「FMいわきの東日本大震災」と「赤飯2100食廃棄」のいわき市教育委員会/これから書いていくもの/「ハーバーマス死去」と「イスラエルの虐殺」/「高市総理の愛読書」の秀逸性

Posted at 26/03/15

3月15日(日)晴れ

今朝も最低気温は零下(-0.3度)になっていて、それなりに冷え込んだ。昨日は帰ってきて7時ごろ夕食を食べ、ニュースを見て、ブラタモリの「桶狭間の戦い・前半」の回を見て、プロジェクトXで東日本大震災の時のコミュニティFM、FMいわきの活動を見たのだが、見ていて最初から最後まで涙が流れる感じだった。

https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-P1124VMJ6R/ep/YV7KLW1LQY

2011年というのは今から15年前ということだけど、それから日本も大きく変わって、あの時と同じことが起きても同じような人々の営みができるのか、という感じがする。東日本大震災の時には原発事故という思わぬものがついてきたから左派的な人々の中には今でも福島差別的なことをやる人がいるが、昨日の番組にはそういう要素はほぼなかったのでその辺も良かったと思う。最後に「今でも放射能のモニタリングポストの値を放送している」というのは余計な付け足しだと思ったが、局内の反原発派に配慮したということなのかなという気もした。

https://iwaki-minpo.co.jp/news/2026/03/311261/

いわき市も3月11日に赤飯の給食を出そうとしたことにクレームがつき、2100食分を廃棄したということがTwitterで炎上しているが、この記事によれば教育委員会が独自に判断したことで市長は知らなかったらしく、またこのクレーマーがどういう人間だったかについても疑問が寄せられている。

https://www.minyu-net.com/news/detail/2026031507281547213

こちらの記事では「問い合わせをした」のは「保護者」だということになっていて、「福島民友」の記事の文脈では「そもそも3月11日にこういう献立を出すことが間違い」「市の部局も今後は献立に関わる」みたいなノリになっていて、地元の「いわき民報」との温度差が感じられる。福島はずっと民主党系の強い地域だから、その辺りのところにちょっと何かあるのかもしれないという気もしなくはない。

あの当時の食糧不足や、昨日の放送でも「みんなが助けてくれた」「ショートケーキが三つ手に入ったから一つ食べてと置いていった」「温かいピザを差し入れてもらえて「温かい!」とみんな喜んだ」みたいなことを言っていて、それに対して2100食分の赤飯がただ廃棄されたなどというのはまさに震災の苦労を忘れたのか、と言わざるを得ないと思った。教育委員会でどういう審議が行われてどのように判断されたのかも、明らかになると良いと思うのだが。

それにしても、昨日の放送で驚いたのは、原発に近い病院から300人の患者が高校に送り込まれてきて、何もない状況の中でその日のうちに七人の患者が亡くなったという話。FMいわきで「緊急ボランティア」が呼びかけられて「少しでもいいから灯油を持っていってください」「少しでもいいから物資を届けてください」と放送され、多くの物資が届けられたというのは、みんなが被災者なのに少しでも協力しようという善意が本当に泣けるなと思った。

まあこういう番組だからいろいろ起こったであろう人間性の醜い部分については最小限しか触れられていなかったけれども、それでも今でも当時の人たちがずっと頑張って放送を続けているというのは、それだけ大きなものを受け取ったということもまた事実なのだろうと思った。メディアや放送というものの本質的な存在意味を明らかにしてくれた番組だったとは思う。

メディアの本質的役割、というものについて情報提供・監視・討論・教師があるというけれども、まずは最大のものは情報提供だということを改めて思わされた番組だった。

***

自分がこれから何を書いていくか、という方針を少しずつまとめているわけだけど、まずは3月11日に書いたこと。

https://note.com/kous37/n/n1f6b67fa143e

「で、今何を書いているか、これから何を書いていこうかを考えると、自分が「面白いと思ったこと」自分が「正しいと思ったこと」自分が「お知らせしたいと思ったこと」自分が「感動したこと」などを書いていくということに変わりはない。で、noteという場は雰囲気としてどちらかというとリベラルな読者が多い気はするのだけど、私のスタンスはプロフに書いている通り、「保守的で常識的な意見」であり、「過激な意見に疲れた方」に「読んでほっと一息入れ」てもらえるもの、というところはある。」

