サカサクラゲは実在する/ロシアの力/パバロッティとアンジェラ・アキ
Posted at 07/09/12 PermaLink» Comment(2)» Trackback(0)»
昨日。家を出るときには読むものは『カラマーゾフの兄弟』第1巻(古典新訳文庫)だけを持って出かける。大手町の丸善で『コミックガンボ』の35号をもらい、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』第2巻(古典新訳文庫、2006)を買う。
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特急の中で『ガンボ』を読む。日高トモキチ『トーキョー博物誌』今回はクラゲ。アーチストにはクラゲマニアが多いとか、逆さクラゲといえば温泉マークの隠語だが、実際に「サカサクラゲ」という種も実在するという話が可笑しかった。荒俣宏も飼っていたことがあるのだとか。見たところイソギンチャクのようで、鹿児島以南の暖かい海に棲み、直径4~15センチ、あまり動かず砂底に逆さになって拍動しているのだとか。勉強になった。クラゲに刺されたらピンセットや手袋で慎重に触手を取り除き、抗ヒスタミン剤などを塗って病院へ行けとか、食用クラゲの代表が備前クラゲと越前クラゲだとか、なんだか今回は実用的な勉強になった感じ。
あとは足立淳「人間噂八百」。芸能人等の噂話を取り上げる作品だが、今回は中島みゆき。中島みゆきは70年代から00年代まですべてにオリコン1位を持つ唯一のソロアーチスト、というのははじめて知った。吉田拓郎の大ファンだったとか、「狼になりたい」を歌ったとき、吉野家が制服一式をプレゼントしてくれたそうで、ノリノリの中島みゆきはそれを来てオールナイトニッポンのスタジオに入り、ゲストのユーミンと初対面したとか、ミーハー系のノリのいい話が多くて意外だった。まあ実際、そういう面がそういう面であればあるほど、心の中で拾い集めなければならないものが増えるんだろうなあとは思うけど。ちょっと調子が悪い感じで、特急の中ではけっこう寝ていた。
『カラマーゾフの兄弟』。今までだいぶ長い間敬遠していたが、読み始めてみたら案外読みやすいかも、と思った。今1巻の114ページ、第1編「ある家族の物語」を読み終わり、第2編「場違いな会合」の2「老いぼれ道化」を読んでいる。なんとなく勘違いしていたのだが、この作品はアリョーシャが主人公なのだ。
今までに印象に残っていることを二点。
「そう、彼はよくわかっていた。労苦と悲哀、そしてなんといっても、いつの世も変わらない不正や、自分だけでなく、全人類の絶えざる罪に苦しめられているロシア民衆のおだやかな魂にとって、聖物もしくは聖人の姿を目にし、その前にひれ伏して拝むこと以上に大きな望みや慰めはないのだ。『たとえわれわれが罪や偽りや誘惑にまみれていても、この地上のどこかに、聖なる至高のお人がおられることに変わりはない。だからそのお人のところには真実があり、そのお人なら真実をご存知だ。つまり、この世の真実はまだ滅びておらず、いつかはわれわれのところにも真実が訪れて、約束通り地上全体を支配するようになる』――民衆がそのように感じ、そのように考えてもいることをアリョーシャは知っていたし、わかってもいた。」
この地上のどこかに聖なる至高の人がいる。それはロシア的な確信、あるいは狂熱的なカリスマ信仰とでもいえばいいのか、そういう「地上の神」が世界を「約束の地」に変えるという確信は、なぜロシアに最初にある種メシア的な社会主義国家が生まれたかということを説明しているんだろうなあと思った。
ドストエフスキーはやはり、ロシア的な特殊性というものを描こうとしている。ロシアが持っている力がどういうものかを描こうとしている。プーシキンがロシア的な美しさについて書いたのと対照的に。ただ、美と力と、その両方がないと一つの国の持つ魅力というのは描ききれないだろうなあと思う。やはりプーシキンを読んだらドストエフスキーも読まなければだめなんだなあと思った。
トルストイもほとんど読んでないからなんともいえないが、トルストイは普遍志向というか、ことさらロシアにこだわった感じはあまりしないけれども、トルストイがある種西欧派であるとすればドストエフスキーはスラブ派ということになるんだろうと思う。ただ、トルストイも欧化主義というわけではないし、このへんのぶつかり合いは面白いと思う。
日本だとどうだろう。日本の美しさ、をいうものを描こうとしたら谷崎とか川端康成とかになるのか。日と力と両方描こうとしたのが三島か。でも基本的には美だな。力というのは結局もっと土俗的なものに求めるしかないのか。現代では笙野頼子、少し前では中上健次とかか。諸星大二郎なんかはかなりそういうものだと思う。しかし多分、日本の持つ本当の力というものは近代性によってかなり厳重に封印されているんだろうという気がする。日本的な美の洗練が王朝文化だとしたら、日本的な力の洗練はやはり武家の文化だろう。武家も最初は土俗性が強かっただろうが、力というテーマにおいて相当洗練が進んだということ(つまり武術等)はあると思う。そのおそるべき力を本当に描ききった作品は、多分まだないだろうと思う。
もう一つ印象に残ったのは、今読んでいるところのフョードルのゾシマ長老に対する長広舌。暴力的でかつ卑屈な道化的存在、というものをほかの作品で読んだことがあるかなあと思うと思いつかない。『嵐が丘』のジョーゼフも印象的だったが、『カラマーゾフ』のフョードルも、なんというかある種人間像の極北だ。
