豪雪選挙で自民圧勝/翼賛選挙に匹敵する与党獲得議席/「平成民主党政治」と「戦技民主主義」のとどめを刺した「戦争反対ポピュリズム」/高市首相の勝負感と勝負強さ/今後の展望

Posted at 26/02/09

2月9日(月)晴れ

今朝はこの冬一番の冷え込みで、最低気温はマイナス11.7度だったのだが、天気がいいのでだいぶ気温は上がってきたようだ。昨日は朝はそれほどでもなかったが昼も寒くて、真冬日になっていた。

昨日は弟夫婦が地元に来て母を施設から連れ出して近くのレストランで食事。その後別の施設に入居している叔父のところを訪ね、久しぶりに話ができた。土曜日に私が行った別の親戚の葬儀の話などする。3時過ぎに叔父の施設を出て母を施設に帰し、そこで解散。弟は東京に帰るのに中央道が閉鎖されていて、結局和田峠を越えて関越自動車道に出て帰ったらしいが、かなり大変だったなと思う。

昨日の夜はニュースを見て、開票速報を見ながらご飯を食べる。豪雪の中の選挙で自民党圧勝。今までで一番自民党が勝ったと思う。1890年の第1回総選挙から調べてみたが、政権与党(のようなもの)が4分の3以上取った選挙というのは1942年の第21回総選挙、いわゆる翼賛選挙だけで、この時は政権に推薦された議員が466議席中381議席(81.8%)取ったわけだが、これはむしろ逆に非推薦で当選した議員が85人いた方を評価すべきだろう。非推薦の当選者の中にはのちに首相になる鳩山一郎、河野太郎衆院議員の祖父である河野一郎、後に社会党右派で農林大臣にもなる平野力三、作家星新一の父である星一、戦後右翼の重鎮になる赤尾敏、憲政の神様・尾崎行雄、そのほか戦中戦後史に名前を残す人たちが多く当選している。推薦され翼賛政治会に属した議員たちの多くは戦後公職追放されているので、独立を回復するまで復帰できない人も多かった。

https://www.asahi.com/senkyo/shuinsen/

それはともかく、今回は当時とほぼ同じ465議席のうち自民党が316議席、維新の会が36議席で合計352議席で4分の3を超えた。比較対象になるのが翼賛選挙しかない。翼賛選挙は普通の議会政治とは異なる状況で行われているので、まさに史上空前の大勝利ということになる。そしてそれが日本初の女性総理大臣である高市早苗氏の手によって実現したということもまた、新しい時代のスタートと言っていいだろうと思う。

今回の総選挙は語るべきことが多く、テレビやネットなどで情報を収取し、またさまざまな考察について考えていたりしたため、いつもなら朝のうちに更新するところを書いている今は昼を過ぎてしまっている。

その中で色々気になったところ、考えたところを列挙しながら考察していきたいと思うのだが、まずは今回は小選挙区制の真価が発揮された選挙だと言っていいだろう。小選挙区289のうち、自民党がとったのが249議席で、これは占有率86%。翼賛選挙を上回る獲得率になるわけである。

そして比例区の獲得数は67だが、実は小選挙区で東京が30勝0敗、神奈川が20勝0敗など議席を独占したために比例復活する候補が少なく、実に14議席(南関東6、東京5、北信越2、中国1)を他党に与えることになってしまったわけである。こういうケースは最近国民民主党で2度ほどあったと記憶している。またチームみらいも近畿ブロックで二人小選挙区と重複立候補したものの復活条件の1割の得票数を得られず議席を得ることができなかった。「山が動いた」と言えるほどの大変動であればこそ、得票数に候補者数が追いつかないという珍現象が起きてしまったわけである。

また、今回の選挙結果の歴史的な意味はどういうことか、ということについていろいろ書いている人がいて、大きく行って二つの時代が終わったと言えるという見解があった。それは二つとも、中道改革連合、特に旧民主党系の惨敗ということに関連してということになる。

旧民主党系の大物議員としては、1993年の非自民連立政権成立の立役者だった小沢一郎氏をはじめ、民主党政権の中心を担った岡田克也、枝野幸男、安住淳、玄葉光一郎、海江田万里、逢坂誠二などの各氏、その他にも元新潟県知事の米山隆一、武蔵野市長の松下玲子氏らが落選し、長妻昭氏が僅かに比例で復活した。当の革新を訴えていた泉健太元代表が孤軍奮闘という感じである。そのほか笠浩史国対委員長も当選している。

