「ふつうの軽音部」75話とGLAYの「誘惑」/ガソリン減税と対現役世代政策/近代学問用語導入における中国人の功績/ブラタモリ富士山特集/80年談話断念

Posted at 25/08/03

8月3日(日)晴れ

昨日は午前中にいろいろしていたら電話がかかってきて午後の仕事が増え、夕方まで忙しかったのだが、まあ良かったと思う。夜は夕食を食べたあとブラタモリの富士山スペシャルを見ていたのだが、古富士火山が今の富士山の下にあるのではなく、大規模な山体崩壊を起こして無くなったとか、須走の集落が宝永噴火の火山灰が降り積もった後にその上に再建されたとか、いろいろと面白かった。タモリさんも70の時に富士山に登り、その放送から10年経ったということだからもう80なわけで、お元気だなと思う。若い頃自衛隊の体験入隊?を経験しているというのも知らなかった。東富士演習場など普通は入れないから、こういう番組で富士山グランドキャニオンとか見せてもらえると面白い。

https://www.nhk.jp/p/buratamori/ts/D8K46WY9MZ/episode/te/5PK8ZN547J/

夜は深夜まで起きているつもりだったが結局10時前には布団を敷いて寝てしまい、夜中にパジャマだけ着たが、もう一度目が覚めたら4時前だったので起きて、2週間ぶりの「ふつうの軽音部」75話の更新を読んだ。

https://shonenjumpplus.com/episode/17106567267815816291

更新が一回休みが入り読むのが2週間ぶりということもあり、かなり楽しみにしていたので最初読んだ時は思わぬ展開にかなり面食い、感想欄にあった「こういうのじゃないんだよ」というコメントに思わずいいねをしたが、何度か読み返したりコメント欄を読んだりTwitterのふつうの軽音部リストを読んだりしているうちに描写の工夫や面白さにだんだん気づいてきて、かなり「やられたなあ!」になっている。

何より意外だったのは生徒が揉めてると聞いて視聴覚室にきた指川先生(吹奏楽部顧問)に歌わせるという展開で、前回の引きでも指川先生が「なぜこの曲を」と呟いていたので指川先生に関係のある曲だとは思っていたのだが、まさかヒトカラで歌うオハコだとは思わなかった。イントロの伴奏で先週の時点で見破っていた人がいたらしいが、まさかGLAYだとは思わなかったし、それも私が知っている「誘惑」だったのはさらに意外だった。

とは言っても読んでいて歌詞を読んですぐ分かったわけではなく、YouTubeで聞いてみて「これか!」となった次第で、1998年の曲だから自分が音楽を積極的に聞いていた時期ではないのに知っていた曲だから相当ヒットしたのだなと思ったが、やはりゴールドで年間一位になった曲だった。ここまでメジャーな曲が取り上げられるのはこの作品においては相当珍しい。

で、指川が歌い始めると鷹見とはとっちが嬉しそうな顔になり、これは相当上手いということだなと感じたし、厘の呆然とした顔、鶴のしてやったりというオオアオムチヘビも真っ青の舌なめずりの仕方にそれぞれ鷹見=嘘も、はとっち=真実も、厘=駆け引きさえもいらない、鶴=今はオマエが誘うままに、指川=Oh溺れてみたい(サブタイ 第75話誘惑に溺れる&見開き)という展開(13-14ページ)はめちゃくちゃ盛り上がった。

やはり最初の戸惑いも、この曲を聴いているうちに全て「でも盛り上がってるならOKです!」になる、という歌の威力はすごいということもあるし、そう思って読んでいると19ページの鶴のイキ顔(顔もそうだがそのポーズとベースの傾き具合の描写がめちゃくちゃかっこいい)や20ページで吹き出したたまき先輩の笑い顔などもさらによく見えてくる。

展開的に予想すると次回ははとっちが舞台に引っ張り上げられて歌わされることになりそうで、サブタイ予告の「第76話 その感情を知る」もおそらくは「満員の観衆を沸かした時の感情」なのではないかと思うのだけど、ただ鳩野の性格的に考えて呼ばれただけでステージ上に登るとは考えにくいので、何かアシストがあるのだろうと思う。それは何かと考えるといくつも出てきて、こういう選択肢の豊富さがこの作者さんの話の作り方のうまさだなと思ったのだが、いくつかあげてみる。

1ステージに呼ばれて戸惑う鳩野を鷹見が煽り、怒った鳩野がステージに上る。
2戸惑う鳩野に水尾が「いけ!鳩野さん」的な声をかけて嬉しくなった鳩野がステージに上る。
3戸惑う鳩野がはーとぶれいくのメンバーを見て「行くしかない!」という桃とか厘の顔を見てステージ上がる。
4今までの展開からるりるり帝国の牧田は鶴の陰謀(笑)を知っていたと思われるので、牧田がるりちゃんに声をかけてるりちゃんが「ボーカル組の代表、頑張れ!」みたいな声をかけて鳩野がステージに上がる

くらいだろうか。ただどれもそれだけでは弱い感じもするし、合わせ技かもしれないし、もっと思いがけない展開になるかもしれないとは思うので、次週を楽しみにしたい。大体こちらの予想の斜め45度くらい上を出してくる作者さんたちなので。

