「映像の世紀」:台湾の存立に日本ができること/アニメ「正反対な君と僕」第1回をみた:原作に忠実なアニメ化に愛おしさを感じた/「知性の復権」:テクノリバタリアンとアメリカ国家/不順な天候
Posted at 26/01/13
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1月13日(火)曇り
昨日は一日そんなにいろいろやったつもりはなかったのだが結構疲れが溜まっていたらしく、夕飯を食べた後少し横になったら起きられなくなって時計の8時半を確認した後何とか起きたら11時をすぎていて、それでも何とか起き上がって入浴して寝たのだが、夜やろうと思ってやり残していたことがあったので何だかそれが気になって変な眠り方なのに眠ってしまうという感じになっていて、結局4時に目が覚めた、というか起き出した。
居間に降りてきてお茶を飲もうとして仏壇にご飯をあげようと思っていたのに忘れていたことを思い出し、炊飯器の保温は切ってあったので少し茶碗に取って温めてから仏壇にあげて水と線香をあげて手を合わせた。部屋が何となく寒いので見るとつけたはずのストーブが灯油がなくて消えていて、ポリタンクから入れようと思ったらポリタンクにもなくて、外の灯油タンクに入れにいくにはパジャマでは無理なので着替えて長いコートまで着て給油。空は曇っていたけどところどころに星が見えていた。その時はマイナス0.7度だったが今見たらマイナス2度。今日は曇りのようだけど、曇っていてもマイナスというのは本格的な冬という感じ。最高気温は6度の予想だし夕方には雪ではなく雨が降るようで、どうも天気がよくわからないのだが。
https://sh-anime.shochiku.co.jp/seihantai_anime/
4時半ごろからアニメ「正反対な君と僕」の録画を見た。これを見るのが気になっていたというのはまあアレなのだが、夜見ようと思って寝てしまったから変に宿題みたいになってしまったのだった。第1話はアヴァンが長く、かなり状況説明的にいろいろなキャラの朝の様子を出してきて、主人公の鈴木の最初のコマに繋がり、マツエクとかマスカラの話を渡辺と佐藤としているときに隣の席の谷に無茶振りする、という原作通りの展開になり、「正直、大好きです」というモノローグでOPに入るという展開は見ていてちょっと感心してしまった。
作者の阿賀沢紅茶さんの少し個性的な絵柄も忠実に再現されていて、これは見ていてかなりアガる。今期のアニメの他作品を見ていて絵柄がいわゆるアニメ絵寄りになっているものがあり、ちょっとがっかりしたので特によかった。鈴木の声は最初は少し意外だったけどだんだん気にならなくなったのだが、谷の声が良かった。ぼそっという返しの絶妙さというか、鈴木の話しかけに「聞いてんのかな?」と思い始めるような絶妙なタイミングで返ってくるのを聞いてると、この「間」こそがこの作品の魅力なんだなと初めて気がついた思いがした。
偶然放課後昇降口で出会い、勇気を出して声をかけて一緒に帰ることになって、鈴木の好き好きオーラもあるけど谷が鈴木の手を握り、「夢?」と思うところなどは何というか気持ちが通じるという瞬間はこういうものだよなあと思ったり。興奮して眠れず返って寝坊して慌ててリビングに降りると朝ごはんと書き置きが置いてあって返って落ち着いて、ばっちり化粧してから出かけたのなら多分もうお昼休みかなと思ったり。
ピンク髪でばっちり化粧、爪もピンクでキラキラギャルな鈴木が実はそれまで無遅刻無欠席の健康優良児だったというのも面白いのだが、谷と歩いていたところを山田にいじられて「そんなんじゃないから!」と言ってしまった途端に谷が現れ、言い訳できないまま放課後に谷に「昨日のこと忘れて。ごめん」と言われる展開から、「私、谷くんのことが好き」とみんなの前でいい、「片想いしてんの。で、昨日一緒に帰ろうって私が誘ったの。それって、何かおかしい?」という時の鈴木の顔が何とも言えず、こうした表情が本当に原作通り再現されているのがとても良い、というか愛おしいものを感じた。
そして佐藤や渡辺や山田に背中を押されて谷を追いかける鈴木が、「なんだ。自分の気持ちをいうのってこんな簡単なことだったんだ」という場面の音楽や演出がよく、原作では「言いたいことはわかるけど気恥ずかしい」みたいな感じで読んでいた部分が「そうだよなあ」と思えて、アニメになってさらに良くなった部分だなと思う。
https://shonenjumpplus.com/episode/13933686331787337964
