「いいかげん」と「野放図」/翻訳者による味わいの違い

Posted at 06/03/23

昨日帰郷。午後から夜まで仕事。それなりに忙しい。雨が降っていたのが、途中から雪になった。朝起きてみると、うっすらと積もっている。春の雪だからすぐなくなってしまうけれども、東京で桜が咲いている(私はまだ見ていないが)のに春分が過ぎて雪か、と思った。昨日は頭を悩ませていた、一緒に仕事をしている人の性格がようやく理解でき、少し気が楽になった。いいかげんなのではなく、野放図なのだ。私などは仕事をよくするためには緻密な方向にしか考えられないのだが、考えるベクトルがまったく違うので理解できないという深い思いに囚われてしまっていたのだ。とにかくやりたいようにやらせ、その上でまずいところを厳しくきちんとさせていくのがいいだろうと方針が立った。結果がどうでるかはわからないが、こういう行き方も有りだろう。それしか出来ないんだから仕方がないし。

気が楽になったせいかよく寝た。昨日は丸の内の丸善で岩波文庫版の『大尉の娘』が出ていたので買う。これは河出書房新社版『プーシキン全集』に所収されているのと同じ神西清訳で、巻末に神西の翻訳に関するエッセイが3本収録されている。まだ読みかけだが、この訳は面白い。中村白葉訳が格調が高く、「美」が前面に出ているのに対し、こちらの訳は各場面のユーモラスな面白さが十分に引き出されている。特に主人公ピョートルと敵役シヴァーブリンとの決闘が司令官のミローノフ大尉にばれて連行される場面など、中村訳ではどこが面白いのかあまりよくわからなかったが、神西訳を読んで大笑いした。翻訳者には翻訳者の向き不向きというものがあるなあとしみじみ思う。

朝食のときに少し外に出て家の際に可憐な紫の花が咲いているのを見つけた。なんという名かわからないが、美しい。


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