強い雨/私の中の残念な部分/日本人にとって自由やオリジナリティはあまり大事なことじゃない:『考える人』村上春樹ロングインタビュー二日目

Posted at 10/07/14

今6時半。少し寒い。動くとそう寒いわけではないのだが、今朝は5時前に目が覚めて、モーニングページを書いた後、小説の手直しをしている。PCに向かって考えながらキーボードを打っていると、かなり寒くなってくる。ときどき気分転換に、こうしてブログを書いたり、活元運動をしたりしている。

昨日。10時まで仕事。おとといの疲れが残っているので、早く帰って休もうと思う。昨日は午前中も午後も雨がずっと降っていた。それもかなり強い雨。疲れているときの雨というのは、やさしい雨ならいいのだが、こういう激しい雨は神経を刺激して嫌な感じがする。それでも夕方はだいぶ上がったようで、仕事中はそんなに気にならなかった。帰宅してから夕食。昨日のお施餓鬼の残りは大体昨夜で片付いたか。こういう行事があると、つい食べ過ぎてしまい、体調を崩すもとになる。気をつけないといけないなと思う。


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『考える人』村上春樹ロングインタビュー、二日目。村上と私と、共通するところがたくさんあるなと一日目を読んだ時に思ったのだけど、二日目を読んだときは最初はむしろその違いの方が目に付いた。何しろ、中学・高校時代に読んだフィクションの量は圧倒的な差がある。私は小学生のころはものすごく本を読んだし、何度も何度も同じ本を読み返した。しかし、中学や高校になって、大人向けのフィクションの方にはうまく移行できなかった。中一の時にモーパッサンの『女の一生』をぱらぱらと読んだことがあって、なんだか嫌になってしまった覚えがある。『モンテ・クリスト伯』も、『岩窟王』として子供向けの翻案で読んだ時にはすごく面白かったが、文庫で数冊になっている大人向けのそれを読み始めた時は、固有名詞で挫折した覚えがある。中学だって高校だってでたらめに本を読んでいたことは確かだが、フィクションの方にはなぜかあまり行かなかった。中高生のころに19世紀の大文学を読みつくした村上とはその土壌が全く違う、雲泥の差があるということは思い知らされた。

まあ、人生において、私は小学校のころは比較的安定期だったので本に熱中できたが、中学高校は周りの状況も自分の中も不安定な時期だったということもあるのかもしれない。ある意味、周りの現実にファンタジー的な側面があったということもあるかもしれない。あまりいい意味ではないけど。何というか、ちゃんとした教養を身につけるべき時期にそれが出来てなかったんだな、ということを、今書きながら気がついた。腰を据えて努力するとかがしにくい状況だったから、基本的には自分がもともと持っていた力だけで乗り切ってたんだなと思う。だからそういう力だけでは何ともならない部分は、自分にはすごく欠けている。そこが私の残念な部分なんだなと思う。

でも、そう考えてみると、いったいあの時期の自分を支えていたのは、いったいなんだったんだろうと思う。中学の時ははっきりと友人と呼べる存在はなかった。当時の関西の田舎は、人と人との距離があまり遠くないから、なんとなくの友達はいたし、ハードロックを教えてくれた友人とか、一緒にマンガを描いた友達とか、そういう存在はいたが、長続きはしなかった。だからと言って友達でなくなったというわけでもないんだけど。「特別の存在」というのがなかったし、そう言えば自分でもそういう存在をほしいとあまり思ってたわけでもなかった。

一人でいた時は何をしてたかというと、そうか、ギターを弾いていたんだな。ギターを弾いて、歌を歌っていた。音楽は好きだった。初めてユーミンを聞いたのもそのころだった。最初に聞いたのは『ルージュの伝言』だった。今まで聞いたことのない、何か日本人の作った歌と思えないような曲と歌詞が、すごく新鮮だったのを思い出した。あと『翳りゆく部屋』とか『卒業写真』、『あの日に帰りたい』とか。

何ていうか、それまでの女の人の歌って、男の存在がないと成立しないような曲が多かった気がするんだけど、ユーミンの曲はすごく自立している感じがして、すごく新しい感じがしたんだなと思う。まあ、今の言葉で言えば、なんだけど。「あすの朝ママから電話で叱ってもらうわマイダーリン」って歌詞。何ていうか、仰天した気がする。「中央フリーウェイ」もよかった。子どもの頃府中に住んでいたので、あの曲の歌詞が何か懐かしく、でも私が知ってる「中央高速」というものと印象が全然違っていて、別世界感があった。ユーミンの歌も、つまりそういう別世界にいざなってくれる感じが好きだったんだなと思う。

でもなぜか、レコードは一枚も買わなかったし、今でも持ってない。それは、大学生のころ村上春樹を読む気がしなかったのと同じ理由なんだろう。わたせせいぞう『ハートカクテル』的なしゃらくささというか、アート系とか政治系とか思想系とかがお洒落系を否定することで自らの位置を確認する、みたいな感じのところがあったんだろう。まあ本当は実際のところ、自分自身は頭の軽いお洒落系的なところがけっこうあるなと今は思うんだけど。ユーミンだって、エアチェック(死語)はずいぶんしていたし。でもそれで十分だと思ってた。中学高校の時に買ったアルバムはほとんどがビートルズ。それからウィングス。日本のものは井上陽水『氷の世界』だけ。それも中二だった。ビートルズはとてもよく聴いたな。でもなんというか、それも半分は勉強として聞いてた気がするな、今となってみれば。耽溺してた、というのとはどこか違う。まあ中学高校の時期というのは何でも勉強してしまう、という時期でもあるのかもしれないが。

