3センチの深淵/シェークスピアの再評価
Posted at 08/04/27 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
| 詩学 (1968年)西脇 順三郎筑摩書房このアイテムの詳細を見る |
昨日。仕事は暇だった。仕事前、とにかく何とか頑張って西脇順三郎『詩学』は前半の表題作「詩学」を読了。後半の「ボードレールと私」はまだ残っているが、詩の理論についてはかなり勉強になった感じだ。
一番わかりにくいのが「イロニイ」という概念。これを「皮肉」と訳すと安っぽくなる。皮肉というとあてつけがましいが、そういう意図は必ずしもない「反語」なのであって、ただ「反語」の面白さ、というのを深いところまで理解するのが難しいということなのだろうと思う、私自身にとって。絶対の存在が相対で、相対の存在が絶対。「絶対の神」が「絶対の紙」になったり「相対の神」になったりするのがまあイロニイということだろう。「小さき神の作りし子ら」なんていう題はそういう意味ではアイロニカルだ。
「僕らが非情の大河を下るとき」「火のようにさみしい姉がいて」なんていう清水邦雄の戯曲の題名が昔すごいなあと思っていたのだけど、これらはアイロニカルだ。まあ実はもともとの言葉がどうもありそうなのだけど。
「永遠の一瞬」とか「3センチの深淵」なんていうのもなんとなく意味ありげで広がりはあるなあ。ただ並べるだけでは順列組み合わせでポエムマトリックスに過ぎないけれども。とまあ御託を並べてみる。
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高山宏『近代文化史入門』120ページ。なかなか面白い。17~20世紀にかけての主に英文学史の話は正統派の物しかちゃんと読んだことがなかったのだけど、高山の視点の方が学際的に見て真っ当だと思う。特にシェイクスピアの再評価の問題についてちゃんと書かれているものを今まで読んだことがなかったので、非常に興味深かった。20世紀になるまでシェークスピアがきちんと上演されてなかったと言うのは、現代の我々にとってはとても意外なことだ。
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