欲望の終点としての芸術
Posted at 10/03/27
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今日はいろいろ考えたことがあったのだけど、もう時間が遅いのと、今あんまり色々考える気がしないので、簡単に。
今朝は11時過ぎまでいろいろ考えながらモーニングページを書き、昼食を取ってから仕事。6時半まで。ずっと忙しかった。本当は一昨日にやっておくべき仕事を忘れていたことに気がつき、急いで片付けたということもある。全くなあ。
7時前の特急に乗る。弁当を買ったついでに朝日新聞を買って、車中で読む。土曜版のパズルを始めて全部解いた。一度プレゼントに応募してみようかな。b3面の「磯田道史のこの人、その言葉」というコラムに加藤唐九郎が取り上げられていた。「相手を傷つけないで、自己の欲望だけを満たしていく手段、方法として、人間が最後に発見したものが芸術である」。これは唐九郎の『陶芸口伝』という本に出ているのだそうだ。
人間は欲望によって生きている。逆に、欲望がなくなったら生きていくことが出来ない。だから、欲望を持たずに生きていくことは出来ないが、自己の欲望を満足させようとすれば、相手を傷つける場合が多い、と唐九郎は言う。食欲だって他の生物を害しなければ満たせないのだし、性欲もまた人を傷つける危険に満ちている。そこに救いはないのか。唐九郎は、そこに芸術の価値を見た、と磯田は言う。なるほど。「芸術は相手に関係なしに、自己の欲望だけを空回りさせて、そこに満足を見出す。……人間の欲望を芸術が救ってくれるのじゃ。」
なるほど、そんなこと、考えたことなかったけれども、なるほどなあと思う。そういう意味では、「オタク」の自己満足というのもそこで留まっているかぎりでは芸術と同じ効果を持つのだなと思うし、だからこそそれが発展してくるとアートの分野にも侵食していくようになったんだなあと思う。
これはまた改めて書くけれども、「自然と人為の調和」ということを考えていて、人為、つまり人間のやることのうち、いちばん人間らしいことってなんだろう、と考えて見たのだけど、私の父などはそれを科学だと考えていたんだよなと思う。私は、科学というものは余り信用していない。私がその極地は何かといわれたら、やはり芸術、あるいはアートだというと思う。人間が人間であることの本質は、人間がアートを作り出すということ、といっていいのではないかと。つまり美意識と、それを基にした創造。科学はなんだろう、父の解釈では真理の探求とそれを元にした創造ということになるのだろうけど、科学というのはもはや真理を追究するための道具ではなくなっている気が私にはしている。真善美というが、じゃあ善の追求とそれを基にした創造とはなんだろうといわれたら、私は本来それが政治なんだろうと思う。政治はもっとわやくちゃになっているけれども。
人間が美だけで満足できるのか。そうではない気もするが、善だけで満足できるのかといわれたらもっと満足できない気もする。科学的真理で満足できるかといわれたらもっともっと満足できない、だろうなと私なら思う。最も、そのすべて揃えば満足できるかというと、やはりまだきっと何か足りないわけで、本当はそういうものに頼っていてはいけないんだと思う。まあそういうことはまた書こう。
だから欲望と芸術の関係というのは、考えて見ると面白い。私は、何が本当に欲しいかといわれたら、本当は「絵」が欲しいんだと思う。友人の画家の絵を買ったりもらったりとか、個展等で見た絵などをいくつか買ったものはあるが、以前丸善の日本橋店が一時閉店したときに絵画の処分市があって、そのときに有元利夫の絵をさんざん考えて買わなかったことを今でも後悔している。あの時は本当にお金がなかったが、有元の絵が8万円という破格だったのだ。あれは今でも後悔している。
何で絵が欲しいのかといわれても、実際、ただ欲しいから欲しいだけなのだ。今はそう何点も持っているわけではないけれども、いつかそのうち、たくさんの絵を家に飾れるといいなと思う。確かに絵を見て満足していれば他の人や生き物への害はないだろう。欲望の終点としての芸術、というものには確かに世界を平和にする効果があるかも知れない。
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地元の駅で降りて文教堂に行き、『コミックゼロサム』を買う。「ランドリオール」を読む。今月からアカデミー編再開、と思っていたら、イオンの回想編だった。でも確かに、こういうエピソードがあったならこのあたりに入れたいだろうなと思う。イオンとディアのエピソード。ディアがイオンのことを「何だか森で捕れた珍しい野生種が鎖で引っ張られていくみたいに見えたんだもの」と言ってるのはあまりにそのままでかなり可笑しかった。ただ、ちょっとディアの顔が上手く描けてない気がするな。この人の顔、実は難しいと思う。単行本に収録される時には描き直されているといいなと思う。ディアのお姉さんとDXのお見合いのエピソードをもう一度読み直してみようと思う。
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