「日本人の京都離れ」と参政党/「石破茂のクリスチャンとしての使命感」と「臣茂」/原敬にみる東北人の反骨とキリスト教

Posted at 25/08/02

8月2日(土)晴れ

なんとなくペースが崩れたまま取り戻せない感じがあるのだけど、昨夜は布団を敷いてから歯を磨いて着替えようと思っていたらそのまま横になってしまい、また2時までうたた寝した。2時に起きて歯を磨いて着替えて布団に入ったのだがどうも変な寝付き具合になって休めたのか休まっていないのかよくわからない。

今朝は最低気温が23.2度で、室内にいてもあまり涼しくなかったのだが、外に出たら少し涼しい気がした。関東の台風の影響か雲が多いせいもあって放射冷却が無かったのだろうなと思うが、なかなか過ごしづらい。

6時前に出かけて隣町までガソリンを入れに行く。もっと安い給油所はあるのだがセブンが併設されていることと3000円以上入れたらボックスティッシュがもらえるということ、もうあとは習慣化しているということもあって大体ここで給油している。あと、セブンのアプリでコーヒー購入のスタンプを貯めてるということもあるかも。そのあと丘の上のデイリーまで車を走らせて塩バターパンを二つ買い、いつもと少し違う経路を通って通称100円トンネルの下を潜って実家に戻った。

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昨日書いた問題のうち、「石破政権と中国」の問題についてはまだ考えたいところがあるので後にし、「日本人の京都離れ」について少しだけ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/07c614d9481c6d394e3f6efc984dbd77475a0b1e

これはデータに基づいても、京都市東山区を訪れた東京都からの滞在客は2年で半減しているとのこと。もちろんこれはインバウンドの多さによって日本人客が敬遠しているからなのだが、外国人が行く場所・ホテルなどと日本人が通う場所・老舗などは違うので、後者は売り上げが減少している、などのデータはあるようだ。

これは東京だと銀座などがそれに当たるだろうと思う。私も以前は街の華やいだ空気を味わうためによく銀座に行っていたが、最近は外国人観光客の多さと傍若無人ぶりに閉口してあまり行かなくなった。行っても一番近い地下鉄の出口から出て用事を済ませたら帰るという感じである。銀座は元々店の盛衰がそれなりに激しいところではあるが、インバウンドの影響が大きくなってくるとまた違う形で淘汰されていくだろうとは思う。

こうしたこと、日本人が歴史や華やかさを満喫できる街としての京都や銀座、というものが失われてきたことに対する漠然とした不満、みたいなものも参政党の票源にはなっているだろうと思う。参政党がさまざまな声をどう政策に反映し、何を実現していくかによってその評価も変わっていくとは思うが、こうした漠然とした不満の広がりみたいなものを掬い上げる政党は、スポンサーが固定されている規制政党にとっては脅威だろうと思う。

関係ないが、京都の観光客増による域内交通の障害について、LRTが解決策になるという意見を読んだが、どうだろうか。元々京都は路面電車の街だったが交通の障害が大きいということでバスと地下鉄に変わった経緯がある。京都の1番の交通の難点は碁盤目の街の構造にあるわけだけど、これが京都の街としての特色でもあるのでそこは如何ともし難い。どうすれば解決するのかは難しいが、地下鉄網をより整備していくくらいしかないかなとは思う。

https://digital.asahi.com/articles/ASS5111DRS51PLZB01DM.html

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石破首相は「神から与えられたクリスチャンとしての使命感がある」と側近の赤澤大臣が述べている記事があった。

https://www.daily.co.jp/gossip/2025/08/01/0019298256.shtml

クリスチャンだから重要な選挙で三連敗しても辞めない、というのは特に理屈が通るわけではないが、「議会制民主主義よりも神への奉仕が優先すべき」と考えているのであれば近代政治家としてはちょっとどうかとは思う。同じ理屈で日本人は完全アダムに従うべきだ、とかヴァジラヤーナの教えに基づいて政治をすべき、とか国立戒壇を創設せよ、ということも可能になる。そういう意味で言えば石破首相の言動がクリスチャンに対する風評被害になり、偏見を助長する可能性すらあるようには思う。

過去にはクリスチャンの首相はいたか、と考えてみたら一番最初に思いついたのが無教会派の大平正芳で、考えてみれば彼も40日抗争やハプニング解散などで福田赳夫と激しく対立し、辞任を求められても最後まで粘り抜いて結局急逝してしまった。そういうのがクリスチャンとしての特性なのか、と考えていたら、「麻生太郎さんがクリスチャンである」という指摘をいただき、確かにそうだったと思った。麻生さんは先代のローマ教皇フランチェスコの葬儀の時も日本政府代表として参列しているわけで、それはもちろん彼がカトリックであるからである。

麻生さんは本当に上流階級のカトリックなので、叩き上げないし二代目程度の政治家とは同じ範疇では考えられない感はある。麻生さんの妹も親王妃だし、祖父の吉田茂もクリスチャンではあるようだが自らを「臣茂」と表現した人でもあった。2人ともクリスチャンというよりむしろナショナリストとしての側面を強く感じる。

麻生氏のWikipediaに「原敬、高橋是清、片山哲、鳩山一郎、大平正芳、祖父の吉田茂についで6人目のクリスチャン首相」とあったが、終戦直後に吉田・片山・鳩山と3人のクリスチャンが首相になってるのは意味がなくはないだろう。

原敬は朝敵南部藩の出身であり、身を立てるために宣教師の従僕とかをやっていたからカトリックの洗礼を受けていることは確かなのだが、原の墓所は盛岡の黄檗宗の大慈寺で、この寺には南部藩主も葬られている。原は平民宰相と呼ばれているが爵位を持たなかっただけで元々は南部藩の家老の孫であり薩長の志士たちより元々の身分は高い。経歴から授爵されてもおかしくは無かったが、政党政治家としてやっていくことにしたのちは授爵自体を断ったようである。

旧幕臣や旧朝敵藩出身者は洗礼を受けた人が多いのは反薩長政権的な反発だと思うが、原にもそういう心情ははっきりあった。当時、秋田と三春を除いては朝敵となった東北地方は「白河以北一山百文」と呼ばれて窮状に喘いでいたが、原は自らの号をこの言葉からとって「一山」とした。宮城県の地方紙である河北新報もこの言葉から取られていることは東北人の反骨を表していると言っていいだろう。

原は身を立てるのに苦労はしたが、井上馨や特に陸奥宗光に認められて頭角を表し、外交官や官僚を務めて伊藤博文のもとで立憲政友会の結成に関わり、その実務を担っていく。そういうプラグマティックな彼は洗礼を受けていたとしても宗教に対してはプラグマティックな姿勢があった気はしなくはない。

原については「原敬日記」をそれなりに読んでいるのである程度の知識はあるのだが、首相になったクリスチャンについては下記に色々述べられていたので挙げておきたい。

https://christianpress.jp/2019-japanese-house-of-councillors-election-liberal-democratic-party/


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