「おどろきのウクライナ」:国民国家なきイスラム世界/中国の権威主義的資本主義のゆくえ

Posted at 22/12/08

12月8日(木)晴れ

今年も12月8日がやってきた。日米開戦から今年で81年か。8月15日や9月3日より、この日が日本のその後の運命を決した日だなと思う。アメリカと戦うという意志を示したという点では当時の世界にとって驚天動地のことだったと思うし、良くも悪くもその後の日本の行先を限定されたものにした、一つの出発点がこの日だったと思う。この日の決断については考えたほうがいいことはたくさんあると思うが、今後の日本の運命が良い方向に向かうよう、祈りたいと思う。

昨日は松本に出かけて整体を受けてきて、体の感じも少し改善したが、なんだかちょこちょこと動くことが多くて結構疲れたのだけど、夜は早めに寝たのに4時間も寝ないうちに目が覚めてしまい、頑張って布団の中にはいたのだが、4時半に起きていろいろ動いている。


昨日は橋爪大三郎・大澤真幸「おどろきのウクライナ」を読んでいたのだが、これは2021年から22年にかけての両者の対談本で、最初の2章が「アフガニスタンとアメリカ」と「中国とウイグル」をテーマにしていたのが、ロシアによるウクラな侵攻が起こり、後の3章がウクライナについて話すという内容になっている。

逆に言えば最初の2章はウクライナ侵攻以前の世界について話しているということになり、侵攻後の世界に生きている今の我々にとっては少し違う感じもある。しかしそれはそれとして、自分などが考えていない角度からの考察もあるので興味深いことは多かった。

一つはイスラムについての分析で、イスラムに内在した論理の研究のようなものをどちらかと言えば読んできたこともあり、国際政治においてイスラムをどのように見たらいいかというところが興味深かったのだけど、特にイスラム世界にはイスラムの論理だけではネーションステート(国民国家)が成立しない、という話が興味深かった。

日本や西欧における「国家」というのは一種の「社団」と言えるわけだけど、それは西欧では教会が政治的権能を持たなかったために世俗の統治社団として国家が成立し、それが絶対主義時代の主権国家から現在の国民国家になったと考えられているわけだけど、統合の原理としてはもともとその国の教会があると。イスラームはウンマという信者全体の共同体はあるが、聖職者の存在は本来なく、イスラム全体を統べる統治者=カリフ(シーア派ではイマーム)は認められるが現在では存在しないので、いわば場当たり的な統治権力がその場その場で成立するだけで、国家の存在を正当化する論理はイスラムからは出てこないという指摘はなるほどと思った。

しかしアメリカにしても西欧にしても国家とはこういうものという観念が強くあるので、アフガニスタンという領域には当然アフガニスタンという国家があるはずで、それはイスラム原理主義組織のタリバンではダメで、違う権力が必要だという形で介入したものの、アメリカが去ればあっという間にそれは瓦解し、再びタリバンが支配的になったが、タリバンもアフガニスタン全体で支持されているわけではない、それはタリバンの支配を正当化する論理がないからだ、というわけだ。

しかし橋爪さんは比較的タリバンを評価していて、つまりはタリバンは紛争解決能力があると。タリバンはもともとイスラム神学生の組織だから、イスラムに基づいて紛争を裁く能力があり、それによって支持されている側面が強いと。それに対して大澤さんは否定的で、暗殺された中村哲さんによるとタリバンにはそれほどの能力がないと。むしろ中村さん自身がそれぞれの利害対立のある集団の紛争解決に努力してよくそれを解決していた、ということを言っていて、ただ理屈としてはタリバンはイスラム法は理解しているわけだからそれに基づく解決というオーソライズができるけれども中村さんは恐らくは利害調整をしていただけだから、そこで本当の意味での納得が得られたのかどうかはどうなんだろうなとは思った。ただ、少なくともアメリカ的な一方的な紛争処理よりはマシだっただろうとは思うのだが。

