日本はアメリカとともに国際法体制の側にいるべき/「知性の復権」:ルサンチマン政治を終わらせるには/「豊臣兄弟」:弟から見た秀吉という新機軸/「くらべてけみして」他
Posted at 26/01/05
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1月5日(月)晴れ
在東京足掛け三日目。最近はずっと一泊二日だったので二泊三日目は久しぶり。丸一日東京にいると感じ方が変わってきて、いろいろ落ち着いてやれる感じはある。実家の方にいても本が読めないことはないのだが、東京で読んでいる方が落ち着いて読める感じがあり、その分集中して読めるから読書が進む感じはある。最近、東京に帰ってきてもあまりでかけたいところがない感じにはなってきているのだが、家で集中して何かやれるなら帰ってくる意味はあるかなと思ったり。
昨日は午前中にブログ/noteを書き、昼前に残っていた米でご飯を炊いて、近くのローソンでおかずなど買って、残り物と合わせて昼食。主に先崎彰容「知性の復権」(新潮新書)を読んでいた。3時くらいに出かけて、どこに行こうかと考えたが久しぶりに往来堂書店に行こうと思って千駄木まで。久しぶりの店内でいろいろ見ながら、「左派系の読書人」向けでない、「右派ノンポリ系読書人」に向けての書店というものは作れないかなと思ったり。「深く考えること=左派系の思考」みたいな感じになっているのが右派的には残念な感じがあり、深く思考しても左派に絡め取られない考え方、みたいなものの王道を広く取れるようにして行けるとよいなと思ったりした。
結局何も買わなかったのだがこうした個性のある書店というのは行くだけで刺激になる。特にマンガに関しては普段買わない系のもので面白いと思うものが時々あるのだが、今回はとりあえずなかった。
根津まで歩き、途中の地元系ドラッグストアで水とポケットティッシュを買い、千代田線に乗って新御茶ノ水で降りる。聖橋の側に出て写真を撮ったりしたあと丸善で少し本を見て、ここでも買わずに駿河台の通りに出る。楽器屋やオーディオ店が並んでいて、アンプを見たりした。すずらん通りに行ってみると文房堂は閉まっていたので入れず、東京堂書店へ。いろいろ見てからマンガの棚に行ったら「くらべて、けみして 校閲部の九重さん」2巻(新潮社、2025)を見つけたので買った。
これは名高い「新潮社の校正」についてのマンガなのだけど、第1巻で終わりだと思っていたので第2巻が出ていてへえっと思って買ったわけである。今回は外部校閲の人からの手紙とか、トレンド系女性雑誌から文藝編集部へ転身した人が出て来たり、他社の校正の人が出て来たり、一人一人の校正のやり方の違いみたいな話があったり、どれも面白かった。社食のおばちゃんの話とかも面白かったが、私は都立高校の教員をしていた時に神楽坂の新庁舎の二つのビルの間の道を毎朝通っていたので、あそこの人たちがこんな仕事をしたりこんな食堂があったりしたんだなあとちょっと感慨があったり。家に帰ってから少し読み始めたらあっという間に最後まで読んでしまった。面白かった。
東京堂を出て神保町駅から大手町に出、少し考えたがそこで丸の内線に一駅だけ乗って東京駅に出て、丸ビル地下の成城石井で買い物。電車の中ではほぼ「知性の復権」を読んでいた。成城石井では「鶏もも肉のスープ春雨」とヨーグルトを買い、丸善にはよらないで東西線まで歩いて地元駅で降りて直行で家に帰った。夕食はご飯の残りとスープ春雨、それに梅干しなどで済ませる。汁ものを買うと味噌汁を作らないで済むという利点につい頼ってしまう。
***
https://www.nhk.jp/g/ts/P52L88MYXY/
夜はなんとなくテレビをつけたら大河ドラマの時間だったので、「豊臣兄弟」の第1回「二匹の猿」を見ようかどうか迷いながら見ていたら結局最後まで見てしまった。これも面白かった。
大河ドラマはここのところちゃんと見ているのは「真田丸」「鎌倉殿の13人」の二本だけで、最近の「光る君へ」とか「べらぼう」とかはどうも意識高い系の匂いがして結局ほとんど見ていないのだが、今回は豊臣秀長が主人公という変化球ながら王道の戦国ドラマということもあり、いろいろ面白く見られたと思う。
