リベラルが嫌われるのは敵味方の感覚を曖昧にし信義則を蔑ろにするからでもある/世襲と社会的流動性について/「憲法」とは何か/政策について少しだけ
Posted at 26/02/13
PermaLink»
Tweet
2月13日(金)晴れ
昨日は午前中車の定期点検があり、ディーラーに持っていったが、特に異常はないとのこと。2007年製だからもう19年目になるが、カーナビがいかれたり運転に支障がないところではいろいろあるけれどもなんとかまた付き合わせてもらいたいと思う。この車は父が生前に買ったのだが、乗っている期間はごくわずかだったので、そう言う意味では父から受け継いだ遺産の一つだなと思う。先祖の恩徳を感じる今日この頃である。
帰りに書店に寄り、店外のATMでいくつか記帳して、「新九郎奔る!」の22巻を買い、裏手のスーパーに回ってお昼の買い物をして帰った。
***
いろいろ考える。世襲について、「憲法」の位置付けについて、政治における敵と味方について。政策についていくつか思ったこと。
日本で世襲と言えば問題になるのは「世襲政治家」であるが、確かにこれは大久保利通から数えて5代目に当たり祖父が吉田茂元首相である麻生太郎氏のように世襲される例が多いのは確かだ。安倍晋三元首相も祖父が岸信介元首相、小泉進次郎氏も父が小泉純一郎元首相で政治家としては4代目である。これらは一部の人々への権力の集中という意味で弊害も指摘されるが、民主主義社会においては職業選択の自由の幅広いため、一般の人々は必ずしも政治家を選択肢として選ばないわけで、政治家の家系に生まれた人たちが幼い頃から政治の空気を吸い、自然に志して勉強するということもあり、また政治家の資質としてもアドバンテージを持つことも多いので、必ずしも否定されることではないと思う。
ただし、重要なことは「世襲でない政治家」、つまり一般家庭で育った人が政治家になること、特にトップに立つことも民主主義を活性化させるために非常に重要なことだということで、明治政府の主な政治家もたたき上げの下級武士層の出身だったことを考えると、社会の上澄みのみが政治に関わるようになることは危険だということはある。それが社会階層の再生産と階級差の固定という問題につながるからである。
そういう意味では、高市早苗氏が全く世襲ではない、会社員の父と警察官の母の子として生まれ、国立大学に進学して松下政経塾を経て政治家になるという経歴であることはやはり特筆すべきことだと思う。彼女が女性であることは有利に働いた面も不利に働いた面もあると思うが、その時々での彼女の選択の確かさが今日の地位につながっているのだろうと思う。
「女性が初めての総理大臣に」というのはよく「ガラスの天井」と言われるが、全く政治家のいない家系から政治家になり首相にまで上り詰めた例は男性でもなかなかいない。苦学の人である菅義偉元首相も、父は町会議員を務めている。安倍さんはもとより、その後の岸田さん・石破さんも世襲政治家であり、そうでない人は同じ松下政経塾出身で当時民主党の野田佳彦元首相まで遡らなければならない。高市さんの首相就任は、そういう意味では日本がまだまだ階級流動性のある社会であることの一つの証左でもあるわけである。
彼女が人気があるのは、もちろん憲政史上初の女性総理大臣であるということは大きいが、彼女の経歴がロールモデルとして、特に女子に対してであることはもちろんだが、男子に対しても十分機能するところがあるからだという指摘があり、それはその通りだと思った。
海を隔てた北朝鮮では、共産主義国であるに関わらず、3代目の金正恩の後継者として娘の金主愛(13歳)が内定したという報道があった。
https://www.47news.jp/13857122.html
これがまさに「世襲」の典型例だが、共産主義国家においてこれだけあからさまな世襲は珍しいにしても、中国でも革命第一世代の子弟が中国共産党内部で出世する「太子党」と呼ばれる人たちがいて、習近平もその一人である。彼らは共青団(日本共産党で言えば民青のようなものか)出身の胡錦濤らと派閥争いをして、権力を握るようになってきているわけである。
昨日は「学者の世襲」が話題になっていた。学者の場合は権力者ではないけれども、社会的に上位階層にあり、また一定の発言力を持つある種の階級を成しているとは言えるだろう。「学者一家」というものは確かに存在するし、湯川秀樹・貝塚茂樹・小川環樹の兄弟もよく知られている。
これももちろん一概に悪いことではないが、特に社会について研究するような学問においては視野が狭くなる可能性はあるわけで、その辺りは学者の人たちのツイートを見ていると本人が気づかず周りから突っ込まれることもよくあるように思われる。文化資本を受け継ぐという意味では私も父の膨大な蔵書(読む気にならないものが多いが)があるのでそうしたアドバンテージは陰に陽にあるのは確かである。
https://x.com/kiya__na/status/2021794348363596195