第二章は中国がこれからどうなるかということだけど、文化大革命があったから改革開放が成功した、という話は本当かなと思いながら読んでいたけれども、大躍進は失敗して改革開放が成功したのは、文化大革命においては毛沢東のカリスマのもと中国の地主支配の構造=旧秩序が徹底的に破壊されて全て共産党による資源となったため、それらを使って資本主義化することが可能になったという考察だそうで、逆に言えばなかなかこれだけ大胆な考察は中国研究者にはし難いかもしれないなあと思った。

西欧や日本における「自由主義的資本主義」しか資本主義はないと思われてきたが、中国の「権威主義的資本主義」が成功しつつあるように思われる現状をどう評価するか、という話も面白いなと思うのだが、私の中では中国は今のところ開発独裁の延長線上にあるだけ、みたいな見解が結構強い。

ただ中国は「皇帝支配のもとでの経済発展」という2000年以上の歴史を持っている、という指摘はまあそれはそうだなと思った。システムとしての資本主義は政治的自由がなければ成立しない、という見解を否定するような現象が中国で起こっている、というのは私はどうも「それほどのことはないんじゃないか」という気がしてしまうのだが、独裁国家が国家主導で経済を発展し戦略的に重点分野に投資するということ自体は少なくとも今はそれなりにうまくいっていることは確かだ。むしろ日本の方が「自由の重荷」のようなものに喘いでいることもまた確かなので、これは比較資本主義みたいな感じでもう少し考えてみると面白いのだろうとは思う。

ただ、現代の中国共産党政権の権威主義的な支配は、伝統的な儒教原理の「天命による支配」という正当化はできないわけで、でも現実には「王朝樹立者」である毛沢東の「後継者(いわばカリフ)」としての正当性しかないというのだが、私は実際には「10億人を食べさせていること」そのものが今は正当性の根拠になっているのだと思う。だから経済的にうまくいかなくなった時にどういうことが起こるかという問題があるので、中国共産党自体が経済に強くコミットするようになっているのだと思う。

しかし、習近平の無期限支配のようなものが定着しつつある現在、どのような支配原理でいこうとしているのかは割と難しい、というか香港を取り戻し「台湾を取り戻す」ことによる「中国世界の回復」を成し遂げたという正当性をその根拠にしようとしていることは感じられるわけで、ちょっと怖い感じはある。

ロシアがウクライナ侵攻をするのも「ロシアの大国としての正当性」の回復という目標は感じられるわけで、中国はここから学ぼうとしているのはよく見えるから、日本としてもウクライナを援助するしか道はないなと改めて思った。

ウクライナについての章はまた改めて感想を書きたい。


ちゃんと息をすることの大切さ/考えがないのではなく知られたくない/「おどろきのウクライナ」批判と対立の三つの形態と保守のありよう

Posted at 22/12/07

12月7日(水)晴れ

昨日は母を病院に連れて行ったり、またなんだかんだとあっていろいろ疲れたのだがまだワクチン接種からの回復過程の感じがあってちゃんと昼寝ができたから午後から夜にかけてはまあまあの感じで過ごせたのだが、どういう具合なのかあまり深く眠れなくて12時前に寝て4時ごろ目が覚め、なぜか「質量mの弾丸が時速200キロで高さ1メートルのところで10センチの壁に当たり突き抜けた後1メートル飛んで床に落ちた。壁を貫通したエネルギーはどれだけだったか。また貫通しないためには壁の厚さをどれだけにしたら良いか」みたいな問題を考えてしまっていて(昨日取り組んだとかいうわけではない)、そんなものを考えても全然意味ないのにそれに取り憑かれてしまっていたので起床した。

起きたら壁の時計が止まっていた(電波時計なのだが、時々止まる。朝止まっていることが多い)のでそれをリセットしたり、入浴したり洗い物をしたりお米を研いで炊飯器にセットしたりしてから車で出かけた。5時半過ぎだったがまだ真っ暗で、走っているうちに東の空が少し明るくなったので空と山の写真を撮った。