織田信長が北条義時の小栗旬、兄弟の姉・ともが義時の妹・実衣を演じた宮澤エマなど大河常連勢が主役の中野太賀・池松壮亮の周りを固めているという感じでよかった。キャスティングは流石の豪華絢爛という感じではあるが、小一郎の幼馴染の「直」役の白石聖が突出した存在感があった感があった。この人は直前に降板した女優さんの代役だそうだが、大河の代役ではねる人は多いので、ブレイクするのではないかという感じがした。
宮澤エマは宮澤喜一元首相の孫、斎藤義龍役で出て来たDAIGOは竹下登元首相の孫だということはよく知られているが、ナレーションを務めた安藤サクラが犬養毅の曾孫だとのことで、そういう意味でもいろいろ面白い。
ドラマとしては村で苦労している小一郎一家と幼馴染の直の関係が描かれ、小一郎は幼馴染の直のピンチを機転で救うが、そこに「放蕩息子の帰還」的に藤吉郎が返ってきて、小一郎や姉妹には冷たくされるが母親は受け入れてくれる。という感じで主要登場人物たちのキャラクターや人間関係を描くのが初回、という意味では間断なくドラマが進んでよかった。母なか、姉とも、妹あさひの「豊臣家」の女性陣が面白いのはちょっと鎌倉殿の北条家っぽかった気はするが、大黒柱の父親が不在なところが大きく違う。彼らに加えて寧々役の浜辺美波、直役の白石聖というのが「豊臣一家」という図式になるのかなと思うけれども、この配役はわくわくするなと思った。
ドラマとしては藤吉郎と清州に出かけた小一郎が普請で才能を発揮し、それをお忍びで参加していた信長に認められるとか、盗みの疑いをかけられた藤吉郎の疑いを晴らすために小一郎が次に襲われる屋敷を予想して張り込み、泥棒だけでなくスパイを見つけ出すとかの展開だったが、藤吉郎に握り飯をくれたりした料理人の男が実はスパイだということが分かり、恩人だからという躊躇も一切なく藤吉郎が斬り捨てたところで小一郎は兄に対する畏怖の念を抱く、というところで終わっていた。
ドラマとしては大変ウェルメイドだったと思うが、藤吉郎の承認欲求の強さ、みたいな表現がまあ現代的だったと思うし、「知性の復権」でもそのあたりのところに触れていたのでうーん、と思うところはあったのだが、現代的な秀吉解釈としては面白いとは思った。承認欲求モンスターとして突っ走る秀吉ではなくその弟で補佐役の秀長を主人公にするという設定自体がある意味現代的だなと思ったし、ずいぶん地味な人を主人公にするのだなと当初は思ったのだけど、秀吉のモンスターぶりを身近な人の立場から思う存分書く上では秀長は確かに適役かもしれないと思った。
これまでもたとえば「おんな太閤記」のように寧々(お寧)の立場から書いたりするものはあったし、また戦国を描けば秀吉は必ず巨大な存在として出てくるわけだけど、妻でも武将でも家来でもなく身内の立場からというのはコロンブスの卵なのだろうなと思う。
今回は1年付き合いそうな感じになってきたので、楽しみにしたいと思う。
***
昨日のnoteで書いたことについていくつか付け加えることがあり、それらについて。
https://note.com/kous37/n/ndee483c0a551
アメリカのベネズエラ侵攻について書いてからもいろいろ考えたり読んだりしていたのだが、基本的にはマドゥロが排除されたこと自体はよかったのだろうと思う。同じようなことで言えば、ベトナムがカンボジアに侵攻してポルポト政権を排除したという前例があるわけで、これも基本的には、「結果としてはよかった」ということになるのだろうと思う。もちろんこれらのことも当時はいろいろ言われてはいたわけだが、「知識人皆殺し」という文化大革命的な毛沢東主義の最も危険な側面を実行した凶悪な政権を排除したことに関しては、おおむねカンボジア人や世界の支持を得られたと考えていいだろう。
マドゥロもまた社会主義のチャベス政権のあとを受けているが、麻薬密売などしか産業がない状態に陥れたということで国民怨嗟を買っていたことは事実だろう。その原油は国民のためでなく中国等に送られていたようだが、その意味でも中国を追い詰めることになるから、中国やロシアが「どの口で」はともかく国際法違反を口実にアメリカを激しく責めるのも当然と言えば当然だろう。
