『ライン河幻想紀行』/地図の美しさ
Posted at 08/07/16 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
昨日。エミリー・ウングワレーの余熱さめやらず。瞑想を中心に世界の奥行きのことなど考える。mixiでの議論も一段落した感じ。家事など早めに片付け、活元運動をしようと思っていたが何だかんだで結局出るのがぎりぎりになった。10時半過ぎに出てパンを二つとリンゴジュースを買い、東京駅に出てあずさ回数券を買い、予約。そこまで来て『コミック乱TWINS』を買っていないことに気がつき、構内で買おうと思う。しかし構内をいろいろ探しても売っておらず、新宿駅に出てから構内の書店にも行ってみたが売ってなかった。コンビニならたいていどこでも売っているのだが、キオスクや構内の売り場はやはりコンビニとは違うんだなと思う。結局地元の駅で降りてからヤマザキデイリーで買った。
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電車の中では主にユゴー『ライン河幻想紀行』を読む。ユゴーのエッセイ、紀行文のようなものは読むのは初めてだが、考えてみれば詩は立ち読みしかしたことないし、『ああ無情』も少年向けの噛み砕いた翻訳しか読んでないのだ。世界の名作というものは、ついそういうものを読んだだけで、読んだことがあるような気になってしまうところがある。きちんとしたものを一度読んだ方がいいんだよなあとは思うのだが、なかなかそこまで手が回らないというのが正直なところ。しかしきっと、大人になってから読むと感じは全然違うんだろうと思う。
「河は商品を運ぶのと同じように思想を運ぶ」なんてカッコいいじゃないか。明晰な詩だ。基本的にデカルトの子孫なんだなこの人たちは、と思う。まだ20/283ページ。
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『芭蕉俳句集』。現在79/502ページ。「野ざらし紀行」の旅に出てから、芭蕉の句はやはり闊達になってるんだなと思う。旅に出ると、野辺の花や、美しいものに目が行くようになる。庵の中にいると苦しい生活の句が多くなるような気がする。少なくとも芭蕉の場合は、旅こそが詩の入り口という面が面が大きいのだろうなあと思う。
馬をさへながむる雪の朝哉
真っ白の雪の中、馬をどうどうと首を押さえながら、あたりに見とれている馬子というところだろうか。日常に降って湧いた非日常の幻想的世界。
世にヽほへ梅花一枝のみそさヾい
梅花にうぐいす、ではなくみそさざい。みそさざいという鳥を、ほんとうには私は知らないのだけど、名前と小柄なイメージに愛らしいものを感じる。
午後から夜にかけて仕事。にわか雨が多く、時々思わぬところに水が溜まっている。その水が腐ったりぼうふらが湧いたりするので、ときどき気をつけていないといけない。昨日も激しい夕立が何回かあった。仕事は、新しい仕事がいくつか入ったりしてコンスタントに。帰宅は10時前になった。ノートパソコンをたたむ?閉めるときのストッパーが壊れて慌てた。今セロテープで応急処置をしてあるが、さすがにもう寿命が近づいているのか。丸八年近くフルに使っている。
朝起きてからコミック乱TWINSを読む。「梅庵」が刺客を許し、逆に共闘を申し入れるという今までにない展開。あと面白かったのは『人形佐七捕物帳』『火消し辰五郎』『私本太平記』『大江戸万華鏡』といったところか。佐七、太平記はもちろん原作作品。辰五郎は江戸末期の侠客・新門辰五郎を取り上げている。小金井小次郎というのが出てくるが、その存在は知らなかったが、実在の人物のような描写だ。
『私本太平記』は第一部完。建武の新政成立後、足利尊氏と護良親王の対立で護良親王が鎌倉に幽閉されるところまで。高師直や弟忠義との対立、佐々木道誉の暗躍など、これからが面白いところなのではないかと思っていたが、人間関係が複雑になりすぎるのでこのへんで終わりにしたということか。それもまた一つの考え方かもしれない。第二部はTWINSでなく買っていない『コミック乱TWINS増刊・戦国武将列伝』での連載になるらしい。買うかどうか迷うところ。
『大江戸万華鏡』は伊能忠敬の一代記の、読みきり作品。伊能忠敬はもちろん初めて日本地図を作った人物であるが、その動機が「地図の美しさに感動したこと」というテーマ設定がこの作品の中心だと言っていいだろう。今までそういう観点で伊能図をとらえた伝記等は読んだことがなかった。
この中で忠敬は本当に楽しそうに測量や実測を行っており、たしかにそういう側面はあっただろうなあと思う。蝦夷地の測量を行って作成された地図を見て幕閣が「このような美しい地図は見たことがない!」と叫ぶ場面がある。また、東日本の測量完成後に作成された地図は江戸城大広間で観覧され、そのあまりの美しさに将軍の上覧を賜って、忠敬の測量が幕府御用の大掛かりな事業に格上げされた、と述べられている。
今まで、地図の正確さや緻密さが評価されて事業の格上げが行われたと私は思ってきたが、考えてみれば素人である幕府役人にそこまでよく分るとは考えにくいわけで、「美しさ」のゆえに高い評価を得た側面があるという指摘は目から鱗が落ちる思いがした。確かに伊能図は美しい。文政四年、忠敬の死後三年後に完成した「大日本沿海輿地全図」の美しさは、初めて日本列島というものを見たという大きな感動を呼んだに違いないが、その大きな要素として「美しさ」があったことは確かだと思う。
江戸時代というのは案外、いや案外ということもないのかもしれないが、審美的な時代というべきなんだろうと思った。
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