今やるべきことを考えていて昨日割とポジティブな感じの方向性を考えていたのだけど、運転しながら考えていると実はポジティブというよりは他にできないからそう考えるしかないみたいなネガティブな方向から出てきたポジティブなんだよなあみたいなことに思い当たった。でもそれを自分がポジティブにとらえて「頑張ろう!」みたいに思っているとそれに縛られてきて苦しい、みたいな感じが起こるから、これはネガティブなところから出てきた考えなんだとネガティブな感じで考えていると落ち着く、というか肩の力が抜けてちゃんと息ができる、みたいなところもあるなと思ったり。いずれにしても、「ちゃんと息をする」ということは大事だなと思った。

「最近の若者は自分で考えずに答えを求めがち」と言われることが多いが、実際には「考えが無いのではなく、人に知られたくないのだ」、というツイートを読んでいてそうだなと思ったのだけど、自分の考えを言って否定されるよりはその場に相応しい答えを探して答えている、ということなんだろうなと思う。「君のことを大大大大大好きな100人の彼女」で「いまあーしの表情、あってる?」というコマがあったけど、「その場に相応しい表情ができているかどうか」みたいなことを気にせざるを得ない環境の中で彼らは生きているところがあるんだろうなと思う。壁を作らなくてもちゃんと息ができるような世界にしていくことは大事だと思う。

「おどろきのウクライナ」を読んでいて考えたのは、「批判」というもののいくつかの形態について。

一つ目は、とりあえず相手の土俵、少なくとも「共通」と考えられている土俵に立って相手を批判する批判。例えば、「差別はいけない」と主張してサッカーワールドカップカタール大会でもカタールの差別に反対するパフォーマンスをしたドイツが、放送で日本に対して差別語を使い、配信もされた、ということに日本人が抗議するのは、「差別はいけない」という西欧の、あるいはその認識が国際社会の前提となっている土俵の上での批判ということになる。ネット上の批判の多くもそういうものが多いだろう。

二つ目は、逆に相手の良しとする価値をあえて否定して見せる批判。これは例えばタリバンが「男女平等」や「女子教育」が西欧社会において重要で素晴らしい価値であるとされていることを前提とした上で彼らの支配地域においてそれを否定するというようなもの。この辺り、伝統的なイスラム社会においてどう考えられてきたのかはよくは知らないので伝統の復活なのか単なる西欧の否定なのかは断言はできないのだけど、西欧は彼らのことを「未開だから」と判断しがちだが、彼らはその価値をある程度認識した上であえて否定に来ているので、それは前近代性の問題ではなく現代における問題だという指摘がこの本にあって、それはなるほどと思った。

ただ彼らは最新の通信機器や兵器など新しいものは進んで取り入れているし、近代文明そのものを全否定しているわけでもない。対談者の橋爪大三郎さんは「彼ら自身も自分たちがどうすればいいのかわかっていない」と言っているが、そこまで断言は私は今の所できないけれども、カタールにしろ中国にしろ自分たちの基準で豊かにはなりたいし強国にはなりたいけれども西欧の基準で自分たちを律せられたくはないということははっきりしているだろう。そこは日本もある程度そういう部分はあると思う。

三つ目は、従来よしとされてきた論理の延長線上に自分たちの正義を設定し、破壊的に既存社会を攻撃するような批判。原理主義とか急進主義、今はwokeismと言われることが多い現象だが、これはもちろん昔からあった。

これは進歩派と保守派の対立の中で、進歩派が主導権を握ろうとした時、進歩派の中も急進派と漸進派に別れてきて、そこでの対立が抜き差しならないものになることが多い現象として従来はあった。フランス革命においてはモンターニュ派とジロンド派の対立などがそれだけど、現代のwokeismにおいては穏健リベラルな立場からの急進派に対する批判が弱いのが今までの傾向とは少し違う感じがあり、ただwokeismがあまりに強くなると従来大事にされてきた市民的価値・市民的自由というものが損なわれる恐れが強くあるように思うので、この辺のところはなるべく穏健なラインで収拾がつくと良いなとは思っている。

