プーシキンめぐり/恥多き青春

Posted at 06/02/20

朝方は晴れそうで、薄日も射していたのだが、だんだん雲が厚くなってきて、今日も一日曇り空になりそうだ。暦が確かめられないのではっきり分からないが、二十四節気の雨水が昨日あたりではないかと思う。雨水を含む月が旧の正月である。極寒は抜け出したがまだまだ寒い、しかしちらほら春の気配がある、そういう季節が旧の正月で、まさに初春というのが今くらいなのだろう。暦の不一致から今は初春でなく早春というわけだが、まだまだ春は名のみの風の寒さである。

こういうことは毎年この季節、一度は書いてみたくなるな。

昨日は一日プーシキン漬けで全集を読み、本を探しに行き、ネットでも情報を探る。かなりいろいろな情報を得るが、この辺りを見ると、世界中のロシア人にとってプーシキンがいかに特別の存在かということが分かって思わず襟を正される。

4時前に出かけて丸の内丸善で本を探そうと思ったのだが、忘れていたのだけど昨日は丸の内オアゾが全館休館だったのだ。大手町の駅で降りてからそれに気がつき、地下道経由で八重洲ブックセンターまで行って外国文学の棚と歴史・地理・世界情勢関係の棚を探す。購入したのは『世界歴史大系 ロシア史 2』(山川出版社、1994)、藻利佳彦『プーシキンへの誘い』(東洋書店ユーラシアブックレット24、2001)。それだけ買って京橋まで歩き、日本橋の丸善に入ってちょっと本を物色し、クロポトキン『ロシア文学の理想と現実・上』(岩波文庫、1984)を購入。コレドまで歩き、地下のプレッセで夕食の買い物。カヴェルネ・ソーヴィニョンを謳う小瓶のワインを買ってみる。

それぞれ少しずつ読んでは見たけれど、基本的には『プーシキン全集』の1巻と5巻を前のほうから読んでみる。1巻、抒情詩は南方への追放前までのところを読み終わり、同時期に書かれた物語詩「ルスラーンとリュドミーラ」を読む。このあたりまでプーシキンも若書きというか、さまざまな先行者の形式を借りたり、よく使われているモチーフやテーマを使ったり、つまりある意味でステロタイプを駆使してパッチワークで自分の作品を組み立てているような感じがする。そのパッチワークの部品には、自ら書いた「抒情詩」(白骨化した死せる騎士のイメージなど)も使っているのだが。

抒情詩では「ツァールスコエ・セローの思い出」がいい。ツァールスコエ・セローに離宮を建設したのはエカチェリーナ2世だが、その後継者を持って自認するアレクサンドル1世とその時代の祖国戦争=ナポレオンのロシア遠征における輝かしいロシアの勝利を溌剌と歌っていてとてもさわやかである。プーシキンにとってツァールスコエ・セローのリツェイ(フランスのリセに当たると考えてよかろう)がいかに青春の思い出の地であるかを髣髴とさせる多くの詩もいい。私なら大学の教養学部のあった都内某所の思い出、ということになるか。恥多き青春を思い出すが、プーシキンを読んでいてもそのあたり微苦笑を誘われる部分もあり、青春とは恥多きものと今更ながら思わずにはいられない。

「自由」「農村」などプーシキンの南方追放の原因となった詩についてはなんとも評価が難しい。ただ、読み直してみるとそれほど拒否感もないので、また改めて読んでみて書くなら書こうと思う。

評論も最初は読みにくかったが、だいぶ慣れてきた。


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