平成の「失われた30年」と日露戦争から二二六までの「30年の鬱屈」:鬱屈青年とテロリズムと「保守」:「知性の復権」/統一教会もピースボートも避けて通って演劇を選ぶ/寝過ぎた/3秒ルール

Posted at 26/01/10

1月10日(土)晴れ

今朝も冷え込んでいる。昨日は午前中に母を耳鼻科に連れて行って耳垢を取ってもらって聞きにくいのを少し解消し、そのまま整形に回って痛み止めと膝の注射などをしてもらって、懸案が解決した感じがあり。その後ツタヤに回って「36」3巻を買い、スーパーでお昼の買い物をして帰った。夜はなんだか疲れが出て夕食後うたた寝をしてしまい、1時半ごろなんとか起き出して入浴して歯を磨いて就寝。最近は寝る前に風呂に入れるようになったが、要するにそのまま寝るには寒すぎるのである。最近は寝る前に入り、起きてからも一息ついてから入っている。

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今朝は起きたら6時20分で、私にしてはもう寝坊と言っていい時間。カーテン越しの外がなんとなく明るくなっているのを感じて、これは結構遅いなと思って居間に降りて時計を見たら。寝ている間も何か考え事をしていた感じなのだが、懸案が解決したから肩の荷は降りたということなのだろう。支度ものろのろしてしまったが何とか7時前には家を出て、職場に行ってちょっと用事を片付け、そのまま隣町のスタンド併設のセブンまで走る。時間が遅くなってしまったので国道が混んでいたからルートを変えてサンリッツロードの方を走ったのだが、多分こちらの方が早かっただろうとは思う。

7円引きのチケットがあったのでそれを使おうとしたら違うスタンドのもので、とりあえず5円引きで入れた。30リットルくらい入れたので60円の違いだが、まあいいかと。151円だったから以前に比べるとかなり割安感はある。175円の頃と比べれば700円くらい違うわけだから。高市政権が支持される理由だなと思う。

それからいつものパン屋へ行って塩パンを買ったが、一つ床に落としてしまったがそのまま袋に入れて買って帰った。3秒ルールである。家に帰ってよくその面を焼いてから食べたが、その後も卵を強く割りすぎたりトースターにパンを入れようとしてテーブルの上に落としたり、手があまり思うように動かない。寒さで縮こんでいるせいだなと思ったり。

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先崎彰容「知性の復権」104/269ページ。最初に第三章「保守という言葉の混乱」を読んでから最初から読み直し、また三章に入ったのだが、最初に読んだ時とかなり印象が違う。まあ前提となるものがあるかないかで印象は変わってくるのは当然なのだが。ただ、テロリズムについて考察した後で保守の話を持ってくる構成はちょっとどうかなという気はしたのだけど、まあ自分とは違うものの見方をしている人が保守というものについても違う見方をしていることは当然なので、その辺りを踏まえながら読もうと思って読んでいる。この方は保守とは言われているけど、いわゆる「保守の論客」とはかなりスタンスが異なる感じがする。

読んでいて引っ掛かる、というかそういう意味で逆に印象に残ったのが、日露戦争後(1905)から二・二六事件(1936)までのかなり長い時期をひとまとめに「鬱屈した青年の時代」というような捉え方をしていることだった。日露戦争後の社会の閉塞感というと代表的な例は一高生・藤村操の華厳の滝での「人生不可解」という遺書を残した自殺だが、これは1903年なので日露戦争の前年ということになる。これはかなり当時の青年には大きな影響を与えていて、岩波書店の創業者である岩波茂雄の伝記を読んでいても、これはかなり巨大なショックだったのだなとわかるところがあった。

藤村は明治19年生まれだが、同じ頃の生まれというと例えば太平洋戦争の指揮官の一人として有名な今村均が同年である。戦後の指導者である吉田茂や鳩山一郎、石橋湛山より若い。憲法調査会の芦田均が明治20年なのでほぼ同年である。二・二六事件の首謀者の一人である野中四郎は明治36年だから彼らよりずっと若い。高度成長期の総理大臣である佐藤栄作が明治34年生まれなので野中は彼より若い。ちなみに昭和天皇も佐藤と同年の生まれ(佐藤は3月生まれで早生まれなので学年は一つ上。昭和天皇は4月生まれだから一月しか違わないのだが)である。

つまり藤村は第二次大戦の戦争指導者や戦後復興の指導者と同じ世代であり、二・二六事件の主体になった青年将校たちは昭和天皇や高度成長期の指導者である佐藤栄作らと同じ世代である、というあたりの捉え方をしておくのが良いと思う。30年の幅というのはそれだけの違いがある。

ただ、平成時代という「失われた30年」の現代を生きた我々からしたら、「この30年の閉塞」という感覚は私たちにもあるので、バブルからバブル崩壊後の大不況、金融機関の大リストラやアジア通貨危機、就職氷河期から年越し派遣村、リーマンショック、東日本大震災、原発騒動と続き、アベノミクスでようやく明るい兆しが見えてきたところにコロナ禍のパンデミックショックで再び混乱する、という「乱世」の感覚はあるよなとは思う。

