ、というか疲れが出た感じがしていたこともあって、このところ自分が持っていたビジョンに頼ってしまう感じがあって、そのビジョンそのものを揺さぶるような出来事があったのでどうもなんだかアワアワしてしまったのだろうなと思う。体調もイマイチだったのもあるし。

今朝はやや睡眠時間は短い感じがするが、割合スッキリと起きられて、多分まあちょっとまたペースが変わったのだろう。今日は松本に出かけて体を見てもらうので、そういう気持ちと体の整理の仕方ができているということもあるのだろう。

夜、ネットを見てたら「キモチップ」という話題で私のタイムラインが沸騰している感があり、色々読んでみて思ったのは、ナルシシズムというものをどのように扱うかという問題だなということだった。20年くらい前か、「ナルシシズムという病い」という本を読んでから、ナルシシズムというものは自分にとって一つの自分を見つめるテーマになっているのだけど、自己肯定感が変な方向に行くとそうなる場合もあるし、また自己評価が極端に落ちている場合に反転してそうなってしまう場合もあり、要は「イタい」とか「キモい」と後から自分でも思うような状態になる場合がある。それが自己認識だけならいいのだけど、ネットでものを書いているときにそういうものが表に現れたりすると多くの人にそのヤバさが伝わったりしかねず、そのあたりは自戒しなければと改めて思った。




自己表現を仕事にする人には、多かれ少なかれナルシシズムはある場合が多いし、場合によっては反転して自虐的な形でナルシシズムを表現しているんだろうなあと思うこともある。ただそのことを自分でどこまで自分を見られているか、自己を透徹して見つめられているかというのは結構重要で、それができていないと本当にただキモいだけ、痛いだけになってしまう。

作家で強烈なナルシシズムを感じる人といえば私は石原慎太郎さんなのだが、ただ、彼の場合は自己に対する深い絶望のようなものも感じられて、それが彼の表現を表現として成立させている部分が大きいように思うことがある。何が自分の表現を成り立たせているのかを自覚しているかどうかが表現が強靭であり続けるためには必要なことなのだと思う。

村上春樹さんの場合は、村上龍さんの場合は、またそれぞれの新しい人たちの場合は、と考えていくと色々あるが、歴史物を書く人達とかにしても、結局そのあたりの自覚が中途半端な人の作品は、あまり読んでいて面白くない。

まあそんなことを考え始めると自分の表現を成り立たせているものは何か、というかまああんまり成り立っていない気もするが、成り立たせることができるとしたらどういうものが根拠になるのか、みたいなことを考えてみたくもなってくる。

まあそんなこともまたそのうち書いてみようと思う。

多分書くべきことはあるのだけど

Posted at 19/05/23

いまだに朝はちょっと暖房をつけてしまう。もう季節は二十四節気で小満だから、初夏なのだけど、なんとなく寒い。もともと私がさむがりだということもあるのだけど。

一つの風景が見えて、それがわくわくするものに感じて、それに乗っていこうとすると、それを幻滅させる何かが現れる、ということはどうしても起こるのだけど、あまりそれにこだわりすぎないほうがいいなと思う。自分を支えるものは一つだけではないはずで、あまり一つのものに荷重をかけすぎないほうがいい。

先週は庭のあやめがとても綺麗だったのだが、今週にはもう花は落ちていて、芍薬ももう先日の雨で散ったようだ。石楠花はまだずっと綺麗で、花しょうぶが咲き始めた。ツツジもそろそろ咲き始めている。季節が移っていっても花が咲いているというのは心が和む。

先日山野楽器の1000円均一で買ったドビュッシーのピアノが良くて、車に乗っているときはよく聞いている。ドビュッシーとか、ジャズピアノとかが車に乗ってるときは一番あっている気がする。シンプルすぎず、主張が表に出過ぎず、複雑すぎず、大きすぎず、小さすぎず。

多分書くべきことはあるのだけど、何を書いたらいいのかと思う。今朝もバングラデシュ出身のイスラム過激派の首謀者が立命館の准教授だったとか少し驚くようなニュースがあったり、それぞれが論じるにたるテーマは色々あるのだけど、とりあえずそういうものは専門家が適切な分析をして示してくれるのが一番だろうと思うし、政治的なことや国際的なことで私の立場で論じるべきものは本当はそんなにないのだろうと思う。ただ、それぞれのことについて思うことがあるときは書かないこともないけれども、大体はツイッターで呟くくらいの内容でしかない場合が多い。

非専門家がブログで書くというのは結局は感想であるとか、専門の枠に閉じこもらないもっと大きな視点からの思考でないとあまり意味がないと思うのだが、そういうものは往々にしてその人のスタンスからの偏見に満ちているものが多くて、なんだかなあと思う。一昔前は左翼リベラル系の世界絵図からのものの見方、みたいなものが鼻につくことが多かったし、今でもそういうものは結構あるけど、今より鼻につくのはネオリベ系というかオレ様系というかのものの方が多いな。

こういうのは教養が感じられないものが多いし変なマウンティングがあったり狭い枠からしか見ていないのにドヤ顔だったりしてまあ読むに耐えないものが多いからあまり読んではいないのだけど、それなりに影響力があるように感じるので困ったものだなとは思う。

私は国内的には反緊縮・雇用拡大・労働分配率上昇・内需拡大で少しでもより広範囲の国民に余裕を持たせて経済がなるべく内需中心で回るようにしていくことが大事だと思うし、国外的にはタカ派というよりはより油断なく国際状況に対応できるようにしていくべきで、そのためには軍事的な選択肢も取れるような態勢を持っっていた方がいいという考えで、中国はもちろんアメリカだってそんなに信用・信頼しすぎない方がいいという考えなのだけど、どのくらいの人がそういうスタンスなのかもあまりよくわからない。

まあ文章を書く以上は少しは面白いなと思ってもらった方がいいし、読んでためになったと思ってもらった方がいいのだけど、まあぼちぼちだな。

休み休み

Posted at 19/05/22

昨日は低気圧、大雨、大荷物という三重苦で郷里に戻ったのだが、途中甲府あたりからは晴れてきて、郷里に着いた時にはもう晴れ渡っていた。ただ、調子を崩したのかどうにも寒さを感じ、夜は仕事中暖房をつけていた。

疲れが出ているのは明らかだったので、夜寝るのも11時には寝てしまい、4時前に目が覚めて入浴した。しかしちょっと今日は手を抜いたほうがいいなと思って二度寝して、起きたのは7時ごろになった。

ここのところ、頑張りすぎないようにはしていたのだけどちょっと頑張りすぎたかもしれない。今日はちょっとブレーキをかけ加減で、ないしはギアを落として行動するようにしようと思う。

知らないこと、専門外のことを知っていくのも楽しいのだが、昔に比べるとそういうものを受け入れるキャパが狭まっているのだろうなと思う。受け入れる部屋みたいなものが自分の中で作れると多分そんなに大変ではないのだが、自分の頭の中というのも結構古家になってきているなあと思う。まあ身体全体古くなってきてはいるなとも思うけど。

休み休みやっていこう。

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