物語作家

Posted at 13/02/27

小説の習作、第3弾です。

   物語作家

物語作家の頭の中は、普通の人と違っている、ということもない。頭の中はおそらく、そう大きな違いはないのだが、というよりも一人ひとり頭の中など全然違うので、普通ということを考える意味がないのだが、違うのは中身そのものではなく使い方なのだ。物語作家だって税金も払いに行けば、寄り道してソフトクリームをなめることもある。頭の中が常にケンタウルスやもの言う獣たちでいっぱいになっているわけではない。しかし物語作家は頭の中にある、特に右側の部屋の中にある、生きることの不思議や明るかったり暗かったりする不思議な言葉の勃興や明滅を、うまく秩序付けて整理し、新しい王国の地図を書きあげてしまうことができるのだ。時に左側の部屋も使い、物語作家はさまざまな言葉やイメージを、まるで銀河鉄道の鳥捕りのように捕らえては、新しい地図の中に、まるで最初からそこにあったかのように書きこんでいく。

物語を書くとは、そういう地図を作る能力なのだ。そして物語作家は、それをするのが好きなのだ。好きだから、どんどん新しい物語が湧いて来るのだ。

人間はどんなに、左側の部屋ですべてのことが割り切れると思っていても、右側の部屋では本人もどうにもならないことが起こるのを知っている。そして人はいつも道に迷う。だから、人には地図が必要なのだ。その地図は自分の頭の中の地図ではない。でもどこか似ているところがある。人はそんな地図を見て、自分のいる場所を確かめて安心したり、もっと遠くへ行ってみようと、人生の新しい計画を立てたりするのだ。

さて、ここに新しい旅に出かけた男がいる。おろしたてのコートにおろしたてのスーツケース、誰もいない砂漠のバス停で、バスが来るのを待っている。じりじりと砂漠の砂は太陽に焼かれ、男の顔から汗が噴き出す。男は蝙蝠傘を差す。風が吹いて、男は飛ばされそうになる。男はバス停のポールにしがみついて、砂漠の暑い風に涼しさを感じる。

車が走ってきた。バスはいつ来るか分からない。男はヒッチハイクのサインに親指を出す。車は止まらずに走り去った。よく見ると車には10人?のニョロニョロしたもののけが乗っていた。あの車にはおれは乗れない、と男は思う。あのもののけたちとは話も弾まないだろうし。

やがてけたたましい銃声とともにジープがやってきた。乗っているのは軍服を着た二人?の猿の軍人だった。助手席の猿が空中にドキュンドキュンと銃を放っている。ジープはバス停の前で急停車した。

兄ちゃん、乗っていかないか。運転している猿が男に声をかけた。いや、いい。おれはバスで行く。二人の猿は大笑いした。そうかい。まあ俺たちのような危険なやつらの車に乗ったらどこに連れて行かれるか分からないからな。賢明な判断だ。でも来るかどうかわからないバスを待ち続けるっていうのも賢明だとは言いかねるけどな。

ありがとう。ジープは二人の軍服を着た猿を乗せて乱射される銃声とともに走り去った。だいたいあのジープは二人乗りじゃないか。俺にどこに乗れと言うんだ。あのガンマニアの膝の上にでも乗れって言うのか。男はぶつぶつ言った。

何台もの車が通り過ぎていく。水族館のエンゼルフィッシュが20人で海へ行くというたっぷんたっぷんと車の中が満水のシトロエンにも誘われたが、男は断った。竜宮城じゃあるまいし。二人の北京原人が担ぐ籠に乗れとも言われた。チキチキマシンじゃあるまいし。

男はバスを待ち続けた。日が暮れて来た。俺は何を待っているのだろう。男はバスを待っているのか何かほかのをものを待っているのか分からなくなってきた。やがて男はその場で眠りこんだ。

男が寝入っているそのそばに、二人の天使が降りて来た。男をすう、と持ち上げて、空中に浮かばせた。そして二人の天使とともに男はどんどん上昇して行った。羽ばたきの音がしたよ、と男はあとで言ったそうだ。男は眠ったまま、新しい旅をはじめたのだ。

夜が明けて、砂漠に新しい朝が来た。バス停にはもう誰もいなかった。ぽつねんと時間だけが退屈そうに過ぎて行った。ニョロニョロたちを乗せた車がやってきて、止まりもせずに走り去った。そして二人の猿を乗せた車がやってきた。二人は妙に黙りこくって、誰もいないバス停に一瞥をくらわし、走り去った。

やがてバス停も消えてしまい、そこには何もなくなった。砂漠さえも、自分が誰だったのか思い出せなくなったらしく、どこかへ消えてしまった。

物語作家の書く地図というのは、こういうものなのだ。さあ、希望に満ちた新しい旅をはじめよう。

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by Luke Peterson

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