倫理と実利

Posted at 10/07/30

昨日。調子が悪くて、なんだかボーっとしていた。森毅『現代の古典解析』(ちくま学芸文庫、2006)を少し読む。実数論のところ。

現代の古典解析―微積分基礎課程 (ちくま学芸文庫)
森 毅
筑摩書房

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このことは、「なぜ実数論をやるか」の考え方の変化とも関係している。昔は、実数を明確な対象として建設すること、いわば「論理のための倫理」が力点をおかれたものだ。……ぼく自身も含めて、若いころにはこの「倫理」にあこがれた人間が数学者の中には多いが、それは一方で、「実利主義者」の反感をよぶところともなろう。

この文章の新鮮なところは、数学に「倫理」がある、ということだった。そして数学の「倫理」に対立するものが「実利」であるということ。数学において「美」が重要だということはよく言われていたが、「倫理」もあるとは。「真・善・美」全部そろっているわけだな。そして倫理に対立するものが実利だというのは、なるほどと思う。

そんなふうに考えてみると分かりやすいなあと思ったのだけど、倫理というのは今まで今一つどういうものなのかあまりピンと来ていなかった。

今考えたことを整理してみると、倫理というのは生きているもの二者(あるいは多者)間の問題解決や、種族保存や、秩序形成のために必要な考え方の枠組で、正義といってもいい。実利というのはいわば幸福と言ってもいいだろう。それは、生の具体的内容といいかえてもいい。実利というのは生き物をより幸福にするもの、と考えるとその本質があるように思う。もちろん実利にとらわれてしまうとかえって不幸になる場合も多いわけだが。だから実利と言っても個にとっては「多々益々弁ず」というわけではない。

だからより大事なのは枠組である倫理よりも生の内容である実利あるいは幸福の方であり、幸福あるいは実利を本来は守るために倫理があるはずだ。そこに倒錯を起こしてはいけない。しかし、若いうちは守られる方の幸福よりも守る方の倫理にあこがれ、それにひきつけられるのもある意味当然なのだろうと思う。倫理はかっこいい。つまり潔い美があるからだ。

私は自分が倫理的な人間だと勘違いすることがよくあるのだけど、どうもそうでもない。最初は、マンガで読んだ白虎隊に感動した時だったか。城が落城したからと言ってローティーンであんなふうに腹を切れるものかと10歳くらいの私は何度か切腹するシミュレーションをしてみたものだった。

しかし倫理というのは、個人のものであるうちはいいけれどもそれが集団のものになると強制性というか杓子定規なものになって行って辟易することがある。「正しさ」を押しつけられる感じだ。頭では納得しても体では納得しない、と言えばいいか。そういうとき、体を優先すれば卑怯者の誹りを受け、頭を優先すれば自分の体を壊す、ということがよく起こる。

しかし本来、倫理というのは枠組みだから、幸福とか実利を守るためには倫理が必要だ。学校現場の問題というのはその枠組みが崩れていることだ。そして最も重要な枠組みは、生徒は教師に敬意を払い、教師は生徒を薫陶する、という関係である。多くの学校現場、特に公立学校などではこの最低限の倫理が崩れている。

「枠組みなどいらない、教師に実力があれば」という意見もあろう。しかし底辺の学校において、教師の実力というのは腕力と包容力と説得力であり、教師の連帯力だったりする。すべての教師に、あるいはすべての現場にそれを求めるのは無理だ。私が教員をやっていた時にいちばん問題を感じた、というよりも恐怖を感じたのはこの倫理という枠組みの崩壊だった。それは生徒の権利を守るという題目の行きすぎで、そのころは人権至上主義が学校現場を成り立たせる倫理的枠組みを崩壊させていることに強い憤りを感じ、人権至上主義に噛みつきまくっていたし、また憑かれたように倫理の回復を画策していたが、今考えてみたらどうも無理なことをやっていたと思う。学校をよくするには、現場と人事とあと理念の面でも徹底的に再建して行かなければならないし、法匪的な人々の暗躍を抑える政治の場での徹底的な議論が必要になるだろう。

まあいずれにしても、倫理と倫理がガチンコでぶつかり合うような場面(そういうときは結局どちらもある程度歪んだ倫理であることが多いと思う)は私はあまり得意でないなあと思う。そういうところから離れた場でもっと重要な人間の幸福の再建みたいなことを好き勝手にやっている方が性に合ってるのだろう。それは倫理が重要でないと思っていることとは違う。でももっと生に、言葉を変えて言えば幸福に根ざした倫理を育てて行く方がより重要だとは思う。

なかなかこういう話、うまく書けないのだけど、倫理と幸福の話って、多分とても大事なことだから、まあこういう形でなく、また何かの形で書くこともあるんじゃないかという気がする。っていうか、小説とかって本当は、みんな倫理と幸福の葛藤の話かもしれないという気もする。

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