夏目漱石『三四郎』と村上春樹『東京奇譚集』

Posted at 10/08/06

三四郎 (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社

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夏目漱石『三四郎』読了。うーんなるほど、そう来るか。面白いな。『それから』のように高等遊民の世界にならず、主人公が学生であることが読後感をさわやかにしているなあと思う。逆に言えば当時の新しい知識人の世界に対する突っ込みがまだ不足しているという受け取り方もあるだろうけど、高等遊民になってしまうとどうも行き止まり感・行き詰まり感が強くて出口なしみたいな感じになってしまい、万人向けでなくなってしまうなあと思う。川端康成なんかも高等遊民的な日常が描かれた『雪国』よりも学生のさわやかさが優先する『伊豆の踊子』の方が感じがいい。

『三四郎』の中で最も興味を弾く人物はやはり美禰子だろう。この人は面白い。漱石は自分で彼女のことを「無意識の偽善者」と呼んでいるが、いろんな男性に粉をかけつつ、三四郎に焦点が絞られた印象を与えながら、金を貸したり、モデルになったりして、でもすんなりと良縁で縁づいてしまう。三四郎を「迷い羊=ストレイシープ」の世界(恋の闇路?)に誘い込んでおきながら、さっさと置き去りにしてしまう。この人物の複雑な造形がこの作品を成功させていると思う。

男を振りまわして自分は勝手に結婚する、と言うと思いだすのは尾崎紅葉の『金色夜叉』だが、お宮がダイヤモンドに目がくらんだというすごく単純な金持ち志向なのに対して、「新しい女性」っぽい美禰子は三四郎に金を貸したりする、場合によっては与えてもいい、という感じで振る舞ったりしているところが対照的で面白いが、漱石は多分『金色夜叉』を意識してそういうエピソードを入れたんじゃないかという気もした。

社会のしきたりやらなんやらかんやらにとらわれる男に対して自由に振る舞う女性というのはある種の描かれるべき黄金パターンだと思うのだが、上手く書けてるなあと思う作品をあんまり読んでなかった。永井荷風『つゆのあとさき』の君江なんかは面白いなあと思ってはいたが。漱石はやはりさすがだなと思う。三四郎は「青春小説」として喧伝されていてどうも読むのはかったるいなあと思っていたのだけど、人物造形の面白さ、という点ですごくいいと思った。

東京奇譚集 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

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村上春樹『東京奇譚集』。小説を読んでいてこれだけわくわくした感じを得たというのは初めてかもしれない。それは、この短編集が面白いということもあるけれども、自分の中の「小説感度」というか、そういうものがだいぶ高まってきたということもあるような気がする。五つの作品がなるほどと思う順番に並べられているが、3作めの「どこであれそれが見つかりそうな場所で」から非現実的な性格が強くなる。この作品が全体のターニングポイントという感じ。

4作めの「日々移動する腎臓のかたちをした石」。気持ちに踏ん切りをつけることで小説の結末が変わる、というところがよかった。小説の、最初に構想した枠の中にはまりがちなところ、つまり最初に得たビジョンに考えが縛られがちなところが自分にはあるので、そういうものを突き破って行ってもいいんだ、というサジェスチョンが魅力的だと思った。

ラストの「品川猿」。嫉妬の感情がないという不思議な性質が、愛されなかった過去というシビアな心の暗黒とつながっているということが明らかにされる。まあどこかで聞いたような話ではないとは言えないけれども、思わず自分の胸に自分はどうだったか尋ねたくなってしまうところがある。

単なるウェルメイド短編集だと思わせておいて読者を取りこみ、油断させて大きな問題を突き付ける。短編集には短編集の戦略があるんだなと思う。村上と言う人は、本当に小説というものについてよく考えていると思う。

ずっと小説を何本か書いてきたけれども、実のところ小説を書き続けていいのかな、という思いがどこかにあった。それは、小説を読んでも書いていてもなかなかワクワク感が得られない、ということがあったからなのだけど、最近はそうでもない。この短編集も「三四郎」も面白かったし、自分の小説も手直しをしていて色々と発見があって面白いし楽しかった。次はもっとワクワクするもの、ぞくぞくするものを書いてみたい、と思う。自分がワクワクし、ぞくぞくしながら。

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