「Z世代」にムカついたり理解したり/「最近の若いもんは」/コミュニティ作り・タイパコスパ・体験重視/読書の幅と書くものの幅を広げる
Posted at 26/01/29
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1月29日(木)晴れ
今朝は冷え込んでいる。現在のところ(5時10分)の最低気温はマイナス7.4度。ここのところ少し高めだったのでこのくらいになると少し寒いなと感じる。最低気温の予想はマイナス9度なのでまだ下がるかもしれない。昨日の帰りにはフロントガラスが少し凍結していたので湿度も高いかもしれない。ということは雪が降るかもしれないということだろう。予報では夕方雪マークがついているが、最近は晴れマークでも降ることがあるので備えてはおかないとと思う。
昨日は午前中ブログ/noteを書いた後職場に出て事務の人と少し今後の予定の話をしたり。そのあとは銀行に行って記帳して、ツタヤに行って「コミックゼロサム」の3月号を買い、少し離れたスーパーに買い物に行こうと裏道を通ったら工事中で、あまり通ったことのない道を迂回し、スーパーに着いたらそこでも工事をしていて、年度末のせいなのかなんのせいなのかはわからないが最近は工事が多いなと思う。お昼ご飯の買い物をして実家に帰り、昼食を食べてから少し休む。
午後は少しマンガの整理でもしようと思っていたのだがちょっと居間で横になったら寝てしまっていたので疲れていたのだろう。電話で起こされて、母の入居している施設からだったからなんだろうと思ったら、トイレットペーパーやボディソープなど消耗品が切れたのがあるので買ってきて欲しいということだったので、時間を見たらギリギリだったが施設の近くのドラッグストアまで行って言われたものを買って施設に届けた。
***
事務の人と仕事の話をした後に少し雑談をして最近の若者についてちょっと話したのだが、自分が捉えている感じとその人の感覚との間にズレがあるのを感じたのでそのことについて考えたり。その人は、今の若者は自由になっていいよね、というのだけど、私が見ているとあまり自由になった感じがしない、というかなんというかいろいろなものに囚われていてむしろ不自由な感じに見えていたので、なんだか話が噛み合わないところがあった。
で、その後でいろいろ考えたのだけど、つまり私は「今の若者」に不満を持っているのだな、ということに気づいたわけである。まあこれは古代エジプトの時代から老人の定番の話だから私も歳をとったものだなと思ったのだけど、なぜ不満なのかと言えばつまりは理解できないからで、それなら少し理解を試みてみようと思って「Z世代」に着いて調べてみようと思ったわけである。
今までは、というかコロナ前の時代までは特に調べなくても自分の想像の延長線上でこういうふうに考えているのだろうなと想像がつく感じがしていた(本当に理解できているかは別にして)のだが、今はそれだけでは理解できないことが多いし、今までの世代だと直接触れる若者がそんなに多くなかったのだが、ちょうど甥や姪たちが「Z世代」にあたるので、直にいろいろ話をしても何を考えているのかよくわからないから適切なアドバイスがしにくい、というジレンマが最近蓄積していたということも実は自分の中にあったなと思う。
こういう世代論というのはあまり適切でないことも多いし、自分たちがそういう十把一絡げの理解をされてムカついてきたこともあるから(私たちはしらけ世代・新人類世代・バブル世代などと呼ばれた1960年代前半生まれである)あまりそういうものに積極的には近づかなかったのだが、最近は「Z世代」というアメリカ発の言葉が日本でも盛んに使われていて、ちょっとムカつくなと思っていたのだけど他にちょうどいい言葉もないのでとりあえずその名前や言われている特徴からいろいろ考えてみたいと思い、調べてみているわけである。
***
ここまで書いて軽自動車で出かけて職場で少し外仕事をし(寒い・手がかじかむ)、少し離れたセブンへ行ってチャイとヤンジャンを買い、少し離れたガソリンスタンドまで行って給油した。1000円入れるか10リットル入れるか迷ったが、1000円だと6リットル今日しか入らないから少し足りないかなと思って10リットル入れた。もともと母が乗っていた軽も市内を走るのに主に使っているのと妹たちが来た時に乗っているくらいなのだがこうして乗ってみると小回りは聞くし便利だなとは思う。
***
「Z世代」という言い方は日本では新しい言い方だなと思うのだが、元々は「アメリカで1960〜70年代生まれを「X世代」、その次の1980年代半ば〜90年代半ば生まれを「Y世代(ミレニアル世代)」と呼んだため、その次の世代として「Z世代」と名付けられました。Zの次は、アルファベットの次のギリシャ文字「α(アルファ)」が使われ、「α世代」と呼ばれています。」ということらしい。(GoogleのAIによるまとめ)1960年代前半生まれは日本でも「新人類世代」と言われているように、「よくわからない若者たち」と思われたからX世代などと言われたのだと思うが、結局その流れで80年台から90年代に生まれた人たちをミレニアム世代とかY世代と呼んだらしい。