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石破首相は戦後80年談話の発出を8月15日も9月2日も「保守派に配慮して」出すのを断念したということで、それ自体は良かったのだが、逆に言えばそれだけ続投に本気だということになる。衆参両院で少数野党でどうやって政権を維持する気なのかあまり想像がつかないが、脅しのカードを何枚も用意してそれを断念したから譲歩した、と保守派に続投容認を呑ませようとする手法は中国やロシアの外交技術であり、トランプ政権のやり方にも通じるものがある。保守派がここで「舐められてたまるか」と石破おろしを加速することができればいいのだが、ずるずると続投容認になったら自民党に未来はないだろう。第一次世界大戦時のイギリスの自由党のロイド=ジョージ内閣のように内閣は維持されたがその後永遠に勢力を失う、ということになりかねない。

https://digital.asahi.com/articles/AST814CM1T81UQIP044M.html

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現在の状況において消費税減税は経済的に逆効果だ、というツイートを読んで、今の状況に適した経済政策は何か、ということを考えてみたのだが、一つにはガソリンの暫定税率廃止によるエネルギー価格の引き下げ、というのは一番真っ当な線だろうと思う。エネルギー価格が下がることによって流通や旅行のコストが下がるから、全体的に生産性が向上するのは間違いない。ガソリン減税は時宜を得ていると思う。

現在の状況は物価高が原因のインフレ傾向だから、いわゆるコストプッシュインフレなので、デマンドプルインフレのような需要抑制は意味がない。供給側のコスト削減だから輸入品の価格引き下げのために行き過ぎた円安を少し是正するということはあるようには思う。ただトランプ関税によってただでさえ対米輸出が厳しくなっている状況だから、円高が進むとより輸出産業が疲弊するので円安が行き過ぎないようにする、という程度だろうか。

消費税減税はもちろん家計による需要拡大を狙ってのものだが、インフレ状況の中で需要が拡大すればさらに価格は高騰するのであまり良いとは思えない。それよりは国民民主党がいうような所得にかかる税率の引き下げ、いわゆる103万円の壁だとかの控除額の引き上げなどによって「家計を営むためのコスト」を引き下げることがより余裕を持った生活維持につながるのではないかと思う。消費を無闇に煽らずに家計を支援することが今は重要ではないかと思う。

ガソリン減税は与党も賛成して実現する見込みだから、あとは国民民主党の主張する「現役世代の手取りを増やす」政策が適切だろうと思う。まあ、当たり前のことしか言ってないけど。

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日本は西欧近代の学問を輸入して徹底的にそのレベルを上げていくことで近代化を達成したわけだが、その過程で多くのヨーロッパ語の概念が日本語に訳されて熟語化され、それらが中国でも使われるようになった、ということはよく知られている。

この功績が一番知られているのは西周(にし・あまね)で、彼が訳した用語としては「哲学」「藝術(芸術)」「理性」「科學(科学)」「技術」「心理学」「意識」「知識」「概念」「帰納」「演繹」「定義」「命題」「分解」などが知られている。

福沢諭吉も「西洋事情」の第1巻ではLibetyやfreedomの訳語を決めきれないでいたが、第2巻以降では「自由」の語を当てるなどしている。「自由」はもともと漢語にあった言葉だが、Libertyとは語釈が違うのけれども、定着した。

江戸時代にも杉田玄白らが「解体新書」の訳出の際に新語を創造していると思われるし、19世紀前半には宇田川榕菴が 酸素、水素、窒素、炭素、白金、元素、酸化、還元、溶解、分析、細胞、属、珈琲などの用語を考案したようだ。

ただ、中国でも明代以降来校したイエズス会士などを通じて漢語訳は行われていて、その中ではマテオ・リッチなどが有名だが、清代にもという人がアヘン戦争以降日本と同じ理由で西欧文物の翻訳に取り組み、「函数」「微分係数」「全微分」「微分方程式」「級数」「微分」「積分」「横軸」「縦軸」「曲線」「曲率」「極大」「切線」「陰函数」「陽函数」などの数学用語、「植物学」「細胞」「子房」「心皮」「胚珠」などの植物学用語を訳して幕末以降日本にも入ってきたようである。

こうした「漢訳洋書」が果たした役割は従来あまり強調されていなかったと思うし、私もよく知らなかったが、当然ながら日本に直接輸入されたものの他に中国経由で入ってきたものはあるわけで、救荒作物としてのサツマイモの普及で有名な青木昆陽も元々は儒学者、つまり漢学者であり、彼の自然科学の知識は漢訳洋書経由であったと考えるのは自然だろう。

また坂本龍馬がピストルを捨てて「これからはこれよ」と見せたと言われている「万国公法」=国際法も漢訳版であって、これはアヘン戦争後に国際法を清国側に理解させようとした列強側によって役が試みられたようである。

だから西欧文明の東アジア世界への導入において日本だけが主導し苦労した、というのはやはり公平性は欠いているだろうと思う。ただ日本が1889年には西欧式の憲法=Constitutionと翌年には議会を設置して西欧近代国家の形式を整えたのに比べると中国が遅れをとったことは否めず、孫文らの努力はあったものの内戦や戦乱が絶えず、中華民国時代には共産党が支配する国家内国家がずっとあったわけで、最終的にヨーロッパ式の近代国家が名実ともに成立したのは中華人民共和国までなかった、と考えた方が良いのかもしれない。事実上一党独裁の中共政権を「近代国家」と言えるかどうかはまた別の問題ではあるが。


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