私には理解できない別の価値観:「よくない魔法のかかった場所」

Posted at 08/05/20

昨日。朝両親を見送ったあと、ブログを更新してから六本木ヒルズの森美術館に『ターナー賞の歩み展』を見に出かける。ターナー賞とはイギリスの新人アーチストを発掘する展覧会で80年代にはじまったのだそうだ。茅場町で日比谷線に乗り換え、六本木で降りて森美術館に向かう。駅0分と書いてあったが、これは看板に偽りありだ。2階に出てさらに美術館入り口の3階に上り、エレベーターで52階へ。そこもまだ入り口ではなく、エスカレーターで53階に上る。クロークがどこだかトイレがどこだかも分りにくく、傘は1階で取り上げられるし、何だかあんまり感じのよくない美術館だと思った。警備用か、係員がみんなイヤホンをつけてるのも何だか監視されているみたいで気持ち悪い。

展覧会自体は、うーん、微妙。80年代、90年代のものは思いっきりいわゆる現代アートという感じで、そのコンセプトを面白いと思うかどうかが評価の分かれ目ということだろう。多分日本人なら面白く思わないだろうなというようなものが評価されているのはお国柄というものか。ていうか、イギリスのアートというもののレベル自体が(もともとイギリスは文学の国だという自己規定があり、アートが見直されてきたのは近年のことらしい)
しかし2000年以降の受賞者の作品は私もいいなと思うのがあった。2000年に受賞のヴォルフガング・ティルマンスのフォト・アート。2006年受賞のトマ・アブツのキャンパスの質感鮮やかな(何と言ったらいいのか)抽象画。このふたつは見に行った甲斐があったなという感じ。あと、鳥がたくさん飛んでいる映像もよかったが作者名は忘れた(ジェレミー・デラーだったかな)。スティーブ・マックイーンのビデオは笑った。ダミアン・ハーストの牛を叩き割ったのが知られているようだが、私はこれは好きではなかった。やっぱティルマンスとアブツだな。

見終わったあと屋上に出る。東京タワーから品川にかけて、高層ビルがぼんぼん建っててまるで近未来都市だと思った。2008年の東京ってこういうものなんだなあ、外観的には。台風が来る前の風の強い地上250メートルではあったが、これは企画としてはなかなか面白い。単純だけど。

そのあとBMWをたくさんペインティングしたのを展示してあったりいろいろあったが、どうも世の中にはこういうのがいいと思う人もいるの?という感じがした。何という過去の六本木ヒルズという建物、森美術館とかその他総体を含めて、何か私には理解できない別の価値観に支配されているところという感じ。ナルニア国物語風にいえば、「よくない魔法がかかった場所」という感じだった。それは「富裕層」という言葉のもつ「よくなさ」に通じるものがある。私も少しは金を持つようになったら少しはこういうものも理解できるようになるのだろうか。いや、無理だな多分。金を持つのが?いや、理解するのが。(笑)まあそういうわけでさっさと退散。この展覧会も、現代美術館などでやってくれれば、もっとじっくり見る気になったのになあと思わないでもない。とにかく私にとってはヤな感じのするところ。

まあお清めというわけでもないが気分転換に銀座に出る。といっても教文館で本を物色しただけだが。友人からずっと勧められていたゴーゴリを古典新訳文庫で買うことにする。ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』(光文社古典新訳文庫、2006)。感想は後ろで。昼食等の買い物をして帰宅。

うちに帰ってきたらどっと疲れが出た。残っているもので昼食を済ませ、少し休む。『カラマーゾフの兄弟』の第5巻の、『生涯』『解題』等を読む。『NANA』19巻も買った。これはもうCookieの連載で一度読んでいるので特に目新しくはなく。

火曜日に用事があるので月曜の最終で帰郷。台風の影響で雨がだいぶ降ってきた。郷里についたのは深夜。本を少し読んで就寝。朝までずっと雨が降り続いた。

***

カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)
ドストエフスキー
光文社

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『カラマーゾフの兄弟』5巻巻末の「ドストエフスキーの生涯」。ドストエフスキーの作品のポリフォニー的構造=個々の主人公が独立した声を持つ、という指摘になるほどと思う。ドストエフスキーの土壌主義。そのほか、19世紀ロシアの文学と政治の話はいろいろなるほどと思いながら読んだ。政治史は一通り追いかけてはいるが、文学を押さえることでこの時代のロシアに対する理解は飛躍的に深まるなと思う。

「解題 「父」を「殺した」のは誰か」。この小説の三層構造。象徴層、自伝層、物語層。二元論、独白、ポリフォニー。そしてそのそれぞれがアリョーシャ、イワン、ドミートリーによって担われている、という分析は面白い。そのほか細かいところはあるが、確かにこの小説はいろいろな分析を許す大きさがある。まあこういうものを読むのも読みや考えが深まっていいかもしれないとも思う。現在226/365ページ。(5巻)


鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)
ゴーゴリ
光文社

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ゴーゴリ『鼻/外套/査察官』(光文社古典新訳文庫、2006)。現在「鼻」を読み終え、「外套」の途中。93/372ページ。「鼻」はデタラメな話で面白いが、同じ変身?ものでもカフカに比べればほんわかしてのんびりしている感じがする。語り口が落語のせいもあるか。この語り口は賛否両論あるだろうな。しかし、これでなければ私は読む気がしなかったし、まあ成功していると言っていいのではないだろうか。休み休み読んでいる。不条理というよりはノンセンスか。しかしルイス・キャロルとは違うんだが。

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by Luke Peterson

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