イギリスのEU離脱の世界史的位置づけと日本にとっての意味

Posted at 16/06/27

イギリスのEU脱退をめぐる動揺が続いています。

ただ今日は、他の角度からこの問題を見てみたいと思います。

そもそも、EUとは何なのか、ということです。

EU=ヨーロッパ連合のそもそもの出発点は、1951年に発足したヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)に遡ります。当時はまだ、第二次世界大戦が終わって6年後。サンフランシスコ講和条約が結ばれて、ようやく日本が連合国軍の占領状態から脱し、独立を回復したのは翌年の1952年になります。

ドイツの場合は米英仏とソ連のそれぞれ占領下で西ドイツと東ドイツが成立したため複雑な経緯をたどりますが、米英仏それぞれと相次いで戦争状態の終結が宣言されたのがこの1951年です。このECSC設立のパリ条約が調印されたときは、まだ英仏においてドイツとの戦争状態の終結が宣言される前でした。その状態の中でこの共同体が設立されたことからわかるように、このECSCはもともと、「ドイツの封じ込め」を目的としたものだったのです。

石炭と鉄鋼が問題とされているのは、ドイツの主要な産業がルール工業地帯における鉄鋼産業だったからであり、ドイツが経済復興を遂げて、生産過剰になりがちな鉄鋼の輸出を図ろうとする時に、市場を求めて侵略を始めることを警戒し、生産を抑制させることが大きな目的だったからです。

これは、ヨーロッパで二度に渡って引き起こされた破滅的な世界大戦を二度と起こさないための策で、以後一貫してヨーロッパの安定は「ドイツ封じ込め」によって実現されて来たと言えるわけです。

共産圏の東ドイツと直接に対峙する西ドイツが非武装と言うのは現実的ではないため、NATOの枠組みの中で再軍備が許され、一定の役割を演じて行くことになりますが、敗戦によって国土面積の大きな部分を失ってもドイツはヨーロッパにおける巨大国家であり、それ故にドイツに対する恐怖はずっと続いて来たわけです。特に経済復興を成し遂げ域内最大の経済規模になると、警戒心はより高まる。それを主立って封じ込める役割はフランスにならざるを得なかったので、イギリスがEUに参加してドイツ封じ込めに一役買ってくれることはフランスにとっても望ましいことだったわけです。

逆にドイツに取っても、ことあるごとに首をもたげるドイツ脅威論に対し、いくら口で平和国家と称していたところで最も強い経済を持つ国になってしまった以上説得力を持ちません。ですから、核を持ち経済もドイツに匹敵し軍事力も外交力も卓越したイギリスがドイツをおさえているという形が存在することによってドイツ脅威論が抑え込めることを歓迎していたわけです。

ですから、EUからイギリスが抜けてしまうと、ドイツとフランスの関係はどうしても微妙なものになってしまいます。ギリシャが金融危機の際に「ナチスの被害」を声高に訴えて緊縮財政の押しつけを避けようとしたように、ヨーロッパでは何かあるとドイツの侵略のせいにすれば自分たちの主張を正当化できる、という認識はいまだに存在しているわけです。

このドイツの立場はやはり、東アジアにおける日本の立場が痛いほどオーバーラップしてしまいます。

ヨーロッパにおいて世界大戦は「二度目」でしたし、ドイツは大陸の国で、冷戦中には最前線の国家でした。ドイツが再軍備を許され、日本が許されなかったのはおかれた状況が違うからだと言ってもよいと思います。また、日本国憲法が戦後のごく初期に制定されたことも大きいでしょう。制定が冷戦状態が激化したあとにまで引き延ばされていたら、現在のような憲法にはなっていなかっただろうと思われます。それは日本がドイツと違い、日本国政府が廃止されずに連合国の間接統治下におかれたという事情もあります。

東アジアでは、近代後の大規模な国際戦争は日中戦争から第二次大戦が初めてでしたから、日本の非軍事的な封じ込めよりも直接的な復讐心が先に立ち、それが極東軍事裁判やアジア諸国への賠償問題、戦後も長く尾を引く反日意識の問題などに繋がりました。また現在でも中国や韓国が日本が国際社会で政治的イニシアチブを握ることを酷く嫌っていることも、もちろん彼ら自身の国内問題を反映している部分もあるのですが、ドイツと同じ立場が日本にもあることは認識すべきでしょう。

ですから、日本はアメリカと同盟を組み、軍事力を実質的に所有しても米軍の補完的な存在に過ぎないと言う、今の立場だからこそ中国や韓国と必ずしも利害を一致しない諸国が日本を支持し得るという面もあるわけです。