3月12日。

https://note.com/kous37/n/n9679df18235b

○自分が面白いと思ったこと

○自分が感動したこと

○自分が正しいと思ったこと

○自分がお知らせしたいこと

の四つを挙げたが、

○自分が重要だと思った(判断した)こと

今日(3月15日)に思ったこと。

こうしたことも大事なのだが、やはり私自身もまだまだ足りないことが多く、本を読んだり記事を読んだりいろいろなことを勉強しながら書いているということもあるので、そういうものを学んでいる過程みたいな感じで書くこともある。つまり「読書ノート」ということである。

今読みたいと思っているのはメディア論と社会保障の問題なのだけど、メディア論については勉強する前にまず今の自分自身のスタンスみたいなものをもう少し考えてみたい感じもあり、それよりは社会保障について読んでみたいかなと思う。まずは「社会保障のどこが問題か」を読んでみたい。

https://amzn.to/4uuNFGz

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https://www.jiji.com/jc/article?k=2026031500193&g=int

ドイツの歴史家・社会学者で「公共圏」の概念で知られるユルゲン・ハーバーマスが亡くなったそうだ。96歳。

戦後の世界体制の中で左派系の思想の一つの重鎮という地位にあった人だと思うが、私はどうもなんというか胡散臭い感じがしてこの人の書くものを読む気になっていなかったのだけど、下の記事を読んでかなりなるほどと思うところがあった。

https://www.chosyu-journal.jp/heiwa/29293

私は右サイドの論者であるが、ドイツとイスラエルの結託はかねがね不審に思っていた。その辺りのところをこの文はよく説明していると思う。ホロコースト神話=ユダヤ人の特権化=イスラエルの聖化=イスラエルによる虐殺の正当化、という最悪のナラティブを生み出し、「ドイツはイスラエルだけ支持していればナチスは反省したことになり第二次世界大戦は乗り越えられた」とする思想を主導した人と考えていいように思う。

この文章は左派の側からのハーバーマス批判だが、その指摘は当たっていると思うし、セルビア空爆の正当化など、日本でも疑問を呈する向きはかなりあった。これだけの左派の大立者だからどちらかというと賛美一色になってもおかしくはないが、新聞報道を除けば特に私のタイムラインでは批判的な言辞が並んでいる。この辺のところはおそらく「ナチス現象」に対する思考停止(「ナチス=ホロコースト=絶対悪=ユダヤ人は被害者であり常に正しい」)があるわけで、ドイツやヨーロッパのある種の限界がそこにあるようにも思う。思想的な左右を超えて考え直すべきところもあるように思う。

***

高市首相の愛読書5冊が日経電子版に掲載されたそうだ。

https://x.com/bun_den/status/1975386736047104502

この5冊がかなり批判を呼んでいるようなのだけど、私はこれはかなり高市首相らしい選書だし、また日経読者に向けたメッセージとしてはよくできた選書だと思う。

「サッチャー回顧録」は最も尊敬する政治家としてサッチャーをあげている高市さんらしいし、自分が目指す政治家像が「強い政治家」であることを明示している。山本七平「「空気」の研究」は、おそらくは高市さんは「自分は空気を読めない」と思っていて、自分の進め方に対するやり方を振り返るときに今はどういう空気でああいう反応になったのだろうか、とか自分を振り返るよすがにしているのではないかという気がする。

司馬遼太郎「坂の上の雲」は、この辺りが一番彼女を批判する手の人に嘲笑されたもののような気はするが、気宇壮大な「新しい国家を建設する」物語であり、そこには科学も必要だとか、理想とする国家像を想像させるのに十分な選書だと思う。「松下幸之助発言集」は松下政経塾出身者らしい一冊だと思ったが、「公僕としてでなく主権者の代表として働く」という誇りについて述べていて、これはなるほどと思った。「公僕」などというとお為ごかしだと思ってしまうけれども、「主権者の代表」というのは全くその通りなので、これは政治家として大事な意識ではないかと思った。

「ビジネスマンの父から息子への30通の手紙」はビジネス右翼っぽいみたいな感じで言われるのだろうけど、彼女の「働いて働いて働いて参ります」というスタイルを作ったのがこの本なんだろうなという感じがする。

なんかもっと高邁な哲学書や人生の機微をつく文学書がないことによって批判されているのだろうと思うけれども、政治家としてそういうものを挙げないのもまた一つの見識ではないかという気もする。まあ、そういう人文的な方向の愛読書もそれはそれで聞いてみたい気はするが。

逆に自分なら何をあげるかと言われると困ってしまうが、面白かったから、あるいは自分を振り返るため、みたいな感じで読み返す本は今となってはあまりない。けれどもそういうものも考えてみてもいいかなと今書いてきてそんな気もしてきた。まあ結構変なセレクションになる気はするのだけど。


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