「鎌倉殿の13人」:第22回「義時の生きる道」を見た。最後に納得させられる展開だった。/雨/「感受性を整える」

Posted at 22/06/06

6月6日(月)雨

今朝は夜中からずっと雨が降っている。時々小止みになって上がってくれるかなと思っていたらまた強くなる、という感じの繰り返し。今日は母を歯医者に連れていくのであまり雨が激しいと予約を変更しないとならなくなるのだが、まあ連れていく時間だけでも小止みになってくれたらありがたいのだが。

気温も結構下がっているが、やはり6月なのでそんなにすごく低いわけでもない。暖房をつけるかつけないか迷うくらいだし、朝入浴して着替えたらその後で汗をかなりかいてしまって帰って冷やしてしまいそうな感じ。旧暦では5月8日、二十四節気の芒種。田植えの季節、梅雨の始まり。これから天気の悪い日も多くなるだろうけど、草刈りができないうちにどんどん生えてしまうのだろうなあといろいろ考えたりする。

昨夜は11時ごろにベッドで寝たのだが、2時に一度目が覚めてしまい、手洗いに行った後あまりちゃんと眠れないうちに4時くらいにまた手洗いに行き、体のこういう状態は気持ちの問題だよなあ、と思ってみて、気持ちっていうか感じ方の問題だなと思ったのだけど、感じ方ということはつまり感受性の問題だよな、と思い至り、身体の「感受性を整える」ことが大事だなと思い至ったのだった。整体というのは体を整える、ないしは整った身体ということだが、若い頃から整体の道場に行くと「良い身体ですね」とよく言われたのだけど、それはつまり「感受性のいい(鈍くない)身体」だということで、まあ若い頃はそう言われて良い気になっていたが、最近になってくると精神的・肉体的な(特に精神的な)外的刺激に左右されすぎだと感じていて、自分なんかのタイプにとっては特に「感受性を整える」ことが大事なのだなと改めて思った。

そのように整理してみると割と体が自由に動く感じになったし、散らかっている部屋も夕食のままになっていた流しもさっさと片付けられたので、感受性がまとも、というか整っていると身体の動きが活発になるなと思った。私はサウナには行かないからよくわからないが、サ道でいう「整いました」というのもこういう感じなのかなと思ったり。まあよくわかりませんが。

昨夜は「鎌倉殿の13人」第22回「義時の生きる道」を見た。冒頭で八重が死んだことを知った義時が天罰だと自分を責めていると義村が「そんなふうに考えるな」と言い、義時が「最後に何か言ってなかったか」と尋ねると、そう言えば気になることを言っていた、「私は後悔していません、十分楽しかったしとっても満足」と。と答え、義時は少し心の拠り所を得た感じになる。この辺りのドライだが義時の気持ちをちゃんと汲んで発言する義村は、そのドライさが返って繊細な義時を力付けている感じがあり、人間関係の妙のようなものを感じた。

https://www.nhk.or.jp/kamakura13/story/22.html

そんな中でもドラマは歴史に沿ってどんどん展開していくわけだが、八重の死は建久元年(1190)の頼朝の上洛前ということになるから11月に頼朝は義時を伴って上洛し、後白河法皇と会談して正式に守護地頭を置くことを承認させ、摂政・九条兼実と連携していくことを確認する。この法皇との会談の場面について頼朝の大泉洋さんが、法皇と対峙した頼朝の緊張感というのは西田敏行さんと対等でなおかつ圧をかける芝居をしなければならない自分の緊張感と通じるものがあるのでは、と公式サイトの映像で振り返っていたのが印象的だった。

頼朝が「戦のない世を作る」とベタなことを言い、そのために武士を抑える必要があるから「協力」してくれというところが「政治とはこういうもの」という感じがあった。

この時頼朝は権大納言・右近衛大将に任じられ(鎌倉に帰る際に辞任)、位も正二位になっている(未確認)なので従一位の兼実とは1ランク違いであり、全国を牛耳る武力を持っていることもあり、位階的にもほぼ対等のところまで頼朝は上り詰めたことになる。1192年に後白河法皇が死去、頼朝は征夷大将軍に任命される。この任命の場面の頼朝と政子の喜びようは「バカップル」という感じだったが、「全ての武士の棟梁たること」を正式に任命されたという解釈にたてば、その喜びの深さはまあそうなんだろうなと思う。

さらに政子には次男の千幡(実朝)が誕生し、順風満帆という中で頼家のお披露目というような位置付けで建久四年(1193年)の「富士の巻狩」が計画されることになる。その仕切りを命じられたのは北条時政である。この回で2年半ほどの経過が描かれたことになる。

要は我が世の春を謳歌する頼朝であったわけだが、一方で義時はほとんど活動せず、八重の遺志を継いで孤児たちを育てるのに奔走するという設定になっている。その中では子供を育てる大変さと金剛(泰時)との心の触れ合い、それを身分の低い格好をして密かに援助する政子、みたいなところが義時パートの見所だったが、やはり重要になってくるのは鶴丸との関わりで、鶴丸を助けたがために八重(母)が死んでしまったことに対し、義時は「鶴丸を恨むな、母を敬え」と教えるのが義時自身の心情がよく現れていて良い台詞だなと思った。

