「チームみらい」の韓国における人気と深刻な世代間≒保守リベラル対立/高市首相演説の「春秋左氏伝」引用の含意を深読みする/「宙飛ぶバイオリン」3巻:演奏者であることに拠る自立とリスペクト

Posted at 26/02/24

2月24日(火)晴れ

昨日はだいぶ気温が上がっていたが、今朝もあまり冷え込んでいない。今朝の最低気温は0.8度で、6時半ごろに外に出たら少し暖かい感じだった。ゴミをまとめて車で出しに行き、そのままセブンまで走ってジャンプとヤンマガを買おうとしたらジャンプしかなく、ジャンプとボスのカフェオレを買った。そのままお城の近くのファミマへ行ってヤンマガとエビアンを買おうとしたら今度はエビアンがなかったのでヤンマガだけ買った。どうもいろいろなんだかなあである。そのまま職場まで走り、少し仕事をして実家に戻った。

昨日は8時前に車を少し離れた駐車場から近くの駐車場に移し、午前中にブログを書こうとしたのだが日曜日がブログネタになるようなインプットがなかったのであまり書けず、日常的な日記のみ書いて後で何か出てきたら追加で更新することにした。11時ごろに家を出て駅まで歩くが、喉が渇いて途中の自販機で飲み物を買ったりした。大手町まで行って丸の内の丸善で本を探す。

https://amzn.to/3ZXc2P8

三原和人「宙飛ぶバイオリン」3巻を探すのにちょっと苦労したが見つけられてよかった。後で読んだがやはりこの巻はとてもいい。「宇宙人」のテセラに自分の音楽を聞かせる、ということで自分自身と向き合っていく吉田の心の動きと、ライバル、競争相手、敵としか見られなかったこっそりピアノを弾くクラスメートやコンクールの出場者たちを同じ「演奏家」「バイオリニスト」「奏者」として尊敬しそこにおいて対等に立とうとすることで自分を確立していく過程。「はじめアルゴリズム」ではどちらかというと教育者側の葛藤が、「ワールドイズダンシング」では世界に守られたり敵対したりしながら美しくもあり残酷でもある世界を吸収しつつ新しいものを作り上げていく喜びの端緒が描かれていたけれども、今回の「宙飛ぶバイオリン」は「演奏者」が自分を取り戻していくことで本来の演奏という行為の持つ隔絶性のようなものを回復していく様子が描かれていて、なんというか作品が現世に降り立ったような感じがした。連載では吉田が実際に演奏する場面が描かれたところだが、この先の展開も楽しみにしたい。

https://amzn.to/4scrSlc

それからもう一冊買ったのが「春秋左氏伝(中)」(岩波文庫、1989)。これは高市総理の施政方針演説に引用されていた語句の文脈を確認したいと思って買った。この辺りのことは河野有理さんがTwitterで書かれていたので自分でも読んで考えてみたいと思ったのである。

https://www.kantei.go.jp/jp/105/statement/2026/0220shiseihoshin.html

「信以て義を行い、義以て命(めい)を成す」

という言葉が出てくるのは魯の成公8年(紀元前583年)の章だが、この言葉が出てくるのは(大国)晋が(小国)魯のために(大国)斉から取り戻してやったブン(さんずいに文)陽の土地を斉に返還せよという使者を送ってきたときに、季文子が使者に内々に伝えた話の中に出てくるのだが、もともと魯の国のものだったこの土地を晋は取り戻してくれたが、再びそれを返せというのは信頼に背くものである、という話である。

「信以て義を行い、義以て命を成す」、信頼によって正義を実行し、その正義を持って以前の命令を守ってくれれば小国は大国を信頼するが、それを蔑ろにすれば晋を中心とした会盟はバラバラになってしまうので、忠告する、というないようなわけである。

要するに、一度国民に対して公約した、約束した内容は必ず実行する、という文脈で言っているのだということはわかるし、とってつけたように春秋左氏伝を引用したのは、中国のような大国はきちんと約束を守らないと中国を中心とした国際秩序が崩壊するぞ、という警告をしたというふうにも読み取れないことはない。晋は春秋時代の大国だが、春秋時代末期には大夫たちによって国が壟断されるようになり、最終的には韓・魏・趙の3国に分裂して滅びるわけだが、そこまで読ませたいと思ったのかどうかはわからない。

こういうのは漢字文化圏だからこそ通じる話なのだが、高市さんがどのくらい寛文に精通しているのか、あるいは誰かのアドバイスによるものかはわからないにしても、どこまで何を意図しているのか後でわかるのかも知れず、この辺りに教養というものの真価はあるのだよな、とは思った。

丸善で本を買った後丸ビル地下の成城石井に行って弁当とインスタント味噌汁を買い、大手町まで歩いて帰宅。ついでにおにぎりでも買おうと思ったが、1個300円近くしたのでやめた。

帰宅して弁当を食べ、早めに出ようと思ったのだがなんだかぐずぐずしてしまい、3時半ごろになった。近くのローソン併設のスタンドに行ってガソリンを入れたが、長野県よりはかなり安いなと思った。コーヒーとソイジョイを買って出発。道はそんなに混んでなくて、首都高でもほぼ順調な流れ。西新宿の山手トンネルとの合流を過ぎた頃からなぜか混みだして、三鷹料金所くらいまで時々流れが悪くなる感じだった。石川PAについたのは4時半を過ぎていたが、胃の調子もあるのでラーメンはやめてそのまま走った。途中境川PAで休憩してどこかでご飯を食べるか考えたがあまりそんな気にもならず、結局実家の地元のインターまで走ってスーパーでレンジでチンする式のラーメンと白米を買い、実家に着いたのは7時ごろだった。