そこから先は最後までとてもよかったけれども、原作1話、というか実はジャンプラでも元々は読切で2021年に掲載されていた部分までがフルでアニメでも第1話になっていて、とてもよかった。原作で44ページ分、アヴァンでキャラ紹介、本編では心理描写を丁寧にしてちょうどこの時間で収まるのだなあと思う。来週以降の分がどのような構成になるのかはわからないが、とても期待が持てる作品だなと思った。
読み切りから考えるともう5年前のマンガが今アニメになっても十分面白いというのは、いいものはいつ読んでも(見ても)いいのだなあと改めて思ったりした。
***
https://www.web.nhk/tv/an/butterfly/pl/series-tep-9N81M92LXV/ep/ZYJPGYQ1J1
昨日は「映像の世紀 バタフライエフェクト」の「激動 アジアの隣人たち 台湾 130年の傷痕」の録画を見た。
台湾の歴史、というのは小林よしのり「ゴーマニズム宣言 台湾論」などいくつか読んだことはあったが、これも初版発行が2000年でまだ李登輝が健在な頃だから現在とは既にだいぶ状況が違うので、昨今の台湾有事についての状況も併せて考えるといろいろ見どころのある作品だなと思った。
「台湾」という存在の難しさは、台湾を一つの主体として考えるのか、中国の一部と考えるのか、というところから論者の立場が違うわけで、それは帝国主義時代に日中の戦争によって日本に割譲された時から始まっていて、1895年から1945年までは日本の一部であり、この50年の間に日本化がかなり進んで、中国語(特に北京官話)が話せない人が多数になったことが、国民党進駐後及び蒋介石政権下において「本省人」が政治行政から排除された理由にされたのだ、ということはちゃんと認識してなかったなと思った。
最初の場面が蒋介石の銅像を倒すところから始まっていたのはちょっと驚いたが、2023年に台湾各地で行われたことらしく、逆にそれらを集めて展示する公園も作られたとのことで、現代史において蒋介石という存在はいまだに矛盾に満ちた賛否の渦巻く人物なのだなと思う。これは毛沢東ももちろん同じなのだけど。特に蒋介石は中国スケールで考えた場合と台湾スケールで考えた場合で全く見方が変わってくる人物ではあるなとは思った。
蒋介石の国民党軍が台湾に進駐し、政治や行政から排除された不満から二・二八事件が起こり、無差別に殺傷されるなどの歴史を踏まえれば台湾社会にとって外省人の存在はかなり負の存在なのだろうなあと思っていた部分はあるが、彼らもまた国民党軍に自分の意思かどうかもわからず連れてこられて台湾に来て、40年後にようやく故郷を訪問することが許されたがその地は全く変わっていて知っている人も誰もいなかった、という話はやはり悲劇だなと思った。「人を生まれた土地から連れ去る」ということがどれだけ非情なことか、というのは拉致被害者の話にしてもそうだが、あまり同情されにくいだろうという意味では外省人の兵士たちの悲しみや苦しみは想像にあまりあるものはあるなとは思った。
そして本省人たちは政治や行政から排除されたために返って経済で活躍することになり、国民党軍と共産党軍が散発的な戦闘を繰り返したり、蒋介石の大陸反攻が失敗したりして、中国が国連で議席を占めることによって台湾が国際的に孤立した後も、本省人の作り上げた経済力が底力になって台湾は生き残っていき、本省人初の総統となった李登輝が1989-90年代に民主化を行なって台湾を民主主義社会にして、「共産党=毛沢東」vs「国民党=蒋介石」という構図を超えて「大陸」vs「台湾」という構図に変えたわけで、「台湾問題」は新たなフェーズに入ったわけである。
国際的に見て、台湾は清朝の時代は清朝の一部だったし、日本に割譲されてのちは日本の一部になり、日本の敗戦後は事実上中国に返還されたわけだが国共内戦の結果「国民党の本拠地」となっていわば国民党政府に植民地的な支配を行われたわけだが、国民党政府が国際的な地位を失ってのちも経済力で生き残るということになり、国共それぞれの「一つの中国」を超えた「台湾」という新しい国民主体が生まれたわけである。この辺りは小林の「台湾論」でも描かれていたが、その象徴がTSMCであり、それが台湾が生き残りをかけて作った企業だということは21世紀もかなり進んだ現代になってははっきりしてきたことで、最後の締めとしてはなるほどと思わせるものがあった。
中国共産党政権としては台湾は存立の正統性に関わる存在なので「独立」は許さないにしても、すでに事実上の独立国家として国家承認する国は12に止まりながら190の国々と貿易関係があるというのは強かな生き残り戦略が成功していると言えるわけで、この辺りはすごいなと思う。
