精進/時代劇というファンタジー/『見晴らしガ丘にて(完全版)』/日本の喫茶店文化の成熟/東村アキコ『ひまわりっ』第1巻

Posted at 09/05/19

昨日。ずっと頭痛がしていて新しいことがなかなか手に付かず、往生していた。昼前に神田に出かけて書泉ブックマートで高瀬理恵『表具屋夫婦事件帖』(小学館、2009)と近藤ようこ『見晴らしガ丘にて(完全版)』(青林工藝舎、2007)を買い、がいあプロジェクトでお弁当を買って帰る。午後になってだんだん落ち着いてきた。

なんとなくテレビをつけていたら、NHK教育の「こころの時間」で興福寺貫主・多川俊映氏が話をしていた。氏は62歳。団塊の世代で、42歳で興福寺貫主になったと言うから、それは大変だっただろうと思う。もともと寺の出身だったが大学で心理学を学び、そこで法相宗の教えである唯識に触れて、僧侶になったのだという。僧侶と言えば、生臭坊主を除いてだが、人格者という感じで学問は二の次、という印象の人が多いが、この人は学僧という感じだった。奈良・平安時代などはこういう学僧という感じの人がたくさんいたんだろうと思う。

唯識の簡単な説明をしていた。阿頼耶識のアラヤとは蔵という意味で、ここには全て人間の思ったことが蔵のように積み重ねられていっていて、決してなくなることはない、だから正しく思うことが大切なんだと説明されていて、これはなるほどと思った。説明のしかたがフロイトの無意識理論を使っているが、これは妥当なのかどうか。今後どうなるかはわからないが、今のところはまあ、わかりやすい説明なんだろう。

春日大社との関わり、失われた建物の再建などへの取り組みを語っていたが、寺にいるものはすべて「中継ぎ」であり、前の代から受け継いだものを次の代に伝えるのがもっとも重要な役割だ、という話はそうだなあと思った。人間すべてそうなのではないかと思う。前の世代から受け継いだものを次の世代に伝えること。新しいものを加えることも大事だが、古いものを失わないように保持することも大切なことだ。今では困難なことでもあるが。どういう文脈でいったか忘れたけれども、「精進」という言葉が心に残った。

公家侍秘録 6 (6) (ビッグコミックス)
高瀬 理恵
小学館

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日曜日に買ったビッグコミック増刊号の『公家侍秘録』。最初の舞台は東寺の書職の場面からはじまる。考えてみれば、東寺の正式名称、「教王護国寺」というのはすごい名前だ。空海のプライドの高さがうかがえる。「公家侍秘録」は貧乏公家とその侍の話だが、その家代々に伝わる家宝の「守り役」という任務を裏で持っている。

表具屋夫婦事件帖 (ビッグコミックス)
高瀬 理恵
小学館

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昨日も書いたが、この作品からスピンオフして出来た『表具屋夫婦事件帖』をお昼に買ってきた。『公家侍秘録』はもともとの設定からかなり重い話が多いのだが、『表具屋夫婦』は主人公二人がわけありではあるのだけど、基本的には現在は職人なので、あまりいろいろ重いものを背負った話にはならない。江戸時代後期の貧乏公家の生活、というよくまあこんなことを調べたものだという時代背景がしっかり書かれているので(登場人物の考え方が現代っぽいのは仕方ないが)やはりそこが魅力なのだなと思う。この話で現代ものではあまり面白くない。逆に、この時代背景であまりアヴァンギャルドな話の展開でも読者はついて行けないだろう。時代劇というのはシンプルなストーリーを読ませる一つの工夫でもあるなと思う。敢えて言えば、ひとつのファンタジーだと言えないこともない。水戸黄門とか、実は結構ファンタジーだな、そういう意味で言えば。本編ではあまり行動的とはいえない千香がこの話ではかなり積極的に(お節介なくらいに)人の状況にどんどこ介入していくところが面白かった。薫子という少し個性的過ぎるヒロインよりは、千香の方が話としては落ち着くなと思う。読了。

見晴らしガ丘にて 完全版
近藤 ようこ
青林工藝舎

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近藤ようこ『見晴らしガ丘にて(完全版)』。『見晴らしガ丘にて』はちくま文庫から出ていて、そちらには第1話から第9話まで収められているのだが、こちらは14話まで収められた完全版。これはもともと80年代の作品で、その空気が横溢している。今となっては古いとかんじるところもあるが、新しさを失わないところもある。よかったなと思うのは第12話の「改心」。夫を失った本妻と二号の同居生活。二号の生んだ子どもを本妻が養子にし、そしてそれを早くに失っている。複雑な愛憎、でもともに生きる二人の女性としての共感。「野守は見ずや」「誠実」。男の「愛」への不信。信じているふりをして男の愛に高をくくっていることに気がつく苦さ。こういうのも、多分80年代的なんだと思う。今ならどんな話になるだろうか。読了。