そして90年代後半から2010年代前半生まれがZ世代ということなのだが、感触から言うとY世代というのが日本で言えば氷河期世代に重なるところにあり、アベノミクスが始まった2012年に大卒の1990年生まれ以降くらいがポスト氷河期世代になるわけだが、その辺りをZ世代と呼んでいるという感じで捉えて良いかと思う。
私自身はX世代というのは聞いたことがあったがY世代という言葉はほとんど使わなかったので、Z世代というのは割と面食らうネーミングで、アルファベット最後の文字だから「終わっている世代」みたいな意味を感じてしまうネーミングなのだが、それで言えば2010年以降に生まれた現在の中学生以下の世代がアルファ世代ということになれば「はじまった世代」というイメージになる感じはある。
したがって私の感覚では「Z世代」というのは結構ネガティブなイメージのある名付けなのだが当人たちや世間がどう思っているのかはいまいちよくわからない。
で、Z世代の特色とされているのが「デジタル・SNSネイティブ」でスマホやSNSでの情報収集・発信が日常で、コミュニティ形成を重視し、「タイパ(タイムパフォーマンス)重視」で効率性を重んじ、ショート動画などを好む、とか、「社会課題への関心」があり、環境問題や多様性(ダイバーシティ)に対する意識が高い、とか、「消費傾向としては「モノ」より「コト(体験・経験)」を重視し、共感できる「推し」にはお金を惜しまない」とか、「仕事観としてはワークライフバランスを重視し、自己実現や社会貢献につながるやりがいを求める」とか、「保守的かつ現実的」で失敗を避け、事前に情報収集して選択する傾向があるなどのことが「AIまとめ」としてググると出てくる。
これだけだとわかったようなわからないような感じだが、個々に考えてみると、「デジタルネイティブ」というのはよく言われるが、「SNSネイティブ」というのはあまり聞いたことがなかった。これはつまり情報収集がGoogleではなくインスタやTikTok中心になっているということらしいのだが、よく考えてみると自分の情報収集は意識的に行うのはGoogleだが無意識的には結構Twitterから入ってきているから、そういう意味では共通項はなくはないが要するにインスタはあまり熱心に見ていないしTikTokはやってないからそういう動画系の情報収集があまりよくわからないということはあるなとは思った。逆に言えばこの世代にアプローチしたければそうした動画系の情報発信がいいということなのだろうなとは思う。
また、大学に入学が決まったときなど、入学式の前からすでにSNSでグループを作っている、というのはよく言われているけれども、これは我々の時代から入学式の前に上の学年のクラスがオリターとして下の学年の同クラスを集めていろいろ教えたり、呼びかけられて集まった人の間で名簿が作られたりしていたからそういう意味でのグループ作り、ないしは「コミュニティ形成」自体はある意味昔からあったなとは思う。そういうものとLINEグループとでは距離感も違う感じはするが、その辺についての古さ・新しさの感覚はどんなものなんだろうか。
「タイパ重視」というのはよく言われるが、つまりは動画を倍速で見て効率的に情報収集する、みたいな話なんだろうと思う。「AIまとめ」で理解した気になったり、YouTubeの読書動画で内容がまとめられているのを呼んで理解した気になったり、みたいな話はよく批判の対象にされているが、こういうことは自分にとって新しい分野のものを学ぼうとする時にまずとっかかりとして調べてみるようなことは私にも良くあるから、それ自体を非難するのは違うなとは思う。また、源氏物語の内容をまず「国語便覧」を読んで知るとか、古典を読むよりはそれを解説した新書を読むとかいうようなことは若い頃は私も良くやっていたので考え方は理解できる。私が持っている書籍のかなりの部分を「講談社現代新書」が占めていたのは若い頃にそうやって広い範囲のものを理解しようとして一番わかりやすそうな本で知ろうとしたということが大きいなと思うし。
ただまあ、その辺りのことを考えてみると、古典をきちんと読んだ人たちには敵わないところが大きいわけだし、自分も古典にはかなり跳ね返されていたがダンテの「神曲」だけは教養文庫で大学時代に読み切れて、それがある意味あとでギュスターブ・ドレの銅版画でまとめられた本や永井豪のマンガ版を愛読するようになったきっかけでもあり、やはり原典でちゃんと読んでおくことの意味は大きいと思う。原典とはいえ翻訳だけれども。これは「源氏物語」や「カラマーゾフの兄弟」でも同じで、谷崎訳や古典新訳文庫で読めたことは自分にとってある意味での自信みたいなものにつながっているところはある。
