矢沢あい病気休載/山岸涼子『日出処の天子』
Posted at 09/06/30
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先日発売の『Cookie』に、矢沢あいが病気のため『NANA』をしばらく休載する、という告知文が乗っていた。その後、yahoo経由でその検索ワードでこのブログにたどりつく方が増えた。前回の休載の際にそのことについて少し書いたので、それがヒットしているのだけど、あまり役に立たない情報で申し訳ないと思っていた。
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今回の告知文には、しばらく休載し、いつ再開するかは改めて告知する、と書かれていた。実際、少し調べてみると、体調はかなり大変な状態らしい。小花美穂のブログにはその辺りのことが書かれているが、一昨年の休載の際はかなり大変だったらしい。手術をし、回復しかけたがまた倒れて、一時は命も危ない状態だったのだという。小花もそのあとでアシスタントをして、矢沢とそういう話もしたのだそうだ。
今回の休載については特にこれという情報はないのだけど、前回がそういうことだったのかといわれて見ると、今回もまた大変なのかもしれないと思う。実際、『NANA』というマンガが、いのちを削って描いているという感じはすごくするし、レンが死んでブラストもトラネスもどこに行くのか迷走が続いているこの状態を描くのは、本当に大変なことだと思う。前回の休載以来、未来篇がかなり進んできて話の全体像がかなり見えてきているのだが、しばらくお休みしていただいてこの過酷なマンガに取り組むパワーを120パーセント充填していただきたいと思う。早いご回復を心よりお祈りいたします。
***
昨日は昼間に出かけて、日比谷で食事。雰囲気はなかなかよかった。銀座に出て、ブルックスブラザーズでシャツを買う。銀座店が7月末で閉店し、9月最初に丸の内に新しい店舗が出来るのだそうだ。30日までファイナルセール、1日からクリアランスセールをやるという。虎屋で餡蜜を食べる。久々に味に感動した。世の中にこんな旨い物ってあるんだよなあ。ブックファーストをぶらぶらし、教文館に行ったら閉まっていた。日比谷に戻り、三田線で神保町に出、本屋をいくつかぶらつく。古書店で『行成卿 倭漢朗詠集抄』(平凡社、1933・古書)という習字の手本書を買う。どこまで真筆をなぞってあるのかはよくわからないが、やはりいい字だなあと思う。東京堂の店先で石川達三『解放された世界』(新潮文庫、1977・古書)を買う。この人は第一回の芥川賞受賞作家だが、1970年代にはまだ現役で書いていたんだなと少々驚いた。今読んでみても、十分現代物として読める。まだほとんど手をつけてないが、そのうち読みたいと思う。
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新御茶ノ水に出て、ガイアによったが弁当は売り切れていた。地元に戻り、一度荷物を置いて、一休みしてから7時前に自転車で出かける。田辺書店でマンガを買おうと店内に入ろうとしたら、手動ドアのガラスが閉まりっぱなしなのに気づかず、したたかにめがねをぶつけ、左目の眉の辺りに強い衝撃が。死ぬかと思ったが死ななかった。山岸涼子『日出処の天子』(白泉社文庫、1994)全7巻を買う。新本だと全巻ぞろえで4000円を越えてしまう。このところの本の買い方のペースではちょっときつい。それでも2500円は越えた。でもこの金額なら文句はないとも思う。
帰ってきて読み始めたが、もういきなり最初のページから「このマンガは絶対面白い」と確信させられ、12ページの刀自古郎女の登場でぶっ飛んだ。古代史にいきなりこのおきゃんな(死語)娘。もうこれは明らかに描きたいように描いている。今4巻の途中まで読んだが、この作品の持つパワーと影響、無自覚に世の中を変えてしまったフィクションの恐ろしい力のようなもののことを考えると全く戦慄する。しかし、もう何より理屈はすべて置いておいてもこの作品は滅法面白い。歴史をある程度知っている人間がこの作品を読むと、史実の処理の巧みさに舌を巻く。今このときのはじめてこの作品を読める自分は幸せだと思う。やはりニュートラルな感覚が活性化しているときでないと、こういう問題作は十分楽しめない。今このときにこの作品を読める幸せをかみ締める。生きててよかったと思う。
荒俣弘が1巻の解説で少女漫画の「可能性としてのメディア」としての性格が存分に発揮された、80年代のマンガの黄金時代のトップランナーであることを述べているが、「可能性としてのメディア」というのはいい言葉だなと思う。実験的な作品をどんどん成功させていく、マンガ界全体が持っていたパワーが、この作品には溢れている。高野文子も諸星大二郎も、つまりメジャーもマイナーも、この時代の漫画はとにかくどれもこれも面白かった。少年漫画は70年代に裸と幼児化により、少女漫画は90年代にセックスと変態のおかげで退廃化していった、という荒俣の分析には激しく同意する。退廃に抗っていまなお『テレプシコーラ』など孤高の作品を生み出し続ける山岸涼子の力は凄い。
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