「ふつうの軽音部」98話を読んだ:嘘がない鳩野に感じた嫉妬とバンド=「仲間」の発見/「仲間」を語る先行作品はマンガのみ/衆院選で「サナ」が圧勝した理由と仲間意識/マンガから疎外されている左翼インテリ
Posted at 26/02/15
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2月15日(日)晴れ
昨日は午前中ブログ/noteを書いたあと、金曜深夜に寝落ちして見られなかった「葬送のフリーレン」を録画で見て、少しいろいろやっていたらすぐお昼の時間になり、あるものを食べた、のだと思う。毎朝こうして昨日のことを思い出しながら書いているのだが、あまり変化のない部分については「昨日どうだっけ」と思ってしまうことが最近増えている。買い物のレシートは取ってあって金銭出納帳につけているのだが、最近はそれをよすがに前日のことを思い出すのだが、昨日のレシートは早朝の分と夜の分しか出てこなかったので、午前中の行動がはっきりしないのだが、多分出かけなかったのだろうと思う。
夜は西友に行って夕食の買い物。最近は駅前のスーパーに行っていたのだが、終了時刻が近づくと品数が減っていて、値引き品が多くはなっているがなんとなく行動の色を変えたくて西友に行ったわけである。そんなには変わらないけど。それでも24時間営業だから夜でも品数は一定以上あるし、惣菜や刺身も安くなっているのもいくつかあり、1000円以下で済んだ割にはいろいろ買えたと思う。帰ってきて少しニュースを見ながら夕食を摂って、少し日本酒を飲んだが空になった。オリンピックは見てないのでテレビも見るものが少ないのが最近寝られる時間が増えている感じはある。うたた寝をしていたら深夜になっていて、時計を見たら12時ぴったりだったので、「ふつうの軽音部」の更新を読んでから寝ることにした。
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094914280980288
「ふつうの軽音部」98話「真打登場する」。冒頭は谷九高校の2年生の比較的上手なバンド「フォレストチアガール」の演奏。合同ライブ演奏順ラストに登場する七道高校の二楷堂まわりたちのバンド「とがなくてしす」の出番に向かって、鳩野は「空気が緊張してきた気がする」といい、七道高校の顧問は「最後のバンド人選ミスったかも」と考えている。人格者?の墨田部長以下「一年生の問題児三人」のメンバーが揃い、ベースとまわりとドラムの行成が癖強の会話をする中、現れたレイハが鳩野の首をぐいっとやって「あんなの見なくていいから」と中坊並み感全開で鳩野を連れ出す。
外に連れ出された鳩野はバンドの演奏を酷評されると思いきや、レイハはいきなり「水尾のことが好きなのか」と聞いてきて鳩野は焦るのだが、レイハは「鳩野は正直そんなに上手くないと思ったし、音楽は技術がないとダメだと思う」と言いながら、「鳩野の歌は嘘がなく、感情が伝わる気がした」という。
鳩野の歌で鳩野の恋愛感情に気づいたのは厘と同じだが、レイハはそれが水尾に向けられたものだと気づいていて、「昔付き合っていた」と水尾に聞いたレイハ自身から聞かれたことで鳩野は答えに迷うのだが、答えられない鳩野を見てレイハはニタリとして「ハトノさんって結構かわいいね」という。この場面がオチとしてはかなりイケている。鳩野が心中「なんなんだよこの女・・・もう俺はお前に心乱されっぱなしだよ・・・」とオタクっぽい反応をするのも笑う。
https://shonenjumpplus.com/episode/17107094912731880567
「嘘がないっていうか、感情が伝わってくる感じがした」というレイハの評は、レイハ自身にとってはかなり重要なことなのである。90話「嘘を歌う」は「飛び抜けて歌がうまい」ために心の中に何を抱えていようと聞くものを感動させてしまう実力を持つレイハの歌とその心中と、そのレイハの心中に悲しみを見てしまう鳩野の下りが描かれていて、その答えがここにきたのか、という感じである。