文学において人物描写というのはどういう意味を持つのだろう。カラマーゾフの主人公がアリョーシャであるなら、それを取り巻く人々の強烈な人物描写は、主人公と対照される。物語にリアリティを加えるとか重みを加えるという技術的な問題としてはわかることはわかるが、それだけではないだろう。強烈な人物描写ができるということは、作者自身がその登場人物に対してある種の共感を抱いているということでもあるはずだ。意識上では排撃していても、無意識下ではその内面に至る通路が確保されているから描けるのだと思う。
ドストエフスキー自身も病的なまでに賭博狂だったということは小林秀雄が書いていて読んだことがあるが、そうした自分自身の中身をさらけ出すことによって宇宙を構築するという意志はあるのだろう。『嵐が丘』がスピリチュアルな作品だとしたら、『カラマーゾフ』は宇宙的な作品だ。<宇宙>より<世界>の方がいいかな。よくわからない。
フョードルがディドロを槍玉に挙げて冗談を言いつづけるところはけっこう可笑しい。ディドロといえばイコール「無神論者」なんだな。そのディドロをさんざん虚仮にするところはなんだか可笑しいのだが、ああそうかそれはミウーソフへのあてつけなんだ。(ややネタバレ)
***
郷里について荷物を整理しながらFMをつけたらパヴァロッティの特集をやっていて、堪能した。その際放送は今朝やっていたが、あの「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」や、「フニクリフニクラ」「帰れソレントへ」など、彼の歌で聞くとこんなにもいいのかと改めて思った。ライブ録音なので、いつまでも拍手が続く。彼の葬儀では「ブラボー!」の声が飛び、拍手が鳴り止まなかったという。湿っぽい葬儀もいいが、そういうのもオペラ歌手にふさわしい葬儀だなあと思った。
午後から夜にかけて仕事。今ひとつ忙しくないという感じか。夜は夕食を取りながら『プロフェッショナル』で海上保安庁の救助ヘリの操縦士の話。ホバリングの難しさを知る。寝がけにまたFMをつけたら、サウンドストリートがアンジェラ・アキのDJだった。19日に出る新しいアルバムから何曲か紹介されていた。最近の曲より以前の曲の方が好きなのが多いのだけど、アルバムの中にはいいなと思うのもあった。
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かなり激しい雨が降っていた。布団をしっかり掛けて寝る。涼しいというか、下手をすると寒い。そのせいかかなりよく眠れた。夢の中で、町長に選出されてしまった普通の女の子、という夢を見た。明らかに東京なのだが、なぜかコンビニで開票作業が行われている。しかも立候補もしていない。なんだろ自治会のこととかが頭にあったのか。当選してしまって困ったなあという顔をしていたが、当選したらやる気になってたみたいでなんだか可笑しい。こんな夢は最近見てなかったなあ。だいぶ社会性が戻ってきたということなんだろうか。
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"サカサクラゲは実在する/ロシアの力/パバロッティとアンジェラ・アキ"へのコメント
CommentData » Posted by Noko at 07/09/12
ドストエフスキーが出てきたので嬉しくなってコメントします。カラマーゾフは岩波版で3回は読みましたけれど、うぅむ、ちょっと重厚すぎたかな、という感じです。でも、ドストエフスキーの世界は大好きです。いちばんは罪と罰、なんですけれども。なぜでしょうか、高校生のころ、中村白葉訳で読んで以来のファンです。訳はいくつか読み比べましたけれど、古典新訳文庫はまだ手を出していないです。そもそも最近本を読んでいないので・・・。
トルストイはなんとなく、「お高くとまっている」感じがして、(これもなんでだかよくわからないです。アンナカレーニナとか、別に、高尚な話でもないと思うのですが)ドストエフスキーのほうが「なま」な感じで、登場人物の弱さとかどうしようもなさがせつなかったりいとおしかったりするのでしょうか、読んでいてひきこまれます。高校時代にはまった結果、大学生になって、理系にもかかわらずロシア語に挑戦しましたけれど、これはまったく身に付きませんでした。
なんとなく自分語りをしてしまいました。それでは、また。
CommentData » Posted by kous37 at 07/09/13
コメントありがとうございます。
そうですかドストエフスキーがお好きですか。
わたしはNokoさんもおっしゃるように、ちょっと重厚すぎる感じがして今まで敬遠していたのですが、読んでみると今まで読んだものとはまた違う感じがしますし、案外構成としてそうわかりにくいわけでもないなと思い、ぼちぼち読んでいます。安倍辞任ショックで止まってしまいましたが。(笑)
や―トルストイがお高くとまっていると言うのは、多分そのとおりだと思います。(笑)
中村白葉はプーシキンの『大尉の娘』を読みましたが、なかなかいい訳だと思いました。でも古い訳は最近はちょっときついなあと言う気がしてしまいますね。
私もロシア革命関係でちょっとロシア語をやりましたが、今では辞書を引くのもちょっときつい感じです。(笑)