「台湾・中華民国」の凄みとしたたかさ:「日中外交秘録」/日本文化論の隆盛と国家神道の欠落:「国家神道と日本人」/アイデンティティをどう持つかという現代の問い/カフェモカなど

Posted at 25/12/31

12月31日(水)晴れ

今日は大晦日。今年も一年、読んでいただきありがとうございました。

昨日は午前中、支払いが生じたのを銀行に行って振り込んだり。昼食後、妹が特急で来るので迎えに駅に行ったら、従兄弟夫婦がいてしばし歓談。娘の一家を迎えにきたのだという。妹が先に出てきて従兄弟同士の話をしているうちに娘一家も来て、久々の再会を喜び合う。なかなか会う機会もなくなっているので、こういう偶然は良いことだなあと思った。妹を乗せて実家に戻り、少し話したあと、私は仕事があるので出かけようとしたらチケットがあるからスタバに行こうという話になり、車2台でスタバに行く。ドライブスルーがかなり混んでいて最初駐車場に入れなかったり。

なんとなく甘いものを飲みたかったのでコーヒーにホイップクリームが乗ってる感じのはないですかと聞いたらカフェモカを勧められ、チケットのお金が余るから何か追加で、という話になってアーモンドミルクを加え、一番大きいサイズのものにした。飲んでみるとかなり甘かったがまあいいかと。妹は少しゆっくりしていくというのでそこで別れ、職場に出た。

夜帰ってきたらもう一人の妹とその娘が来ていたが、運転で疲れたらしく姪は寝ていて、起きると言っていたらしいが結局起きてこなかったので多分まだ寝ているだろう。私は入浴後11時くらいに休んで目が覚めたら3時、トイレに行って寝室に戻ってしばらく寝床にいたが4時ごろ起き出し、車に乗って出かけてセブンでコーヒーを買って作業場に戻り、ブログを書いている。冬はいつもそうだが、場所を変えるとまず暖房をつけることになり、それまでの間が寒い。しかし最近は楽をしてあまり移動しないようにしているので「寒い」という時間があまりないなと思ったり。こういうことに精神論を言うのは多分あまり良くないのだが、たとえば江戸時代の人たちなら武士などでも冬は寒さに耐えて生活していたのだろうなと思ったり。

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垂秀夫「日中外交秘録」233/538ページ。「戦略的互恵関係の誕生」のところを読んでいる。第一次安倍政権直前、安倍内閣の対中政策を表現する言葉としてのこの言葉に大きく関わった話は読んでいて現場の生なやりとりが感じられて印象的だった。

そこより前のところで言うと、垂さんは北京だけでなく香港や台湾へも赴任していて、その場その場での状況判断や分析をしている内容が興味深いなと思った。香港では民主化運動が華やか見えるが、大多数の香港人はあまり政治に関心がない。しかし北京政府が政治的な動きを過大視して弾圧的な動きを見せると帰ってそうしたノンポリ層の反発を招いて騒動が大きくなる、と言うのがこれはいつでも中国という国は、というか共産党が主導を取る国というのはそうだなと思った。

台湾に関してなるほどと思ったのは、2005年に「反国家分裂法」が全人代で採択された際の話で、これは「平和統一の可能性が失われた場合には「非平和的方法」が取れることが明記され」るという経緯があり、それについて「台湾を武力統一するための法律だ」と大騒ぎになった、というときの話である。

垂さんはその情報をもたらした人から共産党の真意を聞いていて、むしろ平和的統一に重点を置いた内容だと理解したのだが、多くの人が武力統一に注目する分析をすることになったのだという。日本の外務省も違う分析をしていたが、正しい分析をしたのが世界で二つあり、一つがアメリカ国務省情報調査局(INR)であったが、もう一つは台湾の情報機関だったということである。

当時の陳水扁政権はこれを受けて中国に対する警戒を呼びかけたわけだが、垂さんが情報機関の高官に疑問をぶつけると、返答は

「われわれ情報機関は、中国に行けなくても、中国で何が話され、何が決まっているかを、基本的にはほぼ全て把握している。そのうえで、きちんと分析を総統府に報告している。しかし指導者たちは自分たちの政治的思惑によって動くのだから、いたしかたない」

というものだったという。陳水扁政権(2000−2008)は台湾史上初めての国民党でない政権だが、李登輝政権(1988-2000)下で「中華民国の台湾化」がかなり勧められていたから、蒋介石政権下の戒厳令国家とはすでにかなり違う印象になっていたように思うのだけど、政府の中枢ではまさに「中華民国」の凄みのある情報体制がいまだに(少なくとも2005年には)生きていたんだなと改めて印象付けられた。私の子供の頃、1971年に中華民国は中華人民共和国に国連の代表権を奪われたが、まだまだ「大陸反攻」の望みを捨てない大国的な印象があったし、当時は核も保有しているのではないかという見方もあった。

蒋介石とともに大陸からやってきたのでない本省人の李登輝が総統になって以来台湾は民主化も進められ、「中華民国」は徐々に「台湾」に衣替えしていったイメージはあるが、当然ながらいまだに正式の国称は中華民国であることには違いない。この辺は現在の「中国にいじめられている親日的な小国」という印象はある種の猫被りでもあるのだなと思った部分はあった。

もう一つは台湾は親日と呼ばれるがグループによってそれはかなり違い、外省人のグループの中には反日活動を熱心に行う人たちも結構いるということで、特に日本人学校が標的になりやすいのだそうだ。これは確かに台湾人でも強硬に反日的な人が日本語で発信して驚くことが時々あるけれども、やはり構造的にはそうなんだなと納得できるものはあった。

