手紙/いけばなの本あれこれ/腰が
Posted at 09/02/03
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さっきまで曇っていたのが、晴れてきた。東側の部屋にいるので、外が明るくなるのがよくわかる。でもいつもの朝のような光ではないな。すっきり晴れてくれるといいのだけど。
昨日はブログをアップしたあと自転車で出かけて、郵便局と銀行を回って用事を済ませてきた。駅前の銀行の前に自転車を数分止めている間に違法駐輪の紙が付けられていて残念。何だか早業なんだな。移動させられなかっただけよかったけど。西友に寄って昼食の買い物をして帰宅。
午後はずっと、部屋の片づけをしたり本を読んだり。最初に昨日落下した手紙のボックスの整理をする。私信は半分くらいであとはダイレクトメールなど。かなり捨てた。私信は大体95年くらいからのが全部入っていて、全部あわせてもこんなものかと逆にちょっとびっくりした。年賀状は別だが、手紙というものを全然書かなくなったんだなと思う。メールは気楽だが、最近ではむしろ紙の手紙が懐かしい。以前はいろいろな便箋や封筒も買っていたので、今になると記念品みたいに残っている。なるべくまめに手紙を書こうと思う。
海野弘『華術師の伝説 いけばなの文化史』(アーツアンドクラフツ、2002)読了。いけばな史にどんな人たちがいたか、ざあっと見渡すことはできた。ただ、いけばなの歴史の内側からそれを書こうとしたものではない。利用している史料もほとんどが刊行物のようで、日記や書簡類まで詳細に渉猟した本格的な研究というわけではない。また海野自身が花を生ける人ではないようで、技術的なことへの論及があまりない。技術面や美のとらえ方が流派によってどう違うのか、というところまで踏み込んだ見解を読みたかったなと思う。しかしこの本で初めて知ったことも多いことは事実である。
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松岡正剛『日本数寄』(ちくま学芸文庫、2007)を読み始める。現在46/409ページ。海野が客観的に史料を提示して可能性を言及するに止めているのに比べると、松岡の書き方は「文学批評」的で、かなり踏み込んで自分の感じ方、考え方を述べている。またさまざまな文献への言及も、彼の幅広い読書量と読み込み方を感じられて好もしい。こちらは生け花だけについての本ではないが、「吉右衛門と梅」「桜と時代」「花鳥の使い」というそれぞれの文章の題から見ても、文化と花という観点があって面白い。
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本棚にあった『芸術新潮』の2000年1月号を引っ張り出して読む。花の川瀬敏郎が書の石川九楊、評論家の福田和也と対談している。当時一度全部読んだはずなのだが、いま読み直してみるといろいろな発見がある。川瀬の「自分史」が面白い。この人は池坊に花を納入する花屋の出身で、子供のころから番頭と一緒に京都のいろいろな家で花を生けて回ったりしていたのだという。一時は映画の魅力に取り付かれたりヨーロッパに渡ったりしたが最終的に花の道に戻ってきたのだそうだ。
花には儀式的な立花とくつろいだ生花、盛花といったジャンルがあるが、もともとは儀式的な立花が起源だということは、最近いろいろな本を読んで知った。しかし花を習うのは日常的な方から儀式的な方へ学んでいくので立花は最後になる。これは海野の本で知ったのだが剣山というものが出てきたのは明治以降なのだそうだ。だから江戸期からある立花と生花では本来剣山は使っていないのだ。盛花は明治以降はいってきた洋花を生け花に取り込むために小原雲心という人が作り出したと違う本で読んだ。立花はいけばなの起源、室町期から行われていて、池坊専好(二代)のときには「こみわら」というわらを束ねたものの中に枝を差し込んでいくもので、剣山と違って斜めに挿せないが、差し込む深さはそれぞれ違う、というもので技術的にも大きく違っていたのだという。読んでいるかぎりでは、川瀬は剣山などに代表される技術的なバラエティはむしろ花の命(即物的な意味でなく本質的な意味で)を弱めるものとして否定的で、こうした立花の原点に帰ることを企図しているように思われる。ある種のルネサンス的復興運動とでも言うか。
『月刊全生』2月号。巻頭の「人の顔」と題した文章の中で、野口晴哉師が「顔はただ、体の上に乗っかっている道具であるというより、人間の場合はその中心的な現象と見るべきであろう。ともかく、人間に顔があるということは面白い。」と言っていて、面白い。確かに顔って、人間的な現象だ。
午後から夜にかけて、本を詰めて積んであったダンボールを移動し、そこに黄色いソファをおいて居間の配置を変えてみた。かなり考えてやったつもりだが、少し狭い感じになってしまう。なかなか難しい。それに、移動の最中にどうも腰をやったようで調子が悪い。食べ過ぎのせいもあると思う。何とか自力で回復したいと思う。
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