純のことを忘れようとレイハが水尾に好きだったと告白する場面が回想されるが、それがレイハが自分の心に「嘘」をついた結果であることを暗示される。水尾もそれに最初は気づかず付き合ったのだけど、「知っていたはずのレイハの思い」に気づいて分かれた件は89話で描写されている。
そしてレイハの鳩野の歌に対する本当の評価は、鳩野のバンド「はーとぶれいく」と結びついていて、「バンドがどうとか考えたことなかった」というレイハに対し、鳩野は「レイハさんはバンドマンっていうよりシンガーって感じだもんね」とフラットに答えるのだが、それにレイハが「ハトノさん私ね、実は結構負けず嫌いなんだよ。意外とね」と強キャラライバル感全開で応える横顔がとても良かった。
つまりは「嘘がなく感情を伝える鳩野のうた」と、「バンドのボーカルとして歌う鳩野の歌」に、レイハは思うところがあった、ということなわけである。
レイハと鳩野の関係は中学の同級生なのだが、当時はそんなに深い関わりはなかったのだけど、鳩野が高校入学後の最初のライブで失敗したのを取り返すためにボーカル修行として夏休みに毎日公園で弾き語りをしていたところにレイハが来て、圧倒的なパフォーマンスを見せつけたのが2巻19話であり、鳩野はそれをきっかけに「もっとわがままにもっと傍若無人に」歌う「弾き語りの核心」を掴めるようになったという経緯があった。しかしこの時はただレイハのパフォーマンスに圧倒されてしまったので、レイハは「ああいうできない子が頑張ってるってなんか感動しちゃうんだよね」というある意味見下した心情であったのに対し、鳩野は「多分レイハさんは私のことを完全にナメている。もしいつかまた会うことがあったらその時は目にもの見せてやるぜ」と心に思うわけである。
つまりは、レイハの「負けず嫌いの心に火をつけた」ということは、鳩野が79話ぶり(19話の初出は2024年4月であるので1年10ヶ月ぶり)に「目にモノを見せてやった」わけであり、この辺はまさに少年マンガで、ついに「強キャラの一人が主人公をライバル認定してきた」という場面なのである。
90話で心中は純の逮捕でどん底にあったレイハが外側は笑顔で聞くものの心に響く歌を歌うのだけど、レイハの心中は「私は歌に気持ちなんて乗せてない。嘘しか歌ってない。でもみんな感動する。私には音楽の才能があるから。音楽なんてそれだけ。それが全てだから」と思いながら歌っている。純の弱さに背を向け、自分の気持ちに背を向けて歌い続けるレイハの心中の悲しみに気付いていたのは鳩野だけで、鳩野はレイハの心中に涙を流し、92話で歌い終わって帰ろうとするレイハを引き留め、自分の歌を聞かせたわけである。
レイハの心中は、「嘘のない歌を歌う」鳩野に歌い手として嫉妬を感じただけでなく、水尾に対するストレートな思いを叫んだ鳩野に対して、純に対する自分の思いをまともに伝えられず、純の弱さを見てしまって怯んでしまい、自分の気持ちに背を向けてしまった自分とを対比して、人間としての「負けず嫌い」を奮い起こしたということもあるのだろうと思う。
この辺りは「鳩野の歌が全てを前向きに展開させる」という「鳩野の神っぷり」の表現でもあるのだが、その「鳩野の神が神であるゆえん」が、彼女の歌にあるだけでなく裏表のないそのストレートさとか、「バンドという仲間たちと一緒に演奏している」ということにも支えられているのだということが明らかにされていて、この作品が本当にいい作品だなと改めて思ったのである。
「ワンピース」60巻589話で「兄」エースを失い、「俺は弱い!」と絶望のどん底に沈むルフィに、590話でジンベエが「失ったものばかり数えるな!無いものは無い!確認せい!お前にまだ残っているものは何じゃ!」と言われ、ルフィが「仲間がいる゛よ!!!」と答える場面があるのだが、レイハのような強者に「私には仲間=バンドがいない」と気づかせるというのは、「ふつうの軽音部」は本当にジャンプマンガだなと改めて思わされた感じがする。
で、レイハのバンドメンバーとして候補に上がりそうなまわりたちの演奏がついに始まる、という展開になっているわけだけど、その演奏を周りが聞かせたい桃は聴いているが鳩野は聞かなそうだということ、また自分のベースに足りないモノを感じているがそれが掴めていない厘がまわりの演奏に何を感じるのか、というあたりが気になるわけである。次回もまた目が離せない展開なのであった。
