「公共心と公正さの復活」こそが保守派および一部勝ち組以外の多くの日本人の要求なのではないか:「知性の復権」を読みながら/「豊臣兄弟!」の時代の尾張の農村/スピリッツとか「正反対」とか「軽音部」とか
Posted at 26/01/12
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1月12日(月・祝)成人の日 雪のち曇り
昨日はいつもと違うペースになってしまったこともあり、ブログ/noteを書き終えたのが午後になってしまって、いろいろと予定が変わった感じ。というか疲れが出ているみたいで、あまりいろいろなことに手をつけられなかった。ずっと家の中にいたのだが、一休みしてからようやく動き出して身辺を片付けたが、洗い物をしたり溜まっていた未整理のものを片付けただけで、新しい何かに着手するというところまではいかなかった。時々外を見たが雪が降ったり止んだりしていた。
月曜日が休日なのでマンガの発売日が変わっていることに気がつき、ジャンプは合併号で休刊、ヤンマガは13日火曜に出るがスピリッツはもう9日金曜に出ていたことがわかって、5時ごろ出かけた。その前にレコーダーが録画の赤ランプをつけているので確認したら「正反対の君と僕」の初回だったらしく、少しだけ見たが良さそうだった。というかかなり私の好きな作りになっている。また時間がある時に録画で見たい。
https://sh-anime.shochiku.co.jp/seihantai_anime/
岡谷に行く途中のセブンでカフェオレとスピリッツを買う。道には少し雪が積もっていて、溶けているところも溶けていないところもある。気温が零下だったから、なかなか溶けないのだろう。雪が降らないとスタッドレスタイヤの意味がないから少しは降っても良いのだが、かと言ってやはりスリップも嫌なので降らない方がいいよなとも思ったり。書店を少し見て、モールで夕食等の買い物をした。ラーメンが残っていたのでもやしでも入れて食べようかなと思ったり。
帰ってきてから、昨日は鏡開きだったのでお供え(とはいってもプラスチックのお供えの中に餅が入っているものだが)を開いて餅を取り出し、どうやって食べようと思ったけれども、トースターで軽く焼いてから鍋で茹でて、インスタント味噌汁の具を用意した中にお湯ごと入れて餅入りの味噌汁にして食べた。餅はやはりお腹に溜まるのでラーメンは昼にでも食べることにしてまた餅を入れようと思う。
***
https://www.nhk.jp/g/ts/P52L88MYXY/
夜は「豊臣兄弟」の第2回を見た。前回は兄・藤吉郎の中に潜む冷酷な恐ろしさみたいなものに気づいた小一郎だが、今回は幼馴染の直が祝言をあげるという日に家に帰ったら直が祝言を嫌がって逃げてきたかと思ったら、村が野盗に襲われ、さらに鉄砲を撃ったりするより強力なのが押し寄せたから、これは今川勢なんだろうかと思っているうちに祝言の振る舞い酒を一緒に飲んでいた百姓仲間が首を斬られて死んでいたり、小一郎が慟哭していたらそこに藤吉郎が現れて再び清洲に来るように誘ったり、自分がいなくなったら母も姉も妹も困るという小一郎に姉のともが実は婿を取ると言い出したり、藤吉郎の「盗み」は自分の薬のためにやってくれたのだと母が仄めかしたり(本当は違った)して清洲に行くことを後押ししたりするのだが、どうも惨事の後にしてはこのファミリー明るすぎるなという感じで、なんとなくファンタジーっぽく見えてしまった。
結局小一郎が直に一緒に来てくれということになり三人で清洲に出て行くことになるわけだが、仲間の死の慟哭からの侍になることを決める流れがわかりにくかった。信長=領主に対する不満を並べたてる小一郎に四の五の言わずに来い、という藤吉郎の主張はわからなくはないが、百姓であることの限界みたいなものを悟ったのか、あるいは本当はもともと侍になりたかったのか、もしそうならそれはやや説明が足りない気はした。
ドラマの時期としては信長の岩倉城攻めが出てくるから永禄2年(1558)ということになり、ともは1534年生まれとされているから24ということになる。藤吉郎は21、小一郎は18ということになる。ともは1568年に秀次を生んでいるのでそこから10年後ということになり、この時入婿したのが後の三好吉房なのかはよくわからないが。
https://www.steranet.jp/articles/103717
と思っていたら上の文章を読むとやはりこの時結婚した弥助はのちの吉房だったようで、役名も出てくるのでこの後劇中でもいろいろな活躍はあるのだろう。
小一郎秀長が信長に仕えた具体的な時期はよくわからないようだが、藤吉郎秀吉が信長に仕えたのはWikipediaによれば1554年ごろだとのことだが、「明智軍記」によれば「盗賊の疑いをかけられた秀吉が発憤して盗賊を捕らえ、それを知った信長が自らの直臣に取り立てて30貫文を与えた」という1話のエピソードが出てくるが、これは1562年のことだそうで、この辺りはいろいろな話を混ぜて物語を成立させているのだなと思った。