また安達盛長の息子(景盛?)に鶴丸がみなしごとバカにされたのに対して金剛が反撃した際、事情を自分では言わなかったために、義時は「北条は力があるのだから、手を出したらダメだ」と教えるのにうなづくけれども、鶴丸が本当のことを言って義時が金剛の頭を撫でてやる場面も良かった。おそらく鶴丸はのちの平盛綱(得宗家内管領長崎氏の祖)になるのだろうと思うが、こうした義時や八重、泰時との結びつきから忠誠心の強さみたいなものが生まれてくるという話になるんだろうなと思った。あと、義時たちが帰ったすぐ後に手土産に手を出そうとする安達の息子が子どもらしくて良かった。

こうして義時が自分のことにかまけている間、頼朝もあまり無理に引っ張り出さないでほっといてやっているのが面白いなと思うが、その間に比企の娘・姫の前とのエピソードが描かれているが、この辺は吾妻鏡のエピソードとは全然違う展開になっているけれども、「頼朝の命」という形になっているのでとりあえずこれで婚姻は成立しているということなんだろうか。それにしても愛妻を失ったばかりで興味を示さない義時に対し、堀田真由さんがキツい性格の若い美人の役をそのままに演じていて迫力があった。

朝廷では後白河法皇が崩御し、後鳥羽天皇に「朝廷を守れ」ということと「楽しめ」ということを遺言する。後白河法皇は今様を愛して「梁塵秘抄」を編纂させたことで知られるし、後鳥羽天皇は藤原定家に命じて「新古今和歌集」を勅撰した人だからそういう方向のことかなと思ったが、「日本一の大天狗」である後白河法皇が後鳥羽天皇に対し「権謀術数を楽しめ」と言っているようでもあり、この先の朝幕関係に対する伏線でもあったのだなと思う。

一方頼朝が得意の絶頂であり、義時がしょぼくれている間にも御家人たちの不満は高まりつつあって、それが曽我兄弟の討ち入りも絡んで「富士の巻狩」で爆発する、という筋立てもなかなかすごいストーリーの作り方だなと感心した。

伏線は頼朝の上洛の時からあり、頼朝は工藤祐経に連れられて歌会で女性たちと交流?する一方、大江広元や義時、和田や畠山は頼朝がいないことにぶつくさ言いながらも広元の反公家の心情吐露をよしとしたりしている一方で、千葉や三浦義澄、岡崎らは不平を募らせ、期待を「聞く耳を持っている」範頼に寄せていくというきな臭さ。

義時たちの従兄弟であり時政の家人になっていた曽我兄弟が頼朝に御家人に取り立ててもらうことを図ったがうまく行かず、親の仇である工藤祐経を巻狩の際に討つ計画を立て、その後ろ盾に岡崎義実ら不満を持った御家人たちがいて、工藤祐経だけでなく頼朝も討つという大陰謀だった、という話だ。

時政と牧の方は曽我兄弟の仇討ちの志については支持と支援を表明するが、曽我兄弟はそれを超えて北条の兵を使って工藤だけでなく頼朝も討とうとしたわけであり、知らぬは父上ばかりなり、みたいな計画になっていて、それを打ち明けられた比企能員が「どっちに転んでも得」みたいに喜んだりしているのがらしくておかしかった。

上洛の際に御家人たちの不満について畠山が義時に告げ、また巻狩の準備段階になって曽我兄弟の策謀について察知した梶原景時が政所で米の帳面を見ていた義時に「お前の父が関わっている」と告げることによって、フリーでいた義時を否応なくこの事件に巻き込んでいく展開は、上手いなと舌を巻いた。

(よくわからなかったのだが政所で帳面を見ている義時に「お前がいると邪魔だ」みたいに言ったのは二階堂行政だろうか。)

「富士の巻狩」といえば歌舞伎でもよく取り上げられてきた曽我兄弟の仇討ちの場としてのみ認識してきたけれども、こうした大掛かりな陰謀があり、またそれを察知していた「防ぐ側」と「攻める側」の攻防というのも考えているとワクワクしてくる感じで、次回が大変楽しみになったのだった。

そして、「義時の生きる道」というサブタイトルについて考えると、孤児を育てたり福祉に生きるのではなく、政所で米の帳面を見たり官僚として生きるのでもなくて、こうした政治の現場において「正しい」方向に舵取りをしていく、頼朝が王であれば梶原は警察・検事であり、義時は判事というか捌き役に成長していく、特に次回予告では父の時政に対して「私に隠していることはないですか」と尋ねるなど、父をも超えた存在になっていくことが暗示されていて、すごくビビッときた感じがあった。

「義時の生きる道」というタイトルはなんとなくふわっとした感じだったが、ラストに来てなるほどこれしかないなと思わせられる、巧妙なタイトルであったと思う。

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