宮崎駿監督作品『風立ちぬ』を観た

Posted at 13/07/24

【宮崎駿監督作品『風立ちぬ』を観た】

スタジオジブリの新作、宮崎駿監督作品の『風立ちぬ』を見た。

どのタイミングで見に行くか考えていたのだが、東京でなく諏訪でも見られるものを貴重な東京の時間を使うのではなくこちらにいるうちにみたいという気持ちもあったし、なるべくこまない時に見たいというのもあった。東京ではもう学校が夏休みに入っているが、こちらではまだなので、子どもが見に来ないから早い時間なら空いているだろうという考えもあったので、平日の水曜日、一番早9時15分からの回で見ることにしたのだ。とはいえ岡谷のスカラ座は行ったことがなく、車でどのくらいかかるかもわからなかったが、30分前に出たらだいたい間に合った。

昨日のうちはまだ迷っていて、いろいろとやろうと思うことや仕事面で片付けた方がいいかなというのもあったのだけど、懸案を抱えていろいろやるのもどうも気が重くなるので、さっさと見に行くことにしたのだ。まあつまり、このところ「映画を見に行く」という行為がどうも自分の中で変に大きな出来事になっているから、なるべく簡単にクリアしておきたいということもあったわけだ。前回見に行ったのは確か日比谷あたりで見た村上春樹原作の『ノルウェイの森』、その前に見たのは妙典で『自虐の詩』だったか。そういえば確か去年、岩崎ちひろのドキュメンタリーは有楽町で見たな。そしてその前になると一体いつ見たのか思い出せないくらいで、この時間を拘束するアートに対して変に身構えてしまう部分が相変わらずあった。

それは、シネヴィヴァン六本木のような単館上映でこれと思うのをやっているところがなくなったとかもあるのだが、自分の気持ちの中で何か重いものが加わってしまっている。何がそうなのか、ちょっと分析しきれないところもある。

とりあえず、寝る前には見に行くことに決めていた。今朝は6時前に起きてモーニングページを書いてから石垣の草取りを箕に5個分やった。だいぶ体の調子が戻ってきたというか、毎朝習慣的に身体を動かす作業をするようになって、普通に汗がかけるようになってきた感じがある。

朝食を食べてから出かける準備をし、車に乗ってカーナビをセットしようとしたが、目的地が出て来ず、住所で設定する。出発は早めに出るつもりだったが、結局予定通りになった。出かけるときには雨が降り始めていた。国道は出勤ラッシュのピークは過ぎてもまだこんでいて、高浜から湖畔に入り、諏訪湖が少し見えた。そのまま岡谷までまっすぐ行き、駅の手前で曲がってわりあいスムーズに映画館の駐車場に入ることが出来た。駐車数もそう多くないから、恐らくそんなに混んではいないだろう。

しかしなかなか映画館の入口が分からず、ちょっと戸惑った。シネマコンプレックスなのでどこへ行けばどのスクリーンが見られるんだろうとか思っていたが、ちょうどおばあさんが入ろうとしているのが見えて、そこから入るとチケット売り場があった。『風立ちぬ』は3番だった。

会場に入ると、目論見通りすいている。200席だったと思うが、そのうち客数は40人くらいというところか。夏休みでもない平日の朝から映画を見に来られる人だからそんなに多いはずがないわけで、だいたい私くらいかそれより上くらいの人が多いように思われた。

勝手がわからなかったのでとりあえずまず席を取り、やはり飲み物が欲しいと思ってチケット売り場まで戻って、あたたかい紅茶を買った。しかしこれはティーバッグを入れっぱなしにする式でどんどん濃くなってしまうので困った。予告編もあるしゆっくり戻ったが、席に戻った時には予告編は始まっていた。清州会議だのガッチャマンだのの予告編を見た。

最後の予告編が本来『風立ちぬ』と同時上映だったはずの高畑勲監督『かぐや姫の物語』。これは面白そうだと思った。そして、『風立ちぬ』がはじまった。

まだ公開が始まったばかりの映画の感想をどれくらい書けばいいのか、わからない。でもこれから見る人の参考になるように、書けることは書いてみよう。これは、苦い映画だ。そして、いい映画だ。なぜならば、生きるということは苦いことだからだ。そして、その苦さを、宮崎駿という人はよく知っている。ジブリのアニメ映画ばかりを見ている人には、宮崎駿という人物が抱えている苦さというものは、あまり伝わっていない人もいるかもしれない。しかし、私は数年前にはじめて宮崎作品を見てから数週間でナウシカ以後の彼の全作品を見、彼の発言やインタビューもかなりたくさん読んで、この人は本当はすごく苦い人生観、日本観、自然観、生命観を持ちつつ、その中で懸命に、子どもたちにメッセージを伝え続けて来たということを強く感じていたから、たぶんおそらく、その苦さというものを最もストレートに表現すれば、きっとこういう映画になるのだろうと思っていた。

