総選挙三日後の右派と左派の泥試合:ポピュリズムという民主政治のバグ/「チームみらい」と「参政党」の「禍々しさ」/雨の「建国記念の日」に日本の未来を想う
Posted at 26/02/11
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2月11日(水・建国記念の日)雨
数日前の大雪と酷寒が嘘のように、今朝の最低気温はプラス0.6度で、早朝から雨が強めに降っている。今は上がっているようで、一時雪になるかもしれないのだが、また少ししたら雨が降り出す感じである。南岸低気圧の威力は凄い。もう少し大気の温度が低ければ太平洋岸が大雪になるところだが、南方からの暖かい気団の力が強いということなのだろうか。振れ幅の大きな気候である。シベリア高気圧は冷たい空気を溜め込み、息をするように日本に寒気を吹き付け、一時勢力を弱めて寒気を溜め込み、また寒気を吹き付ける、というのが仕組みだそうなので、「寒気のため込み」がなくなる季節になるまでは消長を繰り返すということなのだろうなと思う。
昨日は午前中会計の仕事にきてもらい、自分は職場などでいろいろな対応をしていたが、寒さ対策が不十分で凍結解除や雪かきなどが不十分になっていて、少し手を取られた。今日は祝日だから銀行も医者も休みでその分仕事がないのがありがたいのだが、書きたいこともいろいろ溜まっていて何を書こうか迷う。
今トイレに立って外を見たら雪になっていた。ストーブに灯油を入れようとしたら赤タンクが空になっていたので外タンクから給油。こういうのもある種の生活のリズムではあるのだが、急いでいる時には惜しい時間でもある。
***
高市首相率いる自民党の圧勝と泥縄式に立憲民主党と公明党が合体した「中道改革連合」の壊滅に終わった衆議院総選挙後の政治情勢・言論情勢についてどういう論点があるかと思ってTwitterをずっと読んでいたのだが、あまりに膨大な「ちょっと考えてみたい」テーマがたくさん出てきて、なかなか整理に困っている。後になって「これを論じれば良かった」と思うことをいろいろ積み残しそうなのは惜しいのだが、全てに触れるわけにもいかないので的を絞っていくつかについて考えてみたい。
ここ二日ほどタイムラインを読んでいた感じでは自民党の内部からの岩屋さんや村上さん、石破さんなどによる「高市さんの思うようにはさせないぜ」みたいな蠢きであるとか、「どんどんやるぞ!」という小泉さんや鈴木貴子さんなどのツイートが目立ち、また立憲でも反省の弁を述べる人や泉さんのような現執行部批判を述べる人など、まあある意味当然だろうな(自民党の反高市派の動きは腹立つが)という動きが見られるという印象だった。それはこれほどの大変動の後だから当然だと思う。
しかし、今朝目立ったのはむしろ大勝した右派の側から左派リベラルに対して「こういうことだから負けたんだ」という批判が結構あるのに対して、というかこれは右派の側からも健全野党がないと困るから、という意味での「ライバルに対する激励」の意味合いもある(人もいる)と思うのだけど、それに対して左派リベラルの側が右派の言説に対して「左派に対する批判ばかり」だとか「左派の主張は偏差値60ないとわからない」みたいなどうしようもない反応が出てきて、そんなものには冷静に対処すればいいのに左派に対しててめえやる気かこのやろ、みたいな反応になって泥試合になっている感があるように思った。
これはまあ右派の側は勝った側の奢りみたいなものは確実にあると思うし、左派からの「左派は口が悪から負けたというが右派の方がもっと口が悪い」みたいな批判に対して、「右派の口の悪さってなんかあるかな?」と思ってしまったので、私自身もおそらくそういうエコーチェンバーの中にいるんだなと思ったのだけど、ただやはり左派による右派の無理筋の批判に比べればふつうに批判している人がほとんどだと思うから、やはりあまりよくはわからないなと思った。
左派による右派の批判というのは基本的に「ポピュリズムである」ということと「権威主義的である」ということが多いのだが、それにしたって「ママ戦争止めてくるわ」とかは明らかに左派ポピュリズムであるし、現在の国際情勢を無視した平和主義信仰も「憲法九条」を金科玉条とする権威主義に他ならないわけで、あまりその批判が当てはまるようには思えない。というか、もしそういう現象があるとしても、それは右派だけの問題ではないのだと思う。