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2026/01/11/articles/20250521s00041000123000c.html
こちらを読むと最初に村を襲ったのは「野盗」だが、その後にきた鉄砲を使うより凶暴な集団は「野武士」とのことなのでなるほど戦国時代の農民はいろいろ大変だなと思ったが、少し調べてみると彼らの出身地である中村は今は名古屋市西部だが、当時は「中村郷」の一部で上中村、中中村、下中村とあり、そのうちの中中村であったようだ。AI調べなのでそんなに当てにはならないが、当時の尾張の支配は中世荘園や国衙領の郷村の支配を超えた形で村落が形成されていたとのことなので、農民がどういう形で定住していたのかとか、もう少しこのあたりの郷土史を読み込まないと難しいなとは思う。
彼らのファミリーが近年の研究にあるような村の中でも一定の上位層の出身なのではないかというあたりも藤吉郎は勝手すぎるし小一郎は卑下しすぎているのでこのドラマでの設定はよくわからないところがあり、とはいえ小一郎が銭を貯めるのに熱心な描写があり、貨幣経済が相当発達していたのだろうことは察することはできた。
また、村の描写が近くに山があるように描かれているが中村は広大な濃尾平野の一角であって「あれじゃ守山だ」という声をTwitterなどでも読んだが、広大な平地では絵にしにくいのだろうなとも思ったのだけど、平地だからこそ野盗や野武士の襲撃には弱いということもあるわけで、そのあたりも実情に即して描いた方が良かったのでは、という気はした。
***
「ふつうの軽音部」94話の更新を受けて昨日はその感想を書いたのだけど、昨日はなんとなくバックナンバーを読み直していて、ちょっと先週のブログ/noteに書いた自分の見方が違うかなということに気がついたので書いておきたい。
https://note.com/kous37/n/ndee483c0a551
ヨンスが1年8組であることは1巻118ページの自己紹介に出てくるのだが、学年280人で8組だと1クラス35人になってしまい、本当は後で7組編成だと考え直していたのでは、ということを書いたのだけど、昨日6巻を読見直していたら番外編192ページに8組の女子生徒が鷹見に話しかけてくる描写があり、やはり8組編成は間違いなかったのかと思った。またこれは先週コメント欄で指摘を受けたのだが、鳩野と同クラの矢賀緑がヤ行なのに出席番号が33番(2巻150ページの自己紹介)なので35人学級と考えられるのではないか、ということもあり、やはり35人8学級という編成でいいのかと考え直している。
実際の大阪府立高校について少し調べてみたらやはり40人学級のようなので、作中の谷九高校は現実より配慮された高校であると考えて良いのかもしれない。まあ、なんでも予算を削りがちな維新政権の大阪府がそんな配慮するわけないという先入観で考えていたのだが、あんまり外れてはいなかったのかと思ったり。いやまあこんなことに拘るのは無粋であることは分かっていて書いてはいますが。
***
今朝は起きたら4時20分ごろだったのだが、トイレに行ってもう少しだけ寝直して、5時前には起きた。道に雪がうっすら積もっているので竹箒で掃いたのだが、8時前の今になってもまだその時の掃き跡が残っていて、寒いのだなと思う。
***
スピリッツ7号を読んだが「ダンス・ダンス・ダンスール」では潤平が生まれ変わったかのような華麗な踊り。前回までの流鶯の物語と交互なので、ブランコの教えのところからちゃんと続けて読み直したいなと思った。「ありす、宇宙までも」はNASAでのキャンプを終えて帰国。第二章にイン、という展開。さてさて。
「新九郎奔る!」はいよいよ伊豆討ち入り。堀越御所急襲の場面だが、これは第1巻第1話の冒頭の場面でもある。これは2018年に月刊スピリッツに掲載されているので、もう8年も続いているのだなと改めて思う。「俺は俺の主人になる」というのが1話の冒頭のセリフで、討ち入り前の149話だったか、頼るべき抗議が弱体化したいま、自分で伊豆を仕置きする決意を妻子に語っていたが、ようやくそれが語られるのだなと楽しみにして読んでいたけれども、その場で茶々丸を捉えるないし討ち取る予定だったのが逃げられる、という展開になりそうで、その後の将軍義澄とのやりとりがどうなるかが難しいなと思ったり。展開を待とうと思う。
***
「知性の復権」。119ページ以降、堺屋太一の遺著「三度目の日本」に基づいて議論が進められる。第二次世界大戦の敗北の遠因は、日本が産業革命には成功したものの、大量(大衆)消費市場の成立、つまり内需拡大に失敗したこと、そのために対外進出に頼らざるをえず、大陸に進出していくことになったと指摘している。これはまあなるほどと思った、というか、この時期の日本の困難を主に資源の側面で考えていたけれども、消費の側面でも弱かったというのは確かにそうだろうとは思う。ただアメリカ以外にそれに成功した国があったかというと英仏などに限られていたとは思う。ドイツもまたナチス時代になって初めてフォルクスワーゲンやアウトバーン、ラジオの普及などがあったわけだし、当時の日本でも都市では消費が盛んになってはいたが、まだ限定的だったのは確かではある。