若い頃に解説的な新書に頼りがちだったのはタイパコスパもあるがそんなに概念と格闘せずとも自分なりに理解できそうだというところが大きかったからなのだが、それがどれだけ自分の中に残っているかというとちょっとな、というところもあるのでやはりその辺のところはなるべく「本物」を読んだ方がいいよ、と忠告したくなるところはある。
「社会問題への関心」というのは、まあ私も大学生の頃は基本的にそれなりにはあったので、反原発デモに参加したり自治会委員長の不当逮捕への抗議デモに行ったり、演劇とかでも身体性とか関係性というものを考えたいということがあってやっていた面はあるし、環境問題や食品安全問題などもそれなりには関心があったようには思う。まあ基本的にダメだったのはフェミニズムだが、これは今でもダメなので変わっていない。ジェンダー平等というのも今の若者がむしろ女子枠に反発したりしているのが自分にも共感できる意味があるから、女性の権利を高めようとするあまり不当に男性の権利を侵害するとかについては結構共感できる部分もあるとは思うけれども、フェミニズムの思想的浸透はおそらくは自分の想像以上だとは思われるので、その辺のところは多分感覚的にはよくわからない。
弱者の権利運動とかマイノリティの権利運動というものには若い頃から疑問を感じていることが多くて、障害者の援助みたいなものを手伝ったことがあるのだが、その権利の要求の仕方とかが納得がいかなくてすぐに離れたということはあった。この辺の感覚は昔から変わらないところがあり、マイノリティの権利を重視したり弱者の権利が踏み躙られたりしないことは重要だともちろん思うけれども、それがマジョリティの権利を侵害したりマジョリティのみの負担によって成り立たせようとすることは平等の精神に反していると思っている。
強者にしても弱者にしても「社会に貢献する」ということが基本的に善だと思っているので、強者は強者なりに弱者は弱者なりに貢献すればいいと思う。それを「権力者に都合のいい思考」だと批判する向きもあるが、本来社会の安定は強者よりも弱者にとってメリットが高いことだと思うし、権力者もまたその権力を用いて社会に貢献することが義務でありそれができない権力者は辞めさせるべきだから、民主主義のシステム自体が重要だと思うわけである。そういう意味で私は古典的な民主主義者であり、リベラル民主主義者ではないという意味では保守主義者なんだろうなと思う。
環境問題やダイバーシティに関しては以前は基本的には肯定的に見ていたが、経済や雇用の上での工業・生産業の重要性などを考えたときに一方的な産業否定的な環境主義には賛成できないと思うようになったし、名目的より現実的な対応が必要だと考えるようになっている。またダイバーシティの問題についても民族的マイノリティが増えればいいというものではないと思ってきているから移民増加へは歯止めが必要だと思っていて、また外国人にも適正に法を守らせる必要があるとも思っている。若者がどう考えているかはこの辺は必ずしもよくわからないのだけど、若者的な理想主義に基づくダイバーシティの理想みたいなものは本当に多様な人間のあり方というのを理解していくうちにそう簡単なものではないということもわかってくるということではないかとは思う。左翼の方向性に開き直る前に現実的な思考を身につけてもらいたいとは思う。これは環境やマイノリティ運動に関してもそうなのだが。
***
まあ考え出すとキリがないのだが、他にも例えば「モノより体験重視」というのは何かわかる気がして、自分の周りの若い人たちも特に女性は暇さえあれば海外に出かけている人が多く、楽しんでいるようだが、その辺もどちらかというと不満があるというか、まあ自分にとっては海外に行くというのが「世界の広さを学びに行く」ものであったから、ということが大きいのだなとは思う。楽しみに行くというのはつまりは体験を消費しに行くということだけど、まあこれは観光地の周辺に住んでいるから「旅の恥はかき捨て」的な観光客の態度に対して反発が強いということもあり、また銀座の歩行者天国で座り込んでいる中国人や白人の観光客への嫌悪感みたいなものも結局は同じことなので、消費にはスタイルが必要だよなという気はする。ただそれは「聞き分けがいい」ということとはまた違うことで、まあこの辺のことについてはまた考えてみたい感じはある。
ちょっと時間がなくなってきたのでこのテーマについては今日はこのくらいにしておきたい。ただまあよく考えてみると自分の若い頃とそんなには違わないなということが結構多いなとは思いだした。歳をとってくるにつれて、というか自分の仕事もあって教育的なスタンスが強まっているということもおそらくは不満を持つ原因にはなっているのだろうなということも思った。ただ教育ということに関してもこちらからの理解がなければ成り立たないところは結構多いわけだから、その辺での考察はもっとしていった方がいいなとは思った。