この三つは、一つ目が自由主義・民主主義的国内・国際制度内、つまり「近代の内側」での対立、二つ目は文明間の対立、三つ目は急進派と漸進派の対立というそれぞれ性格の違う対立なのだが、それぞれの形での対立が最近強くなってきていることは感じる。社会であるとか人類であるとかを守っていくためにはそれぞれの方向性の極端化を最小限に抑えていくような保守主義的な思想が大事だと思っているのだけど、第一の対立においては民族的伝統的(一概には言い難いが)な価値を大事にする保守主義的な価値観、第二の対立においては相互理解・共存主義的な価値観、第3の対立においては論理の飛躍を抑制する漸進主義的な価値観が大事だとは思っているのだけど、第二の対立が一番具体的なプランが今のところ自分の中で思い付かない感じはある。

ワクチン接種の一両日

Posted at 22/12/06

12月6日(火)曇り

一昨日ワクチンの4回目を打って、一昨日よりも昨日の午前中の方が腕も痛いし調子が悪かったのだが、ワクチンを打った時の対処法などを調べて少しやってみたら、午後にはだいぶマシになっていろいろ滞っていた作業、と言っても主にお歳暮の手配だが、を進めることができた。

主にネットで手配したのだが地元の産品を送りたいところが2件あり、市内の割とお洒落系のそういうものを扱う店に行ったのだがピンとくるものがなく、思案しつつ岡谷のモールまで行って見てみたら送料安い系で地元のお菓子を送ってくれる店を見つけ、そこで頼んだ。体力的・精神的余裕があればヤマトの箱を買ってきてその中に入るだけいろいろなものを詰めて送る、みたいなことをしたらいいかなと思ったのだけど、そこまでやっている余裕がないので簡単に済ませた。今の生活の仕方を変えない限り、そんなに余裕のある贈り物はできないなと思ってしまうが、なるべく楽しく豊かに暮らしたいものだと思う。

夕食の買い物をしてから書店に行き、本やマンガ、雑誌を見ていたがとりあえず欲しいものはなく、中古のCDのフェアをやっていたのでアルバン・ベルクの弦楽四重奏曲を買った。それからスケジュール帳をどうしようかというのが懸案だったのだけど、割といい感じでそんなに高くない手帳を見つけたのでそれも買った。

家に帰ってから夕食を食べ、橋爪大三郎・大澤真幸「おどろきのウクライナ」を読もうと思ったのだが、あまり読む前に眠くなってしまって読み進められなかった。まあなんだかんだ言ってもワクチン接種は一両日は大体潰れるなと改めて思った。

「鎌倉殿の13人」第46回「将軍になった女」を見た:「独裁者にはなれても主君にはなれない」義時と「主君になった」政子/ワクチン接種と新しい照明

Posted at 22/12/05

12月5日(月)曇り

昨日は4回目のワクチン接種に地域の拠点病院に出かけた。住所地外なので少し手続きに手間取り、行った順番より少し遅れたが、特に問題なく接種を終え、待機時間は病院の駐車場の1時間無料のギリギリにはなったが間に合って湖畔に出た。

しかし湖畔の道路がとても混雑していて、これはちょっと目的の店に行くのは大変だしそこも混んでるかなと思って昨日はやめにしてセブンでお昼を買って帰った。今まで副反応はほとんど出ていなかったが、昨日はもともと左肩の力が抜けない感じになっていたせいか駐車した後に痛い感じが残っていて、なんとなく気だるい感じで1日なるべく何もしないようにして過ごした。

