冒険活劇/社会的許容の限界を追求すること/霊障マンガ家
Posted at 07/05/28
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昨日。夕方神保町に出かけ、書泉ブックマートでマンガを3冊買った。花輪和一『続不成仏霊童女』(ぶんか社、2007)、高橋葉介『夜姫さま』(ぶんか社、2007)、もりもと崇『鳴渡雷神於新全伝 第二集』(小池書院、2007)。最近は丸善の丸の内本店でマンガをざあっと見て新しいのがなければそのまま、ということが多いが、やはりこういうマニアックな作品群は神田まで来ないとなかなか見つけられないと改めて思う。
もりもと崇『鳴渡雷神於新全伝 第2集』。
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明治初期という古い秩序と新しい秩序が交錯する混沌の時代に、だからこそ底抜けの青天井の明るさのようなものもあった、ということがよくわかる。戦後の何もない明るさと、明治初期の明るさはきっと似ているのだろう。この時代に、得意の上方、特に神戸の居留地を中心とした「冒険活劇」が展開される。
主人公というか、物語の狂言回しは自由党系の新聞社の探訪員・専三で、そこに民権の女権闘士・岸田俊子や主人公の巨大な女盗賊・雷神お新が絡んでいく。活劇は主にお新が中心に展開されるが、そこに明治初期の大立者、板垣退助やら中島信行、あるいは川上音二郎などが登場する。明治初期というのは幕末に比べるとあまり振り返られることのない地味な時代なのだが、毒婦物などに代表されるようなアナーキーな自由があった時代でもあるということがよくわかる。それをプラスに評価するのかマイナスに評価するのかは難しいが。
もりもと崇はどちらかというと一話読みきりの静的なかっちりした構造の作品を描く作家だと思っていたのだけど、この作品はとてもダイナミックで、そういう意味で「活劇」といいたい感じがする。諸星大二郎がやはりこのタイプの作家だと思うが、唯一『西遊妖猿伝』が冒険活劇だ。こういう作家の描くダイナミックなストーリーは多分作家にとってはかなり苦しい作品制作過程だとは思うけれども、読む側としては作家の苦しさまで含めて読み応えがあるものだなと思う。『鳴渡雷於新』の活劇性は第一集でも十分発揮されていたが、第二集になってさらにドライブがかかっていると言うか、ターボ的な加速が見られているように思う。『刃』という発表の場が確保されていることは大きいんだろうなと思う。
***
高橋葉介『夜姫さま』
![]() | 夜姫さまぶんか社このアイテムの詳細を見る |
高橋葉介というマンガ家はもともとそんなに好きではないので、作品集を見ても買いたいと思うことはあまりないのだけど、今回はフランスの妖精ものを読んでいることもあり、お姫様ものかなと思って買ってみた。私は「墓掘りサム」のような寓話的なものが高橋にはあっていると思うのだけど、本人は社会的に許されるかどうかの境目あたりのホラー的な表現が好きらしい。社会が許容するか否かというのは時代によって違うので、あまりそのあたりを追求しても生産的ではないと私は思うのだけど。20年前のエロ本の水準で戦っていた人たちの苦労話とか、今聞いても本当に昔話になるだけで、インスピレーションの源泉などにはなりそうもないし。もっと人間性の根源に迫っていくことがこの作家には出来ると思うのだけど、私がそういう作品を読んでいないだけなのだろうか。
***
花輪和一『不成仏霊童女』。
![]() | 不成仏霊童女 続 (2)ぶんか社このアイテムの詳細を見る |
霊障マンガ家を自称する花輪和一だが、この『不成仏霊童女』はまさに花輪の霊障の核心に迫るような作品であると思う。まあそういう作家だから毎月コンスタントに作品を連載するなどという器用なことは出来ないのだが、最新作は今年の二月の掲載作品なので、頑張っているんだなあと安心する、というところがある。
近作は、何というか最近のいくつかの精神病例的な親子間の殺人や女の子の監禁事件などに触発されたかと思うようなものが多い。それに花輪的な批評性と、花輪の信仰の大義と、彼の魂に感じる疑問のようなものが表出されている。彼自身が幼時の拷問のような体験を抱えているだけに、一見幸せそうな人の心に巣食う闇のようなものは、純粋に不可解なのだろうという気がする。
月の光を受けて雨になって消えた
なんでだろう 変だな
土の上に人の手の跡が…
どうして?わからない でも月の光はとてもきれいだ
人は見掛けによらぬものである
まじめで働き者の孝行息子が突然親を殺したり…
誰が見ても幸福そうな家で子が親に殺されたり…
本当に外側を見ただけではわからない
しかし表紙の絵はなんとしたものかなあ。もっと可愛い絵の方が私は好きなのだけど、こういう絵を選んだのはなぜなんだろうという気がする。
読み終わってから『コロポックル』を出してきてもう一度読み直した。屈託の強さに耐えながら淡々とこういうマンガを描いていたときの花輪は、きっときつかったのだろうと思う。そういう意味では、『不成仏霊童女』を書くほうが楽だったのかもしれない。
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