「精進」という言葉が心に残っていて、墨で書いてみる。墨、と言っても昨日見た開明墨汁の「墨の華」という製品だが。「精進」という言葉はいい言葉だな、と思う。腹にぐっと力が入る感じがする。何をやるかが問題なのではなく、精進すること自体が問題なのだ、と思う。精進して、自分の幅を広げること。厚みのある人間になること。出来なかったことが出来るようになること。それはどんなことでもいいのだ。結果が大事なのではなく、積み上げていって何かを身につけたという事実が大事なのだ。作品にして何かを残すことも大事だが、自分自身にとってはそれは結果に過ぎなくて、何かを少しずつできるようになっていく、そのこと自体のほうが大事なのだと思う。それを「精進」というのだ。と思う。

東京カフェじかん。 (2010年版) (SEIBIDO MOOK)

成美堂出版

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横浜カフェじかん。―大切にしたい、やさしいくつろぎ (SEIBIDO MOOK)

成美堂出版

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夕方になってもう一度出かける。今度は日本橋の丸善へ。いろいろと雑誌などを物色し、『東京カフェじかん。』『横浜カフェじかん。』(成美堂出版、2009)を買う。『東京カフェじかん。』は友人が持っていて、結構いいなと思ったのだけど悔しくて買わなかったのだが、まあいいや買っても、と思って買った。もともと知っているカフェも何軒かあるけれども、行動範囲にないカフェは知らないので、読んでいて面白い。何というか、隙のあるデザインというか、社交の場という感じがなく、その人の家に招待されたような個性的な雰囲気のところが多く、そういうのが面白いなと思う。新宿のカフェユイットが自分にとってははじめてのそういう店で、そこは偶然に入ったのだけど、いろいろなコンセプトでくつろげる空間がいろいろできていて、つまりは日本の喫茶店文化がそれだけ成熟したということなんだなあと思う。機会を見つけていろいろな店に行ってみたい。

ひまわりっ~健一レジェンド~ 1 (1) (モーニングKC)
東村 アキコ
講談社

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二階に上がって東村アキコ『ひまわりっ~健一レジェンド』第1巻(講談社、2006)を買う。読んでみて驚いたが、もともと「健一」とは主人公の父親の名前なのだ。第1巻の後半になって初めて植木屋の健一が出てくるが、「レジェンド」というのはもともと「奇矯な行動をする父親」伝説、という意味だったようだ。ここでの主人公アキコは美大卒だが普通のOLで、現在の連載中のような漫画家ではない。テーマはほとんど父親の奇矯な行動で、これは何というか正直予想の範囲内というか、そんなに特別面白いわけではない。登場人物のノリも現在のようにぶっ飛ばしている感はすくない。ちょうど赤塚不二夫の『天才バカボン』が最初はバカの兄・バカボンと天才の弟・ハジメちゃんが主人公だったのに、いつの間にかバカボンのパパが主人公になっていったのと同じような変化があるのだろう。登場人物の副主任や蛯原・黒木など現在でも出てくるキャラクターは既に登場しているが、(その中でも最初に出てくるのが実は空気読めない王・黒木だというのは驚くが)まだ機能全開という感じではない。昔の普通の少女漫画のギャグ漫画という大人しさがある。舞台は宮崎で、まだ東国原知事が登場する前だ。2006年って、まだ3年前なのに、状況の変化と作家の爆発の仕方が全然違うのがすごいなと思う。

全然かみ合わない話を展開させる登場人物、というところは現在の作風、あるいは『海月姫』などにもある意味似ているのだが、なんというかまだ自閉的で本当にかみ合ってないところを力技で笑わせている部分が多い。現在は、その噛み合わなさからさらにパワーを発生させ、話の推進力を生み出している。父親話は、おそらく作者のネタ的に「蔵出し」のものなんだと思うが、今の話はもっとドライブ感があり、同時代性が強い。書けば書くほど面白くなる、というところが今の東村アキコにはあるので、さらに期待したいのだが、「ひまわりっ」を一巻から少しずつ読んでいくとその成長過程がよくわかってきっと面白いだろうなと思う。

夜は昼間作ったジャガイモの味噌汁と、おにぎりとサラダとチーズフォンデュコロッケというのを買ってきて簡単に済ませた。なるべく食べ過ぎないようにして腹具合を整えようと思う。

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