学者は自ら研究対象にされることを嫌うけれども、「お前が深淵を見ているとき、深淵もお前も見ているのだ」というがごとく、大衆を研究者の目で見ているときには大衆からも様々な目で見られていることは自覚しておいた方がいいと思う。
それはともかく、学問の世界にもこうした世襲的な学者だけでなく、そうした人たちが増えることによって閉鎖的な「アカデミア」の世界になりがちなところに、全く違うタイプの学者が参入してくることも大事なことだし、そうしなければ学問の、特に人に関する学問の活性化はないだろう。
これらは「推薦入試」という彼らの流儀にあった人たちを採用しがちな傾向の人材発掘の問題点の一つであるわけで、「アカデミア」が欲しい人材が必ずしも社会に役立つとは限らない。「コミュ力が強い」などの「求められる人材の型」から外れていても優秀な人間にチャンスを与えることがなければ、アカデミアも社会も活性化はしていかないだろう。
また、そうした「求められる人材」ばかりを優先することは階層格差の再生産にもつながる。社会の流動性、特に階層上昇のチャンスを幅広く確保することは国家社会にとっても重要である、ということで、世襲と社会の流動性については常に、左派リベラルの人たちの好きな言葉で言えば、「監視」していくことは必要だろうと思う。
***
あとは少しメモ程度に。論点だけ書く感じだが、「憲法」という存在の性格について。
https://x.com/ishizakinyaoon/status/2021900713341989170
https://x.com/tebasakitoriri/status/2021539495796187610
https://x.com/7Znv478Zu8TnSWj/status/2021796130036887690
御三方とも言いたいことは、憲法は国を縛るだけのものではなく、国の基本的な成り立ちを定めるもので、現在の日本のような契約国家観から言えば、つまりは社会契約における国家と国民の契約内容である、ということになるわけである。これは違う成り立ち(立て付け)の国家間を持つ国々ではまた違う性格を憲法は持つわけだが。日本の場合は、
「憲法はまず国家権力を構成し(構成原理)、しかるのちに構成された国家がやってはいけないことを定める(抑制原理)という二つの原理に基づく諸ルールの組み合わせ。」
という石崎さんの指摘が妥当だと思う。しかし木村氏のいうような「憲法は国民でなく国家を拘束するもの」という見方は根強く、それは憲法学の大家である芦辺信喜の主張が根拠になっているらしい。しかし「国家の基本法」であるというところを外してしまうと、社会契約の中身が不明瞭になり、あまり意味がなくなる。また契約であるからこそ常に更新されるべきものではあるから、民主主義国家の基本法である日本国憲法が大日本帝国憲法のような不磨の大典であることはあまり望ましいことではないだろう。
自民党は結党大会以来憲法改正を主張してきたわけだから、高市首相がそれをやるというのも何もおかしいことではない。より良い内容にするように議論した方が生産的だと思う。
憲法改正の方向性としては自衛隊の憲法明記がよく語られるが、総理大臣の衆議院解散権にしても七条と六十九条の双方に規定があり、より明確な規定があった方がいいかもしれないとは思う。
https://x.com/lawyersuzuki/status/2021532958780543048
個人的に思うのは、憲法七十九条の最高裁裁判官の国民審査に関する規定で、審査対象になるのは判事になった次の総選挙とその10年後としているのだが、近年は10年も在職する裁判官はいなくなっているので、ほぼここが空文化していることである。最近、「×」がつけられる数が増えているというのは、その裁判官に対してというよりも、国民の「司法に対する不信任」が表明されてるのだと思う。国民審査の周期を10年より短縮すべきではないかと思うし、また下級審の裁判官も国民の批判対象にできるようにすべきではないかと思う。
***
政策について少しだけ。
高市早苗「国力研究」でも食料自給率は農水省的にカロリーベースで計算しているのだが、この考えだと野菜や果物はいくら生産しても自給率アップに貢献しないのだよね。金額ベースの考えも入れていくべきだと思うのだが。
あと、連合の芳野会長が今回の総選挙で政策論議が深まらなかったと言っているが、高市首相はほぼ政策の話しかしていないわけで、対抗する中道の側が満足に政策を訴えられなかったことが問題なのだろうと思う。これはもちろん、合併した直後で公明と立憲の間で十分に政策のすり合わせができていなかったことが大きいが、それならば無理に合併せず、選挙後に合併しても良かったわけだからあまり言い訳にはならないように思う。
https://x.com/tetsuya_00x/status/2021705747034456546
