お正月/ジャンププラス金曜日の充実/「臣道」とは何か「皇道」とどう違うか:「国家神道と日本人」/中国による日本の平和愛好国家認定:「日中外交秘録」

Posted at 26/01/02

1月2日(金)晴れ

今朝の今のところの最低気温はマイナス5.1度。結構冷え込んでいる。昨日は午前中に母を施設に迎えにいき、実家に戻っておせちなど。お年玉を渡して今年の抱負など一人一人行ってもらったが、一人調子を崩して寝込んでしまったりして、まあいろいろごたごたしたり。それぞれの予定がいろいろ変わったりして、私も夕方少し休んだりしたが、夜はお汁粉におせちの残り。また少し休んだ後、寝ていた子が起きてきてお年玉を渡したり抱負を聞いたり、皆で百人一首をしたり、トランプをしたり。私は早く、と言っても11時ごろに寝た。

今朝起きたのは5時半ごろだったが、支度をして居間に降りたら妹と朝早く帰る子がもう起きていて、少し話をして私は車で出かけ、セブンでボスのカフェラテを買って作業場に戻り、古楽の楽しみなど聞きながらブログ/noteを書く準備。部屋の中がめっちゃ冷え込んでいて、普通に作業できる時間になるまで時間がかかり、またMacBookAirの調子が上がるまで待ったり。

https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913049139815

その間にジャンププラスを読んでいたが、金曜連載はフルスロットルになってきたというか、いつものように「人喰いマンションと大家のメゾン」は面白かったけれども、新連載2回目の「春雷卓球」も面白かった。

https://shonenjumpplus.com/episode/17107094913049139796

前作の「デビィ・ザ・コルシファは負けず嫌い」はアイデア勝負というかギャグの面白さだったが、今回は割とストレートなスポコンで、キャラが変な方向に立っているのは共通しているけれども、こんな勢いで持っていくタイプの作品も面白いとは思わなかった。そのほか、「ゴーストフィクサーズ」「ルナティック・テラポップ」もずっと読んでいるので、金曜日はかなり面白くなってきた感じである。

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島薗進「国家神道と日本人」、第一章第一節8ページ/237+xivページまで。「はじめに」と第一章「国家神道はどのような位置にあったのか」第一節「「公」と「私」の二重構造」まで読んだ。

内容としては真宗僧侶として有名な暁烏敏の議論から、公的には教育勅語など国家的な信仰体系を重んじ、私的には浄土真宗の信仰を選ぶという形の実践を行なっていることについて述べていて、つまりは「神道は宗教ではない=祭祀の体系である」という明治政府による国家神道の基本的な定義から「日本人が無宗教と称するが神社仏閣に参ったり神の存在をなんとなく信じている」ことにつながることや、戦後のGHQの「神道指令」によって「国家神道は宗教ではない超国家主義思想」と認定され廃絶の危機に陥ったことにつながることについての前提となる話を具体例としてあげているという感じである。

この辺りの話自身は今まで読んできたことに大体は重なるので、読んでいて面白かったのは暁烏敏という宗教家の国家神道と自身の真宗信仰との両立の有様であるとか、彼の書籍の「神道・仏道・皇道・臣道を聖徳太子十七条憲法によりて語る」という本の題名そのもので、その辺りが興味深かった。

というのは、神道や仏道は当然ながら、また皇道というのも陸軍のいわゆる「皇道派」などという名にあるように、天皇主義というか天皇信仰のようなものとして認識はしていたけれども、臣道というのはわかったようでわからない言葉だなと思っていたからである。

この臣道という言葉の具体的な使用例としては、近衛文麿が大政翼賛会を組織しようとしたときにどの政党も先を争って参加しようとして解散し、近衛の一党独裁政党の綱領発表を待っていたら、近衛自身が最終的に綱領は「「大政翼賛の臣道実践」ということであり、「上御一人に対し奉り、日夜それぞれの立場において奉公の誠をいたす」に尽きると言い出した、という自分の中での認識だった。

で、暁烏敏によれば皇道とは天皇自身の道であり、それに従う臣民の道は皇道と呼ぶべきではなく臣道あるいは臣民道と呼ぶのがふさわしい、と言っているのだそうで、この絵もこの議論を踏襲したのだなと理解したわけである。

この言葉の初出は藤原頼長の日記「台記」の「顧レ私忘レ公、無レ忠無レ礼、於二臣道一不レ可レ然」だと「精選版 日本国語大辞典」の引用として出てくるようだが、この時代を考えてみると「平家物語」に平重盛の逸話として「忠ならんと欲すれば孝ならず」が出てくるように君臣の義というものについての議論があったのかなと考えたりした。

それはともかく、皇道と臣道の違いの説明としてはなるほどというものがあった。

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「日中外交秘録」243ページまで。この辺りで重要なのは第一次安倍政権の訪中の際の「日中共同プレス発表」が重要だというのはよくわかったのだが、この文書の重要性は「日本戦後の平和国家としての歩みを中国側が評価する」という表現があったことだそうで、下のような感想が今でもあることから考えるとかなり重要な話だと思った。

https://x.com/bci_/status/2006526995673526663

もう一つは台湾問題が記されていないことだそうで、これはおそらく当時の小泉首相靖国神社参拝「問題」や反日デモに頭を取られて入れられなかったのだろうという見解がなるほどと思った。やはり日本側ももっと後世に出たほうがいいのだなという実例ではあると思った。

もう少し考えたいところではあるが、時間がなくなってきたので今日はここまでで。

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