リスト作り/「やりたいこと」とずっと持っている「願い」

Posted at 14/01/02

【リスト作り】

マンガ一般のことを書こうとすると先ずアメブロの方にアップすることを考えるようになったので、今日はもうアメブロの方は二つエントリをアップしてある(一つは予約中)のだけど、メインの方はまだ書いていなかった。

というのは、もう年が明けてしまったから少し遅いのだけど、2013年の読書や音楽、マンガなどのベスト10的な振り返りをやってみようかなと思って、昨年中に買った本のリストを作っていたら思いのほか手間取ってしまっているからだ。

昨年はお金の出納記録を毎日つけたので、ブログを見直して確認しながら入力して行けばすぐ終わると思っていたのだが、やはりまずシンプルに冊数が多いので入力するのが相当大変だということはあった。今のところ7月の途中まで行っているが、今日はこれから移動することもあり、全部入力することはできなくなった。

年賀状の整理など正月ならではの仕事もあるし、大みそかに一応掃除はしたのだがなかなかしきれなくて部屋の中もまだ片づけたい感にあふれている。

しかし入力していて思ったけれども、これは本が溢れてくるのも無理もないと思った。一応読んでみようと思う本を買うのだけど、読んでも興味が持てない本というのは、内容の良しあしに関わらずあるわけで、そういうものが最後まで読めずに積読状態になっているのがかなりある。

惰性というのではないが、読みたいからというよりこういうのも読んでおいた方がいいかなという感じで買った本というのはなかなか読めないことが多い。

何をしたいのか、ということが分かれば何を読めばいいのか、ということもある程度分かってくるという面もあるだろう。


【「やりたいこと」とずっと持っている「願い」】

昨日鶴岡八幡宮で祈祷を申し込んだとき、その内容に心願成就というのがあってまさにこれだと思ったのだけど、考えてみれば、私は生まれてからずっと「願い」というものがあったように思う。

その「願い」という言葉は「それが満たされない」ということばと対になって存在していたなあとも思うのだけど、よく考えてみたらその「願い」こそが「やりたいこと」ではないかと思った。

「やりたいことをやればいい」という言葉を聞くと、その「やりたいこと」という言葉が連想させるその内容が、何か生理的な、食べたいとか寝たいとか遊びたいとかそういうことを連想させてしまい、そういうことの中で特にやりたいというほどやりたいことがあるかというとなんだろうなあと思ってしまっていたのだけど、願いとか悲願とかのレベルのこと、それこそ「自分の力を発揮して多くの人の役に立ちたい」という「願い」が「やりたいこと」であって悪い理由はないわけだ。

そう、だからその自分の中の願い、心願というものをよく見つめて、それを実現させていくことこそが、やりたいことをやる、ということなんだと考えれば納得できると思った。

それが分かっただけでも、心願成就へのスタートは切ることができた、ということかなと思う。

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