逆に言えば台湾がこのまま生き残るためには世界の国々との関係があって初めて中国の侵略を免れているという部分もあるわけで、日本もまたかつての宗主国としての責任も含めて、台湾の存立にできることをしていくべきだとは思った。
***
昨日は午前中、「正反対な君と僕」のアニメを見るのに備えて作業場に単行本を取りにいき、最初は1・2巻くらいでいいかと思ったが結局全8巻持ってきた。それからホームセンターに行ってスイッチを買い、洋菓子店でお菓子を少し買って帰宅して昼食。午後は少し休んでいたが、職場に出てスイッチをつけたり、また作業場に行って音楽を聴いたり、ネットで調べ物をしたりややダラダラしたのだが、マンガ単行本や雑誌の整理も少しはした。日があるうちに結構部屋の中も暖かいのだが、日が落ちると急に寒くなり、特に暖房の入れてない部屋はすぐいられなくなるので、冬は何か作業場でやるなら午後だなと改めて思ったり。最近はずっといつもは実家の居間で文章を書いているのだが、作業場でやるとやや自由な感じになる。それぞれに一長一短はあるが、上手く使えると良いなと思う。
日が暮れてから出かけて買い物に行き、夕食や朝食の買い物など。駅前のスーパーはいつも混んでいる印象があるが、この時間には比較的空いている。日本人らしきお母さんに連れられたミックスルーツっぽい子供を見かけたり。最近はこんな田舎でも増えているなあと思う。
***
先崎彰容「知性の復権」149/269ページ。第四章「アメリカと世界の分断」のところを読んでいる。この辺りはまさにリアルタイムのことを書いているので、著者の分析がどこまでの事実を踏まえているかで評価が変わってくるから、難しいところなのだけど、トランプ政権が主に二つの知的集団、ヴァンス副大統領を強く支持するシンクタンク「アメリカン・コンパス」(代表はオレンキャス、以下のnoteで取り上げた人物)と、イーロン・マスクやピーター・ティール(PayPal創業者)らに代表されるテクノ・リバタリアンによって支えられているところに注目したい、と著者は述べている。
https://note.com/kous37/n/n7dc577ef1e9d
著者はまずテクノ・リバタリアンについて分析していて、マスクやGAFAMらの提供するスマホに支配されている我々は「デジタル荘園の小作人」であり、彼らに支配・搾取されていながら気が付かないし、その支配範囲はプーチンのロシアの支配範囲を遥かに超える、と言っている。なるほど、そう考えてみるとGAFAMは荘園の本家、院や女院、摂関家や鎌倉殿みたいなものであり、その中間のシステムを提供しているIT企業たちが領家、コンテンツを提供している一般企業や個人は荘官や在庁官人みたいなものだと言えそうにも見えてくる。
しかしどうもその発想は労農派的な印象があるし、行政もまたそれらに依存しようとしているというのは中世国家が権門体制になっている感じではあるが、国際的な国家以外の領域をドメスティックな荘園に例えるのはちょっとわかりにくい感じはする。アメリカの圧力によって国家が支配しきれない領域が経済において成立してきたというのは90年台の日米経済戦争、構造協議による経済敗戦以降はずっとそうではあるし、もう少しわかりやすい整理の仕方があるような気はした。ただ、アメリカ政府とGAFAMの関係としては言える部分はあるように感じるし、マスクが一企業家を超えた大統領トランプに匹敵するような存在感を見せてきたことは確かではあるなと思う。
テクノリバタリアンのリバタリアニズムについては、マスクの「地球からの脱出」、ビットコインの「政府の信用が支える通貨からの脱出」など、「透明な可能性としてのアメリカ」を体現し、保守主義やリベラリズムの共同体主義を否定し、徹底的な個人主義を唱えるという特徴があるとしている。この方向性はいわゆる保守主義とは違うが、権威主義諸国やイスラム諸国の民主化は彼らにとっても利益も個人主義的方向も合致しているから、ウクライナやシリアやイランにスターリンクを提供するなどの手段をとって民主化運動を支援し、アメリカに利益をもたらそうとするトランプの路線とも共闘していけるところはあるのだろうと思う。ただマスクがDOGEをやめてトランプ政権とその面では決裂したように、彼らがともにwin-winな関係であるうちは共闘するだろうが、割とドライな関係ではあるだろう。
「アメリカンコンパス」についてはまだ読んでいないので、このことについてはまた改めて。
***
また雪が降ってきた。
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