「統帥権の独立」を読んでいる/周りが勝手に神格化する日本人の推し文化と「ふつうの軽音部」の幸山厘/女性らしい華が開いてきた高市首相

Posted at 26/02/06

2月6日(金)晴れ

今天気を確認するために外に出たら月が綺麗だった。今日は旧暦12月19日。19日の月は、満月を過ぎて少し欠け始めたところだが、十分明るい。当地は1日晴れの予報で最高気温の予想は10度でかなり暖かいが、4時50分現在でマイナス1.8度。最近にしては高めだが、もちろん暖かいわけではない。それでもまだ旧暦だということは、「年のうちに春は来にけり」なんだなと思う。古今集の時代からこれは変わらない。

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昨日は手嶋泰伸「統帥権の独立」(中公選書、2024)を読み始めて、いろいろ考えた。考えてみると、日本の近代軍隊について起源からちゃんと考えたことはなかったかもしれない。いやもちろん、考えたり読んだりしてないわけではないが、その時々に軍隊の抱えていた課題みたいなものを意識して来なかったなと読みながら思ったということである。まだ16ページ/200ページなのだが、「軍の持つ専門性の評価」というのは特に成立の時代においては「武士」という軍事と政治を専門の職能とする階級=身分があった前近代の日本という国の特殊性から近代軍を作ることの難しさということは考えさせられた。

江戸時代における武士という身分におけるその職能=役割は番方(軍事=武官)、役方(政務=文官)、近侍役(主君の側近)とされていたから、主君に仕える武士はそれらをそれぞれ経験しながら出世するものだったわけで、そういう意味で文官と武官の明確な区分はなかったわけである。だから佐賀の乱などでは内務卿すなわち文官のトップである大久保利通が鎮圧の全権を握り陸軍卿の山縣有朋はそれに不満を持ちながらも従うしかないということになったという記述はなるほどと思った。

ヨーロッパの貴族階級もまた政治にも軍事にも関わったわけだが、伝統的な貴族たちは領地を持つ帯剣貴族でありいわば軍事と領地支配が本業であり、文官は法服貴族と呼ばれる市民階級から叙爵された人たちが中心になっていたので、おそらくは日本ほどその職能の分化に強い関心を持たずに済んだのではないかと思う。古い時期から大学が発達し、法学を学ぶという専門性がヨーロッパの文官の間で発達していたということも大きかっただろうと思う。

また、もう一つ大事なことは、ヨーロッパの王政諸国のように貴族が士官で兵士が雇用ないし徴募された平民という軍隊ではなく、フランス革命に始まる近代的徴兵制によって兵士を農民や町人から徴兵するだけではなく、士官学校も平民でも受験が可能にすることによってより国民的一体感のある軍隊を作ろうとしたということも大きいだろう。現実には士官学校やさらにエリートを養成する幼年学校を志願する者は士族が多かったとは思われるし、それが軍の雰囲気に与えた影響は多いだろうと思うが、奇兵隊以来の長州の平民ありの軍隊を経験してきている山縣有朋らには、士族意識を外すということの意味は大きかっただろうなと思った。

細かいこと(細かくはないが)で言うと、「長の陸軍、薩の海軍」とよく言われるのはなぜかと思っていたのだが、陸軍編成の中心になったのが大村益次郎・山縣有朋だったのはもとより、各藩の兵士を融合していく過程で薩摩のみがそれを拒否し西南の役につながったことが一つ。

それから薩英戦争を経験した薩摩が元治慶応年間に蒸気船を大量購入し、幕末には幕府の8隻に対し16隻とはるかに凌駕するほどだったことが明治後期まで影響してくるというのはなるほどと思った。坂本龍馬の亀山社中や海援隊も薩摩の力を背景にしていた部分が大きいわけだしと思ったり。

台湾出兵が最終的には事実上西郷従道の独断で行われたのならある意味満洲事変の先例だなと思ったり。これは台湾出兵が政治的な不平士族の主張に動かされ、正院内閣までも影響されて動揺したために山縣らは「軍の非政治化」を図ることになり、それが「統帥の独立」につながっていったと。不平士族がそれだけ政府に影響する力が大きかったということか。

