奈良美智展『君や僕にちょっと似ている』/評論の楽しみは二次創作の楽しみに似ているという言葉をめぐって/低迷の原因

Posted at 12/08/28 Comment(2)»

【奈良美智展『君や僕にちょっと似ている』】

昨日。おとといの余韻があって、なんとなく半分興奮したような、疲れたような感じがあったのだけど、打ち合わせを兼ねて横浜に出かけることにした。メインの目的は横浜美術館の奈良美智展、「君や僕にちょっと似ている」。なんかいろいろやることがあったので3時ごろ出かけて銀行に寄ったり。着かれているなあと思ったので東海道線でグリーンに乗ったのだが、にぎやかな子ども連れや声の大きなおじさんおばさんの二人連れなどがいてグリーンだからと言ってゆっくり静かに過ごせるとは限らないなあと思ったり。横浜で乗り換えて桜木町。みなとみらいに来るのも久しぶりだ。ランドマークプラザの中で少し道が分からなくなって、余計に階段を上ったり下りたりしたが、何とか5時に美術館にたどりつく。

月曜日のせいか(木曜休館)思ったより空いていて、割合ゆっくり見ることが出来た。チケット売り場の横には行列整理用のスペースが設けられていたから、時によってはかなり待つのだろう。昨日はすぐに見ることが出来たし、あまり人を気にしないで見られた。

君や 僕に ちょっと似ている
奈良美智展図録
フォイル

なんというか、すごく居心地の良い空間。もともと私は彼の絵が好きだということはあるのだけど、当たり前なのだけど印刷物で見ている彼の絵に比べて実物はものすごくいい。ほんわりしていて、ゆるやかで。絵を言葉で表現するのは難しいけど、やっぱりうまいなあと思うし、センスがいいなあと思う。特に大きな絵がよかった。「夜まで待てない」とか、「ブランキー」、「Young Mother」など。なんというかどの展示室も奈良さんの、いや作品たちが伸び伸びと呼吸できる、息づいている空間になっていて、これは本人が相当指示した部分があるんじゃないかと思うのだけど、一点だけほかの絵に交じっておかれているのでは感じられない伸びやかな世界が展開していた。閉館時間が6時で、1時間もあれば十分観られると思ったのだけど、全然足りないというか、その場所にいるということ自体がこの展覧会に来る目的だなと思った。なかなかそういう展覧会はないのだ。一つ一つの作品を味わうというより、その全体の醸し出す何かを味わう。やはり私は彼の作品が好きなんだなあと思う。

一つ一つの作品もいいのだが、今回一番いいなと思ったのが展示室5の「2011年のスタジオから/水戸での展示を経由して2012年7月横浜へ」。つまり、奈良さんのアトリエ=スタジオを再現したスペース。これはとても気持ち良くて、写真とかもいいし、棚に入っている粉引の?徳利や花瓶に模様をつけたものとか、とてもよかったし、人形がみんな目のところに穴をあけた紙袋をかぶっているランドリオールのアカデミー騎士団を思わせるそういう人形群も受けた。奈良さんの絵がカサに描かれた電気スタンドなどは「欲しい」と思った。

時間があったらもう一度言ってもいい、と思う展覧会だった。


【評論の楽しみは二次創作の楽しみに似ている(東浩紀)という言葉をめぐって】

こういうレビューというのは自分の感想を中心に、半ば批評的に半ば紹介的に書いているわけだけど、東浩紀が「評論を書く楽しみは二次創作に似ている」ということをツイッターで言っていて、ああそうだなあなるほどなあと思ったのだった。元の作品、一次創作がなければどちらも成り立たないのだ。批評というのはもともと小説作品を向上させるために書かれるもの、というスタンスが昔はあったけれども、最近はそういう部分がちょっとあいまいな気がするし、アマゾンやブログに書かれたレビューなどはどうなのと思うものが多い。そういうもやもやをうまく表現しているのがこの言葉だなと思ったのだけど、やはり批評というものは一次創作とは言い切れない部分があるから、批評ばかり読んでいても駄目だし、同じような意味で新書ばかり読んでいても駄目なんだと思った。ある作品や人物について取り上げそれを材料に自分の思想を展開し開陳していく、という意味ではやはり二次創作と共通する部分が多い。自分が見たものを確認するという意味で良いものを見たときにレビューを書くことは楽しいことなのだけど、一次作品を作った人にあんまり邪魔になったり迷惑がかかったりするものであってはいけないと思うし、いくら面白いからと言って批評やレビューばかり読むのもあまりよくない。

そして作り手の側も、やはり一次作品をつくらないといけないのではないかと思う。小林秀雄のように敢えて「そこにいる」ことで、そこで書くことではみ出した何かが力を持つ、というところまで行くのは並大抵のことではないし、それが審美眼とか批評眼とかそういうものにとどまっていたらやはり不十分だと思うし、まあなんというか難しいが、少なくとも私自身は批評にとどまっていてはだめで、自分の創作をつくらないと自分として生きたことにならないという部分があるなと自分では思っている。


【低迷の原因】

夜は友人の個展で私の作品を並べてくれるという話があり、その打ち合わせで少し話す。なかなかハードな取り組みになってきたけどやりがいがあるねみたいな話になった。まとめすぎだが。

帰着は11時を過ぎていて、昨日の高野君との話を少し考えてまとめようとし始めたらすごく自分の中で大きな話になってしまい、自分が父から受け継いだものとか、父を乗り越えるために何を必要としたかとか、それが無くなったから自分が低迷したのだとか、何かいろいろなことを発見というか思いついたり理解したりして、書き始めたらなかなか書き切れず、結局2時半までかかってしまった。それから寝たのに起きたら6時20分で、やや寝不足状態。今書いていることも何かそういう状態を反映している部分がある気がする。このテーマは人に見せるようなものになるかどうかもわからないのだけど自分自身にとってはすごく重要なことなので、まとめて進化=深化させておきたいと思う。

このところいろいろなものを見て歩いて凄く面白いのだけど、結構タマシイにハードはハード。体も心もタマシイも鍛えていかないといけないなと思う。

"奈良美智展『君や僕にちょっと似ている』/評論の楽しみは二次創作の楽しみに似ているという言葉をめぐって/低迷の原因"へのコメント

CommentData » Posted by hiromi at 12/08/31

奈良展
作品ももちろんとても心に響くものでしたが
会場の居心地があまりに良かったのが
とても印象に残ってます。
ずっとそこにいたい。
座ってぼーーっと絵を眺め続けていたい。
彫像を心の腕で抱きしめ続けたい
そんな気持ちにさせる展示空間に
本当に癒されました。

CommentData » Posted by kous37 at 12/08/31

>hiromiさん
コメントありがとうございます。
そうですね。私も会場の居心地の良さは本当にいいなあと思いました。そこにずっといて、くつろいだ時間を過ごしたいなと思いました。まあ実際、十分くつろいでいたと思いますが。(笑)本当にまた行きたくなる空間・時間でした。

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