幸せの形
Posted at 09/02/14
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今まで、幸せの形は人それぞれ、だと思ってきたけれども、実はそんなにたくさんのパターンはないのではないかという気がしてきた。
「こうしたら幸せになれる」というパターン化された提案に反発する気持ちが強かったのだろう。またそうしても幸せになれなかったという反例には事欠かないことでもあるし。
しかしいろいろな人のことを考えても、幸せになるためにこういう努力をすればいい、というパターンはそんなに多くない。そういうマニュアルのようなものに対する反発はあるけれども、でも考えてみたらいい学校に入っていい仕事につく、というのも究極のマニュアルであって、そのパターン、マニュアルに添って教育とかそれに付随した産業は動いている。そのパターンが崩れていけば、生活が成り立たない人たちも多く出てくる。
だからそういう幸せになるためのいくつかの方法というものに沿って世の中は動いているわけで、一人一人まったく異なる方法を持つということにはならないのだ。そういう意味でいうと私は何か幻を追いかけていたのかもしれないという気もする。
「幸せな家庭は皆良く似ているが、不幸な家庭は皆一つ一つ違う」というような言葉が『アンナ・カレーニナ』の冒頭にあったが、この言葉の意味は、いくつかの(あるいはこの時代のロシアはほとんど唯一だったのかもしれないが)幸せになるための方法を実現した家庭のみが幸せなので当然よく似てくる、ということなのかもしれないと思った。
幸せになる方法、とはたとえば茶席の点前の一連の作法というようなものかもしれない。毎回同じ作法をたどり、それぞれ違う至福を得る、というようなもの、と勝手に想像だけはするけれども、まあちゃんとした茶席に出たことはないのでよくはわからない。だから利休がわび茶を提案したということは新しい幸せの形を提案したということであり、また古田織部が新しい数寄の茶を展開したということはまた新しい幸せの形を提案したということなのだろう。
バレエを見て幸せになったり、芝居を見て幸せになったりするのも、新しい演目は出てくるけれどもバレエや芝居という形そのものが違うわけではない。それを革新していくことは新しい幸せの提案ではあるが、古いものの魅力にも抗しがたいものがあることは水戸黄門の黄金パターンが容易には崩れないことと同じだろう。
同じようにいい学校を出、同じように就職し、同じように結婚し、同じように子どもが生まれ、同じように家庭を作る、という幸せの形のわかりやすさに対する反逆的な気持ちはやはり自分にはあるんだろうなと思う。しかしそうしたいわば現代の王道に対抗できるだけの新しい幸せの形を自分がつかみ得ているかといえばうなんずることは難しい。
幸せの形、という問題についてもう少し考えてみてもいいかもしれないと思う。
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"幸せの形"へのコメント
CommentData » Posted by kous37 at 09/02/14
たとえば、幸せになることをサポートする産業、というものを考えてみる。そんなにたくさんパターンがなければ、わりと対応可能で産業化が可能ということになる。