ただ、民主主義社会において「ポピュリズム」というのは評価の難しい現象である。つまりは、ポピュリズムと批判されるということは「大衆の支持を得た」からこそであるからで、民主主義社会における大衆の支持が権力の基盤であるというのは当たり前すぎるほど当たり前のことであるからである。つまり、「ポピュリズム批判」というのはその結果ナチスが勢力を伸ばしたというような「民主主義のバグ」に対する批判であるから、バグを取り除こうとして民主主義自体を殺してしまうような危険が常につきまとうわけである。
しかし、左派からのポピュリズム批判というのはそうした危険についてあまりにナイーブというか何も考えてないように思われ、それが「偏差値60ないと左派の主張は理解できない」というような致命的な言説につながってしまうわけである。方向性はある意味違うが「参政党」や「チームみらい」がやっているのはある意味この「民主主義のバグ」にどう対処するかというところなのだと思うので、後ほどこれについては考えてみたいと思う。
そして右派色が強い(と日本では思われがちな)「高市自民党の圧勝」という結果を受けて、左派の批判は右派だけでなく大衆本体に向けて放たれているわけで、彼らの言説は結果的に大衆を馬鹿にしたものになっている。とりこむべき大衆を敵に回して選挙に勝てるはずがなく、また「そういうところだぞ」という批判を彼らは招いているわけである。
左派にとっての政治の理想はフランス革命のように民衆の直接行動によって封建的・権威主義的政府を打倒し、民衆が主体となって進歩主義的・左翼的な知識人を頭にいただいて革命政権を樹立する、ということであると思うのだが(みんなそうだとは言わないけどある種の理念型として)、実際のフランス革命についてここで考えてみるのもいいかもしれない。
フランス革命では革命が始まった当初から、フイヤン派(立憲王政派)・ジロンド派(大ブルジョア共和政派)・モンターニュ派(いわゆるジャコバン派、プチブルジョア共和制派)と権力が移っていったわけだが、これを推進する主体になったジャコバンクラブはこれら全てを包摂していたわけで、その内部がいわばどんどん「過激化」していったわけである。フイヤン派もジロンド派も「人民の擁護者」を自認しその座をめぐって争っていたわけだが、モンターニュ派のロベスピエールは「私は人民の擁護者ではない。私自身が人民だ」と宣言して主導権争いに勝利したわけである。そういう意味ではポピュリズムというのは民主主義のバグであるどころか、むしろ民主主義の核でもあるのだと思う。
今回の左派と右派の言説の争いでは、結局左派の側が「自分たちは大衆を指導する優れた知識人である」という自認を強く打ち出しているのに対し、右派の側が「自分たちは大衆そのものの立場に立っていて、そんなありがたいご指導は必要ないし願い下げだ」と反発しているという構図になっているわけである。
民主主義というものが「国民=人民主権」という原則で成り立っているものなのだから、大衆=国民に拒否された左派が勝てるはずがない。
中道が失敗したのも、端的に言えば無自覚な政治エリートである立憲の議員たちが胸襟を開いて創価学会の人たちと同じ釜の飯を食うことを怠ったからだろう。逆に言えば、自民党の強さはそれができるところにある。
私が投票した東京15区の大空こうき議員も最初の選挙の時はかなりNPO臭く、いずれ山崎・木村・柿沢ら元からの保守系に議席を取り戻されるのではないかと危惧していたが、今回の選挙はずいぶん自民党の候補者らしくなったと思う。自民党にはそういう「教育力」があるわけである。期待したいと思っている。
だから、左派が権力を取り戻そうとすれば、エリートの自認に安住するのではなく、「大衆の中へ=ヴ・ナロード」入っていくことが必要なわけであり、そういう意味では文化大革命における毛沢東の「下放政策」も正しい面はないわけではなかったわけである。ロシアにしても中国にしても民衆社会の苛烈さがナロードニキや共産党幹部たちの思惑を遥かに超えていたから失敗したけれども、ある意味高度に発達した民主主義社会である現在の日本において、「創価学会の人たちと同じ釜の飯を食う」ことくらいがやれないで民主主義ができるか、とは思う。
