『国家情報戦略』/知識人の役割

Posted at 07/08/01

昨日帰郷。特急の中で佐藤優・高永喆『国家情報戦略』(講談社α新書、2007)を読む。読了。

国家情報戦略 (講談社+α新書)
佐藤 優,コウ・ヨンチョル
講談社

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インテリジェンスに関する仕事をし、ともに失脚した日韓の俊秀の対談は興味深い。韓国、北朝鮮、日本、そして陸軍中野学校の情報戦略についての話が中心。

いくつかメモ。瀬島龍三をモデルにした山崎豊子の『不毛地帯』という小説でシベリア抑留体験が書かれているということ、朴正熙大統領時代の経済政策における瀬島龍三の役割などははじめて知った。

韓国の軍隊組織は日本の軍隊出身者によって作られた。戦前に軍隊に入った高の父親の世代は日本に対して懐かしい思い出を持っている、という。この当たり、台湾ではよく聞く話だが、韓国でもやはりそういうことは表に出てこないだけで当然あるのだなと思った。また北朝鮮の情報機関も中野学校の技術を相当程度受け継いでいるらしく、そういう意味で大日本帝国の遺産は東アジアにまだ相当生き残っているというべきなのだろう。そいう言うものが一番なくなってしまったのは日本自身なのかもしれない。旧日本軍の実態というものを知ろうと思ったら案外韓国や北朝鮮の軍隊を研究するというのはありかもしれないと思った。

プロのスパイは三つの目を持つべき。空から全体を鳥瞰する「鳥の目」、顕微鏡をのぞくように焦点を絞る「虫の目」、そして潮の流れをキャッチする「魚の目」。これはなるほどと思うし、これが必要なのはスパイに限らないだろう。鳥の目と虫の目は誰でも考え付くと思うが、「潮の流れをキャッチする魚の目」という表現にはちょっとうならされた。流れを見られる能力というのは本当に必要だなと思う。今回の参院選なども首相周辺にそういう人がいたら結果は少しは違っていたかもしれないのに、と思う。

韓国は日本やアメリカに対してもさまざまな情報収集を行っているが、日本はアメリカの情報はほとんど収集してないのだという。これは少し驚いた。米議会のロビー工作をはじめ、やるべきことはあるはずだ。そんなことをしているから奇天烈な慰安婦決議が採択されたりするのだ。もっとしっかりやってほしい。

アメリカのNSAの諜報衛星と偵察機による探知能力は、金正日の生活音まで把握できるというし、写真の解像度は自動車のナンバープレートまで読めるという。そこまで言われると現実感がないが、民間企業でもグーグルアースのようなことができるのだから、アメリカの巨大な予算をつぎ込まれている諜報衛星の能力も信じがたいほどであっても不思議はないかもしれない。

エシュロンの通信傍受に参加しているのは一次加盟国の米英だけでなく、二次加盟国のアングロサクソン諸国、すなわちカナダ・オーストラリア・ニュージーランドまで完全な盗聴情報を共有しているのだという。これらにはやはり民族的な安心感のようなものがあるのだろう。NATO諸国と日韓が3次加盟国としてエシュロンの事業に参加しているということははじめて知ったが、すべての情報が流れてくるわけではないのだという。まあ海上自衛隊の情報漏洩の体たらくなど見ているとこんな連中に最高機密情報を流したくはないだろうなと思ってしまう。大体日本にはスパイ防止法的な法律がないわけだし、日本政府と自衛隊のある程度のレベルにまで重要情報が流れてきたら誰がいつどこにリークするか分ったものではない。日本も独自に情報収集体制を強化すべきだが、この情報を守れない体質というものをどうにかしない限り厳しいものがある気がする。

日米戦争中、無差別爆撃という国際法違反行為をした米兵を日本側が処刑したが、それが銃殺なら問題なかったのだけど、日本刀で処刑したために捕虜虐待になったという話があるらしい。こちらは死ぬなら一緒だと思うが、あちらさんはそうは思わない、という話が印象的。けっこうそういう文化の相違で戦犯にされた人たちがBC級には多かったはずだ。ばかばかしい。

そのほか白洲次郎の周辺がイギリスの対日工作に関係していたのではないかとか、ゾルゲはコミュニストロシアのスパイというよりナチスドイツのスパイというべきではなかったかとか、新たな問題提起も見られるが、そのあたりの当否はよく分らない。

***

オルハン・パムク『雪』。現在292ページ。


オルハン・パムク,和久井 路子
藤原書店

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ちょっとあとがきを読んで、パムクがプーシキンの『エルズルム紀行』を読んでいたことを知る。そのあたりの連想からはっと思ったのだが、この『雪』という小説は構造上、プーシキンの唯一の長編(中編)小説『大尉の娘』によく似ている。『大尉の娘』はロシア帝国の青年将校がプガチョフの乱に巻き込まれ、首領のプガチョフと友情にも似た関係を築きつつ、しかしロシア国家のために戦う様が描かれている。プガチョフ軍の中に紛れ込みながら殺されることなく、しかもそういう関係を築き、それでいてロシア軍の中でも戦いを続ける傍観者であり友情を持ちつづける主人公の姿勢が、『雪』の主人公Kaが政治的イスラムの中心人物たちとも、クーデターを起こした演劇青年・共和派の人々の中心人物たちとも奇妙な友情関係を持ち、ある意味傍観者でもある様子と共通するものがある。多分、それがヨーロッパ文明におけるインテリ=知識人の立ち位置なんだろうと思う。トルコがヨーロッパ文明の国ということは出来ないにしても、ロシアもまた単純にはそうはいえない国で、ヨーロッパというよりは東欧諸国のそれというべきなのかもしれない。Kaは詩人として、おそらくは高い尊敬を受けえる立場が東欧的メンタリティにおいてはあるのだと思う。東欧とは、詩人が大統領に選出される文明圏である。

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