これらの大物議員の落選は、まさに「平成時代=非自民連立から民主党政権」の時代の終わりを象徴するものであるだろうし、また選挙中に現れたさまざまな現象、中国の圧力に対する自由主義世界防衛のための防衛費増額路線を「戦争をするための軍拡」と位置付ける古い平和主義・民主主義の終わり、特に投票日直前になっていきなり現れた「ママ戦争止めてくるわ」という発言など、「日本の起こす戦争」という非現実的な心配はするくせに「中国やロシアの起こす戦争」については全く口をつぐむような左翼リベラル、つまりは「戦後民主主義とそれに基づく平和主義」の時代が完全に終わったということになるのだろうと思う。

今回の立憲の敗因はいろいろと語られているが、一つにはそうした「戦後民主主義的ポピュリズム」への反感、それから自民党との連立を離れたばかりの創価学会を母体とする宗教政党である公明党との「組織票欲しさ」としか見えない「中道改革連合」への反発が明確な形で現れたということだろう。

逆に自民党の勝因は、「史上初めての女性総理大臣」というインパクトに加え、清新な溌剌とした印象の内閣メンバー、特に小泉進次郎防衛大臣の進境の著しさ、女性閣僚や自民党の女性役員の活躍、公明党に見捨てられギリギリで維新と連立を組んだ少数与党を率いる高市首相に対する同情、そして何よりもこの異例な2月8日という時期に総選挙を決断した勝負感の鋭さにあるだろうと思う。

もちろんその背景には総裁選での勝利を決定づけた麻生副総裁の「党員の支持の多い方に投票すべき」発言からできた流れに乗って、総裁に当選し、その後も持病を抱えながら適切な政治的判断をし、また論争相手を非難せず前向きに自分のやりたいことを主張していく高市首相の姿勢、また言わないでいたことをはっきり言ったために中国を激怒させた台湾有事発言も結果的に高市支持につなげるぶれない態度と強運のようなものも含めて、「高市首相の勝負強さ」に由来するところが大きいだろう。

この圧勝によって自民党は石破・岩屋・村上といった反高市的な議員も軒並み当選したために党内基盤を危ぶむ声もあるが、今回の総選挙によって復活できた旧安倍派をはじめとした議員たちや新しい議員たちなどは強く高市氏を支持するだろうし、そうした意味での党内基盤もかなり強化されたように思う。しばらくは安定した政権運営ができるのではないか。むしろ高市首相の体調の方が心配なくらいである。

また大阪では相変わらずの維新の強さで、小選挙区では自民党が1議席取った以外は全て維新、落選した19区の議員も比例復活した。他の地域では相変わらずそれほどは振るわないが、自民党との連立政権ということで特に大阪では支持が固まったところもあるのではないかと思う。

そして今回、個人的に印象に残ったのが二人の元民主党議員の復活だった。

一人はれいわ新撰組で自民党の比例議席が回ってきた山本譲司さん。もう一人は東京26区でチーム未来で立候補し比例復活した宇佐美登さん。宇佐美さんは1993年と2003年に当選し、長いブランクの後2026年に三選。山本さんは1996年から2回当選したが秘書給与流用疑惑で服役。まさかこんな逆風選挙で比例復活とはいえ当選するとは。人生は本当にいろいろなことがあるなと思う。

戦後民主主義80年というのはなかなか実感が湧きにくいが、1993年の非自民連立政権の成立=自民党下野から始まる36年間というのはまさに私がずっと投票してきた期間でもあり、ついに民主党人脈が絶たれたというのはある種感慨がある。実際、考えてみると戦前の政治史が議会中心に華やかに行われた日露戦争後の1905年から、日中戦争が始まる1937年までよりも長い期間になるわけである。確かにこれは一つの時代であり、それが終わったということは、新しい時代が今日から始まるということであり、この先の時代を思い描いていくことが今の我々一人一人に可能だということになるわけである。

世界情勢は激変しつつあり、戦後世界を仕切ってきた国連も各常任理事国も変質してしまって、戦後の安定は失われつつある。その中で日本は民主主義のルールを堅持しつつ新しい時代に出発できるわけで、まさに日本社会の安定があってこそのことだと思う。

これからもこの社会の安定を大事にしつつ、国民生活をより豊かにしていくための経済政策や、結婚し子供を育てていくのにふさわしい環境を守り、戦争の起こらないような外交力や防衛力を維持しつつ、「強く豊かな」日本列島を築いていくために政治の力も経済の力も日本人一人一人の力によってより安定した豊かな日本と世界を作り上げていくことができたらいいなと思う。

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