裁判員裁判の結論は懲役15年/『ピアノの森』:どじっ子要員

Posted at 09/08/06

裁判員裁判。判決が出た。検察の求刑が懲役16年、被害者側代理人の求めが20年だったのに対し、判決は15年。どこで一年減ったのか。私が産経新聞のドキュメントで読んだ感じとしては、重めの判決が出るだろうとは思っていたので、おそらくは裁判員が重めの判断を出し、裁判官が軽めの判断をして、重い順から過半数(含む裁判官一名)で出たのが15年ということなんだろう。ということは、裁判官の少なくとも一人が15年を出し、後の2人はもっと軽かったのかもしれない。もちろん最終的に全員一致したのならその推測も意味がないが、裁判員裁判にしたことによって結果がどう違ったのか、そのあたりも検証するとよいだろうと思う。

しかし、陪審制もそうだが、裁判員制度というのは結局は国民一人一人が公権力の行使である裁判に関わるということ自体に意味があり、文字通り一人一人が社会のあり方に責任を持つというところに意義があるのだから、判決の軽重はこの際あまりこだわっても仕方ないように思う。昨日も書いたが、いろいろでてきた問題点について検討するのもいいけれども、そうした根本義のところから離れてはならないだろう。

教育委員会制度なども本来はこういう性格のもので、今は下手をすると特定の政治勢力に利用されてしまうという体たらくになっているが、裁判員制度がきちんと機能するようになってくると国民の意識も変わり、教育委員会制度などももっとまともに動くようになるかもしれないという期待もある。

昔の日本人はきちんとした見識を持っていても地縁血縁に縛られすぎてこうした近代民主主義的な制度を実行するのは難しかっただろうし、逆にこれから現状が続いていってしまうと日本人が劣化しすぎてこうした制度に耐えられなくなっていたかもしれない。そういうことを考えると、このタイミングで裁判員制度が導入されたのはわりとよかったかもしれないと思う。

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今朝は8時前に出て松本へ。10時半ごろにでて高速をとばして地元に戻ってきたのが11時15分。普通だったら1時間以上かかるから、やはり高速は早いなと思う。夏休みになって車の量がかなり多くなっていて、車線変更とかするのが面倒だなと思ったが。まあ東京周辺ならいつでもこんなものだろうとは思うのだけど。

朝職場に出てついでに買ったモーニング、まだきちんと全部読んでないけど、『ピアノの森』は読んだ。ついにこれから阿字野がパンウェイのピアノを聞く。そのパンウェイは阿字野のピアノに取り付かれた状態だったのが、前の演奏者・ソフィーが躓いて倒れたのを支えたりしてその拍子に我に返った。ソフィーを嫌がるパンウェイは実は同性愛者なのか?という疑問が出たり、また、前回ドレスの紐が切れ、今回はけっ躓いたソフィー・オルメッソンは「どじっ子」要員なのかという疑問が生じたり。それにしてもなかなか話が進まない。次回はたぶん3週間後だなあ。そのときには16巻がもう発売になっているけれども。

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