現代でも初任給はかなり高騰してるがこれはいわば「少子化バブル」であって、全世代に恩恵があるわけではないだろう。また不動産も高騰しているが、これもまた「インバウンド・移民バブル」みたいなものであって、「東京に不動産を持てない」層が増えているということでもある。さらに女子枠などの問題もあり、平成の閉塞感というのはかなりの部分令和にも受け継がれていて、その時代その時代で様相や要素が違うとは思うけれども、「青年の鬱屈感」というのは現代でも十分理解できるものだろうと思う。

ただ現代においてもアベノミクスによって自民党支持層が増えたり、ポリコレDEIの攻勢に対して表現の自由を主張する人たちがそれなりに出てきたりもあり、またマンガアニメ表現などにおいては昭和や平成初期に比べてもかなりの隆盛を示していたりなど、プラスに捉えるべき現象もかなりあると思う。

同様なことは日露戦争から二・二六事件の時代にも言えて、白樺派の理想主義から共同体運動、赤い鳥運動などの児童文学、アール・ヌーヴォーからアールデコへの都市生活の彩りの華やかさ、エリート層での教養ブームや勤労層での修養ブームなど、自己鍛錬への渇望などもあって、「鬱屈した青年たち」の一言で片付けるには多様すぎる若者現象が多様にあったこともまた視野に入れておかないと片手落ちであるようには思う。

ただ逆に言えば、そういう多様性の中で橋川文三に依拠しつつ、「中間者=鬱屈した青年」というテーゼを掲げ、自己破壊衝動の例として安田善次郎暗殺犯である朝日平吾という人物について集中的に論じることで、そのキャラクター形成に安倍晋三元首相の暗殺犯である山上徹也の人物像が重なってくることに注目するという論じ方はある意味印象深い描き方ではあるなと思った。

鬱屈青年がテロリズムに走るというのはナロードニキ運動に挫折したロシアの青年たちがニヒリズムに走り、皇帝暗殺などのテロリズムに走るというような古典的な例を含め、現代のイスラム移民の青年たちが欧米での差別的取り扱いに対する鬱屈から「ホームグロウンテロリスト」になっていくという例まで、珍しい話ではないのだけど、そうした鬱屈青年の系譜のようなものを日本で考えれば、「戦国の乱世における出世のチャンスに乗り遅れた青年たち=傾き者」に始まり、部屋住の旗本の次男三男たちの鬱屈、井伊直弼の埋木舎の例などから、「日本人に生まれただけで素晴らしい」ということを唱える国学の隆盛、それが産んだ尊王攘夷運動からの明治維新、士族の反乱、自由民権後期のテロリズムなどいろいろあるが、初期議会の頃の自由民権の成れの果ての民党の人たちの猟官運動から山縣有朋が文官任用令を出して政治任用を締め出したあたりは、学生運動世代の「団塊の世代」が年をとっても反権力・反政府を騒いでいるのと似たものを感じる。

そういう意味で、「鬱屈青年の系譜」みたいなものをそれなりにまとめてみた方がこういう議論に付き合う際には分かりやすいような気はしたのだが、逆に言えば自分自身があまりそういうものに深い関心を持ってきたとは言えないなとも思った。

https://x.com/tsujimotokiyomi/status/2009482687787270511

自分自身の青年時代も相当迷走していることは事実だが、それは時代とか社会のせいだという感じもあまりしない、というかそういう意味では傍観者的なところが結構強い。ピースボート出身の辻元清美議員が長島昭久議員が統一教会の信仰を持っていたことについて擁護とも批判ともつかない言及をしていたが、読んだ後の感想としては、「私自身はピースボートも統一教会も避けて通っていたが、正解だったな」という印象だった。

ただ、そういう「自己解放の活動」をやりたい、と思っていたくらいには鬱屈はあって、それで「演劇」を選び参加していったんだなということに今書いていて気づいた。絵を描けたら「コミックマーケット」の運動に参加していったかもしれないし、小説が書けたら芥川賞を目標にする作家ワナビーになっていたかもしれないわけだけど、たまたまそういうものもなく、体一つである意味誰でもできる演劇というものが東大駒場という空間にあったからそれに走った、というふうに言えるとは思う。政治運動ではなく身体的な可能性の開発や芸術表現に橋をかける形での演劇への参加は、自分の人生を結果的にかなり豊かにしてくれたなとは思っているので、やってよかったなと改めて思っている。ただ現在の食い扶持にそんなに関係ないのは残念だと言えば残念ではあるが。しかし、「人前で舞台に立つ」ことができるんだという経験が「人前で教壇に立つ」教職の可能性を開いたという面は自分にとってはあるので、そういう意味で役に立ったと言えなくはないわけではあるが。

元に戻すと、自分にとっての「保守」というのは左翼運動に対する幻滅から始まっているので、鬱屈青年の不満からネトウヨになった、みたいな左翼のいいがちなナラティブは頭からバカにしているのだけど、「保守派の知識人」であると思われている先崎氏がそれに乗っかったような構成の本を書いたことにはやはりちょっと不満を感じているわけである。まだ読みかけなのでその不満の根源を一応確認した上で、さらに先を読んでいきたいと思う。

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