ハプログループ分析は新たな血液型診断か/「ふつうの軽音部」94話:得体の知れないヤツを普通に見せるという方向の主人公補正/「知性の復権」:天皇制を批判する保守主義者たち/明治と昭和の連動
Posted at 26/01/11
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1月11日(日)曇り
今朝は曇っている。今日は大荒れの天気だという予想だったから警戒の気持ちはあったのだが、逆に気温は高い。朝起きた時(7時を回っていた)は6度くらいあった。今(9時)の気温は3.8度なのでかえって下がっている。これから雪の予報になっているので、寒冷前線の通貨中ということのようだ。予想を見ると、午後から氷点下になるようで、確かに普通の日の天気ではない。
https://www.nhk.jp/g/ts/RQQ16KG694/blog/bl/pB4Egql2A5/bp/pr7gkjgvwr/
昨夜は風が強くて、就寝した2時ごろは2階の寝室で外の風の音がかなりすごかった。昨日は午前中に銀行へ記帳に行った後西友で昼夜の買い物をし、クリーニングを出して帰った。夜はそのまま帰ってきて、7時のニュースからタモリの番組で「日本人らしさはどこからくるのか」という番組をやっていて、火山の大噴火とY染色体ハプログループのD-M55(Wikipediaで調べたらD1a2aとして出てきた)という遺伝子からくる人種的民族性みたいなものが原因なのでは、ということをやっていてへえっと思った。途中で寝てしまったので最後の結論はわからないが、一時は非科学的と言われていた民族性とか国民性とか県民性、あるいは血液型性格診断みたいなものがまた科学的研究の進行によってより精緻な形で同じような感じの分析が行われるようになったのは面白いなと思った。
まあそれを「非科学的」で片付けてしまうのもある意味左翼的な平等絶対史観、ホモ・サピエンス一元主義というか、中国の「中国人全てはモンゴル人もチベット人も中華民族で黄帝の子孫」みたいな政治性の産物でもあるので、こうした議論が政治性をなるべく抜きにして行われると良いとは思うが、「黒人侍・弥助」のナラティブの問題もあるようにこういうものを政治的に利用しようとする勢力は左右を問わず常に機会を窺っているので、なかなか面倒なものではある。
***
もう9時前には動けなくなっていてソファで爆睡してしまったが、11時半ごろ起きられたのでとりあえず風呂に入ることにし、あったまったところで歯を磨いて、さてと時間を見たら12時直前だったので、昨夜は0時の更新を待ち構えて「ふつうの軽音部」94話「会いにいく」を読んだ。(以下ネタバレあります)
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913049140838
今回はまず、扉絵の鳩野のイラストが赤背景でめちゃくちゃかっこよく、はーとぶれいくメンバーのちみキャラのシールを貼り付けてHBRふつうの軽音部というロゴが入ったテレキャスを抱え、黄色い画面(ふつうの軽音部のテーマカラーだ)のスマホから有線イヤホンで何かを聞いている鳩野がとてもよかった。HBRとはどういう意味なのだろうか。
最初の3ページがサポートに入った彩目の気持ち。自分がなぜギターを続けているのか、それはただの意地だ、というのを理解し、そして楽しい、ということも理解できて、それができる場所がはーとぶれいくなんだ、と自分で納得したのがよかったなと思う。次の2ページが七道高校のメンツのプロトコルに対する評価。レイハが何を思ったのかよくわからないが、鷹見の評価が高く遠野と彩目に対するモテの予感が見られた。次の2ページが彩目のプロトコルに対する挨拶。鷹見に礼を言われて「キショ」と答えながら、「お前はどこに向かうつもりなんや」とボソッという彩目が何かを察知しているみたいで意味深だなと思った。水尾が幻視したプロの舞台を彩目も垣間見たのだろうか。
次の3ページは水尾がメンバーに礼をいい、もう大丈夫だと言って、プロトコルが幻視させてくれた純とレイハと自分の仲直りの未来を信じて純に「会いに行こう」と思う水尾の吹っ切れ方がよかったなという感じである。
次の3ページははーとぶれいくの面子に戻り、桃が彩目をいじっているが、キョロキョロしている鳩野に対し、「外にいるかもしれんやろ はよ行け!」と背中を押す。「もしかして気づいてる?」という彩目に対し、ちょっと寂しそうな笑顔で「多分最初に気づいたの私やで」という桃の顔は、恋愛がわからないという自覚があり、前のバンドもそれから来るトラブルで解散した記憶から、「2度と他人の恋愛を邪魔しない」という気持ちが感じられ、感想欄でもこの桃の反応に対するコメントが一番多いように思った。