***
本を書くのに何を書くかというのを考えていて、いろいろ考えていたのだけど、視点を少し変えて「どういう本を書くといいのか」とか「自分はどういう本を読みたいか」と考えてみたら、結論は「面白い本」ということになった。まあ、面白い本ならある意味ジャンルはどんなものでも割と私は読むが、何が面白いかは読んでみないとわからないということはある。もともとノンジャンルの乱読家ではあるのだが、読まないものはまず読まない。興味を惹かれる言説等があったら読んでみる可能性はあるが、最近そんなに新しいジャンルは広がらないし、むしろ狭まっている感じがある。それは自分の興味関心の領域が狭まっているということで、おそらくそれはある種の老化現象というか歳をとったことの自然な反映であろうとは思うのだが、面白いものがなくなるというのはあまりいいことではないから、それなりのアンテナを貼っておく必要はある。
考えてみると、読書の幅を広げようとして頑張って広げたということは今までに何回かあるのだが、結構それで広がってある意味収拾がつかないというところもなくはない。最近では2008年に「ずっとやりたかったことをやりなさい」を読んで今まで食わず嫌いだったアニメとかもう読むのを辞めておこうと思っていた商業誌系のマンガとかをあえて読み始めて、ジブリアニメや「進撃の巨人」その他読んでよかった、みてよかったというものに出会って入るし、また小説を書こうと思ってまずはその傾向と対策を、ということで読み始めた芥川賞作品も、今はほぼ読まなくなっているが現代文学というものを考えるときにはこういうものだよな、というベースとして持てているということはある。
まあ読むものの幅を広げるというのはそういうふうに意識的にやることが大きくて、最近では経済学方面のものを読もうとしたり法学史方面のものを読もうとしたりなどして歴史を見るときにも今までにない視点を持てたりはしているので、読むものとしては豊かなものを感じる部分はある。
考えてみると、書く方向では今まで「幅を広げる」ことはあまり考えてなくて、若い頃は卒論やレポートなど必要に迫られて書いたもの以外ではエッセイ的なものを人に頼まれたり応募したりしたくらいだったが、演劇の台本を書き始めてからは何本かそういうものを書いたり、舞台という場を無くしてからは詩を主に書いていてインターネット時代に突入し、「日記猿人」でウェブ日記というジャンルに出会ってからは評論や小説その他応募作品などとして書いている以外は少なくともスタイルとして「日記」というスタイルで書き続けているわけで、考えてみたらもう四半世紀そんなことをしているわけである。
最近では詩も戯曲も小説も論文も評論もまとまった形では書いてないので、そろそろ書く方でも「幅を広げる」ということはやってみた方がいいという気は書いていてしてきた。
で、つまりどういうものを書けばいいかというと「面白いもの」を書けばいい、あるいは「面白く」書けばいいわけだが、どういうスタイルがいいかとかどういう内容がいいかとかはあるにしても、とりあえずこうやって文章を書き続けている以上は「どういう文体がいいか」というくらいは常に実践できるわけで、まあその辺が多分柱になるのかなということは思った。
面白いもの、というのはまあ例えばネタということでもあり、テーマということでもあるのだけど、日記というスタイルのいいところは、あったことを淡々と書いているうちに自分の中で触発されたり光ったりするものが見えてくることで、そこでネタやテーマをつかんで書く、ということになる。昨日のように人と話をしていて発想することもあるし、以前はSNSで議論していたことをさらに考えて書いたりもしていたが、これもまあ基本的にノンジャンルの無手勝流みたいな感じで書いているけれども、まあ逆に言えば人が興味を持とうが持つまいが独りよがりのことを書いているという面もなくはない。
だから自分がどういうものを面白いと思っているのかとか自分が新しい切り口だと感じたことなどは大体noteを見ればわかるしあるいは思い出すのだけど、それらを再クローズアップしてもやはり面白いかどうかというのは、やってみないとわからない。
最近は比較的いいねをもらえる国内問題、国内政治系のことについて書くことが多くはあるのだけど、逆に言えば多くの人がそういうものに関心を持っている、そういうものについて知りたいと思っている、あるいはどうしたらいいかという意見を持っているということなので、その辺りについて自分の感じたことや考えたこと、調べたことなどを書いていくという路線は一つあるよなとは思う。
他にもいろいろあることはあるが、とりあえずその方向でちょっとやってみようかとも思ったのだけど、易を立ててみたら雷天大壮の初爻で「征けば凶なり」と出たのでまあもう少し考えてみようと思う。
ただ、「書くものの幅を広げる」という方向については火風鼎の上爻で大吉と出たので、その辺でまずやってみようと思う。
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