***
それより中道改革連合について私がよくないと思うのは、野田代表と斉藤代表の間で新党への統合が進められたことはそれとして、結果として唯々諾々とそれに従った立憲の議員たちから不満の声が聞こえてくることだと思う。それならば無理に従わず、党を出る方がまだ筋が通っていたと思う。
実際に、公明の議員はほとんど比例で当選し、立憲の議員は小選挙区で七人しか当選していないわけだから失敗であったことは間違い無いのだが、それも自分たちの選択であったわけで、公明のせいにするのはおかしいし失礼だろうと思う。
代表戦に出てきた二人も公明との連携の継続に後ろ向きな雰囲気があり、一度組んだ仲間に対してそのような態度を取ることは結構致命的であると思う。これは先日も書いたが、選挙の実働部隊や組織票の担い手である創価学会の人たちとの交流を持とうとしない態度は全くよく無いと思う。
味方にしたはずの創価学会を批判する立憲の人たちにとっても、原則は原則としてあるだろうが、一度政治の世界で妥協して手を結んだなら、それに基づいて行動しなければ信義則にもとるのは当然であり、有形者に対しても「野合」の批判を浴びるだけでなく「不誠実」という批判も加わることは覚悟しなければならないだろう。
良くも悪くも、政治の世界において「敵と味方」の概念は重要だと思うし、そして現実の政治の世界ではその敵味方が絶対的なものであることはよく無いわけである。あまり尻軽に敵味方を取り替えるのは軽薄だが、一度変えた敵味方をすぐまた変えようとするのは軽薄以前に人間性が信頼できない。
https://x.com/kameiakikoweb/status/2021949767266578913
これが少なくとも大人の態度だろう。
同じようなことは国際関係にも言える。現状どこの国が敵でどこの国が味方か、というのは十分認識しておかなければよくない。今の国際関係はアメリカと同盟関係を結び、韓国やオーストラリア、台湾、その他を巻き込んで「自由で開かれたインド太平洋」の枠組みの中で中国やロシアと対峙していくというコンセプトになっているわけである。日本は英仏の核を持つEUとは違って「核カードを持つ国家」では無いから、現代世界においてそれなりにしっかりした戦略を持たないと生き残れないし、現在はアメリカとの連携がうまくいっているわけである。
共産党や左翼はそれを曖昧にして、「核所有国家の横暴」の範疇の中にアメリカのトランプ政権を加えてロシアや中国と同列に、ときには中露の方が良いという雰囲気さえ漂わせながら批判するから、そうした姿勢が非難されるわけである。
これは戦後民主主義的な前提、「みんな仲良く」を悪い方に使っているからだと思う。「みんな仲良くしよう」ということ自体が悪いとは言えないが、現実問題としては実際にみんなが中良いわけでは無い。(もちろんそういうこともあるかもしれない)しかしそれをいうあまり対立をないことにしようとするといじめなどの陰湿な形で噴出する。仲良くすることも大事だが、仲良くできないまでも相手に敬意を払うことができる人間である(国際関係で言えば国家である)ことの方が重要なわけである。例え敵味方に分かれていてでも、である。(この辺、イスラエルがパレスチナをあくまで国家と見做さないのは敬意を払わないためで、この問題はまた別に論じる必要はある)
国家として、あるいは個人として独立し、自立するということと、国家同士、あるいは個人同士、個人と政党間の、あるは政党間同士の信頼関係を持つということは、両立させなければいけないのである。手を組んだ間同士がそれなりに批判し合うのはあっていいことだけれども、それが「味方としての信頼関係」を損なうものであってはならないし、それは「相手を恐れるから」ではない。「信頼関係が壊れることを恐れるから」なのである。その辺りのところはちゃんと押さえておかなければならないと思う。
この辺りの最も良い例は、こちらのnoteかなと思う。
https://x.com/honnokinomori/status/2021880908870279630
安倍元総理の国葬に出席した政党は今回の選挙で勝ち、出席しなかった政党は負けているという話である。安倍元総理は選挙運動という議会制民主主義の根幹に関わる仕事に従事しているときに銃撃され暗殺された。だから彼の死は、民主主義を擁護する立場からは絶対に哀悼(例え形式的であっても)しなければならないものであり、それを生前の政治的対立関係から欠席することは民主主義の否定である。
「リベラルが嫌われる」というのは、こういう原理原則を蔑ろにする、というところにもあるのだと思うし、議会制民主主義を字義通りに学んできた若者たちにとっては、「ママ戦争止めてくるわ」などという情緒的な(そして現在の国際情勢においては無理がある)表現よりも寄り重要なことだと思っているのだと思う。
カテゴリ
- Bookstore Review (17)
- からだ (238)
- ご報告 (2)
- アニメーション (228)
- アフリカ関係 (1)