私は自民党支持だが、健全野党が存在せずに政治がバランスを持って維持されることは難しいと思うので、野党の人たちには頑張って成長してもらいたいとは思う。一番期待しているのは国民民主党だが、立憲の中にも芽のある、可能性のある人はあると思うので、更なる成長を期待したい。2009年総選挙で下野した自民党は文字通り小さな村の寄合から回って人々の声を改めて聞き、2012年総選挙で「アベノミクス」を旗印に復活したわけであり、同じことがやれないはずはないだろうと思う。こういうことはむしろ左派政党がやるべきことだと思うのだが。
***
「ポピュリズムという民主主義のバグ」についての二つの処方箋という意味で「参政党」と「チームみらい」がある、ということを上に書いたのだが、まずチームみらいから言うと、この党の本質は「高学歴富裕層のテック左翼政党」ではないか、ということは今までずっとTwitterでは書いてきたのだけど、下のnoteを読んで私の認識は間違ってはいなかったがもっと面白い政党だなと思うようになった。
https://note.com/kozijp/n/n1c3ee339b28a
執筆者の中川コージさんは同じようなAIの政治行政への導入を訴えて10年ほど前に自民党から立候補した経験もお持ちだということで、これらの分析にもかなり説得力があると思った。書いておられること全てが妥当なのか、ちょっとこのナラティブに私自身が取り込まれていないかということを警戒する面もあるのだが、チームみらいの分析についてはそれなりに妥当であることは言えるだろうと思う。
チームみらいに関しては右派の側はその左派性への警戒心が強く、左派の側はその「過知性」的な言説や「いつでも自民党と連立OK」みたいな姿勢への警戒が強いようだが、中川さんが分析するように元々は無色透明であったのがwokeっぽい教育を受けた若い人たちに支持されるために左派的な政策を打ち出しているに過ぎないところもあるし、連立OKというのはAIをはじめとする技術によって行政を効率化し富裕層若手エリートにとって暮らしやすい社会にすればいいし出来るという自負があってそのように言ってるのだろうと思う。すでに自民党の鈴木貴子さんのような若手からは共感するというメッセージが出たりしている。
実際にチームみらいがどのように発展し政治の現実と関わっていくかはまだよくわからないけれども、私自身は彼らにそんなに共感しないし政権を委ねたいとは思わないし、左右両派の主張通りの危うさみたいなものは感じる。ただ、私の考え方や姿勢に関わらずこうした社会のテクノロジー化は進展していくと思うから、どこかで彼らを止めないといけないとしたらどういうところかということを少し考えてみた。
一つは、テクノロジーの国民化の過度の推進だ。私はマイナンバーカードも作っていないくらいなのであまりこういうものを好きでない面もあるのだけど、それでも十分やっていける現在のような社会が望ましいと思っている。大学入試がセンター試験から共通テストになった時も、英語の試験は民間試験で代用するという方向性があったように、効率一辺倒の考え方が教育に導入されることにも警戒はしている。
効率化に対する反対の意思というのはつまりはマインバーに関しては「国民の実態を無視している」ということがあるし、行政の負担が大きすぎるというのもある。例えば免許試験場で免許更新の際にマイナンバーカードを作れるなら私自身は多分作ると思う。教育の方で言えば、国民の教育に対する責任を民間に丸投げするという姿勢について反対だということであり、教育の受益者は子供と親だから彼らが教育に対して責任を持てばいいという考え方にも反対で、教育には学力や体力を育てるという受益の面もあるが国家社会を担う公民を育てるという国家の使命もあるはずで、それに対する国家の責任や権限は放棄すべきではないと考えるからである。
まあその辺りを勝手にどんどん効率化しそうなイメージがある点でチームみらいに対する警戒心はある。