***
読み終えてから感想コメントを書いたり他の人のコメントを読んだりタイムライン上のさまざまな感想を読んだりして、結局寝たのは1時半ごろになった。早く寝た方ではあるのだが。起きてからも何度か読み返し、7時前から感想を書いているがもう8時20分を過ぎた。朝ごはんを食べたから続きを描こうと思う。
***
朝食了。塩パン目玉焼きを食べカフェオレを飲みながら考えていたのだが、上記のようなことを考えていても連想として出てくるのはマンガなのだよな、と思う。テーマによってはもちろん小説や子供・少年向けの物語が出てくることもよくあるわけだが、「仲間」というテーマとして出てくるのはマンガなのである。
よく知られているように、一時期の少年ジャンプ(集英社)は「友情・努力・勝利」というテーマをスローガンに爆発的に発行部数を伸ばし、私が少年時代の70年代にはすでに先行のマガジンやサンデーを抑えてトップに立っており、時々しか読まなくなっていた80年代にはキン肉マンやドラゴンボール、北斗の拳など、また90年代にはスラムダンク・ハンターハンターそれにワンピースなど、圧倒的な作品群で凄まじい売り上げを上げていた。21世紀になってからもトップの座を守り続けたが、私が再び読むようになった2010年代以降においても「僕のヒーローアカデミア」「鬼滅の刃」「呪術廻戦」「チェンソーマン」などの爆発的ヒットを放ち続けている。
その中で、友情・努力・勝利はさまざまに形を変えつつもある種鉄板の集客源であり続けたわけで、「仲間」というある種の共同性の意識を強く日本人に植えつけもしたのでは無いかということを思ったわけである。
その起源を考えてみると例えば「鬼平犯科帳」や「銭形平次」などに見られるある種の仲間意識があったが、それらは江戸時代が舞台ということもありある種の封建的上下関係から逃れられない部分もあった。さらに遡ると「三国志演義」の劉備・関羽・張飛の義兄弟たちの友情関係というものがあるが、これは悲劇的な結末を迎えるわけである。また同じく中国の作品としては「水滸伝」があり、これは「アウトローたちの集まる梁山泊」という意味では「ワンピース」に通じるものがあるが、後半はなんだかよくわからない方向に拡散していく感じがあった。
欧米の作品では一番思いつくのは「十五少年漂流記」なのだが、これは民主的な共同体作りみたいな行儀の良さがあり、ワンピースのような普段はハチャメチャでしょっちゅう喧嘩したりしているのだが戦いになると団結し、それぞれが弱さを抱えながらもリーダーであるルフィの元で仲間の力を信頼して困難を乗り越えていく、というような自由奔放さは無いわけだ。だから「十五少年」には途中で分裂騒ぎがあり、まあこれは「ワンピース」でもウソップが一時グループを抜けるという展開があったりはするが、素直に謝ることで復帰できている訳である。「十五少年」には「蝿の王」という凄まじいネガ作品があり、そこが近代文学の侮れないところではあるが、友情や仲間というものを無条件には信頼できないという近代人の哀しさの表れでもあるような気はする。
それに比べると、ジャンプに代表される日本の少年マンガはかなり無条件で「仲間の素晴らしさ」を説いていて、その系統での名作は多い。そういう作品がヒットするというのは日本人の幼さの表れだ、みたいなシニカルで冷笑的な批評も左翼方面からは昔からよくなされていたが、そんな批評がいくら現れても日本人がそういう作品を求める心性に水をかけることはできないのが面白いなと思う。
ただ、逆に言えば近代文学や現代文学で正面からそういう仲間意識のようなモノを称賛する作品は自分が知る限りではないわけである。これは考えてみたら不思議なことなのだが、それだけ日本の少年マンガが突出した存在だということは言えるだろう。だから「仲間意識」のようなモノで先行作品を考えても、ストレートなものはマンガしか出てこないのである。
ただ、現代のような民主主義社会において、仲間意識というのはかなり重要なファクターだろう。国家という共同体に仲間という意識が持てなければ、老人福祉や障害者福祉などを現役世代負担することに対して説得力が持てない。左翼はそれを人道主義や社会的正義のような理屈で説得しようとするから信頼されないのである。
