瀬戸内寂聴『秘花』

Posted at 07/06/06

瀬戸内寂聴『秘花』(新潮社、2007)。

秘花

新潮社

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何度も書くが、思ったよりずっと面白かった。考えてみたら、私は瀬戸内の仏教本みたいなのとか美輪明宏やヤンキー先生との対談本などは読んだことがあるが、瀬戸内の小説を読むのは初めてなのだった。若いころの作品を読もうと思って読み始めてみたこともあるのだが、あんまり愛憎の交錯がありすぎて、毒気に当てられて途中で投げ出してしまったのだ。瀬戸内は私にとって、「読めない作家」の一人だった。

『秘花』はしかし、能楽の祖・世阿弥が主人公であるので、完全なフィクションでもないし、また現代劇でもないからストレートさがやや中和されているように思うし、私などにとってはエロスの交錯もちょうど読みやすいぐらいの感じなんだろうと思う。ここを入り口にして彼女の作品を読んでいくことができるかもしれないと思う。

全体は四部構成で、短い序がついている。装丁・題字は横尾忠則だ。たしかに横尾ワールドが横溢している。序章と第一章は昨年『新潮』の12月号に掲載され、二章以降は書き下ろしだという。以下は感想だが、物語の進行にかなり踏み込んでいる部分があるので、今読み始めようとしている方は読み終わってからになさった方がよいとおもう。

一章は佐渡に流される船の中の情景ではじまり、身に覚えのない罪状で佐渡に流されることが決まってからそれまでのことが回想され、さらに生まれてこの方の将軍義満や准后二条良基との「交流」、妻のこと、息子たちのことが語られる。二章では船の中での情景が続き、回想は天才である父・観阿弥の記憶、その観阿弥におまえは天才だといわれつづけながら育てられたこと、父の死後、座頭となっていく重さ、芸や作能についてのさまざまな考察、養子に迎えた弟の子・元重と、そのあとで生まれた元雅、元能の三人の子ども、実子がかわいいあまり確執が生まれていく元重との関係、懸命に育て上げようとした元雅に先立たれ、また出家してしまった元能という家庭における不遇などが語られて、特に元雅を無くした衝撃の大きさはこの小説の最大の通奏低音になっているように思った。

第三章では佐渡の生活が語られ、特に順徳院の悲劇について語られる。「罪なくして配所の月を見る」という言葉が印象的だが、罪なき罪で都をおわれた人々の悲しみが世阿弥自身の悲しみと重なって語られるが、なぜか自分が作能できなかった『俊寛』を、元雅が書き上げ、それを世阿弥自身が演じたことなどが不思議に今日の運命を暗示していたのかと思わされ、佐渡でも作能を続けていく気持ちになる。

それまでの三章は世阿弥の一人称だが、四章は世阿弥の死後に佐渡を訪れた元能に晩年の世阿弥に仕えた女が語る形式になる。それまでの世阿弥の一人称では語り尽くせない世阿弥自身の風体を語り手を変えることによって描写できるようにするというのはなるほど工夫だなと思った。たいした意味もなく語り手を変える小説がままあるが、この作品でははっきりした必然性があるので不自然に感じさせない。

結局のこの作品でいったい何に一番感心したのだろうと思うと、この「自然さ」なんだろうと思った。数百年前の偉人、それもおびただしい文献が残っている半ば神のような存在を一人の人間としてどうとらえ、描き出していくのかというのは作家の重要な手腕だ。結局作家がその人間を作家なりに十分理解したと思わなければ作品にすることは出来ないだろう。ルネサンス期の多くの人物を小説にしている塩野七生も、レオナルド・ダ・ヴィンチだけは小説にできないと言っていた。人間性や芸術面はともかく、彼の科学者性について、自分は絶対に自分のものとして理解できないから、というわけだ。万能の天才というのはそういう意味で、逆に小説のたねにはされにくいものかもしれない。