もう一つは、あまりに無色な理想主義的な政党が力を持ってきたら、さまざまな狡猾な政治勢力の餌食にされる可能性があるという心配である。特に、なんとなく支持を得るために左派色を出すことによって、左派系の反差別団体やLGBT、フェミニズム団体などにつけ込まれて彼らの利権確保に使嗾される恐れを強く感じるということでもある。これは暇空茜氏などの右派系の主張をする人たちが共通して持っている懸念だろうと思うし、この点に関しては私も同じような懸念は持つ。
***
https://note.com/kozijp/n/nec607437fe21
参政党に関しての方がわかりにくい感じがした。ある意味宗教的な独裁政党であるけれども、最初に規定されたナラティブがないのでその時その時に視聴者(党員)参加型で新しいナラティブが作られていく、連載マンガのような新しい展開を楽しめるというところはなるほどとなんかわかったような気はしたのだが。
そういう意味で言えば、前回の参院選は「日本人ファースト」というナラティブを党員以外にも大ヒットさせたわけで、今回の「一人一人が日本」というナラティブはちょっとスカだったということなのだろう。レーニンのソ連共産党にしてもマルクス主義をそのままではなく(そのままだとベルンシュタイン的修正主義方向にいく可能性が高いので)レーニンの思想を加えて「マルクス・レーニン主義」として発展させたからこそ「巨大国家を統治する共産党」という新しい発明品を作れたわけであり、それに毛沢東がまた独自の思想・ナラティブを加えて作り上げたのが中国共産党だということになる。そして現在の中国共産党はさらに鄧小平思想を加えて資本主義にも対応できる思想的幅を広げたが、さらに習近平思想を加えて自縄自縛的になってる感じはある。
垂秀夫・元中国大使の本で、先輩に「毛沢東とレーニンを読め。マルクスはどっちでもいい」と言われたのは本質をついていて、理論の祖型はマルクスが作ったとしても国家を統治する共産党というすごい発明品を作ったのはレーニンだし、それを中国に当てはめることに成功したのが毛沢東なのだから、中国政府と交渉するための前提として知るべきことはレーニンまででいい、ということなのだろうと思う。
この考察では参政党と中国共産党の共通点から参政党の未来を占うという興味深い考察になっているわけだけど、参政党が理解しにくいのはそれが「党員のための共益」の政党であり、「国民のための公益」の政党ではないからだ、という指摘はなるほどと思う。基本的には「響く人に響けばいい」という運動であって、それが結果的に国民全体を巻き込めばいいという方向性なのだろう。日本の政党運動としては日本共産党や公明党により類似した部分が強いということなのだろう。ただ共産主義や日蓮正宗・池田大作思想のような所与の思想がないからわかりにくいけれども「神谷宗幣作の連載物語」がその柱にあるというのはそうなのだろうと思う。そういう意味ではつまりは現在進行中の黒歴史、もとい「現在作成進行中の聖典」が後になってこういうものだったということになるのかもしれない。
日本共産党はマルクス・レーニンはおろか宮本顕治や不破哲三まで亡くなってしまったからもう思想的発展性が止まっているように見えるし、公明党も日蓮や牧口常三郎だけでなく池田大作も亡くなったから新たな発展もないように見えるので、その思想を「勉強」することはある意味容易だと思うが、現在作成中の神谷宗幣氏の思想はべったり参政党組織に漬からないと学習も難しいと思うので、部外者がこの政党とどう関わるかというのは結構難しいことだという気はする。
「日本人ファースト」などは正直私自身も共感する考え方であったけれども、だからと言ってなかなか支持もしにくいのはそういうわからなさ・理解しにくさなんだろうと思う。逆に懸念点もうまくまとめにくいが、ただ今回のように国民大衆が高市支持に回っている時にあえて自民党攻撃に出るというのは組織の引き締めを狙っているのだろうから、侮れない政党ではあると思う。まあつまり、「参政党は侮れない政党だという認識を持つこと」自体が参政党に対する現在のスタンスだということになるかと思う。
***
今日は建国記念の日。紀元2686年。神武創業のみぎりに思いをいたし、日本の未来を静かに考察するのも良いかと思う。
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