秩序を維持するためには、それに違反したものを罰する実力(警察力・軍事力)が必要なわけで、それは国内法秩序も国際法秩序も変わりはない。権力を握っているものには秩序を維持する義務があるわけで、外国人問題などが不満を呼ぶのは「権力が秩序維持の仕事をしていない」と感じられるところが原因であるわけである。
国際法秩序においては、秩序を維持するのは建前的には国際連合の安保理事会ということになるが、ロシアや中国、あるいはアメリカの同盟国であるイスラエルの国際法違反については一致して行動することができないため、事実上は現在でも突出した軍事力や諜報力を持っているアメリカが世界を仕切っているというのが現状だろう。ロシアや中国の核大国は自国の領土内では独裁的な権力を振るっているが、アメリカとの競争場面になると優位を維持することは難しい。
そして国際法というのは主権国家体制を前提としているから、主権国家の統治者が他国との戦争以外で国際法違反の行為を行っても取り締まる期間は理論上存在しないので、結局はポルポトやマドゥーロに対する「超法規的措置」で解決せざるを得ないのが現状だということになる。
この二例においては国際的にほぼ無法者国家でありかつ失敗国家であったと言えるので、比較的問題は少ないだろうと思うが、もちろんないわけではない。
で、国連などの安全保障体制を考えても、国際法体制そのものが結局はアメリカの軍事力頼みで維持されているのが現実だということになる。アメリカはそういう意味で事実上の「正義の執行者」であるわけで、このあたりはロシアや中国のような権威主義国ではその役割の実行に納得感が伴わないわけである。
台湾有事発言にしても高市首相はトランプとの(電話を含めた)会談で日本が突出しないように要請されたようだが、つまりはどの件に関してもアメリカとしてはフリーハンドを持っていたいということなわけで、現実に日本一国で台湾有事に対処することは不可能な以上、アメリカに譲歩せざるを得ないことは多々あるわけである。
アメリカが超法規的な「正義の執行」を恣意的に行わないという保証はもちろんないので、そこは常に懸念点であるわけだが、今のところはそれは決定的に軌道を外れているというほどではないのだろうと思う。
ウィーン体制はオーストリアのメッテルニヒが軍事力の行使を含めて維持したわけだし、ビスマルクにしてもウィルソンにしても自国が主導権を取って世界の体制を維持しようとしたわけだが、それは最終的には力不足だったわけである。第二次世界大戦後のヤルタポツダム体制はアメリカとソ連が主に秩序維持に当たったわけだが、70年前後からアメリカが中国を取り込んだことで主導権を握り、ついに共産圏を終わらせることになった。
その後はアメリカの一強支配からEUの台頭もあり国際法支配体制に移行しつつはあったが、結局は中国とロシアの台頭によってそれも脅かされるようになったというのが現状であり、アメリカの実が正義の執行者であることに不満を持ったトランプが中国やロシアとボス交を行おうとしたり、EUや日本や台湾、韓国に対しても「全部をアメリカにやらせるな」と要求するようになったということなわけである。
だから、日本の取るべき戦略としては、現代の世界において、基本的には国際法を守る側の立場に立つべきなのはもちろんだが、それを実質的にさせているのは米軍であり、アメリカをサポートしていくことが正解であるというのは何も寄らば大樹の影ということだけではなく、現在の世界秩序の正統性が国際法体系にある以上、そこに乗るべきだということになるわけである。
それが基本的には安倍元首相の戦略であり、安倍さんはその上で「いかにトランプをコントロールするか」に腐心していたわけで、第1期トランプ政権ではかなり安倍さんの指導と助言によってトランプはセーブされていたと思う。だから現状の世界秩序の混乱の最大の原因は安倍さんの暗殺であるわけで、そういう意味でも犯人の罪は重い。