- アンジェラ・アキ (15)
- アート (441)
- イベント (8)
- コミュニケーション (4)
- テレビ番組など (74)
- ネット、ウェブ (142)
- ファッション (56)
- マンガ (1013)
- 創作ノート (679)
- 大人 (53)
- 女性 (23)
- 小説習作 (4)
- 少年 (32)
- 散歩・街歩き (306)
- 文学 (265)
- 映画 (105)
- 時事・国内 (535)
- 時事・海外 (355)
- 歴史諸々 (330)
- 民話・神話・伝説 (34)
- 生け花 (27)
- 男性 (32)
- 私の考えていること (1178)
- 舞台・ステージ (56)
- 詩 (83)
- 読みたい言葉、書きたい言葉 (6)
- 読書ノート (1630)
- 野球 (37)
- 雑記 (2292)
- 音楽 (213)
月別アーカイブ
- 2026年02月 (13)
- 2026年01月 (31)
- 2025年12月 (31)
- 2025年11月 (30)
- 2025年10月 (31)
- 2025年09月 (31)
- 2025年08月 (31)
- 2025年07月 (31)
- 2025年06月 (30)
- 2025年05月 (30)
- 2025年04月 (30)
- 2025年03月 (37)
- 2025年02月 (28)
- 2025年01月 (32)
- 2024年12月 (31)
- 2024年11月 (30)
- 2024年10月 (31)
- 2024年09月 (28)
- 2024年08月 (31)
- 2024年07月 (32)
- 2024年06月 (30)
- 2024年05月 (31)
- 2024年04月 (31)
- 2024年03月 (31)
- 2024年02月 (30)
- 2024年01月 (31)
- 2023年12月 (31)
- 2023年11月 (30)
- 2023年10月 (31)
- 2023年09月 (32)
- 2023年08月 (31)
- 2023年07月 (32)
- 2023年06月 (31)
- 2023年05月 (31)
- 2023年04月 (30)
- 2023年03月 (31)
- 2023年02月 (28)
- 2023年01月 (31)
- 2022年12月 (32)
- 2022年11月 (30)
- 2022年10月 (32)
- 2022年09月 (31)
- 2022年08月 (32)
- 2022年07月 (31)
- 2022年06月 (30)
- 2022年05月 (31)
- 2022年04月 (31)
- 2022年03月 (31)
- 2022年02月 (27)
- 2022年01月 (30)
- 2021年12月 (30)
- 2021年11月 (29)
- 2021年10月 (15)
- 2021年09月 (12)
- 2021年08月 (9)
- 2021年07月 (18)
- 2021年06月 (18)
- 2021年05月 (20)
- 2021年04月 (16)
- 2021年03月 (25)
- 2021年02月 (24)
- 2021年01月 (23)
- 2020年12月 (20)
- 2020年11月 (12)
- 2020年10月 (13)
- 2020年09月 (17)
- 2020年08月 (15)
- 2020年07月 (27)
- 2020年06月 (31)
- 2020年05月 (22)
- 2020年03月 (4)
- 2020年02月 (1)
- 2020年01月 (1)
- 2019年12月 (3)
- 2019年11月 (24)
- 2019年10月 (28)
- 2019年09月 (24)
- 2019年08月 (17)
- 2019年07月 (18)
- 2019年06月 (27)
- 2019年05月 (32)
- 2019年04月 (33)
- 2019年03月 (32)
- 2019年02月 (29)
- 2019年01月 (18)
- 2018年12月 (12)
- 2018年11月 (13)
- 2018年10月 (13)
- 2018年07月 (27)
- 2018年06月 (8)
- 2018年05月 (12)
- 2018年04月 (7)
- 2018年03月 (3)
- 2018年02月 (6)
- 2018年01月 (12)
- 2017年12月 (26)
- 2017年11月 (1)
- 2017年10月 (5)
- 2017年09月 (14)
- 2017年08月 (9)
- 2017年07月 (6)
- 2017年06月 (15)
- 2017年05月 (12)
- 2017年04月 (10)
- 2017年03月 (2)
- 2017年01月 (3)
- 2016年12月 (2)
- 2016年11月 (1)