次の4ページは外に出た鳩野の自問自答から水尾との遭遇。水尾に声をかけられて振り向く鳩野の顔が私はとてもいいなと思った。その後の水尾との会話で水尾の気持ちの整理がわかるとともに、水尾もまたレイハが純の話を鳩野にしたことに「ぎょっ」という擬音付きで驚いている場面がよく、ふだん表情の変わらない水尾がこれだけ素直な気持ちを見せられる相手に鳩野はなっているんだなあという感慨があった。
このページのラストで「まあ見ててよ水尾くん プロトコルよりアガるライブやるからさ」と柄にもなく親指を立ててカッコつける鳩野の「恋してるが故のダサさキモさ」がリアルで、でも半分は(少なくともレイハや鷹見に対しては)本心なわけで、ただ水尾に対しては「いいところを見せたい」というのが先行してしまうのがおかしいと思った。
で、最後の2ページでは案の定そうした自意識が爆発してしまう。桃に頼まれた飲み物(濃厚ココア)を自販機で買うのはいいが、こういう時にはいつも出てくる自意識アニマルがハアハアしていて、ついには爆発してなかなか「闇ハトノ」が出てくるという展開には大笑いした。
https://note.com/survivelifedx777/m/maf02aac28de8
大体鳩野は「なんか私ってヤバい女(鶴、レイハ、厘)に無茶振りされること多くない?変なフェロモン出てるのかな・・・」とかいう割には(76話)自分自身も相当得体の知れないやつなのであって、「ふつうに見えるのがむしろ主人公補正」という存在なのだなとこういう場面を見ると改めて思う。これは上の方のnoteの一連の「ふつうの軽音部」の感想を読んでてそういう解釈が書かれていたことがあり、なるほどと思ったのだけど、そういえばすでに原作者のクワハリさんは鳩野について「次に来るマンガ大賞」のウェブ漫画部門で一位になった時、「カグラバチ」とのコラボイラスト(鳩野ちひろが刀を持ち六平千紘(ちひろ)がギターを持っている)に対する感想で鳩野のことを「一番刀を持たせたらいけない人間」みたいなことを言っていたことを思い出した。
「闇ハトノ」は鳩野の自意識の暗黒面だと思うのだけど、鳩野自身の欲望の浅ましさや恋するが故にカッコつけてしまう滑稽さのようなものをグサグサさしてきて、「とんだピエロだねえ・・」と舌をぺろっとするわけである。桃の背中押しもそうだが、この展開は流石に予想の斜め上で、いつも想像以上の展開を出してくれるこの作品はいつも感心させられる。
ここまで読んだために結局2時ごろまで眠れなくなり、それから外の風の音を聞きながら寝たので起きたら7時、という仕儀になったわけである。
***
雪という予報だったが日が出てきた。
***
昨日は時間がある時に先崎彰容「知性の復権」を読んでいたのだが、119/269ページまで。
大事だと思ったことの一つが、マンハイムの「保守主義的思考」の中での二つの定義で、「伝統主義」と「保守主義」の違いについて述べている部分。伝統主義は「古くからあるものを墨守し、変化を嫌い、未知を恐れる人間にもともと備わっている精神的な構え」であり、保守主義は「急激に進んでいく近代化を意識した極めて自覚的な運動」であり、これが起こった原因は「近代的世界が動的になったこと」、言い換えれば「流動化」し「不確実性」に飲み込まれたこと、であるとし、日本についてそれを見ていくために明治国家の歴史を参照する、というふうに話をつなげる。
保守についての議論の中心をどこに据えればいいのかというのは私も常に迷うところがあり、戦後に限ると射程が浅いなと思うし、かと言ってバーク以降のイギリスやアメリカの保守主義の歴史を追っても日本の現在は見えてこないわけである。日本で言えばやはり江戸時代以降の思想の流れは押さえておく必要があり、その意味で「近世日本の支配思想」は参考になったが、明治の思想史はいろいろ読んではいるが押さえきれていない感覚が大きかった。最近読んだ「たとえば自由はリバティか」はかなり本質に迫るものがあったとは思うのだが、
ここで著者が取り上げるのは「日本の近代化の問題」と「天皇存在の問題」という二つのテーマで、これらは前者は要は歴史学だからまあ自分のフィールドに近い。自分は本来西洋史、フランス革命で修士論文を書いているが自分の本当の関心は日本にあり、それを知るために革命の理念と実際みたいな観点からフランス革命をテーマにしたのだけど、今は明治維新前後から令和に至るまでの歴史も常に関心を持っている。後者の方は「国家神道」の問題とも絡んでくるので、深めたいテーマの一つではある。