文官が武官になることを禁止されるのは1888年、明治21年で憲法発布の前年か。軍人勅諭が1882年、士族出身の「政治的軍人」への戒めか。これも後世考えられるような原理的なものというより、士族的な政治意識を軍に持ち込まないということが主眼だったと考えるとなるほどと思う。

そういう統帥権の独立という課題が「政治と軍事の分離=軍から政治的な士族意識を排除する」「文官が士族意識から軍を指揮するという事態を排除し、軍人の専門性を確立する」ということに由来するというのはあまり考えたことがなかったが、ヨーロッパでも多かれ少なかれ軍事に口を出す文官貴族というのはいたと思うのだけどその辺が日本と比べてどうだったのかは調べてみると良いかもと思った。少なくとも統帥権の独立は軍事的な指揮のレベルで政治の介入を排除するということが主眼であって、軍が政治を無視して勝手に行動することを肯定するためのものではなかったことは確かだろう。

この辺は明治国家の国家システムの問題だが、私が考えたのはもう一つある。

日本の戦前の失敗は「統帥権の独立」と軌を一にする、つまり「軍人に政治的意識を持たせない」ために「軍人を純粋培養」したことによって、いろいろな政治的見方に免疫を持てずに、返って偏った政治的意見を強くもち、政府を軽んじるような軍人を多く輩出するようになってしまったことがあるのではないかと思った。これは長野県で起こった「教員赤化事件」と似たところがあり、師範学校という閉鎖された場で純粋培養された訓導たちがマルクス主義の影響を強く受けてしまった事件で、内容は違っても「純粋培養の危険性」という点では共通するように思った。

また士族出身の軍人が多かったということが、武士の主従観を現実の天皇に投影し、人間としての天皇自身が持つ意識とはかなりかけ離れた天皇像を持つようになった、つまり「天皇に忠誠を誓う軍人」という構図が現実の天皇を超えた「理想の天皇像」を作り上げて、それに合致しない現実の天皇以下の政府を軽視するような構図が生まれたのではないかと思う。「天皇の赤子」であるとか、万葉集の時代の現実に天皇自身が軍を率いていた時代の天皇像が投影された神格化がもたらした歪みといえばいいか。

天皇権力の強化と軍の存在意義の強化のために天皇の神格化が行われ、神格化された当人がそれについていけないという構図が生まれたということだろう。昭和天皇が「天皇機関説でいいではないか」と言ったような話である。

世界の独裁者が神格化に成功するとどんどん無慈悲に弾圧を行っていくのに日本の場合はそうはならないのが面白いと思った。むしろ神格化された側が自分の意思と違うと苦慮し始める。その結果八月十八日の政変や二・二六事件が起こる。

この「周囲が勝手に神格化する」という現象はマンガ「ふつうの軽音部」でも取り上げられていて、ベースの幸山厘がギターボーカルの鳩野ちひろを勝手に神格化して鳩野が迷惑がったりするわけだが、同じジャンププラスのマンガ「気になる来見さん」では、クールな美少女の「来見さん」が外見はしれっとしながら内実はめちゃくちゃ「藤森君」(陰キャ)に執着して藤森に関する物を収集し、それが藤森君にバレてドン引きされるみたいなことと似ていると思った。幸山は神聖視を公言してるから逆に尾を引かず、ギャグとして成立している、みたいな感じ。

で、考えているうちに「周囲がある人間存在を勝手に神格化する」というのはある意味日本人の特性である気がしてきたわけである。「推し」とかもそのバリエーションではないか。日本でアイドル文化が他国に比べて盛んなのもその辺があるのではないかという気がしたわけである。

つまり「勝手に神格化」≒「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」(三島由紀夫「英霊の聲」)なのではないか。ここはかなり日本人の神聖観・死生観=エロスとタナトスにかなり関わる。そうなるとギャグみたいな幸山厘の存在も日本人の「俗すなわち聖、聖すなわち俗」みたいなところと深く関わるかもしれないと思う。

「あの暗い世に、一つかみの老臣どものほかには友とてなく、たつたお孤りで、あらゆる辛苦をお忍びになりつつ、陛下は人間であらせられた。清らかに、小さく光る人間であらせられた。それはよい。誰が陛下をお咎めすることができよう。」≒「はとちゃんは普通の女の子。それはとても普通でありふれたこと。だからはとちゃんは唯一無二の神なんだね」

