塩野七生『ローマ人の物語』危機と克服

Posted at 05/10/03

昨日はほとんど外出せず。仕事をして物を書いて本を読んで。調べ物はあまり必要ないところだったから本といっても仕事に関係のある本ではなく塩野七生『ローマ人の物語』21-23巻「危機と克服」(新潮文庫)を今朝までかけて一気に読了。

ネロの死後、相次いで皇帝となったガルバ、オトー、ヴィテリウスと、ヴィテリウスを倒してフラヴィウス朝を開いたヴェスパシアヌス、その子ティトゥスとドミティアヌス、ドミティアヌスが殺されたのちの五賢帝最初の一人ネルヴァまでが「危機と克服」の内容である。このあたりは今までほとんど読んだことがなく、短命な皇帝たちについてもほとんど認識はなかったので興味深いところが多かった。

同時代の文人たちとしてタキトゥス、スヴェトニウス、大プリニウス、小プリニウス、クィンティリアヌス、マルティアリス、ヨセフス・フラヴィウスとビッグネームも知らなかった人も取り混ぜてこれだけの人が上がっているのもローマの繁栄を反映したといってよいだろうと思う。スヴェトニウスの『ローマ皇帝伝』は読んだことがあるが、塩野の評価はあまり高くない。塩野は同時代の文人たちや歴史家たちとまた違った視点、すなわちその皇帝の政策をあとの皇帝も引き続き採用したかどうか、で評価しようという考えなので、それぞれ比較しながら読んでみると面白いだろうと思う。

印象に残ったことをいくつか。ネロという皇帝はギリシャ文明の心酔者で、自分でも私を書いたり舞台に立って竪琴を演奏して役者の真似事をしたりした芸術家肌の皇帝だったという。余談だが、芸術家肌の独裁者といえばヒトラーなどが浮かぶし、芸術的でないものにかなり酷薄な対応をすることが多いように思う。政治家は芸術家であるより常識家であった方がまだましなようだ。本物の天才ならともかく、天才を気取った芸術家が政治をやるのはかなり怖い。小泉首相も芸術鑑賞が好きだし映画批評も玄人はだしだという説もあるが、さてそのあたりはどうだろう。

脱線したが、書きたかったことは、1年で3人の皇帝が殺されたローマの内憂外患を収集してフラヴィウス朝を開いたヴェスパシアヌスは、ネロが自作を上演している席でつい居眠りをしてしまったという。この話は可笑しくて何度も思い出して笑ったが、まあそういう正直な常識人であったということのようだ。ただ常識人であっただけでなくややずるがしこい面もあったらしいが、芸術家を気取る絶対君主であるネロの晴れの席で居眠りをするという行為がわざとであるはずがない。ヴェスパシアヌスはこれで出世も終わりと覚悟したらしいが、2年後にはネロによってユダヤ戦役の司令官に任命されていて、この当たりネロという人はあんがいあっさりしているのも可笑しい。

小プリニウスの書簡が読んでいて非常に感動的だったこと。彼の書簡集は講談社学術文庫に入っているようなので、また読んでみたいと思う。

ドミティアヌスという皇帝をあまりよく知らなかったが、ドナウ川とライン川上流を結ぶゲルマン人に対する防壁を作るなどかなり業績を上げた人物だったということ。元老院を敵に回したために後世の評価が低くなっているが、このあたりを再評価しようという塩野の意図は正当であると感じた。

エピグラム詩人マルティリウスの作品。彼は皇帝ドミティアヌスのお気に入りだったという。「人生を楽しむのは明日からにしようだって?それでは遅すぎる。楽しむのは今日からであるべきだ。いや、より賢明な生き方は、昨日から人生を楽しんでいる人の生き方だ。」こういう考え方はつい忘れがちになるのでいいなあと思う。

文庫版もようやく五賢帝時代になった。あとは全盛期と衰退期。かなり苦労されていることを『文藝春秋』にも書いておられたが、歴史家としてではなく作家としてのスタンスでローマ史全般を書くという力技をやっておられるのだから当然だとは思うけれども、衰退期を書くのはまあ言えば撤退戦でしんがりを務めるのに似た難しさがあるような気がする。塩野氏も文藝春秋に書いていたが、平家の滅亡が美しかったのはいわば最後の瞬間だけであり、それまでは陰々滅々とした衰退の日常が続いていくことになろう。ましてローマは数百年かけて衰退していくわけであり、それを支えつつ書いていくのはなかなか難儀であることは想像に難くない。

塩野氏の業績は、司馬遼太郎が日本史でやったことを西洋史でやっているようにも見えるが、ひょっとしたら明治の興隆期を描いた『坂の上の雲』が、塩野氏にとっての『ローマ人の物語』なのかもしれない。司馬は結局、昭和の「破滅」については書けなかった、特にノモンハンについてはかけなかったということをどこかで書いているが、司馬の書かなかった衰退というものを書くのが自分の義務だと考えておられるのではないかという気がする。衰退を「滅亡の美学」で書こうとするのが日本人の傾向で、そのようにしか見ないのはある種の悪癖であるとも思うが、衰退という歴史から教訓を読み取れるような叙述を私としては期待したいと思っている。

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