日本の近代化の問題として著者が取り上げたのは一つは西南の役で活躍した谷干城が明治12年に出した恩給制度に対する意見書で、ここで谷がフランスから導入された軍人恩給制度について、恩給の受給者を妻子としていることを「急進的である」と批判し、人間は「家」に所属するという伝統的な立場からは「両親」に与えるべきだ、としたわけである。これに対し山縣有朋は妻子に与えるという合理的な立場を貫いたわけで、ここに山縣の意外な先進性が感じられたのには驚いた。谷は徴兵制を始め武士の特権であった武装を国民化する明治政府の急進性について、特に家制度の維持の点から反対したわけで、その背景には「家」という存在の歴史性を重視し、伝統の流れの中の個人という考え方を、妻子に支給することでその所属先を「夫婦」という一世代にのみ関心がいく形にしてしまうという批判があった、というわけである。
「明治国家の近代化」というのはいろいろな面でドラスティックではあったわけだけど、保守反動の権化のように言われる山縣有朋が実は近代国家確立の急進派であったというのは面白いし、また「家」というものがどのようにして軽くなっていったのかという過程を実際に垣間見た感じで興味深いなと思ったわけである。
もう一つは経済の過度の自由主義化によって経済発展の可能性をつぶしてしまった失敗例が挙げられているのだけど、それは綿花輸入の自由化によって河内や大和の綿工業が大打撃を受け、金銀が流出し、澁澤瑛一の国立銀行制度が大インフレを起こし、松方財政によって帰って恐慌を起こした、という記述がちょっと混乱があると思った。
というのは、綿工業の発展により河内の綿花栽培が大打撃を受けたのは明治30年台の話で、松方財政は明治14年の政変ののちに大隈重信が政府から追放され、それを受けた松方正義がデフレ政策を行なったという経緯であるからである。
国立銀行制度が大インフレを起こしたというのは国立といっても民間銀行である国立銀行が紙幣発行の権限を持っていたことが原因であり、初期はその資本が金銀でなければならなかったが、明治9年の法改正で武士の家禄の廃止のよって武士に支給された金禄公債を資本にして紙幣が発行できるようになったからで、事実上の不換紙幣が大量に流通したことが原因なわけである。これはいまだに職のない士族の困窮化の原因でもあったが、農民にとっては好況期であり、それゆえに豪農民権と言われる民権運動が盛んになった一つの理由でもあったわけである。
日本の綿花栽培や手工業としての綿工業が打撃を受けたのは明治30年台、つまり日清戦争後の第一次産業革命の頃の話だから、この二つを関連づけて記述するのは混乱していると思われても仕方がないと思う。
余談として書いておくと、河内の綿花は毛足が短く、輸入された紡績機械にはうまく合わなかったので、輸入綿に押されて壊滅したとのことである。それまでの手工業によって作られた綿織物の着物は庶民にとっては財産であり、その時代までは質草に入れられるものの最も多いものは綿の衣服だった、というのは調べていてへえっと思った。これらの着物は労働着として着やすい丈夫なものであり、輸入綿花によって作られる新しい綿織物の着物はもっと薄く多様な降り方が可能になったからいわばお洒落着として普及した、というこれもまた近代化の物語が背景にあったようである。
まあそうした記述の瑕疵はともかく、著者が言いたいのはこうした法治主義と経済的自由主義の徹底は、法治によってそれまでの共同体の論理を解体し、経済的自由主義が地場経済を破壊して市場経済に呑み込ませるという大衆化が明治政府の基本政策だったということである。
だからこうした政府の方針に対する反発は、自由民権運動としてだけではなく、保守主義としても起こってきたということで、この辺は著者は触れてはいないが初期の自由民権運動には頭山満をはじめとしたのちの「右翼の大物」なども絡んでいて、近代化を推進する政府に対する異議申し立てもまたこの運動の中には含まれていたということはあったわけである。
頭山らも基本的にはそうなのだがより江戸時代の流れを汲む勢力で言えば、儒学者を中心とする勢力が明治にも一定の力を持っていたということがある。