ただ、昨日は父の13回目の命日だったので2時ごろ頑張って出かけて夕食の買い物と花とお供えを買ってきて、仏壇に供えたあとお墓に出かけ、お参りもしてきた。お彼岸やお盆は多くの人が出ているが、特に他の人は関係ない命日は誰もいなくて、天気はやたら良かった。

午後も基本的には何もせず、普段なら夕方岡谷に出かけて買い物に行くのだが、昨日はずっと居間でソファーに横になったりして過ごした。一昨日に照明が故障したことを書いたけど、その日の午前中にエディオンに出かけて照明を探して、もちろんLEDのものしかなかったが8畳以上の和室用で12000円ほどのものがあったのでそれを買ってみた。家に帰って点けてみると思ったより明るいのだけど、もともともう少し明るくてもいいなと思っていたのでそれはいいかと思っている。元の照明が接触が悪くてコツが必要だったから、良くなったということにしようと思う。

久しぶりに夕方から少し飲んで、鎌倉殿に備えた。

***

「鎌倉殿の13人」第46回「将軍になった女」を見た。

https://www.nhk.or.jp/kamakura13/story/46.html

全体のドラマの起伏としては来週のクライマックス、「承久の乱」に備えた準備の回という感じではあったが、なるほど最大の見せ場のためにこの回が必要だったのだなと思わせる部分がたくさんあった。

今回は基本的には政子と実衣の姉妹の話だったと言っていいだろう。頼朝未亡人である政子と、頼朝の弟・阿野全成の妻であり暗殺された将軍・実朝の乳母だった実衣。実衣には阿野時元という実子があり、源氏の血を引く彼は鎌倉殿の地位につくことを希求していたし実衣もまたそのために動こうとしていた。

しかし朝廷との関係を最重要視して次の鎌倉殿を考えている義時たち幕閣首脳にとっては源氏の血を引くだけで鎌倉殿の地位を望むものたちは障害であり、公暁を押したてて後継者にしようとした三浦義村は、義時の信任を得るためだろう、甘い言葉で二人を罠にかけ、時元は討たれ実衣は幽囚の身となる。実衣の断罪を求める義時らに対し政子は断じてそれを許さないという姿勢を貫くが、はっきりとした手も打てずに鬱々としていた。

一方親王の下向をめぐって駆け引きを繰り返す幕閣と後鳥羽上皇だったが、最終的には時房が千人の軍勢を引き連れて京に上り、上皇との交渉に臨む。二人は蹴鞠で決着を決めようとまるでワールドカップのような話になるわけだが、明らかに時房が勝ったのに兼子に勝ちを譲らされ、「微妙な判定」みたいになるのだけど、時房は自分が負けたと勝ちを譲ることによって上皇も親王は下向させないが摂関家の藤原三寅(頼朝の妹が一条能保の妻であり、二人の娘と九条良経の子が九条道家で、その子が三寅。つまり頼朝の妹の曾孫)を下向させるということで話がつく。三寅の曽祖父の九条兼実は物語で上皇のそばにいつも出てくる慈円の兄であり、物語では慈円が鎌倉に下ってその旨を告げる。政子と義時の前で三寅の家系を滔々と述べる慈円役の声優・山寺宏一さんがタイムラインでは話題になっていた。

気が重い政子は民衆に触れたいと思い、大江広元の勧めで泰時と共に施餓鬼を行い、多くの貧しい人々の暮らしに触れる。この辺り「伊豆の田舎の娘」が政子の芯にあることを思い出させる。その際に貧しい男に「自分も子供を3人亡くした」とか貧しい娘に「政子は憧れだ」と言われるのだが、これは亀の前の「後妻(うわなり)打ち」の騒動の時に亀の前に言われたことで、自分が既にその立場になっていることを自覚することになるわけだ。

政子は自らが表に出る、つまり鎌倉御家人たちの主君となることを決意する。これは政所を開けるのが三位以上の公卿に限られその位を持つものが鎌倉には政子しかいないという史実に基づくことでもあるのだが、劇中では実衣の罪を免じるために政子が動いた、という話の展開になっていた。

