「暖かい家庭生活は文学の敵」/「文学の客観的な基準」
Posted at 08/03/28 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
夜のうちに、雨が通り抜けていった。明け方の昏いまどろみの中で、確かに雨の音を聞いたのだが、やがてそれは思い出したように壊れたラジオのような鳥の声に変わった。起き上がってカーテンを開けると、小鳥のさえずりが聞こえる。時計を見ると6時50分。もう朝も遅い。
空は曇っているのか。いや遠くの山が明るくなっているから、雲というよりもやなのだろう。向かいの家の赤い屋根は濡れているが、もう雨は降ってはいない。路面は乾きかけている。川の音がかすかに聞こえる。小鳥がさえずっている。
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山本周五郎『さぶ』を読み終える。感想は昨日の日記に書いたが、ストーリーの骨子は単純だ。人の心を信じられなくなり、頑なになった男の心が回りの人間の助力によって溶けて行く。簡単にいえばそれだけなのだが、さまざまな人間のタイプが描き分けられ、たくさんの人間を知っていると感心させられる。また、ディテールの魅力には舌を巻く。江戸情緒、なんていう単純なものでなく、体で感じる江戸世界、というものを持っている。それがありありと自分のなかに浮かび上がらせることが出来るというのは、相当なことだろう。山本周五郎は明治36年生まれ。数年前になくなった私の祖父と同い年だ。しかしなくなったのは昭和42年。まだ63歳。90を越える長命だった祖父と違い、ずいぶん昔の人のような感じがしてしまう。
昭和30年以降の山本は家族と離れて暮らしていたという。それは、巻末の解説によると、「暖かい家庭生活は文学の敵だと、かたくなに思いこ」んでいたからだという。確かに一度日常のレベルに降りてくると、この精緻な彼独自の江戸世界を再現するのはかなりの困難事であっただろうと思う。それだけの作品を作るには、それだけの禁欲が必要だ、という面はあるのだろうと思った。『さぶ』は昭和38年、60歳のときの作品だ。
ディテールだが、「おせい」という娘の語りにこんな話が出てくる。
父親は長沼十樫といい、としは57歳になる。祖父の代までは微禄の御家人で、本所のほうの小屋敷に住んでいたらしい。父が家督をし、祖父がなくなるとまもなく、小普請組のうち、十年無役の者が召放しになった。お上の勝手元の都合によるもので、五十両という金を貰い、小屋敷を出なければならなかった。浪人した十樫は料理屋の女中だった女と結婚し、寺子屋のようなことをしてつましく暮らしていた。…
微禄とはいえ御家人は御家人。困窮した御家人から「御家人株」を買って幕臣の末端になりあがろうという町人たちもいた時代、(勝海舟の勝家もそうだし、その本家の男谷家も検校あがりである)召放ちにされる、つまり御家人の地位を奪われるというようなことがあったのか。勿論考証はしっかりしているだろうからないことをでっち上げてはいないだろうけど、そういうケースははじめて聞いたので驚いた。
あるいはこうも思う。本当は御家人株を50両で売り払ったのかもしれない。しかしそれでは面目が立たないので(買った側の話は勝をはじめよく聞くが、売った側の話は実は聞いたことがない)、「召放ち」、すなわちリストラされたのだ、と言っているのではないかと。作中の事情にそんなに突っ込んでも仕方がないが、心にとめておけばどこかで答えがわかるかもしれないと思う。
***
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大江健三郎『新しい文学のために』(岩波新書、1988)を読み始める。これも奈良裕明『長編小説のかたち』で推薦されたいたもの。正確には奈良の本には『新しい小説のために』という本だと書いてあったので別のものかもしれないのだが、図書館にはこれしかなかった。
大江健三郎の小説はほとんど読んだことがない。大体生理的に受け付けない感じがする作品が多い。ちゃんと読みとおしたのは短篇「奇妙な仕事」だけだ。あとはノーベル賞受賞講演の『曖昧な日本の私』は読んだが。
文芸理論とか文学の原理とかいう話が出てくる。「自分が眼の前の本を受けとめ、批評をおこないすらもする、そのために<客観的な尺度>(原文傍点)というものがほしいと、切実に思ってきたことでもある。」
この言葉を読んだとき、私は<客観的な尺度>などという考えは文学とか小説というものに対する冒涜なのではないかと思った。文学が人生を描くものであるなら、つまりは<人生というものを評価する客観的な尺度>が必要だと言っているように思えたからである。もし体制がその<客観的な尺度>を採用したら、その尺度から外れた人々は無価値な存在とされてしまうし、それはファシズムそのものだろう。
しかしまあ、考えてみれば、客観的な尺度そのものを別々に個人個人が持っていても言い訳で、そうなればそれは<より一般性のある主観的な尺度>くらいに考えておけばいいのかとも思って落ち着いた。少しは一般性がなければ評価を共有することは出来ないし、またその評価自体の妥当性について語り合うことも出来ない。
大江は、「ぼくは、十年前より明らかな切実さで、(中略)若い人たちに対して、自分としてのメッセージを語りたい、という気持ちをいだいている。(中略)そして彼らに望みをたくしつつ自分としての考えを述べるとして、ぼくはやはり文学の原理・方法論の言葉で語りたいと願うのである。」という。つまりその「文学の原理」とか「文学の方法論」というのが<客観的な尺度>というものだと言っていいのだろう。
これは近代欧米的な考え方だなあと思う。つまり理論で語ることによって、文学の畑にいる人だけでなく、より多くの知的階級もこの議論に参加できるようにしようというところがあるのだと思う。そういう考え方もまあ分らないではないが、理論化できない感性の部分こそに人生の意味が宿るのだし、「科学的な理論」なんてものを基本的には信じない(科学というものもすべては仮説の集合体であるし)ところが私にはあるので、それだけで眉に唾をつけてしまうのだが、まあしかしそういう共通言語を入手しておくことに意味がないわけではないし、マルクス主義を信じなくてもマルクス主義を知らなければ批判できないのと同じでそのことについても語れた方が便利な側面はあるだろう。
またこちらが気が付かないけれどもなるほどと思う知見もあるような気がする。「文学は世界のモデルを作る」などという章立てをみると、期待通りの内容かどうかはわからないが、面白いことを書いてある気もする。
まあそういうわけで、以上は大江健三郎を読んだ感想というよりは、読む前に自分が彼にどういう偏見を持っているかということの総ざらえのようなものだ。読むのに抵抗を感じる作家の作品を読む前にはこうやって事前に毒吐きをしておいた方が虚心に読めるかもしれない、とこの文章を書きながら思った。
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