実感信仰と理論信仰/プリンシプルのない国
Posted at 06/07/28
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昨日。丸山真男『日本の思想』を読む。この新書は「日本の思想」「近代日本の思想と文学」「思想のあり方について」「「である」ことと「する」こと」という四つの文章が収録されているが、うち「日本の思想」を読了し、「近代日本の思想と文学」を読んでいる。
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昨日も書いたが、丸山という人は凡百の戦後民主主義論者と違い、非常に切れがいいし、論理の構築もすごいと思うところがある。議論は最終的に西欧文明の直輸入に由来する「理論信仰」と農村共同体の人間関係から立ち上がる「実感信仰」についての議論となり、政治、なかんずくマルクス主義の理論の強烈さと「実感信仰」の文学の対比という図式が出来てしまい、そこに議論が集中した、ということはあとがきを読んで知った。まあそれは可笑しいのだけど、そういうふうになることは理解できる。現在の文学でも「戦争の悲惨さ」をうたうような意味での「実感信仰」はなくなることはないし、日本の思想傾向はどこまでも「理論信仰」と「実感信仰」の二分論は有効でありつづけるのではないかという気が、少なくとも現状ではする。
これはたとえばサッカーでも一部に「戦術信仰」、3-4-3とかそういうフォーメーション、戦術のことばかりを問題にする人たちが(それも多数)いることなどを考えると、形を変えて現在でも強く存在するなと思う。彼らはトルシエを支持しジーコを排斥したわけだが、実に皮相だという印象を私などは免れ得なかった。かといってサッカーにおける実感というものはおそらくは子どものころからの貧しいストリートでのボールの奪い合いで育ったマルセイユのジダンやリオデジャネイロのブラジル選手たちなどでなければなかなか生まれないだろうし、そのあたりでの自然発生的な実感というのは日本では弱いのは実情だろう。だからこそ戦術至上主義に思考が傾くのも、ある意味わからないことはない。しかしそれも一つの極端主義だと思う。
結局丸山が何を言いたかったのか、というと、わたしは要するに日本には「規範意識」がない、ということに尽きるのではないかと思う。つまり、あらゆるものを判断するのに基準になる規範、クラッシック、というものである。議論が積み重ならず、ただ平面的、空間的に配置されるに過ぎないことなど、「規範」というものも歴史の中で少しずつ新しきを取り入れ古きを捨てるものであるが、少なくとも思想に関しては日本には規範というものが欠けている、ということはまあそうだろうと思う。その規範意識をどのようにつくっていくかという建設に関してはおそらく私と見解は一致しないと思うが、強靭な規範が育たず、「理論」と「実感」の二つの信仰の間を揺れ動いているのが日本の姿だ、という指摘は相当な度合いでその通りだと思う。
それは別の言葉で言えば最近評判になっている白洲次郎の言う「プリンシプル」だろう。原理原則、と言ってもいい。白洲には『プリンシプルのない日本』という著書があり、これは読んではいないのだが、いいたいことはそういうことではないかと思う。
ジーコは自分で考えるサッカーと言い、オシムは日本らしいサッカーと言う言い方をするが、つまりはそういう日本的なプリンシプルに基づいたサッカーと言うことだと思う。逆にいえば日本にプリンシプルがないのだとしたら、サッカーを通じてそれを作っていくということになるのではないかという気が私にはする。
実際これは根深い問題であって、現段階でも日本人はその分裂についてあまりに自覚していない。つまり、実感を取るか理論を取るか、の二分法が今でも使われていると言うことである。昔はマルクス主義理論に対してイエスかノーか、であったが、現代は市場主義に対してイエスかノーか、になっている。市場主義が必要なら日本的現実に合わせてそれをどう実施していくかということに「汗をかく」ことが必要なのだが、そういう努力はほぼ官僚に任せられていて、それじゃあ官僚が自分たちは日本運営の要諦を握っている権力神殿の司祭だと思い上がってしまうのも無理はない。だからと言って本当にそれがうまくいっているかというともちろん現状にはさまざまな問題が発生しているのだが。
つまり実感にもつきすぎず、理論にもつきすぎないためには現実主義と理念に基づいた規範、伝統と言うものが欠かせないのであり、そうした中庸を採ること、常識の重要性というものを丸山はいっているのだろうと思うし、そのあたりは全く同意できる。また常識という言葉の常識的な意味があまりよくなかったりして、そのあたりはなかなか表現に困るのだけど。
まあしかし分析は分析として、現実問題としては、現在の戦後の現状より戦前の方がまだ規範意識がしっかりしていたと思う。「規範」を完全に殺したのはやはり「戦後の混乱」だと思うし、占領軍に拭い去り難く押し付けられた「敗者意識」であったと思う。そのあたりのところを脱しなければ、日本が現状の混迷を本当に抜け出すことは難しいだろう。
しかしそれにしても丸山の著作はどのように受け取られているのだろうか。『「日本の思想」を読む』とかいう本もあるようだし、そういうのを見ると丸山自体が聖典化されて神棚に祀られているような気もしないではないが、少なくとも丸山が言っていることの射程は長いし、拳拳服膺してひれふすのではなく、問題提起として受け取らなければ意味がないと思う。
もう一つ読んでいて思ったのは、天皇制に言及している個所は私なりに考えたり勉強したりして一定の考えをもっているので内的な会話が成り立つのだが、農村共同体に言及しているところではちょっと途方に暮れてしまうところがあった。自分の体験を寄せ集めただけでは農村共同体のイメージというものを再構成することは出来ないし、そういう意味では勉強が足りないなと思わざるを得なかった。つまり反駁したいような気も賛同したいような気もどちらもあるのだが、「あまり知らない」ことによってそれ以上内的会話が成り立たなくなってしまうのである。文章になっているもので知識を得ることは出来ても、どういうものだったかという実感を得るのは難しいだろうなあと思う。そのあたり、私の中の「実感信仰」の部分が刺激されているなと思うのだが。
ただ、社会階層の頂点(天皇制とそれを取り巻く部分)と基底(農村共同体)が実感信仰で、その間の広い範囲が理論信仰が幅を利かせているというのはまあおおむね当たっていると思うし、そうなると頂点と基底の部分を理解することが日本社会を理解するキーになることはいうまでもない。
まあ、いろいろ考えさせてくれる本であることは確かだ。
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