で、「安倍亡き世界」においても、原則的に国際法秩序の重要性は変わらない。トランプもいろいろ放言はするけれどもイスラエルをのぞいては無法な側を支持しているということはない。また、イスラエルに関しても対抗するパレスチナの側の現状を考えればやむを得ないという評価も不可能ではない。
だから日本の現在の戦略としては、安倍政権時代のように、アメリカとともに国際法秩序お維持する側に立っていくべきで、その中で戦略的な存在感をより成長させていくということであるべきだと思う。アメリカと敵対することによってではなく、同じサイドの中で存在感を高めることが、世界と日本の平和のために重要なのだと思う。
だからもし日本が軍事大国化しなければならないとしたらアメリカと敵対する側としてではなく、アメリカとの同盟関係の中でむしろ日本が主導権を握らざるを得なくなる、という形でのことになると思う。
ただその時までにできれば国際法体系をもっと現実に即した形で対応できるように、つまりはポルポト政権やマドゥロ政権などを正当性を持って終わらせることができるような体系が作られなければならないだろうと思う。まあ、それはそんな近い未来のことではないと思うけれども。
英米やヨーロッパが「正義」を独占していることについて反発を持つのはよくわかるし、私も基本的にずっとそう思ってきたのだけど、中国やロシア、アフリカの軍事政権やベネズエラや北朝鮮のような失敗国家に比べればアメリカの主張する正義の方がはるかにましなわけで、日本は今後ともその資源を活用していくべきだと最近は思っている。
***
「ふつうの軽音部」93話について。鳩野の歌は過去を回想させる、一方で今回の鷹見の歌は水尾に未来を幻視させたわけで、そこが凄い、ということをきのう書いたが、そこに誤りがあることをこちらのnoteを読んで思い当たった。
https://note.com/survivelifedx777/n/nbfb30180e57b
そう、未来を幻視させる、という点では、鳩野はすでにハロウィンライブの「閃光少女」でたまき先輩に夏帆とバンドを組む未来を幻視させていたわけである。こんな重要なポイントを見落としていたというのはちょっと自分でも驚いたが、それだけ今回の鷹見ー水尾の激重関係が鮮烈だったということなのだと思う。ただ、すでに鳩野がそれをやっていたということを考えるとまだ鷹見は神には及ばない(笑)わけで、次週以降のハートブレイクのステージもまた期待大になってきたわけである。
***
先崎彰容「知性の復権」74/269ページ。かなり読みやすい。第1章が「アイデンティティの政治の潮流」ということで、ソクラテスやルターを経て、ルソーによる「個人の尊厳」というテーゼからいわば「当たり前の個人の承認欲求は満たされなければならない」という難題に政治が取り組まなければならなくなってきた、という話で、これはなるほどとは思ったのだが、日本思想史の延長線上でもそれは言えるのだろうかということは思った。
ただ、「近世日本の支配思想」を読んでいても、国学というものが「成功できなかった個人」のルサンチマンが「日本人であるだけですばらしい」という形で日本を称揚するようになったものだ、という指摘があって、いわばフェミニズムで言う「生きられた経験=その属性特有の屈辱体験」を感じていた人々は多いわけだから、そういう視点は日本思想史的にも成り立つ部分はなくはないだろうと思う。こうしたルサンチマンはフェミニズムなどでは正当化されているが、極端に言えばヒトラーの野望の原点も同じようなルサンチマンの発露だともいえるわけで、こうした思想に陥らないための視野の広さというものの方がより重要なのだろうと思う。
第2章は「テロリズムの論理と心理」ということで、テロリズムの温床となる不確実性や流動性の問題についての部分を現在読んでいるところである。今のところ、基本的に同意できる内容かなと思いながら読んでいる。先崎さんの著書は今まで読み始めて挫折したことが多かったので、とりあえずこの本をちゃんと読めれば積読になっているものもまた読んでみたいと思う。
***
いろいろ考えることは多いが、今日はとりあえずここまでで。
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