明治政府の初期の課題の一つには、明治天皇をどう教育するか、ということがあったわけである。江戸時代の天皇は御所の奥深くにいて女官や公家に囲まれて生活していたわけであり、そのままでは近代国家の君主となるには様々な問題があったわけである。実際、明治天皇は死ぬまで皇居にガス灯や電灯を入れさせず、江戸時代そのままの灯火で暮らしていたという話があり、決して近代化を体質的に好んではいなかった。明治天皇の皇后は一条美子(はるこ)、昭憲皇太后であるが、大正天皇の生母は柳原二位局と呼ばれた女官・柳原愛子である。大正天皇以降は宮中も原則一夫一婦制になるが、江戸時代までの在り方が急激に全て変わったわけではなかった。
明治天皇の教育係として有名な人は何人もいるが、旧幕臣で江戸無血開場にも関わった山岡鉄舟もその一人で、彼は西郷隆盛の要請で明治5年から15年まで侍従として教育係を務めた。また明治8年から28年まで天皇の側近として仕えた元田永孚は「宮中と府中(政府)の分離」を進めようとする伊藤博文らと対立して「天皇親政運動」を展開したわけである。
これは結局は明治19年(内閣制度発足の翌年)に明治天皇と内閣総理大臣・宮内大臣伊藤博文との間で「機務六条」が確認され、天皇と内閣の関係が規定され、明治天皇は天皇親政を放棄する、ということになって挫折したわけである。明治維新の理念は王政復古であるから当然天皇親政だろう、と考えていた人は多かったわけで、実際に行われた藩閥政治や有司専制に対しての批判としても、「天皇を蔑ろにしている」という批判は常に付き纏っていたわけであるが、ここで一応の落着を見た。
しかしこれは当時、一体どのくらい知られていたのかということには疑問があるなと思った。Wikipediaなどを見ても引用元は「明治天皇紀」であり、これが公刊されたのは昭和40年代であるから、元老などの政治のトップクラスの人々はともかく、一般の官僚などがどの程度認識していたのかは謎だなと思った。
そして元田は天皇親政運動には敗れたが、国民教育に関しては井上毅とともに「教育勅語」を起草したわけで、その影響力は結果的には絶大なものになったわけである。
「機務六条」はまだ憲法も起草中の明治政府において、天皇が政府の機関としての存在たることを認めた文書であるわけで、この存在を理解していれば「天皇機関説」が問題になることもなかったのではないかと思うわけである。この辺りのところを考えてみると、国家の近代化推進の立場からは「宮中と府中の分離=天皇機関説」が当然の前提となり、保守主義の立場からは天皇親政が当然となるが、政治面では前者が勝利したものの、国民教育においては保守派の思想が大きく取り入れられた「教育勅語」が柱になったわけで、その辺りが昭和によく言われた「顕教と密教」みたいな話にもつながるし、逆に言えばこの挫折した「天皇親政運動」のエッセンスでもある「教育勅語」によって国民的合意となった世代が引き起こしたのが「天皇機関説問題」と「国体明徴運動」であったとも言えるのだなと思った。
結局この件では明治天皇の立憲君主としての姿勢を受け継いだ昭和天皇が「機関説でいいではないか」というのを押し切って「国体」という理念が暴走したわけで、生身の天皇が親政するという明治のビビッドなテーマが昭和には概念としての国体が巨大化した怪物のようになった感じがある。
ここにおいて国体というものがどういう意味があったのか改めて考えてみると、天皇個人は立憲君主制でいくべきだと考えていた以上、天皇個人が求めていた方向性ではない。この運動を支えたのはいわゆる精神右翼と軍部であり、軍部としては統帥権の独立から政府の干渉を廃して独自に作戦を進める自由を得たいと考えていたわけで、この辺りもまた天皇個人の意思とは遊離していることは明らかだろう。満洲事変における「軍部の暴走」が抑止できなかったのが最大の組織不全だったわけだが、これもある種の組織としての鬱屈がこういう形で現れたのだと言えなくはない。
明治天皇の教育の問題から話がかなりずれたが、元田永孚という人が保守主義者として儒教の東アジア的普遍価値を天皇が体現すべきだと考えていて、政府が自らに都合の良い(藩閥的な意味で)近代化を促進し、天皇をそのために利用していることは間違っているということになるわけで、つまりその政府の都合の良い「明治の天皇制」を保守主義の立場から批判しているという現象もあった、ということが言いたいことの眼目だろうと思う。
***
お昼を過ぎて、曇っていて、風が吹いている。不穏ではあるが、風が吹いているが故か、青空も一部に見える。気温は0.9度。午後にはもっと下がる予報になっている。
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