なんてことを書いているのは、つまりは自分のことを掘り起こそうと思って書いているわけだけど、こういう書き方だと自分自身は少しはプラスになるけど、読んでくださる方に何かプラスになるのかどうかはよくわからない。村上には「井戸を掘る」という、自分が何かあるなと思うところをフィクションとして書いて行くことで穴の存在を確かめて、その個人的な部分を掘り進めることでいつかぽんと普遍に達する、という一種の技術論がある。その方法はすごくよくわかる。自分の場合はそんなに掘らないうちに変なものがどんどん出てくるので普遍に達するまで掘るのは大変だなあと思うけど、似たようなことを考えてるんだなと思う。

でも、なんだか分からないままに掘り進めて行って、それで何か鉱脈を見つけるというところは、たぶんどんな作家でも同じなんだろうなと思う。自分の勘だけをたよりにやっている孤独な作業だ。村上はそれを長距離ランナーにたとえているけど、たぶん自分の中にあるちょっとした違和感をたよりに納得いくまでそれを探ろうとしてフィクションを書くタイプの作家は、誰でもそういうことになるんだろうと思う。

村上のインタビューの二日目で一番印象に残ったのは、外国の批評は村上の作品のオリジナリティを称賛するけど、日本の批評はその点について全く指摘しないということ。これは虚を突かれた感じがした。村上の作品は確かに、村上にしか書けない、オリジナリティにあふれた作品なのだ。それだけは絶対確かだけど、村上のオリジナリティについて批評する人は誰もいないし、読む側もオリジナリティにあふれているなあと思いながら読んではないない気がする。でも村上は、「僕自身は作家として、ほんとうはそのことをいちばん誇りに思っているんですけどね。」と言っていて、そりゃあそうだよなあと思う。何でだろうと思うが、これはたとえば谷川俊太郎の作品がオリジナリティにあふれているとは今更誰も言わないのと同じで、今の人にとっては村上が「巨匠」だと言うことではあるんだと思う。

まあ日本でオリジナリティにあふれた作品という批評は、まあ褒めことばとは限らないし、もっとグロテスクだとかハードな作品の方がオリジナルと言われやすい気がする。本当は村上の書く世界も相当奇矯だし、ありえないんだけど、村上は本当にそういう危険な世界をデオドラント化するのがうまくて、デオドラント効果が鼻につくためにオリジナルという評を奉られないんじゃないかなとは思う。

ただそれについて村上が、日本ではオリジナリティというものが日本ではあまり大事なことじゃないんだなと考えるようになった、というのはたぶんどこかの本質を突いているとは思う。

村上が二十代のころ新聞で友愛とか平和とかいろいろな理念のうちどれが一番大切だと思うか、というアンケートがあったという。ぼくならまず自由を選ぶなと思ったら、7位か8位かにしか入っていなかったのだそうだ。日本人というのはこういう国民なんだってすごく感じたのだという。これは私も全く同じ経験があって、福祉系の短大生を対象にそういうアンケートを取ったとき、平等が一番大事で、平和も結構多かったけど、自由を書いた学生はほとんどいなかったのに驚いたことがあった。自分ならまず自由を選ぶなと自分も思ったので、まあ福祉系だからそうだったのかなと思ってたんだけど、そうじゃなかったんだなと改めて思った。日本人ってそうなんだと。

まあそういう世界の認識の仕方というか、そういうあたりが似ているところがあるなと思ったのだけど、三島や川端は全然読んでないそうで、それはまたちょっと面白い。それは、彼らが自分を「芸術家」だと自己規定しているところが違うと感じるのだそうで、村上は自分を「特殊技術者」だと定義しているのだそうだ。これも面白いなと思う。まあ、それは時代の違いかもしれないな。「芸術」に限りない可能性を見た白樺派以降の人間と、全共闘世代の村上とでは自己規定が違うのは当たり前だ。っていうか、村上は自分のそういう面をあえて醒めた目で見ようとしていて、たぶんそのあたりが今人気がある理由なんだと思う。私はやはり三島や太宰の自我の在り方というものに、自分との相似形を見出して自分が切り刻まれるような感じがすることがあるから、やっぱりちょっとそういうケはあると思う。村上は日本代表のトゥーリオが「俺たちはへたくそなんだからへたくそなりのサッカーがある」と言ったような、そういうセンスが基本にあるし、そう思うからこそ力が出るところが日本的なメンタリティなんじゃないかという気もする。そういうふうに考えると、村上というのは案外日本的な作家なんじゃないかとも思う。

テーマについて語ったことで言うと、村上は「父」というものと「システム」というもの、それはあのエルサレム・スピーチの「システム」だが、だからそれは「壁」というものでもあるわけで、そういうものと闘っているんだ、ということを言っている。ああ、「壁と卵」というのは「父と子」という意味でもあったのかと驚いたのだが、村上には、自分が父になるという発想が逆さにしてもないというところがある意味驚く。つまりそれは全共闘の山本義隆と同じように、いまだに「持続する志」を持っているということなのだ。そういう意味で全く「ぶれていない」ことに驚かされる。「1Q84」で描かれている父たちはふかえりの父であるさきがけの教祖にしてもNHKの集金人である天吾の父にしても、完全にシステムに取り込まれた、ある意味犠牲者として描かれている。そしてその子どもたちはさらに因果応報で深い欠落を持って成長するわけで、「1Q84」は因果応報譚だという一日目の話につながっていく。そうか、天吾と青豆の戦いは、壁と闘う卵たちの戦いだったんだ、と思う。そしていつの間にか壁の側から一介の卵になってしまった牛河はまさに生卵のように潰された。わけだ。

さて、今は12時34分。小説、今日は8ページ分、原稿用紙にして約30枚分ほど直しは進んだ。直せば直すほど長くなるのは困ったことだ。あいまあいまにブログを書いた。

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