散歩/「無意味な死」とその彼方にある生命

Posted at 09/04/21

昨日。アイデアが湧いて書き留めて、それを展開して。用事を済ませに外出して、そこで見聞して。書いている時間が長い日は、ブログに書くことがあまりない。書いている時間が短い日はいろいろ書きたくなる。そういう意味ではブログの文章が短いのがわたしにとっては仕事が進んでいるということなのだが、まああまり書かないのも淋しいのでなるべく書くようにはしている。というか最近本当に忙しくて書けない日がままあるので、書けるときは二度くらい更新してもいいという感じだ。

昨日はお昼ごろ銀行を回り、ついでに能登屋で昼のおかずなど買って帰る。伊勢屋とか能登屋とか、旧国名のついた店はなぜかおはぎなどの和菓子とおにぎりや簡単な惣菜を売っている店だ。なんか由来があるのだろうか。

夕方日本橋に出かけ、主に丸善でノートを買ったり文庫とマンガと雑誌を見たり。そういえばイージーオーダーのスーツのフェアなどもやってたな。安い生地でいいから一度作ってみようかなという気もした。でもやはり舶来の高級生地の方が肌触りも見栄えもいい。まあそれは当たり前なんだけど。

久しぶりに高島屋に入り、一階から一つずつフロアを上がって行って、やっぱりデパートって好きだなと思う。特に高島屋などのような老舗は落ち着いた雰囲気がある。客もあまり消費にがつがつしていないし、売り手もあまり商魂がたくましいという雰囲気を出さずにでもいいものを揃えていて。帰りは階段を下りていったら今まで気がつかなかった喫茶とかがいくつもあって何だ実は日本橋は結構休憩場所にバリエーションがあったんだと思う。今まで三越まで行くことが多かったが、高島屋だったらあまり遠くない。

でも歩いていると、やはり歩くのは体にいいなあと思う。特に、腰というか下腹部をピンと伸ばして歩くと、力がみなぎってくる感じがする。今まで腰がよく痛くなっていたり、頭がすっきりしないことが多かったのが、姿勢が悪いことが大きかったんだなとよく分かる。


夕凪の街桜の国
こうの 史代
双葉社

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こうの史代『夕凪の街・桜の国』をまた読む。「夕凪の街」を読み返すと、「桜の国」のディテールがどんどんわかってくる。すべての作品に登場するのは母(祖母)のフジミだけだが、フジミの思いを想像するとやはり悲しくて涙が出てくる。皆実が死ぬときに「嬉しい?十年たったけど原爆を落とした人はわたしを見て「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?」と思う。殺そうという意志すらもう消え去った後に死んでいかなければならない核兵器の無残さ。もう既に、その死は戦争当事者にとって全く無意味なのに。「この話はまだ終わりません 何度夕凪が終わっても終わっていません」と続くリフレインの意味。

「桜の国」で、被爆10年後に死んだ姉・皆実の鎮魂のために皆実の友人を一人一人尋ねる旭。娘の七波はそんな父を心配し広島に追いかける。それについてきた友人の東子。彼女は七波の弟・凪生、つまり被爆二世との交際を両親に反対され、広島を知るためについてきたのだった。

平和資料館を見に行った東子はあまりの衝撃に気分が悪くなり、倒れてしまう。「わたし看護師失格かなあ…」「関係ないよ。そのほうがまともなんだよ、多分」。広島から帰るときに東子は七波に言う。「でもここに来られてよかった 今度は両親と来るわ。来れば父も母もきっと広島を好きになると思うから。」沈黙が支配する。それはむしろ祈りなのだろう。

「けれどこんな風景を私は知っていた。生まれる前、そうあの時私はふたりを見ていた。そして確かにこのふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ」

これは七波の独白ではあるけれども、もっと通奏しているものがあるのに気がついた。父・旭が七波に言う。「今年は父さんの一番最後まで生きてた姉ちゃんの五十回忌でな それで姉ちゃんの知り合いにあって昔話を聞かせて貰ってたんだよ。七波はその姉ちゃんに似ている気がするよ。」

作者ははっきりとは言わないけれども、生まれてこようと決めたのは皆実なのかも知れない。そうすれば、「夕凪の街」で終わらなかった話は、一つの幸せな落ち着き場所を見つけられる。被爆して「自分だけ」生き残り、「生きてはいけない」という思いに縛られていた皆実が、「すぐ原爆のせいとか決めつけるのはおかしいよ」という弟旭と、被爆した少女・京花との間に生まれ変わることが出来たとしたら。映画では別の女優が演じたようだけど、同じ女優が演じたらよかったんじゃないかという気もする。

原爆の悲惨さを描くだけで終わってはいけない。倒れても倒れても、生きていく強さを、人の強さというものを描いてほしい。ピカソが戦争の悲惨さを描いた「ゲルニカ」を越えるために、岡本太郎は「明日の神話」を描いた。「僕は越えたと思っている」という岡本太郎の言葉は確信に満ちている。そうなんだろう、と思う。

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by Luke Peterson

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