日記才人閉鎖
Posted at 07/06/21
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さっき更新報告して、日記才人が閉鎖になるということを知った。
私は1999年に日記猿人の存在を知り、参加した。今使っている番号(6039)は多分、二つ目の日記の番号なので、古い方は確か4000番台だったと思う。今見ると新しい日記は40000番台になっているし、今昔の感がある。
実際、こういうサイトを運営するのは大変だろうと思っていたし、でもそれをボランティアでやってくださる方たちのおかげで、いろいろ好き勝手なことを書いているのにたくさんの人に読みに来てもらえた。2007年の今はこういう結節点になるようなサイトを全くのボランティアでやるということはもう流行の外になってしまったのかもしれない。当時日記才人で書いていた人たちの中にも、ミクシィの中に行ってしまった人はたくさんいるだろう。私自身もミクシィは使っているが、やっぱりあんまり打ち込めないな。一日30アクセスくらいだった日記を日記猿人に登録して、毎日更新していたらあっという間に3桁を超え、50票以上の得票になった頃はほんとうに病み付きになっていた。今はさくらインターネットのアクセス解析によれば一日1300くらい(サイト全体をあわせて)訪問者があるのだが、あの頃のどきどき感とは質が違う。あの頃は日記猿人=日記才人全体が、実際、ほんとうに熱かった。
堀内さんが昔馴染みの古い店が取り壊されることになった感慨と書いていらっしゃるが、みんなそんなふうに思ってるのだと思う。古いなじみの店、というのは新しくは生まれない。なくなったからって同じような店がそう簡単に見つかるわけもない。だから、「さて、ドアを開け、こんどはどこに行こうか。しかし、そんなあては、なぜかひとつも思いつかないのだった。」という堀内さんの言葉には、感慨無量だ。
閉鎖の詳細についても、ミクシィのコミュの方で書かれているということで、今まで知らなかったのだが、そのためにコミュに参加した。いろいろな意味で、限界を超えていたのだなあと思う。ボランティアの方々の努力も、時代の趨勢も。
日記才人がなければ出会えなかった多くの人々がいる。「陽のあたる教室」のラストシーンのように、たくさんの顔が思い浮かぶ。本当は実際にはお会いしたことのない方がほとんどなのだが。顔も知らないのにその人の息遣いがなぜか思い浮かんでしまうのは、日記と言う特殊なものを読みあった特殊な関係だからなのだろう。
そういう不思議な空間を提供してくれた日記才人の関係者のみなさまに、心から感謝を申し上げたいと思う。
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