戦後はその教訓から大衆消費社会を実現したが、そのために東京への一極集中、スーパーなどにみられる流通の無言化、小住宅持ち家主義、終身雇用制と職場単属人間化、つまりは日本全体の人間の規格化が政府によって推進された、とする。
その結果日本は「天国」になってしまい、現状維持的な夢と冒険のない社会になってしまっている。このままでは流動化が進む世界の中で日本は生き残って行けず、第3の敗戦を迎えてしまうのではないか、というわけだ。
その処方箋として堺屋が挙げているのが「更なる自由化」と「楽しい日本の復活」だそうなのだが、更なる自由化はより貧富の格差を拡大させ、より少数の勝ち組とより多数の負け組を生み出して社会を不安定化させる、という指摘を著者はしている。これはまあその通りだろう。そして思想的な意味でも自由化による超富裕層の出現とマイノリティ重視のポリコレリベラル政策は「ふつうの人々」の反発を大きく買うことになっているわけである。この辺りのところは「世界秩序が変わるとき」でも取り上げられていたが、アメリカ自体の方針がトランプ政権の誕生によって大きく変わる今こそが日本のチャンスだ、という指摘と重なってくる。
そこに起こってくるのが「保守思想の復活」ということになるわけだけれども、ここでの保守思想というのはつまり「多数の負け組」にとっても「楽しい日本」を復活させる、ということにつながるわけで、その意味で「日本人に生まれただけで価値がある」という考え方を普及させた「国学」に通じるものがあるわけである。
「近世日本の支配思想」によれば、兵営国家である近世日本の本当の支配思想は兵学であり、儒学は現実的には力を持ち得なかったが看板としてはかけられ続け、むしろ明治政府になってから影響力を強めた、ということだが、この辺りは元田永孚の明治天皇への影響力や教育勅語を通しての日本国民への影響力を考えると頷けるところはあると思った。
一方で新しい思想である蘭学と国学のうち、蘭学はエリートたちに日本を変える夢を与えたわけだけど、国学はいわば負け組の幅広い日本人たちに「日本人であることの誇り」や「日本人であることの価値」を与えたという点で大きな存在だったということで、そういう意味での現代の保守思想にかなり通じるものがあるように思った。
現代のような流動性の高い社会の中で個人主義的な自由化を進めても対立は深まるばかりだから、著者としては現代への処方箋として、明治初期の保守主義者たちのように「道徳」を処方したい、というわけだ。
この「道徳」というのはつまりは「公共心」ということだということのようだけど、まあこの辺りのところに異論はないというか、異論を唱える余地はもともと特にないだろうと思う。Twitterで行われている議論も保守主主義的な人たちが主張しているのは主に外国人やリベラルの公共心の欠如についてであるわけで、リベラルの側のマイノリティの権利拡大の主張に対しても要求するならやるべきこともやれという主張になるわけである。
考えていて思ったが、確かに保守の立場からの主張で最もリベラルが反論しにくいのは「公共心を持て」という主張だろう。著者もまた公共心を貫くことの方が人間を自由にする、と言っているが、これはつまり西洋的な意味でのリバティということである。関係性から切れることの自由ばかり重視しても「楽しい日本」は実現しないだろうという著者の主張は理解できる。
一部の勝ち組以外の人たちが望んでいるのは、公金が支給されることではなく、誰に対しても公正に扱われることだ、ということはおそらくははっきりしているので、公正に扱われるということが自分が人間として扱われている実感となってその意味での承認欲求は満たされるわけだけれども、人を公正に扱うということは自分自身の行動を粛正しなければならない、特に権力を持つ者にとってはそれは言えるわけで、リベラルや学者やマスコミがそれに相応しい行動を取ってないことが批判されるのはそういうことだろう。
高度経済成長の時代は何億という賄賂を取ったり実弾と称して数百万のお金が選挙で動いたりするのも世の中を良くするためのある意味での必要経費だとみられていたが、今では数万円の不記載がリベラルの保守政治家に対する格好の攻撃材料になっているわけで、「公正さ」に対する国民の要求が厳しくなっているのは決して政治家に対してのみではないわけである。
とりあえず136ページ第三章まで読了。これが保守主義だ!と言えるようなまとめにはなってないが、少しわかってきたことはあるかなと思った。
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