「国民は天皇の赤子」という表現を修辞ととらえるか真実ととらえるかでその意義は全く変わってきてしまうのだが、やはり普通は修辞ととらえると思うのだけど、軍人という生命を賭す職分にあっては、それは文字通りのものと捉えられてもおかしくはない、ということもあるだろう。

「二・二六事件」などを書いた河野司によれば三島へのインタビューで「蹶起将校一同は全員自決を決意し、自決に際しては、せめて勅使の差遣を仰ぎたい旨の懇願を、本庄侍従武官長を通じて奏上した。この最後の願いに対する陛下のお言葉は、「陛下には非常なる御不満にて、自殺するなら勝手に為すべく此の如きものに勅使など以ての外なりと仰せられ」と、「本庄日記」にある。これは私達が天皇に抱く不抜の信念からは、どうしても理解ができない。」と言っているのだが、私は「本庄繁日記」に出てくる昭和天皇の発言というのはどうもあんまり「本当か?」という気持ちがある。

何というか書き手の悪意が感じられると言えばいいか。私は永田鉄山について調べていた時期があり、本庄日記も読んだのだが、永田が暗殺された日に当時の昭和天皇は水練をしていたようなのだが侍従武官長の本庄に「今日は水練に行っていいだろうか」と尋ね、本庄がまとめて言えば「いいと思います」と答えているくだりを読んで永田への書き手の悪意を感じた覚えがあるからなのだが、つまりあまりに党派性が感情に現れ過ぎていて、それが昭和天皇の言動の描写に反映ているのではないかという感じが拭えないと言えばいいだろうか。(以上Wikipediaの「英霊の聲」の項を参照)

「統帥権の独立」が弊害をもたらした背景には「天皇の過度の神聖化」があり、その背景には日本人の「神聖なるものを現実存在として必要とする死生観」みたいなものがある、という風に考えればよいか。「神聖なるものそれ自体」よりも「神聖なるものを祭り上げていくことに熱狂する日本人の民族的心性」みたいなものというか。その中心にあるものはある種台風の目のような空虚であることも多い。これは「司令官よりも参謀になりたがる国民性」みたいなものにも通じるか。など。

この辺、白洲正子が確か「かくれ里」で書いていた、「日本の神は信仰されることによってしかその身を保つことができない脆弱な神だ」ということにも通じるのだよなと思う。

つまりは、少なくとも日本人の場合は、「信仰」の世俗化した形が「推し」だと言っていいのではないかと思う。この辺りはまた別に考えた方が良いかもしれないが。

ただ、現実存在を神として崇める思想が世俗化して「推し」になり国民的人気を集める一方で、同じ存在がアンチキリスト視される反転も生み、「アベシネ」現象や戦後左翼による天皇否定などにつながりもしたのだろうとは思う。安倍元首相暗殺事件も山上被告自身の問題というより、その背景にある安倍シネ現象の方がより根が深いということになるかもしれない。

昭和陸軍の暴走は、参謀総長が閣議に参加するような制度にしていたら問題は起こらなかったのではという気はする。ただ閣議に毎回天皇が出席しなければならなくなり、そうなると御前会議的なものが常設となってしまうのでそれも難しいかと考えたり。

まあまだ少ししか読んでないのにいろいろ考えたので後もいろいろ出てきそうだが、とりあえずこの件に関しては今日はこのくらいで。

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高市首相は「女」を前面に出していないところが好感が持てるし、逆に言えばフェミニストにはそれが気に入らない、ということはあるだろうと思った。

https://x.com/ueno_wan/status/2018669113011576918

https://x.com/kingbiscuitSIU/status/2019199122272890925

一方で、高市首相は印象の強い青いスーツを着て、メローニ首相とハグしたり、キムタクとかにミーハーっぽいところを見せたりなど、現代女性っぽい雰囲気をうまく見せていると思う。首相になってからずいぶん「華」が出てきた。ホクホクとか「失言」はあっても小池都知事みたいに「よけいなこと」を言わないのもいい。

去年から今年にかけて生まれた女の子、「サナエ」という音の名前の子がどれだけ増えるか。日本人の国民性にはほんと「推し活」がある気がする。

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今日は母を松本の病院に連れていくのでこの辺で。


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