生きるための対立と調和
Posted at 08/09/10
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信州の朝はもうだいぶ涼しくなった。布団一枚では朝起きるときに寒いと感じる。机に向かうときもセーターを着てひざ掛けをした。6時過ぎに散歩に出かけたが、ジャケットを羽織っていてもやや冷えるなあという意識。とはいえ、9時過ぎに歯医者に行った帰りにはジャケットが邪魔なくらいに暑さを感じた。寒暖の差が大きい。家の前のコスモスが満開で、背丈もずいぶん大きくなった。
最近足の裏にたこが出来てなぜだろうと思っていたのだが、実家に帰ってわかった。実家ではいている靴の底が(といっても内側の柔らかい部分が)穴が開いているのだ。そこを踏み込むたびに足の裏がずれて、それでたこのように硬くなってしまったのだと理解。さっさと新しいのを買わなくては。
人と仲良くやったり対立したりするのは感情だけの問題ではない、ということに改めて気づく。それは生きるためなのだ。自分の生存を図るために、といってもそんなに意識しているとは限らないが、人と仲良くする。社会の中で生きていく以上、無用な対立に心を砕くよりも人と仲良くやっておくことの方が一般に生き易い。好きだから、好感を持っているから仲良くするというだけではない。また逆に、自分が生きにくい流れを強要されたとき、やはり人と対立することになる。その相手が嫌いだからというわけではなくとも、生きるためには対立せざるを得ない、そういう状況もある。
生きるといっても、人はパンのみにて生きるにあらずだから、やりたいこと、志を持ってそれを実現させてこその「生きる」ということであったり、自分に快適な環境の中でのびのびと楽しむことこそが「生きる」ということであったりする。それはより大きな大環境が約束してくれる多様な生きかたの中での自分の選択であって、生きかたの選択の幅がない時代であれば無理があっても適応して生きていかざるを得ない。そうふうに条件が厳しくなるとより抑制して協力し合うということもありえるし、生きるために敢えて対立しなければならないとしたらその真剣みも違うということになるだろう。時代が違えばこの人ともうまくやれただろうになあ、ということは思い返してみるとよくある。
しかし実際問題として、私はずいぶん長い間この問題を主に感情の側面から捕えていたことは否定できない。自分が主体性を持って行動していない状況では特にそうだ。自分がリーダーシップを握っているときは人の感情のことはあまり気にならない。自分があまり主体的に関われないものを感じている状況のときに問題を感情に還元する傾向があるということなのだと思った。
なんというか、特にうまく行っていない状況のときにその原因をあれこれ考えているうちに感情の問題に帰着するとかあらぬ想像をしているうちに不信感が高まっていったりするということも多い。うまくいっているときにはあまりそういうことはない。うまく行っていてもよけいな想像をして状況をがたがたにしてしまうこともないわけではないけれども、それは一般に年齢を重ねていくに連れて減っていくだろう。
自分の生きやすさを追求することと、人との折り合いをつけることは、大状況が厳しいときは比較的やりやすい。大状況が厳しいときは人は協力せざるを得なくなるからで、それが「戦友」というものだろう。
***
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堀田善衛『ミシェル 城館の人』第三部、現在206/467ページ。ボルドー市長としてユグノー戦争が激化した混乱の南西フランスを生きるモンテーニュ。『エセー』の作者がこんなに政治に関わっていた人だったとはやはりかなり意外だった。王母カトリーヌの意向を受けてさまざまな大物と折衝したり、ナヴァール公がモンテーニュの城館を訪れて一夜を過ごしたりもしているというのは何だかわくわくする。ナヴァール公とは、後にブルボン朝を開いたアンリ4世になる人で、当時はプロテスタントだった。彼は生まれたときにカトリックの洗礼を受け、後プロテスタントに改宗し、聖バルテルミーの虐殺の際に強要されてカトリックに戻り、後脱出してまたプロテスタントになっていた。最終的に1598年の何との勅令を出して信教の自由を認めた際に自らはカトリックに改宗し、4度目の改宗をしたわけだ。自分を田舎者に見せることを面白がっていたというこの貴公子は王妹マルグリットを公妃にしていたが、国王アンリ3世との対立が深まったこの時期に別れている。この時期の状況の定めのなさは、ケルンの大司教がプロテスタントに改宗するという大事件が代表している。
第3巻のここまでは、第5章までがドイツ・スイス・イタリアの大旅行について、第6章以降が旅行中に選出されたボルドー市長在任時代の奮闘という内容。公的なポジションについているので作家活動、思想内容の記述は少ない。
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