帰ってきて夕食を食べたらすぐ眠くなり、うたた寝をしてしまったのだが気がついたら12時。歯を磨いて入浴してジャンプ+で「ダンダダン」の更新だけ読んで寝ようと思ったがうまく寝付けず、床に入ったり起きたりして最終的に寝たのが3時半ごろ。起きたら6時だったからうたた寝時間の方が長いくらいなのだが、どうも最近そういう感じで落ち着かなくて困る。腕の痛いのもまだあまり引かないが、まあストレス的なものもあるのだろうなとは思う。

***

https://gendai.media/articles/-/164252

韓国で「チームみらい」が大変話題になっているという話。その背景には世代対立があるとのこと。「他党を誹謗中傷せず政策で勝負した点、ポピュリズム競争を拒否した点、保守・進歩(リベラル)の理念対決に陥らなかった点などが、既存の政治に疲弊し変化を渇望する有権者に響いた」との分析が取り上げられていたが、つまりは韓国の政治的現実はその正反対になっているということのようだ。

「「韓国社会の進歩(リベラル)・保守間の葛藤が深刻である」と答えた国民は、実に92%に達した。これは、他の葛藤項目である所得階層間の葛藤(77.3%)、世代間葛藤(72.8%)、地域間葛(69.5%)、ジェンダー葛藤(61%)に対する同意を圧倒する数値」だとのことで、韓国といえば地域対立やジェンダー対立のイメージがあるが、昨年の尹前大統領の戒厳令布告やその違法性を問われての解任などに見られる保守とリベラルの対立はかなりひどいものになっているなと再認識した。

今回へえっと思ったのは40代50代の世代と20代30代の若者とのジェネレーション対立の話である。「

韓国は人口構造で最も厚い層である40代・50代の価値観に振り回される「ヤング・フォーティー民主主義」の只中にある。かつては「若々しい感性を持つ中年」を指したこの言葉も、今や若者の間では「思考は古い理念の枠に閉じ込められた既得権益層」を揶揄する代名詞となった。」

のだそうだ。つまりは「ヤング」とは「もう若くないのにいつまでも若者ぶっている中年」を揶揄する文脈で使われているということである。「ヤング」な人たちは上から目線で説教くさく、現役世代を圧迫する高福祉を推進し、若者たちの反感を買っているが、その不満を吸収する器がないということで、「チームみらい」が注目されている、ということのようだった。

https://gendai.media/articles/-/158296

こちらは同じ記者の昨年9月の記事だが、この世代対立をより深く描写している。「ヤングフォーティー」の世代は70年代後半生まれでX世代とも言われていて、韓国の文化輸出が盛んになった90年代に文化的中心になっていて、一方でアジア通貨危機などで青春を十分に謳歌できなかったという思いがあり、いつまでも若者ぶって振る舞っている勘違い親父に若い世代からは見えるというわけである。40代の7−8割がリベラルの民主党支持なのだそうだ。

一方で20−30代のMZ世代はヤングフォーティーが好むオレンジ色のiPhone17を忌避するなど、経済にも影響が出てきているのだそうだ。彼ら20代、特に男性には上の世代から厳しい視線があるのだそうで、

「若い男性に対する蔑称には「イデナム」という新造語がある。「20代男性」という意味だが、フェミニズムに強い反感を持ち、政治的には全世代の中で最も保守的な若い男性層を指す時に主に使われる。 
 彼らは、尹錫悦元大統領の非常戒厳令に最も共感する世代で、「反弾」(弾劾反対)運動を中心となって導いた。メディアでは「極右」という言葉と一脈相通じる用語で使用しており、「共に民主党」の支持者はもちろん、政治家たちは露骨に彼らを「敵」と規定している。」

のだという。

「韓国社会の主流となり、経済的に豊かで安定した生活を手に入れたが、いつまでも成長できず自己中心的なヤング・フォーティーたちと、目覚しい経済成長の実を中年にすべて奪われてしまったと思うイデナムたちとの反目は、韓国社会の深刻な格差問題に起因すると思われる」

ということで、今までの韓国に対するイメージがかなり変わってきたが、自分の中でも「韓国の若者」というとX世代のことを指すという認識があったので、尹大統領弾劾に反対するとか反フェミニズムというのは彼らも変わったのだなと思っていたのだけど、実際には変わったのは彼らではなく、彼らの後から出てきた世代が上の世代とは全く違う考え方を持つようになっていた、ということだったのは色々と考えさせられた。

韓国というと朝鮮王朝時代からの激しい党争のイメージがあるけれども、なんというか民主主義社会がそれなりに成熟してきて、そうした対立を超越したところでの政治を期待するようになってきているのだなと思う。今日本の若者が韓国の文化に惹かれるのはそういう新しい世代の文化なのだろうなと思うし、そういう世代の文化的リーダーや著作家、あるいは政治的リーダーとしてどういう人たちが出てくるのかは、注目していくと良いかも知れないと思った。

月別アーカイブ

Powered by Movable Type

Template by MTテンプレートDB

Supported by Movable Type入門

Title background photography
by Luke Peterson

スポンサードリンク













ブログパーツ
total
since 13/04/2009
today
yesterday