日本には古くから「一揆」という伝統があり、これは本来は「一味同心」ということを表すわけだが、領主への反抗という面が強く捉えられて民衆的なものと捉えられているが、オープンレターではめられた呉座勇一氏の「日本中世の領主一揆」という本にもあるように、領主層もまた一味同心してより上の支配に対抗することはあった。「国人一揆」が一番わかりやすい例だろう。
江戸時代にも町人や武士の垣根を越えた同好の士の集まりが文化を支えていたことは研究にもよくあり、秋田蘭画の佐竹義敦や小田野直武は主従の垣根を越えて共に写生をしたりしていたという話もある。鎌倉幕府自体が将軍という共通の主人を形の上では頂いた御家人たちの共同体的な部分があったということもある。
そうした原初的な共同性というものは明治以降も個人的な友情関係や、戦時中の「同期の櫻」みたいな感覚、「戦友」という概念の強さとして、現代の友情の源流のようなものになっているのだろう。特に「戦友」的なものが例えば60年・70年の安保闘争にも尾を引き、それらが現代のマンガの中にも反映されている部分はあるようには思う。
こうしたものはある種普遍的なものではあるのだが、そういう物語=ナラティブが繰り返し繰り返しヒットしているのが日本の特徴なのではないかという気がする。階級格差化が進行しているとか、国際情勢の悪化などの外的な要因もある中で、これらのナラティブが日本において強い力を持っていることは決して無視することができないことだろうと思う。
直近の衆議院総選挙で、高市早苗首相が率いる自民党が圧勝したのも、同じ面があるのではないだろうか。「サナ活」とか「サナ推し」という言葉が飛び交い、左派メディアはこれを有権者の幼さの表れだと冷笑するのに余念がなかったが、つまりは若い人たちをはじめとして、国民の多くは高市さんを「仲間」だと認識したということなのだと思う。
女性初の総理大臣だというのももちろんあるがそれだけではなく、一般家庭に生まれて「女だてらに」と言われながら国立大学に通い、政治を志して松下政経塾に入って、夜の席も断って地道に政策の勉強を続け、安倍元首相ら重鎮に評価されて頭角を表し、はっきりすぎる物言いで時に波紋を呼びながら、自分の信じる正義と日本のあるべき姿を提げて総裁選で勝利し、少数与党の困難の中で好機を逃さず勝負に打って出た高市さんを、若い女性だけでなく多くの国民がある種の理想的なロールモデルとして受け入れたからこそ、このような地滑り的な大勝を収めたのだろうと思う。「学者3代目だからといって恵まれてるとかいうな」とか「翻訳はセレブバイトが多いとか批判するな」というような人たちとは違うのである。
日本人の7割はヤンキーで3割はオタクだというような言説があるが、共通しているところは「マンガを読む」というところだろう。だからそこで繰り返し語られるナラティブが日本人のメンタリティに影響していないはずはないのである。左派インテリの弱点はそこから疎外されていることであって、その一角である出版界においてもマンガを低俗なものだと呪いながら、マンガの売上でなんとかその他の出版も維持されているというのが現状であるわけで、だからこそさらにマンガを敵視する視点も生まれてきてしまうのだろうなとは思う。
左派インテリがどうしても「民衆=国民」を理解できず、意味不明な陰謀論で国民を語ったり果てには罵倒したりするのも彼らがマンガというナラティブ世界から追放された、いわば「楽園追放」の状態にあるからではないかと思うので、彼らがそれを受け入れ再び国民と歩むことができるようになるのかは、そこにかかっているのではないかという気がしたわけである。
考えてみると高市首相がドラマーでもあり、韓国の李在明大統領とドラム外交を繰り広げたのは、ある種の象徴かもしれないと思った。リューマチの持病もあるし警備上の事情もあるから色々難しいとは思うが、ドラム演奏やバイクや車の運転などの趣味も楽しむ心の余裕も忘れないでもらいたいとも思う。
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