中国や韓国は、アメリカでなく自分たちが日本を抑える立場に立ちたい、という意識を強く持っているのでしょう。それはある意味、ドイツと同様の日本人の「贖罪意識」と、それを維持し増幅して来たマスメディアによって一定の成功を収めて来たわけですが、イギリス(チャーチル)とアメリカ(ルーズベルト)とソ連(スターリン)によって敗北したことが明白なドイツに比べ、アメリカ(トルーマン)には負けたけど中国(蒋介石、毛沢東)には負けてないし、ソ連(スターリン)には騙し討ちにあったという認識が強い日本は中国や韓国に対し、「悪いことはしたと思っているけどお前らに従う気はない」と思っているわけで、それが中国や韓国を苛立たせているわけですね。

戦後政治の中でも、第二次世界大戦中に起こった事件として、ホロコーストや原爆投下が取り上げられるのは人類の進歩そのものへの疑問を孕んでいるわけですが、日本軍が起こしたとされている虐殺や虐待はほぼ日本(ないしアジア)の後進性によるものとカテゴライズされているわけで、文明論的な近代批判の射程としてはそう長いものではない。日本の戦争はドイツの戦争とはいろいろな意味で違っていたことは間違いありません。(念のために書きますが、それはよいか悪いか、正しいか間違っているかという議論とは別のものです)

ドイツはいまだに縛めを保とうとし、日本はそれを解こうとしている。それは主にそれぞれの国の国内事情によるものでしょう。ドイツは政治的に負け経済的に勝つことを選び、それを実現し続けている。しかし、日本は政治的にその縛めに従い続けてはいたものの、経済的には中国や新興国に対し優位を保てなくなって来た。ならば政治的にその縛めに従ってももうメリットはない。

ドイツが昨今日本に対して態度が冷たい傾向が強くなって来ているのは、日本が政治的な縛めを脱することでドイツが警戒されることを最も恐れているからだと思います。ヨーロッパ経済におけるドイツ優位は当分揺るぎそうにもありませんし、ならば政治的なイニシアチブを放棄し続ける意義は十分にあるからです。そしてそのドイツの事情を、フランスやイギリスなど地域大国は十分斟酌して来たわけです。

日本の場合は違います。歴史的に、東アジアにおいて最も強大で繁栄した国家は、常に中国大陸にあった。中国の行動には常にその意識が見えます。1894年以降の日本主導の東アジア近代史は不正常な時代だった。経済的テイクオフを成し遂げた中国はすべての面で東アジアの中心に、あわよくば世界の中心になろうとしているように見えます。中国は「失われた1世紀半」を取り戻そうとしているわけです。

イギリスのEU離脱は、以上に述べたような第二次世界大戦後の世界の構図を覆してしまう可能性を持っています。一番大きな波瀾要因は、「ドイツの縛め」が無効になることによってヨーロッパの国際秩序がここ70年にないものに変化してしまうこと。そうなった時に何が起こるか、予想は難しいです。

東アジアにおける波瀾要因は、やはり中国の台頭が最大のものでしょう。千年以上に渡って中国が超大国であったからと言って、近代以後でその地位を復活させたのはここ十数年のことであるからです。そして中国が十分に近代国家ではないこともまた、周囲の国々の強い不安要因になります。

それに加えてアメリカが撤退することになれば、地域の状況は一気に流動化する可能性がある。中国はこの機を逃さないでしょう。それを防ぐには日本が再び経済的にも軍事的にも強大化するしかないと思いますが、それに対しては日本国内ですら不安が強い。中国は国内の不安定要因も大きいですし、東アジアの未来も予想しにくい部分が大きいわけですね。

結局は今後の国際社会は、合従連衡が常なく行われて行く状況にならざるを得ない気がします。経済のグローバル化、人的移動に関する世界の一体化も、一定の歯止めがかけられて行く気がします。その中で日本は今後、平和勢力であることをアピールしつつ、現実面では軍備の増強も図って行かざるを得ないように思います。トランプ氏のような孤立主義の政治家がアメリカでイニシアチブを取る可能性がある以上、いざとなったらアメリカに頼らなくても自国を防衛できる選択肢を持たざるを得ないからです。

中国は「日本を抑えつける役割」をアメリカから自国が受け継ぐことをアメリカに求めているように思いますが、いまのところアメリカはそれに同意していませんし、中国にそのような地位を認めることはないように思います。となると中国は実力で日本を抑え込む力をよりいっそう誇示して来るでしょう。日本の外交はこれからも、正念場が続くように思います。

***

さて、いろいろ考えて来ると、なぜ日本はアメリカに抑えつけられていることに、そんなに痛みを感じていないのか(感じている人ももちろんいますが)ということがちょっと不思議な気がして来るのですが、多分それはまた違う問題になって来ると思いますので、改めて考えてみたいと思います。

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