現在も台湾有事問題は再燃しているし、中国は日本に対する批判だけでなくアメリカの台湾政策に反発して大規模な軍事演習が行われているが、台湾国民自体は比較的冷静なようで、現在の演習よりもペロシ下院議長が台湾を訪問した時に行われた演習の方がもっと激しかった、という話もあり、ある意味いつものこと、という感じではあるが、日本にとっては高市首相の発言の延長線上に見る人が多いので、無理に深刻に捉えようとしている人たちがいるということなんだなとこちらも少し納得した。

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島薗進「国家神道と日本人」(岩波新書、2010)読み始めた。まだ「はじめに」の途中だが、現代日本で「日本人論」や「日本文化論」が盛んな理由を、「国家神道」が戦後のGHQの「神道指令」によって「解体」されたために、「戦前は国家神道や国体論によって日本人としての自己理解を得てきたのだが、日本人論はその欠落を埋めるような意義を持ったと言えるだろう」と分析していて、これはなるほどと腑に落ちるところがあった。

私も昨日書いた「自分の関心領域」という話の中で、まず第一に「日本とは何か」と書いたのだが、つまりはそういうことになるわけだろう。

https://note.com/kous37/n/n269c844cdeaa

私自身、「日本とは何か」を考える時に国家神道は外せないと考えるようになってきたわけなのだが、それはつまりさまざまな日本人論を読んでいても「これ」というものが見えてこないというところに、いわば国家神道の「再発見」があったのだなという気はした。ただ、「国家神道」によって全てが説明されるとは思わないし、ただその説明力が強いだけに森喜朗元首相が「日本は天皇を中心とした神の国」という発言をした時に強い反発があった、ということは言えるのだろうなと思う。

一方で、国家神道を否定する左翼の人たちはどうもアイデンティティ不安というか、自分が何者なのかということについての不安がかなり強いように思う。だから海外出羽守になったり、中国やロシアを支持したり、アジアや発展途上諸国にアイデンティティを置いたり、自罰的・自虐的に日本を非難したりせざるを得なくなっているのだろうなとは思う。

私は社会党に投票していたような若い頃から、というか子供の頃から、「日本に天皇という存在がいること」は面白いと思っていたので、天皇制を支持することに昔から違和感はないのだが、ただ現代日本において天皇という存在が位置付けの難しい不安定な存在であるということは思っていたので、日本人論や日本文化論については人並みあるいはそれ以上には読んでいて、だからこそ「日本とは何か」を関心領域の第一に置いたのだなと思う。

逆に言えば自分たちの宗教がはっきりしている国、今では移民が増えてその国の宗教は何と断言することは難しくなってきているが、そういう国ではスペインとはカトリックの国、とかイランとはシーア派の国、というような形でアイデンティティを疑う必要があまりなく、「スペインとは何か」「イランとは何か」みたいな問題設定は、もちろんあることはあるが、日本に比べれば大衆的な関心事ではないようには思う。

日本の場合は国家神道が否定されてもさまざまな文化要素があるからそこから「日本文化論」が花盛りになったわけだけど、例えばソ連が崩壊し、「自分たちは共産主義の国だ」というアイデンティティが失われた後は、かなり深刻なことになっていただろうと思われる。オウム真理教が進出したりすることができたのも、そうした背景はあるだろう。現在ではロシア正教がかなり勢力を回復し、プーチン政権もそれをサポートしているように思われるが、白人至上主義の強さなどに関しても、そうしたアイデンティティ不安の現れだと解釈すると割と納得しやすいところはある。

アフリカ諸国にも日本の新宗教がそれなりに進出しているという話もあるが、これもアフリカ人たちにとって自分たちの伝統宗教と切り離され、旧支配者たちの宗教であるキリスト教も拒否感があれば、全くしがらみのない日本の宗教がいいと思う人たちも多いだろう。実際には多くの人はイスラム教の信仰になり、イスラム過激派の影響が強くなったりしているわけだけど、アイデンティティをどう持つかというのは世界的に深刻な問題であってきたし、今でも、おそらくこれからもそうなのだろうと思ったのだった。

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昨日書いたように私は「日本とは何か」という視点については歴史的なものに一つの答えを見出そうとしているところはあるけれども、「近世日本の支配思想」で説明されたような兵学的な役割分担思想や、あるいはルサンチマンとしての国学とその延長線上に形成された国家神道の元になる概念みたいなものも割合重要だとは思っている。私自身は天皇という存在を肯定した方がいいと思っているし、江戸時代の諸思想や明治以降の近代思想と国家神道のバランスの模索のようなものの延長線上の議論がやはり日本人のアイデンティティ論にとっては外せないとは思うので、「たとえば自由はリバティか」のようなヨーロッパあるいは近代ヨーロッパの概念を日本人がどう咀嚼してきていて、今後それをどういうものとして位置づけ直すのかとかが、やはり必要なことだろうと思う。

ただそういう努力もいわば頭の中の議論であるという面もあり、現実問題としてどのようなアイデンティティの持ち方が良いのかはまだそんなにはっきりはしてないのだろうと思う。今後とも考える必要があることは多いのだろう。

来年はまたその辺りも含めて勉強というか研究というか思索というかを続けながら、その時々の考えたことを文章にまとめつつ、この分野も含めて書籍化ができればいいなという考えはある。

いろいろやるべきことは多いけれども、昨日のまとめで少し見えてきたこともあるし、何か形になるものを作ったり広くいろいろな人に読んだりしてもらえるように、来年も頑張っていきたい。

今年もお読みいただきありがとうございました。来年も何卒よろしくお願いいたします。


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