もちろん一応は歴史学を専攻した私などから見れば、ツッコミを入れたくなるところは多々あるし、「ソースを出せ」ではないが、何を根拠にこの描写をしたのか、何か出典があるのか想像だけで書いているのか、そういうことが気になる部分はたくさんある。特に私などが気になるのは二条良基を「北朝の政治家としては最高のお方なのです。」と紹介していたり、佐渡で「女」が世阿弥に「お茶」を入れたりするところで、北朝側の人々が自分たちの朝廷の高官を「北朝の政治家」などということはちょっとないんじゃないかとか(南朝の人々を非正統派として南朝ということはありえても)、茶道大成前にいったいどんなお茶を入れていたのか、煎茶なのか抹茶なのか、果たしてこの時代の佐渡にお茶など渡来していたのか、まるで現代の作家が一息入れるときに飲むお茶のような気軽な存在だったのかとか、そんなことは気になる。まあそんなことはちょっと重箱の隅をつつくようなことだということになるだろうし実際私もそこまで考証にこだわりすぎると書けなくなってしまう部分もあるだろうから気にしすぎなんだろうとは思う。

しかし、先日も書いたが二条良基が東大寺尊勝院に送った世阿弥を絶賛する手紙などは一瞬瀬戸内自身が創作したものかと思いあまりの出来に心底恐ろしくなってしまったりしたのだが、(もちろんそんなことはなく、これはどうも有名な書状らしい)そんな錯誤をするくらい自然にこの書状が挟まれていたということなのだ。実に資料の使い方がうまく、それだけ中身も読み込んでいるし、能の内容についても深く研究しているのだろうと思う。実際の能の内容になると私にはわからないことが多く、ほうそうですかとしかいえないが、それでも間断なく楽しめたのだから、たとえ能の解釈に不適切なところがあったとしても、小説の材料としてはうまく使っているということは間違いない。

Wikipediaで調べてみると佐渡に渡った後の世阿弥については不明のことが多いらしく、だからこそ自由に小説的想像力を働かせて書けるという部分も多いのだろうと思った。時代小説というのはどうしても固定観念にとらわれてしまうし、また古い時代の見方については歴史研究が進むに連れて、特にここ数十年のこの時代の研究の進展は著しいのだが、年配の作家にとっては新しい研究動向についていくのは大変なことだと思う。しかし、瀬戸内は彼女なりにそうした新しい研究動向も相当こなしていると思うし、そういう研究動向を知らない昔からの文学ファンにとっても無理なく読めるように書いていると思う。そういうことを考えると、やはり彼女は作家としてたいした人だと思う。85歳でこれだけ頭が柔軟な人というのはなかなかいないだろうと思う。

瀬戸内の作品はほかに読んでいないので他との比較は出来ないが、ああこういうのが瀬戸内ワールドなんだなと思う個所はいろいろあった。そういう濡れ場のようなところについて、いろいろと拒否反応があるかたもあったようだが、私はそんなに気にならなかった。特に男色の場面は大体自分自身がよくわからないので、何が自然で何が不自然なのかよくわからない。義満の愛妾の高橋殿がわたし的には結構ツボにはまるキャラクターで、もっとたくさん出てきて欲しかったと思う。義満とか、高橋殿とか、世阿弥の妻になる白拍子の椿とか、二条良基とか、そのあたりのくんずほぐれつはまあたしかに好き嫌いはあるかもしれないなとは思うが、それ自体はそんなに気にはならなかった。睦言がもっと間接的な表現の方がもっと情趣が深かったと思うが、室町期の男色でどんな睦言が交わされていたのか私は研究したこともないし見当もつかないので仕方がない。でも源氏とかから引用してもいいんじゃないかとは思うけど。

このあたり、歴史小説(あるいは大河ドラマなどの時代劇)というものをどう考えるかという根源に関わる問題で、その時代の風俗や言葉遣い、ものの考え方などを徹底的に可能な限り再現するという考え方と、ある面では現代的な思考や言葉遣いが入ってきても仕方がないという考え方もある。もちろん時代背景やら風俗やら根幹をなすところが変に現代が混入したら興醒めだが、室町時代の人の思考は多分現代人がそのまま理解することは難しい部分もあるだろうし、また作家も読み手も現代人である以上現代的な感じ方や考え方が入ってしまうのはある程度仕方がなく、そうであってこそより文学的な共感が生まれるという部分もあると思う。私はどちらかというと前者をなるべくやってほしいと思う方だが、形は出来ていても魂が入らないものになる可能性もあるし、現代人が書き現代人が読む現代小説である以上、ある程度は目をつぶるべきなのかもしれないと思う。『秘花』に関しては、私の場合は目をつぶる以上に与えられた感動というものが大きかったので、まあそれでいいんだろうと思った。

四章の女が描写する世阿弥は全く魅力的な爺さんだと思う。誰かモデルがあるんだろうか。

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by Luke Peterson

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