思っていたと言っても、宮崎の作品は、いつも思っていた以上だ。自然描写もそうだが、今回は込み合った大正時代の客車の車内や、突然発生した関東大震災の描写が、まずは非常に印象に残った。紅蓮の炎に包まれる街、本郷の大学は高台で潰れかけた煉瓦の建物から万巻の書物を運び出す様子、積み上げられた本に風向きが変わって火が燃え移ろうとする様子、それを慌てて消そうとしながら、その中で煙草を吸っている主人公と親友の本庄。アニメ的な誇張があるから本当にこんなにわっさわっさとした感じだったのかとか、こんなに街の様子が色鮮やかだったんだろうかとか、いろいろなことは思うのだが、モノクロでしか見たことがない失われた風景が、本当はこんなに豊かなものだったかもしれないというひとつの可能性のようなものを見られた気がした。

書きたい場面はたくさんあるのだが、関東大震災の次に印象に残ったのは飛行機製造会社に就職して数年後、派遣されてドイツに行ったときにドイツの進んだ様子。「日本は列強に20年遅れている」と何度も叫ぶ本庄。日本の良さを飛行機にも生かして行こうとする二郎。

軽井沢のホテルの場面もよい。いや、それこそがこの映画のもっとメインの場面の一つだと言えるのだが。ここのところ、あまり詳しく描写するのは避けるが、ここで出会った謎のドイツ人は、リヒャルト・ゾルゲを思わせた。また、直子と二郎が突然の驟雨に襲われ、ずぶぬれになりながら帰って来ると、あるところから先は地面が全く乾いている。その細かい描写がとても印象的だった。

印象的と言えば、もうひとつ印象的なのが二郎の設計場面。計算尺を用い、製図板に向かい、簡単な表を作成しながら次々と設計を続けて行く。今ならきっと、パソコン上であっという間に済んだ作業が気の遠くなるような地道な計算を積み重ねて飛行機を設計して行くその感じが、大変良かった。

二郎と直子の場面は、敢えて書かない方がいいだろうと思う。この時代の男たちは、みんなのべつ幕なしに煙草を吸っていたんだなと思う。設計に熱中しても、考え方をまとめようとしても、常に煙草を吸っている。そう、私が子どものころの大人は、みな煙草の匂いがした。この映画を評した文章を見ると、みないつも煙草を吸っている酷い映画だったという感想があって、まあこういう人は何を一体見ているんだろうと思うけれども、私が芝居をしている頃でさえ、難しい作業をしながら煙草をくわえて考え込んだり、部屋の中が煙で充満していたりするのは決して珍しいことではなかった。ほんの少し前には当たり前だったことが今では轟々たる非難の対象になる、というのも、ある意味人間の持つ悲しい偏狭性のなせるわざなんだなとも思う。

日本は負け、二郎の作った飛行機は、一機も戻って来なかった。すべて空に吸い込まれてしまった。この苦さは『紅の豚』に共通する部分もあるが、それが日本の話であるだけに、その苦さもまた際立つ。

上映時間は二時間余り、途中でトイレに行った人が一人だけいた。ラストに荒井由実の『ひこうき雲』がかかっても、誰も席を立つ人がいない。それはそうだろう、たぶん多くの人が、この曲を聴きに来たのだ。

宮崎駿は、この作品を見て泣いたという。庵野秀明によれば、号泣したそうだ。松任谷由実も「我慢しても我慢しても嗚咽が出てしまうほど感動した」そうだし、招待されて見に来た堀越二郎の子息とその奥さんもまた、松任谷の隣の席で泣いていたのだそうだ。私も、似たような現象に見舞われたが、それはやむを得ない仕儀であったということになる。

いい映画だった。大人の映画だったが。生きることの苦さを知っている大人に見てほしいし、苦くても生きるしかない人間というものの姿をリアルに描くということは、たとえファンタジー的な場面があろうと、たとえ実写でなくアニメーションであろうと、そういうことではないのだということが、この映画を見ればよくわかる。

細部をもっとじっくり見たい場面もいくつもあったので、また機会があったら見に行きたいと思っている。

アニメージュ 2013年 08月号 [雑誌]
徳間書店

帰りに少し道に迷いながら、岡谷の笠原書店に行った。何を買うと言うつもりもなかったが、そう言えば映画パンフレットを買うのを忘れたなと思う。気になっていた『アニメージュ』8月号(『風立ちぬ』が表紙)と『パッシュ!』8月号(『進撃の巨人』が表紙)を買った。それから『ジャイアントキリング』の28巻。(そう言えば昨日は『モーニング2』9月号を買った。なにしろ諸星大二郎「西遊妖猿伝」の掲載がモニ2に移ってしまったので)

PASH!(パッシュ) 2013年 08月号 [雑誌]
主婦と生活社
GIANT KILLING(28) (モーニングKC)
ツジトモ
講談社

『アニメージュ』には上に引用した宮崎・庵野・松任谷の対談記事が掲載されていただけでなく、『進撃の巨人』の設定画集なども掲載されていて、かなりお得だった。ちなみに9月号は進撃の特集のようだ。

それからサークルKでコーヒーと水を買い、自然食品の店でノア・レザンを買って、強い雨の中を車で突っ切って帰ってきた。良い映画を見た余韻に包まれながら。

そう言えばこれは、私にとってロードショーで、というより映画館で見た初めてのジブリ作品なのだった。

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Title background photography
by Luke Peterson

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