- 2016年08月 (9)
- 2016年07月 (25)
- 2016年06月 (17)
- 2016年04月 (4)
- 2016年03月 (2)
- 2016年02月 (5)
- 2016年01月 (2)
- 2015年10月 (1)
- 2015年08月 (1)
- 2015年06月 (3)
- 2015年05月 (2)
- 2015年04月 (2)
- 2015年03月 (5)
- 2014年12月 (5)
- 2014年11月 (1)
- 2014年10月 (1)
- 2014年09月 (6)
- 2014年08月 (2)
- 2014年07月 (9)
- 2014年06月 (3)
- 2014年05月 (11)
- 2014年04月 (12)
- 2014年03月 (34)
- 2014年02月 (35)
- 2014年01月 (36)
- 2013年12月 (28)
- 2013年11月 (25)
- 2013年10月 (28)
- 2013年09月 (23)
- 2013年08月 (21)
- 2013年07月 (29)
- 2013年06月 (18)
- 2013年05月 (10)
- 2013年04月 (16)
- 2013年03月 (21)
- 2013年02月 (21)
- 2013年01月 (21)
- 2012年12月 (17)
- 2012年11月 (21)
- 2012年10月 (23)
- 2012年09月 (16)
- 2012年08月 (26)
- 2012年07月 (26)
- 2012年06月 (19)
- 2012年05月 (13)
- 2012年04月 (19)
- 2012年03月 (28)
- 2012年02月 (25)
- 2012年01月 (21)
- 2011年12月 (31)
- 2011年11月 (28)
- 2011年10月 (29)
- 2011年09月 (25)
- 2011年08月 (30)
- 2011年07月 (31)
- 2011年06月 (29)
- 2011年05月 (32)
- 2011年04月 (27)
- 2011年03月 (22)
- 2011年02月 (25)
- 2011年01月 (32)
- 2010年12月 (33)
- 2010年11月 (29)
- 2010年10月 (30)
- 2010年09月 (30)
- 2010年08月 (28)
- 2010年07月 (24)
- 2010年06月 (26)
- 2010年05月 (30)
- 2010年04月 (30)
- 2010年03月 (30)
- 2010年02月 (29)
- 2010年01月 (30)
- 2009年12月 (27)
- 2009年11月 (28)
- 2009年10月 (31)
- 2009年09月 (31)
- 2009年08月 (31)
- 2009年07月 (28)
- 2009年06月 (28)
- 2009年05月 (32)
- 2009年04月 (28)
- 2009年03月 (31)
- 2009年02月 (28)
- 2009年01月 (32)
- 2008年12月 (31)
- 2008年11月 (29)
- 2008年10月 (30)
- 2008年09月 (31)
- 2008年08月 (27)
- 2008年07月 (33)
- 2008年06月 (30)
- 2008年05月 (32)
- 2008年04月 (29)
- 2008年03月 (30)
- 2008年02月 (26)
- 2008年01月 (24)
- 2007年12月 (23)
- 2007年11月 (25)
- 2007年10月 (30)
- 2007年09月 (35)
- 2007年08月 (37)
- 2007年07月 (42)
- 2007年06月 (36)
- 2007年05月 (45)
- 2007年04月 (40)
- 2007年03月 (41)
- 2007年02月 (37)
- 2007年01月 (32)
- 2006年12月 (43)
- 2006年11月 (36)
- 2006年10月 (43)
- 2006年09月 (42)
- 2006年08月 (32)
- 2006年07月 (40)
- 2006年06月 (43)
- 2006年05月 (30)
- 2006年04月 (32)
- 2006年03月 (40)
- 2006年02月 (33)
- 2006年01月 (40)
- 2005年12月 (37)
- 2005年11月 (40)
- 2005年10月 (34)
- 2005年09月 (39)
- 2005年08月 (46)
- 2005年07月 (49)
- 2005年06月 (21)
フィード
Powered by Movable Type
Template by MTテンプレートDB
Supported by Movable Type入門