この辺りは面白いと思うのだが、義時はどんなに実質の権力を握っても家柄的にNo.2以上には上れないわけで、鎌倉武士たちの「主君」になることはできない。だから義時は「独裁者」になることはできても「主君」になれるのは政子だけなのだ。No.2の執政であれば身内を優遇するようなわがままは禍根を残すが、主君であれば多少のわがままは許される、というのは事実だろう。政子は自ら尼将軍になることで実衣を救った、というストーリーはよくできているし、これが来週の展開に効いてくるのだと思う。

政子は実衣に放免になったことを告げる際、「二人だけになってしまった」という。兄弟は義時も時房もいるのだが、男子を全て失った母としての共感は二人だけのものだろう。この時点で政子には頼家の娘である竹御所という孫がいて、実衣にはのちに公家としての阿野氏を名乗る娘(子孫に後醍醐天皇の寵姫だった阿野廉子がいる)はいるのだが、子を失った母としての悲しみが共有できることに違いはないだろう。

義時の現在の妻であるのえ(伊賀局)は自分の子である政村を執権の後継にしたいのだが、義時は取り合わない。そこで八重(伊東祐親の娘)や比奈(比企能員の一族の娘)は謀反人の娘だとか、八重が訳ありだとか義時の地雷でタップダンスを踊るようなことを言い出す(タイムラインで見た表現)が、これは先週の回で義時に「八重や比奈はもっとできたおなごであった」と言われたことの意趣返しの意味もあるだろう。政村の烏帽子親は三浦義村で、またここでも義村が顔を出すことになるのだが、今書いていて今後の展開の重要な伏線になってる気もしてきたのでこのことはこれ以上書かない。

面白いのは、のえが義時と泰時の関係を、「仲が悪いくせにお互いを認め合ってるようなところがあって気持ち悪い」というところで、これはまあ本当にそうだろうと思うのだが、初と泰時の関係(史実ではもう離婚してるはずなのだが)もそうだし、義時と政子の関係も、政子が尼将軍になると告げた時の義時の反応を見ても、「仲が悪いように見えてお互い認め合ってる」ということを言おうとしてるのだろうなと思った。この辺の「北条家の絆」みたいなものは第1回から丹念に描かれているからこそここにきて冷戦状態に見えても心の底で通じ合っているということに説得力があるわけで、一年かけて書かれてきた「北条家の絆」というものがここで重要になってくるのだなと考えていると少し涙ぐむところがある。

これは有名な史実だし次週予告でも流れたから書いていいと思うのだが、「妹である実衣」(阿波局)を義時の断罪から救うために尼将軍になった政子は、後鳥羽上皇によって朝敵とされた「弟である義時」を救うためにあの有名な演説をするということなのだと思う。

三谷さんの脚本は、従来の「悪女」「強い女」として描かれてきた政子像を変えたいという意思をもって書かれてきていることは本人も言っているしよくわかるのだが、今まで描かれてきた分だけでは政子はむしろ「状況に流されるだけの弱い女」の部分が強くなってしまっているわけで、「鎌倉を守るために「あの演説」をする政子」になるためには、どこかで政子自身が「変わる」必要があったわけだ。だから今週の回で政子と実衣の関係をこれだけ丹念に描いたのだと思う。

まあ歴史を学んできたものとしては、中世史最大の事件と言ってもいい「承久の乱」にはエピソードもたくさんあるので量的にあまり描かれないだろうことは残念ではあるのだが、源平合戦にしても義経追討にしても基本的にあっという間に終わったことを考えると、いくさに関してはまあそれはそういうものとして作ったということなのかなという感じもある。まあその辺を多くの視聴者にいかに納得させるかというところではあるわけだけど、今回の政子と実衣の関係の描き方はあまり予想していなかったので、かなりインパクトがあったというか良かったなあと思うのだった。

ついにあと2回となった。最後まで期待して見たいと思う。


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