善友は助け合って成長し、悪友は誘い合って堕落する
Posted at 08/07/26 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
昨日。昼から夜にかけて仕事。かなり忙しかった。難しい問題もいくつかでてきたので、それについて考える。疲労蓄積。
今朝は朝起きてモーニングページを書く。主に昨夜の難しい問題について。少しだけ活元運動をし、父に愉気、朝食。母も不調だというので母にも愉気。8時56分の電車で松本へ。炎天下を歩く。外を歩いているときには汗があまり出ないのに、建物の中に入るとどっと出てくるのはなぜだろう。
体調について訪ねたら、頭が緩んでない、といわれた。苦笑。昨日から考えすぎだからなあ。折を見つけて活元運動をしなければと思う。駅ビルでパンを三つ買って帰りの電車の中で食べる。ちょうどいい普通がないのでまた特急に乗った。
『鍵山秀三郎語録』読了。凄い人だなあ、ということは思う。「善友は助け合って成長し、悪友は誘い合って堕落する」など、苦笑するしかない。また、「社員は服務規程に従って仕事をするのではない、社風に従って仕事をするのだ」というのもなるほど深いなあと思う。社風を向上させるのがまず第一だというのはよく分る。これは学校でも同じだ。みな校風に従って活動しているのだ。
今考えると、学校に勤務している時代、無意識の内に校風が一番大事だと感じていたのに、実際には一介の教員にそれを向上させることなんか無理だなあと最初からその可能性を排除していたなあと思う。それなりに学校をきれいにしようとかクラスの雰囲気をよくしようとか努力はしたけど、「校風をよくするために」という目標を持っていたわけではなく、どこかであきらめていたところがあった。「校風をよくしよう」と呼びかけるのも気恥ずかしく、また乗ってくる人も期待できないなあと、最初からあきらめていた。そういうことを言える雰囲気を作るということ自体が、校風の向上と言うことなんだろうなあと思うけど。
もちろん社長・校長が率先してやるべきことなのだが、数年で転出していく校長にやれることは限られている。というよりも、じっくりと校風を育むような余裕が、学校現場に与えられていないということが最大の問題なんだなと思った。
『芭蕉俳句集』。314/502ページ。だんだん後期の句のよさが分ってきた。
灌仏や皺手合(あはす)る珠数の音
これなんかいいなあ。灌仏会に老人が手を合わせて数珠を鳴らしながら一心にお経を唱えている。あるいは老僧と解釈すべきか。
芭蕉の俳句のよさというのは、どうもひとことではいえないところがある。やはり彼独特の観察眼にその特徴があると考えていいんだろうなあとは思うけど。
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